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21 心からの誓い
しおりを挟む朝になりホテルを出た俺達は、キハラの白ベンツでアパートへと向かった。
俺はユイに付き添って後部席に乗っている。まだ彼女の体調は万全ではないので。
「ねえキハラ。お母さんに何て言ってあるの?」
「お前がはしゃぎ過ぎて力尽きたんで、一泊して帰ると言ってある」
「ちょっとぉ!それじゃ私、カッコ悪いじゃない?」
「何を言ってる?ある意味真実だろ。なあ新堂!」
おい、俺に意見を求めないで貰いたいんだが?黙っているとユイに責められる。
「ちょっと先生?何で黙ってるワケ?否定してよね!」
「……ああ、まあ何だ、俺が言えるのは体調を崩したから、くらいかな」
「それじゃ一緒じゃな~い!」一人嘆くユイ。
道中はなかなか楽しかった。俺はほとんど聞き役に回っていたのだが。
やがてアパートの前に到着し、車から降り立つ。
「キハラ、ごめんね、奥さんが大変な時に」
「今は安定期に入って落ち着いてる。……ユイお嬢さんにご心配戴き、恐縮です」
「ヤダ、急にかしこまらないでよ!そっか。でも先生も戻ってくれた事だし、もう大丈夫だから」
「はい……」キハラが珍しく口籠もっている。
その時、玄関からミサコが顔を出した。
「お母さん、ただいま。ごめんね、心配したよね……」
「まあユイ。顔色が悪いわね、まだ疲れは取れない?今日は一日大人しくしてなさい」
二人がこんな会話を始める。
そんな親子の様子を、キハラが懐かしげに眺めている。
――ユイの護衛はこれで終了か。いつまでも昔のままではいられない。俺にも家族ができるんだ。
こんなキハラの考えを、ユイが聞けないで良かったと思う。悲しい事実だ。
そしてキハラは俺を睨みつけ、意を決したように口を開いた。
「おい新堂。仕方ないからお前に託す。俺の可愛い一番弟子だ。何かあったらただじゃ置かないからな?それだけは忘れるなよ」
「心得ています。今度こそ、ユイは私が守ります」
キハラは何も言わず俺を睨み続ける。
――俺では鬼には太刀打ちできない。怪我を負っても手当てもできない。だがそのどちらも、こいつはできる。非常に不本意だが、こいつに任せるのが最善だ。
「その事なら、私も大いに不本意ですよ」
唐突に心の会話に加わった俺にギクリとしたキハラだが、すぐに切り返して来る。
「どういう意味だ?」
「好きでモンスターになった訳ではない、という事です」
「そりゃそうだろうさ!人を喰らうはずの魔物が、人を救う職に就いてるなんてな!」
「分かっていただけたようで光栄です」
こんな会話を交わして、俺達は笑い合った。
ユイがミサコとの会話を中断して振り返り、声を上げる。
「ねえ!二人で何話してるの?何だか楽しそうなんだけど。私も混ぜて!」
いつの間に仲良くなったの?と嬉しそうだ。
そんなユイを一刀両断のキハラ。
「話はもう終わった。それよりユイ。もう怠けるなよ?これからは、そうそう来てやれないからな?」ここまで来るのに高速で四時間かかるんだぞ?と続ける。
「分かってる。赤ちゃん生まれたら、家族で遊びに来てね!」
「……ああ」
キハラはミサコに挨拶をすると、すぐに帰って行った。
ユイを自室に寝かせた後、わざわざ出してくれたお茶を前にミサコとしばし会話する。
「あの人にも悪い事したわ。奥さんが妊娠中だっていうのに呼び出したりしてね」
「キハラさん、ですか」俺の言葉にミサコが頷く。
すぐにミサコの頭の中が見えてくる。当然、俺への不審感があるものと思ったが、見当たらない。
「そういえば、新堂先生、国のお母様はどうなの?ご病気って聞いたけど」
「……ええ、お陰様で落ち着きました。なのでこちらへ戻って来ました」
「そう!それは良かったわ。あの子、先生が帰られてから元気がなくて。これで心から元気になってくれるといいんだけど」
心から元気に。キハラがやって来て元気になった訳ではなかったようだ。
俺がそれをしてやれると?
「……それでミサコさん、一つお知らせしたい事があるのですが」
「何かしら?あ!いけない。私、仕事に行かなきゃならないのよ」壁の掛け時計を見上げて、慌てて立ち上がる。――ああ、でも寝込んでいるユイが心配だわ。
話が中断してしまったが仕方がない。またの機会にしよう。
「もしよろしければ、私がユイさんを看ていましょうか?」
「え?そんな事お願いできないわ。先生も戻って来られたばかりでお疲れでしょうし」
いいえ。全く疲れてはおりません……とは言わないが。「大丈夫ですよ。私も心配ですし。こちらからお願いしたいくらいです」
「……そう?それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら」
笑顔でミサコを送り出した後、ユイの部屋に向かう。
「ユイ。ミサコさんは仕事に行ったよ。俺が付いてる事、了承いただいた」
「ホント?ここにいてくれるの?嬉しい!」
「今回は堂々といられるよ」過去二回は無断で侵入したのでね。
ユイが笑って頷く。
「体、大丈夫か?」
「うん。少しだるいだけ。本当は寝てなくてもいいんだけど……」
起き上がろうとするユイを布団に押し留める。「いいから寝ていろ」
「ねえ先生。あのお守り、なくなっちゃったの。ごめんなさい、私が握ったら砕けて……」
「いいんだ。ユイのせいじゃない。あれは三ヶ月しか効果がないんだよ。どの道、自然に消えていただろう」
「そうなの?てっきり私が壊したんだと思ってた」
「半分は合ってるかな。若い女性が握ったくらいでは、砕けないはずだからね」
目を丸くするユイ。あまりに可愛らしくて、もっとイジメたくなる。
「ところで、あの山に登って何をしていたんだ?」
「部屋で囁いても聞こえたんだし、あそこで怒鳴れば、遠くの先生にも聞こえるんじゃないかな~って思って」
何と安易な発想だ!「……で、何て怒鳴ったんだ」
「新堂センセーの、バカぁぁぁ~!!!って。聞こえなかったのか、残~念」
ああ、聞こえなかったよ。聞こえていればもっと早く来れた。おまえが連れ去られる前にね……。俺も残念だよ。
「先生?今、何考えてた?俺はバカじゃない、とか」
「いいや。俺はバカだよ。ユイを残して行くなんて大バカ野郎だ」
「そうだね」
「もう二度と離れたりしない。二度と、怖い思いはさせないよ」
「……うん。新堂先生……絶対よ?ずっと側にいてね」
ユイが俺の方に手を伸ばした。そっと握ってやるが、すぐに離す。
「食事を摂っていないから冷たいだろ」
「冷たいけど大丈夫。もっと触れていたいの……。まだ先生が本物なのか自信がない。今までの事が全部夢で、目が覚めたら先生は消えてるかもしれない」
唇を噛み締めて呟くユイが、とても愛おしかった。
「夢なんかじゃないよ。何なら、また注射でも打ってやろうか?」
「ちょっと!何でそうなるワケ?ホンットにイジワルなんだから!」
楽しいこんなひと時によって、心が満たされて行くのが分かる。ユイをいじめる事が(!)ではなく、こういう軽口を言い合える事が心地良いのだ。
そして目の前にいるかけがえのない存在が、俺を受け入れてくれる事が。
朝霧ユイなしで生きて行けるなどという考えは、大間違いだったようだ。
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