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二.紅色は悲劇のヒロインと
21.人じゃないから
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今までの冗談まじりの言葉とは違うと感じていた。本気で真剣にそう願っているかのようにも思えた。
桜乃はまるで名前そのままに、春が過ぎたから桜のように散ってしまおうというのだろうか。でもどうして僕と一緒になのだろうか。僕と桜乃はそんな関係じゃない。
僕の気持ちはたぶん彼女に近づいているのだと思う。未来をみてからというものの、彼女の事ばかり考えていたからかもしれない。だけど桜乃からはそんな気持ちを覚えるほど近づいた訳じゃないはすだ。
「なんで」
僕は思わず口にしていた。だけど桜乃はすぐに僕のその言葉を遮るように、ふたたび僕へと語り出していた。
「そんな見透かしたような事を言うんだ、ですか。簡単ですよ、私も浩一さんと一緒だからです。私も、貴方も」
桜乃の笑顔のまま告げていた。なのにどうしてこんなに悲しい想いばかり感じられるんだと思う。こんな桜乃の声は聴いていたくなんてなかった。切り裂かれるように胸の奥が痛む。
「人じゃないから」
桜乃の差し出した手は、魅惑的な白い色を見せて、かすかに上気して赤く染まる頬が彼女がここにいるんだと感じさせていた。なのに桜乃の瞳は、どこか壊れたがらくたのようにただ寂しさだけを携えて僕へと誘いかける。
風が吹いていた。冷たい風が僕の頬をなでる。潮の匂いが僕を包み込んで、そして彼女と共に僕を誘う。
「……何を馬鹿な事を。僕も君も普通の人間だろ」
人じゃないから。何を言っているのかわからなかった。私も貴方も。それは僕と桜乃に何か共通点があると告げているのだろう。
だけど理解が出来なかった。何を言いたいのだろうか。
もしかすると桜乃も未来が見えるのだろうか。いまここで起きる事を知っていたのだろうか。
本来は知り得ない未来を知ってしまう事に、さよならを告げてしまうこの力に。そして変えられない未来に諦めを覚えてしまったのだろうか。だからこそ僕がいる場所にやってきたり、僕が告げようとした台詞を先取りしたりしたのだろうか。
知ってしまった未来を変えられない事は、思っていたよりもずっと苦しくて、僕はただ力に苛まれ続けてきた。突然やってくる別れは悲しくて、でもどんなに未来を変えようと願っても、それを避けられない事は絶望しかなくて。もしかしたら彼女にとって大切な人を失って、それゆえに大きな悲しみを残してしまったのだろうか。
それは確かに普通ではない力かもしれない。だけど人じゃないと言うほどのものだろうか。ほんの少し人が知るはずじゃなかった未来を知ってしまうだけのことだ。
僕が思うその瞬間。桜乃は少しだけ、もういちど寂しげに笑う。
「そうですね。大切な人を失ってしまったから。それはそうなのかもしれません。確かに人が知るはずじゃなかった未来が見えるだけの貴方は、まだかろうじて人でいられるのかもしれません。でも私は、神様になれなかった出来損ないだから」
「どうして」
桜乃の抱いている諦めにも似た寂しさに、僕は訊ねずにはいられなかった。
そして僕が覚えていた違和感がはっきりと形になっていた。今の言葉は未来を見ただけでは知りようがなかった。いま僕が心の中で感じた想いだから。
未来はあくまでも映像として僕の中に浮かんでくる。でもそれは動画を見るようなもので、その人の心の中までは知りようがなかった。
声にしない言葉が見えるはずがないのだから、知るはずもない。まるでこれは。
「心が読めるみたい、ですか」
桜乃は僕の心の中を言い当てると、静かに僕を見つめていた。
ここまでくればもう間違いは無かった。そうか。だから彼女はいろいろなことを知っていたのだろう。
「その通りですよ。私は、人の心が聞こえてしまうんです。知り得ないはずの事を知ってしまうという意味では、貴方と同じ力です」
桜乃は手を差し出したまま、もういちどどこか遠い笑顔をこぼしていた。
まるでそのまま消えてしまいそうなほどに儚くて、桜乃はまさにいま散ろうとしているのかもしれない。
普通であればバカな事を言うと一笑に付すところなのだろう。しかし思い起こせば、今までも心を読んだからだと思えばつじつまがあう事はいくつかある。
身体が震えているのは、彼女の力を恐れたからだろうか。それとも不思議な力を持つ仲間を見つけた喜びからだろうか。
ただ彼女が抱えてきた闇がどれほどのものかは、僕には想像もつかなかった。
人の心を見てしまう。見えてしまう。それがどれほど恐ろしいものかは僕にだってわかる。
人には誰しも人に見せたくない感情をいくつも持っている生き物だろう。嫉み、妬み、怒り、憎しみ。汚らしい感情を持っていない人間なんているはずもない。だけどほとんどの人はその感情をなるべく外に出さないようにして生きているものだ。
そんな気持ちを知られてしまうとしたら。それは恐ろしい事だと思う。
そしてそんな気持ちを知ってしまう人間だと知っていたら、その人と近しい関係になりたいと思う人間なんているはずもない。
でも知らなければぶしつけにそんな汚い感情をぶつけられてくる。知りたくもない嫌な感情をぶつけられてしまうのだ。
だからそんな力を持つ人間はいつも一人だ。一人でいるしかない。誰とも近づかず、ただ離れて生きるしかないはずだ。
それは悲しい事だと思った。
僕の持つ力による嘆きなんて、比較にもならないくらい、ずっと。
ただ考え方によっては、僕の持つ力と桜乃の持つ力は等しいものなのかもしれない。未来が見えるという事と、相手の心が見える事は違うようでいて、知らないで良かったものを知ってしまうという意味では同じ力だ。知ったからといって何も出来ない。
そして知らずにすんだ事を知る事で、悲しいばかりが増えて、喜びは半減させてしまう。知らない事だから嬉しくて、悲しみは知ったからといって癒えはしない。
知らずにいられるという事は幸せな事なのだと、僕には痛いほどにわかる。彼女が知らずにいられれば、どれだけ心安らかにいられるのか。それはきっと僕だけが理解出来る気持ちなのだろう。
だから僕は彼女に惹かれていたのかもしれない。僕と同じ空気を携えていたから。
「私は浩一さんと初めて出会った時から、貴方の事が気になっていました。なんておかしな空想をする人だろうってね」
彼女はいたずらな笑みを浮かべて、僕をじっと見つめていた。
波が打ち付ける音が、僕と桜乃の二人が作るちっぽけな世界が現実なのだと知らしめてくる。まるでどこかに迷いこんでしまったかのような、そんな感覚が僕を満たしていた。
「男の人って面白いもので大抵の人が私をみて可愛いって思います。その後で胸もけっこう大きいな、とかね。まぁ、もっともっとえげつない想像をされる方も少なからずいますから、私とやりたいっていうくらいの気持ちはごく健全な方かなと思います。でも私に陵辱の限りを尽くしたい、とか、部屋に閉じこめて飼ってみたい、とかいう方も案外いますし。あ、でも女の人だって方向性が違うだけで同じレベルの事を考えますけど」
桜乃はさらりとろくでもない告白をすると、だけど笑顔を崩したりはしなかった。彼女にとってそんな感情をぶつけられるのは、日常に過ぎないのだろう。
そんな人の持つ嫌らしい感情を常に浴び続ければ、人によっては気が狂ってしまったとしても不思議はない。人間を信じられなくなってもおかしくはないし、僕なら耐えられなかったかもしれない。
それなのに桜乃は静かにただ儚げな笑顔を僕へと向けたままだった。
「でも貴方のような想像をされる方はあまりいませんから。私が貴方に一緒に死のうと話しかけるだなんて、普通ならそんな馬鹿な話ありませんよね」
桜乃はまだ僕へと差し出した手を引いてはいない。僕をただこの先の海へと誘おうというのだろうか。
「妄想にしては、あまりにも明確で。想像にしては、あまりにも恐れすぎていて。不思議な事を思う浩一さんの事が気になっていました。だから確かめてみようって思いました。昨日、手を繋ぎましたよね。私は相手の肌に触れると、その時に思っている気持ちだけでなくて、記憶の中まで読み取る事が出来るんです。心は嘘をつくけれど記憶は嘘をつきませんから。貴方が未来を見る力を持っている事は疑いようもありませんでした。浩一さんは私と同じ、知らないでいたい事を知ってしまう力を持っているんだって」
桜乃の微笑みは言葉と共に少しずつ陰りを増してきていた。
それは桜乃のかぶってきた仮面がとれようとしていたのかもしれない。
桜乃は人の持つ悪意を避けるために、心を消してしまっていたのだろう。どこか不思議なつかみどころのない彼女は、きっと自分をずっと隠してしまっていたのだろう。
人が知り得ない事を知る。それがどんなに辛い事なのかは、僕自身がよく知っている。けど僕の力は限定的で、きっと桜乃の受ける痛みの何十分の一にしか過ぎなくて。それでも僕自身も、心のどこかに蓋をしてしまっていた。
言っても仕方ない。自分の中だけに抑え込んでしまえばいいんだ。そう思い込んでいた。そうしなければきっと心が耐えきれなかった。ましてや桜乃は僕よりもずっと直接的に悪意に晒されているんだ。桜乃の心はきっと何も感じられなくなっていたのだろう。
「浩一さん、貴方ならわかりますよね。こんな力を持っていても、良いことなんて一つもないって。知りすぎてしまった者はいなくなるしか逃れる方法はないんです。だから」
桜乃の身体が震えていた。そしてふわりとその身体が浮かんだように思えた。
もちろんそれは錯覚に過ぎなくて、桜乃自身はそこから一歩も動いてはいない。
いや、違う。これは未来だ。僕は未来を見ていた。それもこの見え方はごくごく近い未来で、彼女が海へと飛び込もうとしている事の暗示だろう。
それと同時に桜乃は海へ飛び込もうとして身体を宙に浮かせていた。僕はあわてて桜乃の手を掴んで、そして強く引き寄せる。
無理につかんだことでバランスを崩して、僕と桜乃はその場に倒れ込んでいた。
ちょうど桜乃の身体が僕の上に重なって、すぐ目の前に彼女の顔が見えた。
桜乃はまるで名前そのままに、春が過ぎたから桜のように散ってしまおうというのだろうか。でもどうして僕と一緒になのだろうか。僕と桜乃はそんな関係じゃない。
僕の気持ちはたぶん彼女に近づいているのだと思う。未来をみてからというものの、彼女の事ばかり考えていたからかもしれない。だけど桜乃からはそんな気持ちを覚えるほど近づいた訳じゃないはすだ。
「なんで」
僕は思わず口にしていた。だけど桜乃はすぐに僕のその言葉を遮るように、ふたたび僕へと語り出していた。
「そんな見透かしたような事を言うんだ、ですか。簡単ですよ、私も浩一さんと一緒だからです。私も、貴方も」
桜乃の笑顔のまま告げていた。なのにどうしてこんなに悲しい想いばかり感じられるんだと思う。こんな桜乃の声は聴いていたくなんてなかった。切り裂かれるように胸の奥が痛む。
「人じゃないから」
桜乃の差し出した手は、魅惑的な白い色を見せて、かすかに上気して赤く染まる頬が彼女がここにいるんだと感じさせていた。なのに桜乃の瞳は、どこか壊れたがらくたのようにただ寂しさだけを携えて僕へと誘いかける。
風が吹いていた。冷たい風が僕の頬をなでる。潮の匂いが僕を包み込んで、そして彼女と共に僕を誘う。
「……何を馬鹿な事を。僕も君も普通の人間だろ」
人じゃないから。何を言っているのかわからなかった。私も貴方も。それは僕と桜乃に何か共通点があると告げているのだろう。
だけど理解が出来なかった。何を言いたいのだろうか。
もしかすると桜乃も未来が見えるのだろうか。いまここで起きる事を知っていたのだろうか。
本来は知り得ない未来を知ってしまう事に、さよならを告げてしまうこの力に。そして変えられない未来に諦めを覚えてしまったのだろうか。だからこそ僕がいる場所にやってきたり、僕が告げようとした台詞を先取りしたりしたのだろうか。
知ってしまった未来を変えられない事は、思っていたよりもずっと苦しくて、僕はただ力に苛まれ続けてきた。突然やってくる別れは悲しくて、でもどんなに未来を変えようと願っても、それを避けられない事は絶望しかなくて。もしかしたら彼女にとって大切な人を失って、それゆえに大きな悲しみを残してしまったのだろうか。
それは確かに普通ではない力かもしれない。だけど人じゃないと言うほどのものだろうか。ほんの少し人が知るはずじゃなかった未来を知ってしまうだけのことだ。
僕が思うその瞬間。桜乃は少しだけ、もういちど寂しげに笑う。
「そうですね。大切な人を失ってしまったから。それはそうなのかもしれません。確かに人が知るはずじゃなかった未来が見えるだけの貴方は、まだかろうじて人でいられるのかもしれません。でも私は、神様になれなかった出来損ないだから」
「どうして」
桜乃の抱いている諦めにも似た寂しさに、僕は訊ねずにはいられなかった。
そして僕が覚えていた違和感がはっきりと形になっていた。今の言葉は未来を見ただけでは知りようがなかった。いま僕が心の中で感じた想いだから。
未来はあくまでも映像として僕の中に浮かんでくる。でもそれは動画を見るようなもので、その人の心の中までは知りようがなかった。
声にしない言葉が見えるはずがないのだから、知るはずもない。まるでこれは。
「心が読めるみたい、ですか」
桜乃は僕の心の中を言い当てると、静かに僕を見つめていた。
ここまでくればもう間違いは無かった。そうか。だから彼女はいろいろなことを知っていたのだろう。
「その通りですよ。私は、人の心が聞こえてしまうんです。知り得ないはずの事を知ってしまうという意味では、貴方と同じ力です」
桜乃は手を差し出したまま、もういちどどこか遠い笑顔をこぼしていた。
まるでそのまま消えてしまいそうなほどに儚くて、桜乃はまさにいま散ろうとしているのかもしれない。
普通であればバカな事を言うと一笑に付すところなのだろう。しかし思い起こせば、今までも心を読んだからだと思えばつじつまがあう事はいくつかある。
身体が震えているのは、彼女の力を恐れたからだろうか。それとも不思議な力を持つ仲間を見つけた喜びからだろうか。
ただ彼女が抱えてきた闇がどれほどのものかは、僕には想像もつかなかった。
人の心を見てしまう。見えてしまう。それがどれほど恐ろしいものかは僕にだってわかる。
人には誰しも人に見せたくない感情をいくつも持っている生き物だろう。嫉み、妬み、怒り、憎しみ。汚らしい感情を持っていない人間なんているはずもない。だけどほとんどの人はその感情をなるべく外に出さないようにして生きているものだ。
そんな気持ちを知られてしまうとしたら。それは恐ろしい事だと思う。
そしてそんな気持ちを知ってしまう人間だと知っていたら、その人と近しい関係になりたいと思う人間なんているはずもない。
でも知らなければぶしつけにそんな汚い感情をぶつけられてくる。知りたくもない嫌な感情をぶつけられてしまうのだ。
だからそんな力を持つ人間はいつも一人だ。一人でいるしかない。誰とも近づかず、ただ離れて生きるしかないはずだ。
それは悲しい事だと思った。
僕の持つ力による嘆きなんて、比較にもならないくらい、ずっと。
ただ考え方によっては、僕の持つ力と桜乃の持つ力は等しいものなのかもしれない。未来が見えるという事と、相手の心が見える事は違うようでいて、知らないで良かったものを知ってしまうという意味では同じ力だ。知ったからといって何も出来ない。
そして知らずにすんだ事を知る事で、悲しいばかりが増えて、喜びは半減させてしまう。知らない事だから嬉しくて、悲しみは知ったからといって癒えはしない。
知らずにいられるという事は幸せな事なのだと、僕には痛いほどにわかる。彼女が知らずにいられれば、どれだけ心安らかにいられるのか。それはきっと僕だけが理解出来る気持ちなのだろう。
だから僕は彼女に惹かれていたのかもしれない。僕と同じ空気を携えていたから。
「私は浩一さんと初めて出会った時から、貴方の事が気になっていました。なんておかしな空想をする人だろうってね」
彼女はいたずらな笑みを浮かべて、僕をじっと見つめていた。
波が打ち付ける音が、僕と桜乃の二人が作るちっぽけな世界が現実なのだと知らしめてくる。まるでどこかに迷いこんでしまったかのような、そんな感覚が僕を満たしていた。
「男の人って面白いもので大抵の人が私をみて可愛いって思います。その後で胸もけっこう大きいな、とかね。まぁ、もっともっとえげつない想像をされる方も少なからずいますから、私とやりたいっていうくらいの気持ちはごく健全な方かなと思います。でも私に陵辱の限りを尽くしたい、とか、部屋に閉じこめて飼ってみたい、とかいう方も案外いますし。あ、でも女の人だって方向性が違うだけで同じレベルの事を考えますけど」
桜乃はさらりとろくでもない告白をすると、だけど笑顔を崩したりはしなかった。彼女にとってそんな感情をぶつけられるのは、日常に過ぎないのだろう。
そんな人の持つ嫌らしい感情を常に浴び続ければ、人によっては気が狂ってしまったとしても不思議はない。人間を信じられなくなってもおかしくはないし、僕なら耐えられなかったかもしれない。
それなのに桜乃は静かにただ儚げな笑顔を僕へと向けたままだった。
「でも貴方のような想像をされる方はあまりいませんから。私が貴方に一緒に死のうと話しかけるだなんて、普通ならそんな馬鹿な話ありませんよね」
桜乃はまだ僕へと差し出した手を引いてはいない。僕をただこの先の海へと誘おうというのだろうか。
「妄想にしては、あまりにも明確で。想像にしては、あまりにも恐れすぎていて。不思議な事を思う浩一さんの事が気になっていました。だから確かめてみようって思いました。昨日、手を繋ぎましたよね。私は相手の肌に触れると、その時に思っている気持ちだけでなくて、記憶の中まで読み取る事が出来るんです。心は嘘をつくけれど記憶は嘘をつきませんから。貴方が未来を見る力を持っている事は疑いようもありませんでした。浩一さんは私と同じ、知らないでいたい事を知ってしまう力を持っているんだって」
桜乃の微笑みは言葉と共に少しずつ陰りを増してきていた。
それは桜乃のかぶってきた仮面がとれようとしていたのかもしれない。
桜乃は人の持つ悪意を避けるために、心を消してしまっていたのだろう。どこか不思議なつかみどころのない彼女は、きっと自分をずっと隠してしまっていたのだろう。
人が知り得ない事を知る。それがどんなに辛い事なのかは、僕自身がよく知っている。けど僕の力は限定的で、きっと桜乃の受ける痛みの何十分の一にしか過ぎなくて。それでも僕自身も、心のどこかに蓋をしてしまっていた。
言っても仕方ない。自分の中だけに抑え込んでしまえばいいんだ。そう思い込んでいた。そうしなければきっと心が耐えきれなかった。ましてや桜乃は僕よりもずっと直接的に悪意に晒されているんだ。桜乃の心はきっと何も感じられなくなっていたのだろう。
「浩一さん、貴方ならわかりますよね。こんな力を持っていても、良いことなんて一つもないって。知りすぎてしまった者はいなくなるしか逃れる方法はないんです。だから」
桜乃の身体が震えていた。そしてふわりとその身体が浮かんだように思えた。
もちろんそれは錯覚に過ぎなくて、桜乃自身はそこから一歩も動いてはいない。
いや、違う。これは未来だ。僕は未来を見ていた。それもこの見え方はごくごく近い未来で、彼女が海へと飛び込もうとしている事の暗示だろう。
それと同時に桜乃は海へ飛び込もうとして身体を宙に浮かせていた。僕はあわてて桜乃の手を掴んで、そして強く引き寄せる。
無理につかんだことでバランスを崩して、僕と桜乃はその場に倒れ込んでいた。
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