時世時節~ときよじせつ~

氷室ユリ

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54 愛の力 ※

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 ユイは自室のベッドにて、青白い瞼を閉ざしたままだ。


 蒼白な顔を見ているのに耐え兼ね、その唇にローズピンクのルージュを引いてやった。
 家に運び込んで、すでに二時間が経過している。

「ユイ、目を覚ませ。もう薬は切れているはずだぞ?」
 彼女の様子に変化はない。心臓は弱々しくはあるが拍動を続けているし、体温もある。だが目覚めない。

「もうあまり時間がないぞ?ここまで来たんだ。あと少しなんだ!目を覚ませよ」
 僅かに暖かい体を抱き起こして擦ってみる。
「見た目はもう、まるでヴァンパイアだな」
 真っ白の肌は滑らかで、肌触りさえ除けば自分の肌に良く似ていると思う。

 だがユイの心臓は動いている。まだ生きているのだ。生きていて貰わねば困るが!


 しかし何をしても、ユイは目覚めなかった。

 終わった。この計画は失敗だった。弱り切った体に、二度の仮死状態は負担が大きすぎたのだ。
 諦めの境地に達した俺は、何を血迷ったかある事を思いついた。

「ユイ。おまえ、……したがってたよな。何なら、今からするか?」
 おどけて問いかけながら、そっとユイの衣服を脱がせ始める。
 心のどこかで、この行為によってユイが目覚めてくれる事を願っていた。ありもしないそんな浅はかな考えに陥る程に、俺は絶望していた。

 下着姿になった彼女を見下ろす。
 そして、全てを取り払った。もう二度と動く事のない、愛しい朝霧ユイ、いや新堂ユイを気の済むまで眺めた。
 思えばユイの裸を最初に見たのは、鬼に攫われた節分の夜だった。
 そして二度目は、ユイが自ら一糸纏わぬ姿を俺に晒した。あの真夜中のビーチでの事は忘れようがない。

「綺麗だよ、ユイ。とても…………愛している、おまえだけを、永遠に」

 体中にキスの雨を降らせた。一つ一つに心を込めて。
 一頻り上から下までキスの嵐を浴びせてから、再び頬に手を当て顔を窺うも変化はない。手をゆっくりとスライドさせて行く。首筋から鎖骨を伝い、胸元へ。

「胸が小さい事、気にしてたな……」ふいに笑いを零してしまう。

 可愛らしい胸の頂の蕾は、どんなに愛撫を繰り返しても反応がない。あんなに敏感だったユイの可愛い蕾が!そっと口に含み舌での愛撫に切り替えるも、何の主張も示す事はなかった。
 それでも構わず、舌で蕾を転がしながら手元を下ろして行く。
 痩せてしまったせいで、肋骨や骨盤の存在が際立っている。その骨格に沿って手を進め、いつしか茂みへと到達した。

「久しぶりだよな。また、最初は痛いかもしれないぞ?」

 一瞬、ピクリとユイの体が動いたような気がした。願望のあまり、そんな気がしただけかもしれない。その証拠に、あの芳しい愛液の香りは確認できない。
 茂みの中に指を忍ばせ、下のもう一つの蕾を可愛がった後に、目的の液の出所をゆっくりと時間をかけて慣らして行く。

 ほんの僅かの湿り気と香りが生まれた。そうだ、まだユイは生きている。

「ユイ、まだ早いかもしれないが、俺はもう限界だ……いいかな?」
 
 素早く自分の象徴を曝け出し、ユイの中にこの水晶のように固く冷たいものを入れ込む。今持てる俺の想いの全てをそこに込めて、奥深くまで。

「んっ…………」ユイが声を漏らした。

 聞き間違えるはずがない。確かにユイの声だ。意識が戻ったのだ!
「ユイ!分かるか?感じてくれたんだな……ああ、ユイ!最高だよ」
 彼女が覚醒した。俺の中に再び希望が甦る。あんなに重々しかった俺を取り巻く空気が、途端に消え去って行く。

「しん、どう、先生……。あぁっ!何?この感覚は……っ」答えた彼女が身悶えする。
 俺は動きを止めたまま耳元で囁く。
「ユイ、ロシアに行くのは後にしよう。もうここで始めるよ。いいね?」恐らくこれ以上、おまえの心臓は持たない。

 今しかない。

「何だか良く分からないけど……とってもいい気持ち。このまま連れてって、あなたの世界へ……一緒に」
 夢うつつのユイに、俺は微笑んで頷いた。
「了解。それから先に言っておくが、肩の辺り、粉砕骨折させるかもしれない。すぐに治るから許せ」他は気をつけるから、と付け加える。
「んもう……痛いのは、極力勘弁だからね?うふふ……!」ユイは笑って答えた。

 改めて、腰は動かさずに中に入れたまま、脆く柔らかなユイの素肌を慈しみながら、隅々まで撫でる。
 とても気持ち良さそうに身を任せるユイ。時折その体を震わせながら、恍惚の表情を見せている。
 再び腰の律動を始めると、痛みが走ったのかユイの体が飛び跳ねた。

「ごめん、意識のない間に無理やりに入れたからな」
 いつもならば中断して様子を見るところだが、今は時間が惜しい。止めてやる事はできない。動きの度にさらに痛みを感じている様子のユイ。
「もうすぐだ、もうすぐ……」

 そしてその表情は、次第に快感の悶えに変化した。
 それを確認するや、さらに動きを早めて絶頂を目指す。

「ああっ!しっ、しんどう、せんっ……、んぁ、はぁ、あああ!!」
「ユイ、愛してる」
 ユイがピークに達したのが分かり、すぐさまその首筋に唇を寄せ、かつてヴァンパイアに負わされた傷跡に舌を這わせる。
 そしてそこに、そっと自分の牙を食い込ませて行った。

「いやあああっ!!」ユイが声を上げる。
 今、彼女の体には戦慄が走り抜けている事だろう。心配ない、その痛みはすぐに熱さへと変わるはずだ。
 きつく目を閉じ苦痛に顔を歪めるユイ。もう快楽の恍惚感は消え失せてしまったようだ。やはりこの痛みの方が強烈だったか。
「痛いよ、ああっ!熱い……、しんどう、先生……っ!い、いやっ、やめて!」

 俺は言葉を発するのを控え、ひたすらユイの首元から血を吸い続けた。

 この甘美な血を、ずっと念願だったこれを、今ようやく堪能できるんだ。思う存分味わうがいい、新堂和矢!自分にこう言い聞かせて、ユイの拒絶に耳を塞ぐ。

「痛い……っ!」再びユイが叫んだ。
 肩に置いた自分の指が、ユイの骨を容易に砕いていた。予想通りだ……済まない、ユイ。もう二度とおまえを傷つけないと誓ったのに!

 俺にしがみ付いて必死で痛みに堪えているユイを、今の俺は抱きしめてやる事しかできない。

「先生、もう、ダメかも……私。こ、殺していいよ……全部飲んで、あなたがお腹いっぱいになれば、もう、それで……満足。ううっ、あああぁぁ!!」
 ユイがこんな事を言い始めてくれたお陰で、タイミングが掴めた。
 今度は首元に食い込ませた牙を抜きにかかる。

 彼女の体は、力なく俺にもたれ掛ったまま動かなくなった。

「ユイ!ユイ、眠るな。気をしっかり持て!もう終わる、血は飲み終えた。次が最後だ、心臓に直接毒を入れる。また注射で悪いが、これが一番傷口が小さくて済むから」
 そう説明して、用意していた太い注射器を手に取る。部屋の明かりに反射して、中の銀色の液体が揺れている。
 これは、たった今俺自身から採取したヴァンパイアの血液だ。ここにはユイの血も混じっている。

 閉じかけた瞼を、開けている事で精一杯といった様子のユイ。
 この注射器を目にして無言というのはあり得ない事だ。ただその体はタイミング良く、まるで駄々をこねるように痙攣を始めた。
 ベッドから落ちそうになっては引き上げる作業を何度も繰り返す。

 手元が定まらない。

「頼むから、大人しくしてくれ!」
 そしてついに、ユイの胸に深く針を突き刺した。

 ユイの最後の悲痛な叫びが、しばらく耳に焼きついていた。

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