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22 思わぬ告白(1)
しおりを挟む長らく放置していた愛車をメンテしながら、様々な事を思い出す。これにはかれこれ三年近く乗っているが、この助手席に一番乗っているのは断トツでユイだ。
ほんの半年程の間で、急速に深まった俺達の関係。
早く会いたい。逸る気持ちを抑えて朝になるのを待つ。そして頃合を見てアパートへ向かった。
車を止めると、すぐさま玄関ドアが開いた。すっかり元気になったらしく、ユイが血色の良い顔で姿を見せた。
「新堂先生!良かった、来てくれて」
「様子を見に来た。元気そうで良かったよ」
「本当は会いに行きたかったんだけど、考えたら私、先生の家の場所知らないじゃない?連絡先だって知らないって……気づくの遅すぎ?」
これまでは病院か学校に連絡すれば大抵は掴まったため、意識しなかったのだろう。
「呼んでくれたら聞こえたかも」
「え?まさか、またこの辺にいたとか?」
「冗談だよ。家に帰ってた。携帯の番号、教えておくよ」
んもう!と体当たりしてくるユイ。予想以上に俺の体が頑丈で驚いたようだ。
「大丈夫か?不用意にそういう事するな。ケガするぞ」
「フンだ、お構いなく!それで?先生どこ住んでるの?お墓とかに住んでたら困るんだけど。私、怪談の類は苦手なのよねぇ」
「俺もその手は好きじゃないよ」肩をすくめて言ってみる。
「あら奇遇じゃない」
こんな楽しい会話を続けながら、ユイを車へと誘導する。
「ならば、これから我が家に招待しようじゃないか。ユイが嫌じゃなければ?」
「お墓じゃないなら大歓迎」
「決まりだな」
ユイに向かって微笑むと、静かに車を発車させた。
車内にて会話は続く。
「なあ。ユイは、卒業して、何かやりたい事とかないのか?」
彼女は未だ無職で大学にも行っていない。何も始められなかったのは俺に責任があるのかもしれないが……だからこそ気にかかる。
「あるにはあったけど……」
「けど?」
「いいの!もういいの。今は……特にないかな」
「それじゃ困るだろ。ユイの人生はこれからだぞ?」
「あ~、なら!都会に出て、街のパトロールでも始めよっかな!」
なぜそうなる?何をどうしたらそんな発想が生まれるのか謎だ。
「そういうのはダメだ」
「どうしてよ」
「危ない事はダメだ」今度はきっぱり答えた。
「危なくないったら。まだ私の強さを認めてくれないの?」
「おまえの強さはちゃんと知っているよ」指先でユイの頬に軽く触れて伝える。
その強さが逆に厄介だと、前にそんな事を考えた覚えがある。
「だったら何で?危険だなんて」
「そう感じるのは、ユイを大事に思い過ぎてるからかな」絶対に失いたくない存在だと。
「なら、箱に詰めて飾っとく?」
「いや。それじゃユイらしく生きられない。そんな事をする気はないよ。他にもっといい案があるんじゃないかな」
「どういうの?」
目を輝かせたユイが、俺を見つめて返事を待っている。
「それについては時間をくれないか。考えておくよ」ユイには、いつだってユイらしくあって欲しいから。
やがて車は町の外れに差し掛かり、森に入る。
「先生ってば、こんなに遠くに住んでたの?こっちの方って、家あったっけ?」
「ないよ。俺の家しかね」
「ふう~ん。何だか寂しい場所ね」
ポツリと言ったユイの言葉が気になって聞いてみる。「……行くの、やめるか?」
「ヤダ!何でそうなるの?お墓はなさそうだし、来るなって言われても行くわ」
「確かに、墓はないよ。生き物だって虫一匹いないけどね」
森の奥へ進んで行くにつれ、辺りは薄暗くなり日の光が届かなくなる。
しばらく走ると、目の前がやや明るくなって白い建物が見えてきた。これも自分で建てた物だ。辺りの木を切り倒して。
「さあ、ようこそ我が家へ。配達業者以外ではユイが初めての客かな」
「そうなの?それは嬉しいんだけど……」
こんなステキなお家なのに残念!と車から降たユイが呟いている。
何か不満なのだろうか?
少々不安に思いつつ、ユイの背に手を当てて中へ促すと、俺を振り返ったユイは一転して満面の笑みだった。さっきの悲しそうな表情は何だったのだろう。
だがこんな疑問は、好奇心でいっぱいのユイを見ていて吹き飛んだ。
「お邪魔しま~す。わぁ、広くて明るい!あ……あれ、高そうなピアノね」
リビングの奥の窓際で、ひと際目立っている白いグランドピアノを指差す。
「先生、ピアノ弾けるの?」俺を見上げて、輝く笑顔で尋ねてくる。
思わず自分も笑みが零れる。「ああ。弾いてやろうか」
「うん!聞きたい!」
ゆったりとした足取りを意識してピアノの前に進み、椅子を引いて腰を降ろす。一度ユイの方を見て笑みを交わした後、そっと鍵盤に手を乗せる。
何を弾くか迷ったが、ユイを初めて愛車に迎え入れた時に聞いた、モーツァルトの曲にした。
「先生ってば上手過ぎ!ピアニストでもやってけそうね……」
ユイがこんな事を呟いているのが聞こえた。
俺はピアノを弾きながら、自然と生い立ちを語っていた。
生まれ育った国の事、母がこの楽器を好きだったと父から聞いて始めた事。母は俺を産んですぐに死んでしまった事など。
ユイはソファーの肘掛にちょこんと座って、俺をひたすら凝視して耳を傾けている。
「辛い時や悲しい時、良く弾く。音楽は唯一心を癒してくれるものだ。ユイ、おまえに出会うまではね」
「それって、今は私が先生を癒してるって事?なら嬉しいなぁ……!」
ああ、その通りだよ。そんな意味を込めて軽く微笑んでから続ける。
「四人兄弟の末っ子でね。これといって優秀でもなく、父は俺に何の期待もしていなかったはずだ」
「何言ってるの?新堂先生はお医者さんでしょ。優秀な人じゃなきゃなれないのよ?」
俺は答えずにピアノを弾き続ける。俺は優秀なんかじゃない。そう反論したかった。
有り難い事にユイが話題を変えてくれた。
「新堂先生って、いつ生まれたって?」
こういった話は何一つしていなかった事を思い出す。ずっと濁してきたが、今日はちゃんと答えよう。「十九世紀だ。詳細には一八一八年。驚いたろ」
「って事は、何歳だろ……ウソ!二百歳?!」指折り数えていたユイが声を上げる。
「トータルで二百一か。数えた事もなかった」もはや長いのか短いのか分からない。
ここまで話してユイの様子をつぶさに観察する。恐れている様子はないか。……ない。
むしろ興味津々といったところか。
「そんなに長い間、何して過ごしてたの?」
「最初の半世紀ぐらいは山に籠もっていた。そのうち人間と関わるようになって、と言っても今ほどじゃないがね。ずっと医者をやってたよ」
「ヒッキー経験者かぁ。私もだ。似てるね、私達。それで一人だったの?その間ずっと」
「いいや。仲間に遭遇する事もあった。しばし行動を共にしたりもした。だが、すぐに離れたよ」
「どうして?孤独がイヤだったなら……」
「俺には考えが読めてしまう。どうにも耐えられなくてね、その、ヴァンパイアの思考に?」人間といる方が、よっぽど精神的苦痛が少なくて済む。
考え込んでいる様子のユイに尋ねる。「感想を聞かせて欲しいな」
「ヤ・ハチュー・ダイェーハチ・フ・ピェテルブールグ」
突然飛び出したロシア語に呆気に取られる。ロシアに行ってみたいとユイは言ったのだが、これまでの感想がそれか?
俺もロシア語でいくつか言葉を返した。
「先生は、ロシア語の方が慣れてるみたいね」
「そうでもない。感情を言い表すならば、日本語が適していると自分では思ってる」
「そうなの?」
「済まない、中断してしまったな」ピアノを見て言う。弾きながら話していたつもりだったのだが。自分はいつから弾くのをやめていたのだろう。
あまりのおかしさに笑いが募る。
「何が面白いの?」
「やっぱりユイには敵わないなって、思ってね」まだ笑いが止まらない。
「何それ!」
朝霧ユイには敵わない。きっと、他のどんなものであろうとも。
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