時世時節~ときよじせつ~

氷室ユリ

文字の大きさ
44 / 55

44 残された時間

しおりを挟む

 ユイの回復は一時的なものだった。再びすぐに症状が現れる。さらに悪い事には、次第に薬剤の効果が鈍くなっていた。……厄介だ。

「大丈夫だ。まだいくつか候補はある。どれかは効き目があるだろう」
 病院のベッドに横たわる不安そうなユイに、こう告げて安心させる。
「もし全部効かなかったら?」
「今からそんな事言うなよ。その時はまた、別の手段を考えるさ」

「ねえ!そうなる前に出発しようよ、今ならまだ平気よ!」
「ダメだ。長時間のフライトは体に障る。もっと良くなってからな」
「良くなる?薬、効いてないんでしょ。今を逃したら行けなく……なるかも」上体を起こして訴えるも、最初の勢いは続かなかった。

「だったら、キハラさんだけでもここに呼ぶか?」
「呼んじゃダメ!私が行かなきゃ意味がないの!」突然ユイが大声を上げた。
「ユイ?」
「……ゴメン。自分で、会いに行きたいから。……ただそれだけ」

 目からは涙が溢れている。彼女の心中は良く分からなかったが、そっと涙を指で拭って、あやすように告げる。
「大丈夫。二人にはちゃんと会えるようにするから。今は安静にして。いいね?」



 一進一退を繰り返す容態を抱えながらも、ユイは二十一歳を迎えた。

 結局、どの薬剤も思わしい効果が出ていない。このままでは、ユイに残された時間は少ないと言わざるを得ない……ダメだ、根っからのマイナス思考はこれだから!

「新堂先生、指輪、着けたいな」
 病院に来てから、ずっと外させたままになっている。
「貴金属はダメだ。誰も病院では着けてないだろ?」
「何でダメなの?検査の時に外せばいいじゃない。着けたい!」ユイは引かない。

「我がまま言うな」
「なら家に帰る!家なら着けてもいいでしょ。寝てるだけならどこでも同じよ!」仕舞いには不貞腐れて愚痴る。
 八つ当たりする事で発散できるならば、大いにしてくれればいい。
「それに……家ならず~っと一緒にいられる。こんな煩わしい機械もいらないし!」
「そういう問題じゃない」俺は静かに言い返した。
「ならどういう問題?」

 答えずにただじっとユイを見下ろす。

「ムダムダ!もうその魔力、私には効かないから。きっとこのホルモンのせいでね」
「魔力なんて使ってないよ。大人しくできないなら、眠らせるしかないかな」
 注射器を構えて迫ってみる。
「ま~コワい!ヴァンパイアより権威を振りかざす医者の方がよっぽどコワいわ!」
「声が大きいぞ。外でその言葉を口にするなって言ってるだろ」

 こんな指摘をしたが、俺達の半径五メートル以内に誰もいない事は確認済みだ。

「あ~あ。もういいよ」八つ当たりに疲れたのか、ユイが主張をやめた。
「ようやく寝る気になったか。もう〇時を回ったぞ。早く寝ろ」
 ピシャリと言い放って部屋を出て行こうとすると、今度は縋るような声で引き止められる。「どこ行くの?いてくれないの?」
「もうすぐナースが見回りに来る。その間だけだ」

 ナースの見回りが済んだ頃に様子を見に行くと、ユイは大きな瞳をキラキラさせながら、まだ起きていた。若干痩せたせいで、瞳の大きさが際立っている。
「だから……。寝ろって言ってるだろ?」枕元に顔を寄せて、ため息混じりに囁く。
「ん~いい匂い。落ち着くなぁ……。ずっと側にいてね。ちゃんと寝るから」

 冷えた手でそっと髪を撫でてやると、ユイはようやく目を閉じた。



 桜が咲き始める頃になると、薬剤は効果を発揮するどころか、副作用でユイの体を蝕み始めた。
 俺としては泣く泣く点滴治療を中断した訳だが、当の本人は大喜び。どんな事態になっても注射点滴を拒める心境が理解できない。
 だが時に薬は毒にもなる。予想外にも中止した事でやや体調が回復した。

 その日、ユイの眠る病室の窓際に立ち、しとしと降る雨を眺めていた。

「先生?……何見てるの?雨か……やだぁ。桜、散っちゃうかな」目を覚ましたユイが、目を擦りながら外を見ようと体を起こす。
「起きたか。気分はどうだ?」俺は質問に答えずに、側に寄って問診を始める。
「うん。大丈夫」この答えに頷き、形だけのモニターチェックをする。

「なあユイ、式を挙げないか。近いうちに、何なら今週中に」
 ユイに、何とかして前向きな気持ちになって貰いたいと思いついた事だった。
 この提案にもっと喜んでくれると思ったのだが……無反応だ。
「……反対なら、考え直すけど」

「違う!そうじゃないの。ちょっとビックリして。だって急に結婚だなんて……」
「急でもないだろ。俺達、婚約中なのを忘れたか?ユイも二十一になった事だし。今は体調も安定してる。会いたい人達を招待するといい」
「何かそれって、結婚式ってよりも生前のお葬式みたいね」

 ユイはいつもの皮肉を口にしたつもりだったのだろうが、この時ばかりは腹が立った。

「そんなふうに捉えるならやめる。この話はなしだ」
「ごめんなさい!怒らないで……。ただ、お別れ会も兼ねてるねって言いたかったの」
「だからって相反する式を並べるなんて。どうかしてるよ」
「何よ、どうかしてるって。あなたに言われたくない!私、もう長くないんでしょ?そう考えるのは普通じゃない!」

「誰がそんな事を言った?勝手に決めるな。つまりおまえは、幸せを祝って貰う気はないって事だな」
 一瞬黙り込んだユイだが、すぐに反論してくる。
「そっちだって偽りの結婚じゃない!してどうなるの?子供だって作れないし、親戚が増える訳でもない。今と何が変わるっていうのよ。その上、私はすぐにいなくなるってね!ああ、だからか……っ」

 生きる気力を取り戻して貰うために提案したのに、これでは逆効果じゃないか。最後にユイが言おうとした言葉は、聞きたくなかった。
 これ以上の口論は無意味だ。この直後に彼女を薬で眠らせたのは言うまでもない。


 どのくらい時間が経ったのか、目を覚ましたユイにこんな指摘をされる。
「ちょっと先生!椅子、使って!そんな姿勢で長時間いられないのよ?普通は」
 どうやら不自然な格好をしていたらしい。考えにふけっていて気づかなかった。
「何の事かな?」次の瞬間には、何事もなかったように椅子に座って答えた。

 こんな俺のとぼけ具合にユイが笑っている。久しぶりに笑顔を見た気がする。
「もう……。誰にも見られてないでしょうね?」
「抜かりはないよ」
 目を合わせて、しばし笑みを交わした。

「ユイ。さっきは済まなかった」ユイの手を握って謝罪の言葉を伝える。
「悪いのは私。何だかイライラして。さっきだけじゃないね。ここへ来てからいつもあなたに当たってる。ごめんなさい。……どうか、嫌いにならないでね」

「なる訳ないだろ。これでも、普通の人間よりは打たれ強いはずだぞ?」
 こんな答えに、またもユイが笑う。
「ガラスのハートじゃないんだ。脈打つ事のない、冷たくて固いハートじゃ」
「自身は決して傷つかない、ダイヤモンドのハートの方が正しいかな」悪戯っぽい目で言ってみる。
「それなら安心ね。もう少し痛めつけても?」
「ドンと来い」自分の胸を拳で叩きながら、おどけて答える。 

「式、いつにする?早くドレス着たいなぁ!あの指輪、着けていいって事でしょ?」
 拒絶の言葉を言われると思ったのか、ユイは言葉を並べ立てた。
「お母さんに早めに連絡しないと、飛行機の手配とかあるし。あ、そうだ、高校の時のお友達も呼んでいいかな!」

「ユイ」
 恐る恐る俺の目を覗き込むユイに、静かに伝えた。「あまり盛大にはできないぞ?そこは分かってくれ」
 ユイは満面の笑みで頷いた。「良かった!取り止めは、取り止めになったのね!」


 こうしてユイに一時的に退院の許可を出し(主治医は俺だ)、一旦家に帰る。
 
 式は一週間後。ドレスの手配やら式場の手配、招待状を書いたり当日の料理を選んだりと、やる事は結構ある。
 外出させずにそれらをこなすため、業者を家に呼んで打ち合わせを進めた。ドレスもいくつか候補を持ってこさせ、家で試着させる。

 ドレスを試着した彼女は子供のようにはしゃいだ。
「ユイ、疲れてないか?無理しなくていいからな」
 皆が美しいと彼女を褒め称えた(実際に美しかったが)。……欲を言うなら、青白い肌ではなく、健康的な血色の良い状態で、純白のドレスを着せてやりたかった。

 挙式を急ぐ理由は、ユイを前向きな気持ちにさせるため。俺は諦めてはいない。
 ユイはまだ若い。人間としてもっともっと学ぶべき事があり、未来への可能性や夢があるのだから。

 まだまだ、終わらせる訳には行かない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~

美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。 貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。 そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。 紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。 そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!? 突然始まった秘密のルームシェア。 日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。 初回公開・完結*2017.12.21(他サイト) アルファポリスでの公開日*2020.02.16 *表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。

たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。 19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。 しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。 突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。 「焦らず、お前のペースで進もう」 そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。 けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。 学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。 外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。 「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」 余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。 理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。 「ゆっくり」なんて、ただの建前。 一度火がついた熱は、誰にも止められない。 兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...