時世時節~ときよじせつ~

氷室ユリ

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49 覚悟の時(2)

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 覚悟を決めた俺は、考えたプランの詳細をユイに説明した。

 病院に戻り、ユイはこん睡状態に陥る。もちろん薬で仮死状態にするだけだ。
「最初の薬は数時間で切れるものを使う。死亡確認をした後、すぐに家に連れて帰る」
「じゃあ私、一度目が覚めるのね?良かった。ずっと意識のないままかと思ってた」

 俺は頷いた後に続ける。
「今の心機能に不安がある。長時間仮死状態のままにして、何かあると困るからな」
「私、本当に目、……覚めるよね?」
「覚める。約束するよ。だからユイも約束しろ。俺を信じてやり抜くと」
「分かった。大丈夫。私はいつだって新堂先生を信じてるもの」

 俺達はしばらく強く見つめ合った。

 その後の手順はこうだ。
 ユイが危篤状態に陥っているところに、巡回のナースがやって来て、俺が呼び出され駆けつける。弱った心臓に除細動機は使えず、ユイはそのまま臨終を迎える。
 ミサコが到着するのは、早くても二日後の昼前か。イタリアからだと十三、四時間はかかる上、今はサマータイムなので時差が七時間ある。
 葬儀を行うのは早くても三日後だ。

「ちょっと待って。私って、燃やされちゃうって事!?」
 こんな質問をしながらも、ユイはどこか楽しげに見える。
 やっぱり変わったヤツだ。
「土葬にして貰うよ。他人の骨を拝ませるのは、気が引けるだろ?」

「それじゃさ、薬が早めに切れて、土の中で目が覚めたりなんて事は……?」
 私、閉所恐怖症気味なんだからね?と、その光景を想像したのか身震いしている。
「すぐに掘り起こしに行く。心配ない」
「すぐに、ね。先生が瞬間移動できて、本当に良かったわ~」
 瞬間移動ができる訳ではないが。

 ロシアでは土葬後に追善供養という、いわゆる食事会を行う。日本でいう通夜振る舞いに当たるだろうか。
「まあ、ここは日本だし、ロシア式にやる事はないだろう」
「早く来てくれれば、何でもいいです!」

 そして墓から連れ戻したユイと一旦家に戻り、身支度を整えてロシアへ発つ。
 通常ならば初七日や四十九日などが行なわれるが、ここは目を瞑って貰おう。

「でも気をつけて。お母さんところの親族、そういうの凄くうるさいから」
「まあ、予想はしてる。そこはロシア式を上手く吹き込んで何とか凌ぐよ。向こうのやり方なんて、どうせ誰も知らないだろ」

「新妻を失い傷心の身。思い出の地を離れて故郷へ帰る事自体は、おかしくないだろ?」
「もちろんよ。誰も反論できないわ。先生の迫真の演技が見られないのが残念!」
 おどけるユイは、強がっているのが見え見えだった。

 こんな思いをさせて本当に申し訳なく思う。

「私もロシアで生まれ変わりたい。ここでは……何だかね」
 思い入れのある場所で、モンスターに変身したいと思うヤツなんていない。
「そうだな」
「……あの、先生?一つだけお願い、聞いてくれる?」
 俺はもちろんだ、と即答してユイの言い出すのを静かに待った。

「あのね、お母さんが……きっとすごく悲しむと思うの。それが心配で……」
 キハラは全てを知っている。問題はミサコだ。
 あの結婚式が最後という事になるのだから。

「ユイ。実はな、話してなかったが……イタリアに行った時に、ミサコさんにはユイの病の事を打ち明けたんだ」黙っていて済まなかったと、素直に頭を下げた。
「そっか……」
 しばしの沈黙の後、ユイが言った。「謝らないで、それなら逆に良かったよ。私が死ぬかもしれないって事、知ってるんだもんね」

 言葉にせず、俺はただ頷いた。
 こんなに早く、その時が来るとは思っていないだろうが。

「ミサコさんの事は任せろ。できる限りフォローする。それに新しい旦那さんもいるし、あんなに陽気で楽しい新しい親戚にも恵まれた。きっと乗り越えてくれるよ」
「うん。そうだよね。ホント、再婚してくれて良かったよ」ユイは大きく頷いて笑った。
 笑ったつもりなのだろうが、顔は引きつっている。

「何だ、今からもう緊張してるのか?」ここは俺もおどけてやろう。
「だって……。仮死状態ってどうなるの?心臓止まるんでしょ?何か怖いよ。私、息止めてた方がいいとかある?」何しろ経験がないもので!とブツブツ続ける。
「呼吸は気にするな。心臓は完全には止まらない。脈は微かにある。肌も俺みたいに冷たくはならない」
「でもそれじゃ、バレない?」

「問題ない。俺以外に絶対に触れさせない。ユイのガードは完璧だよ」
 そう言って軽くウインクを飛ばす。

 そして長らくお預けだったあのリングを嵌めてやる。
 視線がその左手中指に向く。
「俺は、ユイの全てを愛してる。嫌いな所など一つもない。だからユイにも、自分を好きでいて欲しいんだ。例え指の一本でも、嫌いだなんて思って欲しくない」

 なぜかユイが無言だ。
 もしかして、そんなに変形してしまったその指が嫌いなのか。

「どうしても気に入らないなら、形成手術して戻してやろうか?」
 その程度ならば朝飯前だ。
 こんな提案をしてみると、すぐさま返事が返って来た。
「それ、今必要あると思う?」
「ヴァンパイアに転生した後では、手術は不可能だ。今しかないだろ?」
「遠慮します!」

 しばしユイが俺を睨んでいた。なぜそんなに怒る?

「そんな事しなくても、私はもうとっくに先生の策略に嵌まってるよ。だって、今じゃ大嫌いだったこの指を眺めてはニヤケてるんだから。これってもう、大好きって事じゃない?」

 この言葉を聞いて、一気に緊張が解けた。そういう事ならば安堵した。

「ありがとね、新堂先生。私も、あなたの全てを愛してる」
「全て?」
「そう、全て!何か文句ある?」
「いいや」微笑みながらそう否定して、ユイを優しく抱きしめた。

 この温かな温もりを、最後に満喫させて貰うとしよう。もう二度と味わえなくなるこの温もりを、最後に。

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