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23 思わぬ告白(2)
しおりを挟む我が家に初めて招待したユイにピアノを披露し終え、L字に設置したソファに斜向かいに座る。
俺達のヴァンパイア談義はまだ続いている。話題はいつしか、生みの親のヴァンパイアにまで発展した。俺が選ばれた理由について議論の最中だ。
「してくれと頼んだつもりはないんだがね」
「きっと、新堂先生が魅力的だったから、その人の目に留まったのよ」
俺は否定の意味を込めて、軽く首を左右に振る。
「大抵、仲間にするのは愛する者や家族、元々関係を持っている場合がほとんどだ。だから彼等は、転生後も共に生活する。俺のように赤の他人同士の場合は、こうして放り出されてしまえば、孤独な人生が待ってるって訳だ」
「そっかぁ。人間だって気の置けない仲間を探すのは難しいもん。ヴァンパイアだってそうだよね。なんか、親近感湧いてきたわ」
ユイのこんな言葉に、嬉しい反面憤りを感じた。これでは、自らユイにモンスターの仲間入りを促しているみたいじゃないか?
もうこの話はやめにしよう。俺は淡々と結論を並べ立てた。
「俺が選ばれた理由は単純な事、単に状態が一番適していたんだ。心臓が弱りすぎたり止まってしまえば、転生させる事はできない。ギリギリの状況でやる事が重要なんだ」
「なら!運が良かったのよ、先生!」
彼女はどこまでもプラス思考だ。ここは、その言葉に乗せられてやろう。
「こんなにイイ男にもなれたし、か?」
「え?どういう事?前からいい男でしょ。顔つきまで変わるなんて事は……」
「覚えている限り、女性にもてるタイプじゃなかったと思うよ」
信じられないという顔でユイが言う。
「つまり、ヴァンパイアの毒で美しくなったって事?なら、もしかしたら私も!?」
勝手に何やら妄想している様子。徐々にユイの口元が緩んで行く。
「ユイは今のままで十分美しい。これ以上望んだらバチが当たる」
「そんなこと言ってくれるのは、新堂先生とお祖父ちゃんだけよ」
「お祖父、さん?」
「そ。私、初孫だからさ、溺愛されちゃってるの。私も大好きなんだけどね!」
俺はユイの整った輪郭をそっと指でなぞる。隅々までつぶさに観察しながら。
「ユイが美しいのは事実だよ。どこを取っても、これは整形の必要のない顔だな」
「……ふふ!先生ったら、美容整形まで手掛けてるの?どうりでお金持のはず……」
俺は真剣に言ったのだが?
こんなおどけたコメントの後、恍惚の表情でユイが言った。
「新堂先生の美しさには、どうあっても敵わない。例え整形したとしても」
また魔力を掛けてしまったのだろうか。ユイの瞳は何かに吸い込まれるように、ただ俺だけを一点に見つめていた。
心ゆくまでお互いを堪能した後、こんな提案をしてみる。
「良かったら俺と、ペテルブルグに行くか?」
先程彼女がロシア語で語った事柄が、本心かは分からなかったものの、ユイらしく生きられる道、彼女が興味を持てるものを見つける手助けになればと思っての提案だ。
「それってロシアのサンクト・ペテルブルグ?え!連れてってくれるの?嬉しい!私、行った事ないんだよね~」ずっと行きたかったのだと、ユイが顔を紅潮させる。
「それなら良かった」
「嬉しいんだけど、旅費、どのくらいかかるかなぁ。……結構必要だよね」
「費用の心配はいらない。俺が全て負担するから」
「でも悪いよ。私が行きたいって言ったんだし!」
「いいんだ。払わせてくれ。金の使い道がなくて、困ってたくらいなんだ」
百四、五十年近くも医者をやっているんだ。食費もいらないからどんどん貯まる。美容整形はまだ手掛けていないが!
「ユイ?」
「あ、うん。ありがと先生。そうしてくれると助かる、けど、お母さんに何て言う?」
「ああ……そうだな」
ミサコは俺とユイがそこまで親しい仲だとは思っていないだろう。先日ユイとの交際の件を言いそびれてしまったし。
しばし考えて案が浮かぶ。「これは一つの提案として、聞いて欲しいんだが」
「うん。どういうの?」
「婚約者をロシアの両親に会わせに行く、っていうのはどうかな。俺の母親が病気になった事は知ってるんだ。母にどうしても相手を連れて来いと言われて、とか」
ユイはなぜか黙り込んだ。もしや、マズかったか?不安が大きくなって行く。
「もちろんミサコさんには、ユイにそういうお芝居をして貰うって事で話すよ」
「お芝居……」そう言ったまま、やはり沈黙するユイ。
「ごめん、勝手にこんなシナリオを作って困るよな。今のは無しにし……」
ここでユイが慌てて遮った。「無しにしないで!先生がいいなら、その方向でお願いします!」
「ユイ?」拒絶された訳ではなかったのか。
「あの……だから私は……お芝居じゃなくても」
例え演技であっても、婚約者というのはまずかったか。高校を出てすぐの小娘にしてみれば複雑だろう。そうでなくても、実際人間とヴァンパイアがそういう関係になるなど言語道断なのだし!
こんな事を考えていた時、ユイが声を張り上げた。
「お芝居じゃなくていいの!」
「ん?」
「……って、だからっ。……んもう!こうなったらこっちから申し込むわ。新堂先生、私と結婚してください!」
突然の逆プロポーズを受けて、今度は俺が沈黙する番だった。硬直する俺の姿に、ユイがやや怯えている様子。つい素に戻ってしまった。
「その、済まない、少し驚いて……」どうにかここまで言ったものの、口を薄く開いたままユイを見つめる。
「ごめんなさい……」ユイは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
俺が何も反応しないでいると、ユイが下を向いたまま口を開いた。
「先生、呆れたよね、私が考えなしにこんな事言ったりして」
「呆れてなんかないよ。二十一世紀の女性は積極的だなと思っただけだ。だが、考えなしにっていうのは困るな。もっと良く考えた方がいい」
俺はモンスターなのだ。男運がないと彼女に言ったキハラの言葉が浮かぶ。大当たりじゃないか?俺が惑わせたせいで、こんな事態にまでなってしまった。
「だから、俺が言ったのは、今回のロシア行きの口実でそういう事に……」
改めてユイにそういう芝居をしようと言いかけた時、この言葉は遮られた。
「イヤ!口実なんてイヤ。先の事は確かに……分からないけど、でも!私には先生しか考えられない。新堂先生が人間じゃなくても!」
今にも泣きそうな様子で必死に訴えてくるユイを、拒絶する事などできようか。
だがしかし、本当にいいのか?俺が地獄に落ちるのはともかくとして、彼女をそれに巻き込む事だけはあってはならない。心での葛藤が続く。
「……先生?」不安そうに俺を見上げ、ユイが返事を待っている。
まさかこんな展開になるとは予想外だ。ユイの性格を知っていながら、この提案は浅はかだった。
だが俺の心はすでに決まっている。二度と朝霧ユイを手離さない、ただこれだけは。
「ありがとうユイ。もちろん、喜んで受けるよ。ユイのプロポーズを」
「ホント?!やった!」一転して喜びの表情になったユイは俺に飛びついてきた。
ひんやりと固い肉体に驚いて、体を強張らせる。
「大丈夫か?痛くなかった?」だから、そういう事をするなと言ってあるだろうが!
「私こそ……。急にこういう事、しない方がいいのよね?ごめんなさい」
それは俺の事を気遣っているのか。また理性を失う事を……。
「いいや。もう辛くはない。二度とあんな事にはならないよ、心配しなくていい。今はこうして、おまえの香りを堪能できるくらいなんだ」
ユイを抱きすくめ、その首元で息を吸い込む。彼女も俺の背に腕を回して、さらにきつく抱きついた。
このまま、ユイをずっとこの手に収めておきたい……。
「ユイは俺が守る。これから先、何が起ころうとも。こんな俺を受け入れてくれて、ありがとう」
「新堂先生……。ああ先生!私はずっとあなたといたい。ずっとずっと……」
どれくらいこうしていただろう。ふと我に返ってユイを解放する。彼女の体を冷やしてしまっては申し訳ない。
「さあ。そうと決まれば、ミサコさんに正式に挨拶に行かなくては。だがその前に……」
「どうしたの?」
俺はふと、ある事を思い出す。
ユイに留守番を頼んで、ほんの少しの間だけ家を空けた。
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