時世時節~ときよじせつ~

氷室ユリ

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43 再発

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 ユイがヴァンパイアに襲われてから二ヶ月が過ぎ、季節は夏になった。ロシアであんな事件があった事もあり、俺達は日本に戻る事にした。
 ユイの怪我はすっかり良くなったのだが、傷口は今でも若干熱を持っている。

 そして、襲われた事がきっかけになったようだ。ユイは再び例の病を発症した。


 ここ最近、動悸が酷くなっている。食後はさらに悪化するのだが、この日ついにユイは倒れた。倒れる瞬間にしっかりとこの腕に抱き止める。

「大丈夫か。心拍の乱れが激しいと思っていたんだ。もう限界だ、病院に行こう」
 こうなる事は予想していた。不安を感じさせないよう、穏やかに伝える。
 在宅治療には限界がある。嫌がられても、入院させて徹底的に対処した方がいい。
「せん、せい……、息が、上手く吸えない……。私、どうしたんだろ」
 ユイの心臓は、その小さな体の中で暴れている。

 呼吸は次第に浅く短くなり、次第にユイの意識は薄れて行った。


 病院のベッドの上で目を覚ましたユイが、胸に装着された見慣れないコードの山に顔をしかめている。

「気がついたな」
「先生……これぇ……」取ってくれと目で訴えてくる。
「我慢して。ここではそういうのを付けないと。怪しまれるだろ?」それからこれも、と聴診器を白衣のポケットから取り出して見せる。
「仕方ないから、協力してあげる」口を尖らせながらボソッと返された。

「気分は?」ベッドサイドに寄って囁き声で尋ねる。
「うん。息苦しさはなくなった」
 これは再発と関係ある?ユイの不安そうな顔にはそう書いてある。
「微熱がある。熱の影響で心拍異常が起こる事もあるが……」
「熱?今ってほら、生理前の高温期でしょ?ああ、それか風邪ひいたとか!」

 ユイは必死で再発以外の可能性を並べ立てる。

 気休めは言えるが、嘘はつけない。首を横に振って彼女の主張を否定する。
「残念ながら、また同じ症状が始まったみたいだよ」
「……っ!でも、このくらいの熱、平気よ?家に帰りたい」
「症状が治まったら帰れる。それまで我慢しろ」

 起き上がろうとするユイをベッドに押し留めて、その瞳を覗き込む。
「ちゃんと治してやる。だから言う事を聞くんだ。いいね?」
「……はぁい」

 反抗する事もなく、ユイは大人しくベッドに体を預けたのだった。


 それから二週間程が経ち、薬が効果を発揮してユイは回復。晴れて自宅へと戻る事ができた。

「あのね、新堂先生。お願いがあるんだけど」ユイが思い切った様子で切り出した。
「今のうちにお母さんとキハラに会いたい。会いに行っちゃ、ダメ?」
 何を思ったのか、こんな事を言い出した。
「何だよ、今のうちって。これからいつだって行けるだろ」
「……まあ、そうだけど」

 ユイは何かを感じ取っているのだろうか。人は、自分の死が近づいている事を自然と感じ取ると言われる。
 いや、そんな事はない。まだまだユイは死なない!俺がそれを信じなくてどうする?

「先生?」
「ん?……ああ」
 帰国後は、ユイを一人にした事は一度もない。いつでも目の届く(匂いの届く)所にいるようにしている。

「いいよ。行こうか」
「え?連れてってくれるって事?」なぜかユイは驚いている。
「そう言っただろ。不満そうだが。どう答えたら良かったのかな?」
「百パーセント、ダメって言われると思ってたから。驚いただけ」
「ダメなんて言う訳ないだろ?なぜそう思ったのか、逆に聞きたいね」

 確かに不要な遠出は控えたいが、ユイの願いは極力叶えてやりたい。再発した事で不安になったのだろう。そんな時に大切な人達に会いたくなるのはごく自然な事だ。

「だって……私、狙われてるかもしれないでしょ?あまり出かけない方がいいのかなって思うじゃない」
 てっきり体調に不安があるのだと思ったが、そっちの心配をしていたのか。
「雑魚を気にして外出もできない?あり得ないよ!」首を横に振りながら大袈裟に言ってみる。

「ただし。絶対に俺から離れない事。単独行動は厳禁だ。あの日ユイが襲われているのが分かって、俺がどれだけ肝を冷やしたか分かるか?」彼女の目を強く見つめて言う。
 しばし硬直していたユイがポツリと呟いた。「キモ、……ないくせに」

 ヴァンパイアの強い視線を浴びながら、こんな難癖を付けてくるとはさすがだ!
 ユイの答えに、肩から力が抜ける。
「おまえを探すのは、思いのほか面倒なんでね」
「それはどうもスイマセン!」

 こんな軽口を叩き合いながらも、ユイのバイタルチェックは常に欠かさない。
 無言で見つめていると、診察をされている事に気づいたのか、ユイが大人しくなる。
「新堂先生?診察したなら、結果、私にも教えてよね?隠すのは無しよ?」

 無言の診察の後、状況を伝える事はあまりない。

「診察?してないけど」ここは誤魔化しておこうか。
「だから、したならって言ったでしょ!」俺から顔を背けて声を荒げる。
 俺は瞬時にユイの正面に回った。
「うわっ!ビックリした……、脅かさないでよ」
「ご要望があったから診察する事にした」
「誰も要望なんてしてませんけど!」

 寝室に連れて行き、ベッドに寝かせる。

 服を脱がされて恥かしそうにするユイを眺めて、しばし悦に入る。誤解のないように言っておくが、女性の裸体には何の興も引かれない。俺が好きなのは、ユイの肌がピンク色に染まって行く様だ。
 さらに言えば、その体から立ち昇る魅惑の香り。血だけではない、彼女そのものを表すその素晴らしい香りを楽しんでいるのだ。

 あちこち眺められた挙句に(これは列記とした診察)、抜き打ちテストの如く行う採血で、悲鳴をあげる姿も愛らしい。

「脈はやや速めだ。時折心拍に乱れがある、が。この程度ならば外出は可能だな」
 ご要望通り、説明しよう。
「先生、だ~い好きっ!」心底嬉しそうに言いながら抱きついてくる。

 この熱い抱擁を、俺はもう拒絶するつもりはない。

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