喋る黒猫とうそつきの麦わら

香澄 翔

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四.最後の夏とうそつきの麦わら

37.かなたとこずえ

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「出来ればもうちょっとありすちゃんやお兄ちゃんと遊びたかったかな。これでお別れなんて寂しいもの」

 確かに僕は夏祭りが終わったら出て行くという話をしていた。だからお別れの時は近づいてきているかもしれない。

「すぐに出て行く訳ではないから、かなたちゃんが望むなら、明日はまだ遊べるよ」

 けどありすの彼氏になった以上は、そんなに慌てて村を出ることはなかった。だからかなたとの時間も作れない訳では無い。明日はそうしてもいいなと思う。
 もしかしたらありすは少し焼き餅を焼いてくれるかもしれなかったけど、せっかく出会った妹のようなかなたにも楽しんで欲しいとは思う。
 だけどそんな僕の思いとはうらはらに、かなたは静かに首を振るっていた。

「ううん。もう間に合わないんだ。だって。だってさ。これが最後の夏だもの」

 かなたはいつの間にか大粒の涙を浮かべていた。
 崩れそうになる程にあふれさせていて、すぐにでもこぼしそうになる。
 唐突な涙に僕はぎょっとして目を見開く。何か言わなくちゃと思うのだけど、言葉が出てこない。かなたがなぜ泣いているのかわからなかった。
 かなたは今にも泣き出しそうなほど涙を潤わせていて、すぐにでも流れ落ちそうだった。
 何とかそれをこらえようとしてかなたは目を開いていたが、ぎりぎりのところで耐えていた涙が、不意にこぼれおちる。
 いちど落ちてしまえば、もう後はずっと流れ続けていた。はっきりと泣き出しているのだけれど、それでもかなたは泣き声を上げたりはしなかった。

「お兄ちゃんありがとう。かなたね。最後にそう言ってもらえて嬉しかったよ。私の事も気にかけてくれてるんだって。そして今までこうして時間を使えて。本当は過ごせなかった時間をもらえて。ありすちゃんのおかげで、もういちどこの村で笑えて過ごせた。それがね。何よりも宝物なの」

 かなたは僕に、そしてありすに礼を告げていた。
 かなたが何のお礼を告げているのか、僕にはわからなかった。
 ただかなたは崩れ落ちそうな笑顔を浮かべて、涙をぼろぼろとこぼしていた。

「これでお別れだね。ありすちゃん、お兄ちゃん、ばいばい。いつかきっと、またどこかで会おうね」

 かなたは笑いながらゆっくりと告げる。
 笑顔のまま涙をこぼしながら。
 かなたがそう告げたと同時に、かなたの姿が音もなく消えていく。
 ぽとんと音をたてて、かなたが胸につけていた花が地面へと落ちる。
 まるでその持ち主は、はじめからそこにはいなかったかのように。

「かなた……ちゃん……?」

 ありすが声を漏らした。
 だけどかなたの姿はもうどこにもなかった。
 まるではかなげな夢のように。

「……え……なに……なにがおきたの……。かなたちゃん。ここに、ここにいたよね? いましたよね? 謙人さん、かなたちゃんいましたよね? なんで、なんで姿が見えないの。なんで……!?」

 ありすが声を漏らすが、僕には何も答えられなかった。
 何が起きているのか、僕も理解が出来なかった。目の前にいたかなたが消えてしまったことを受け入れられなかった。
 かなたが突然に姿を消していた。まるで神隠しにあったかのように。
 ここが神社だからといって、そんなことはあるはずはないのに。
 混乱する僕の心は、ありすに何か声をかけなくてはと思うものの、何の言葉も紡ぎ出すことが出来なかった。

「んー、どげんしたと?」

 背中からかけられた声はこずえのものだった。
 慌てて振り返る。
 そこには巫女服をきたこずえがにっこりと微笑んでいた。
 助けが来た。そう思った。いま起きた不思議な現象を話さなくちゃ。こずえに伝えなくちゃ。そう思った。
 だけど僕が告げるよりも早く、ありすはすぐにこずえへと駆け寄っていた。

「こずちゃん! かなたちゃんが、かなたちゃんが、きえ……きえちゃった……。いつもの話じゃないよ。いつもの嘘じゃなくて。かなたちゃんが……本当だよ。嘘じゃないよ。かなたちゃんが、かなたちゃんが……!」

 あからさまに狼狽した様子で、ありすはこずえにすがるように手を伸ばした。
 しかしありすの手はこずえに触れる事はなく、その体を通り抜けていた。

「こず……ちゃん?」
「ん。わかっとう。大丈夫、ありすちゃん。心配しなくてもいいけんね。かなたは役割を終えただけやけん。あとちょうどうちも役割が終わったところやんね。うちは巫女役やったけど、神事は滞りなく済ましたけん。やけん、そろそろ迎えがくることはわかっとうと」

 こずえはにこやかに笑う。だけどその瞳は静かに寂しげに泣いていた。
 何が起きているのか、やっぱり僕には理解が出来なかった。どうしてありすの手はこずえに触れることが出来なかったのか。こずえが何を言おうとしているのか。困惑するばかりで、それでも目の前の現実は強制的に時間を流していく。
 こずえは涙をため込んでいて。流しきれない涙が瞳の中に満ちて、とうとう溜めきれずに流れ落ちていた。

「あー、もう。泣かんとこう思っとったのに、これじゃ台無しったい。ま、いうても泣かんのはやっぱり無理やったんよね。だって、これが最後の夏やけん」

 こずえも同じように最後の夏だと告げていた。
 何が起きているのか、僕にはわからなかった。
 ただ目の前からかなたが消えて、そしていまこずえもいなくなろうとしている。そのことだけははっきりとわかっていた。
 だけどなぜかなたが、そしてこずえが消えなければならないのか。何が起きているのか。僕には何一つ答えを見出せなかった。
 こずえが消えてしまう。かなたは消えてしまった。
 ありえない。ありえないはずなのに、なぜかそれだけは僕は知ってしまっていた。

「こず……ちゃん。もしかしてこずちゃんも消えちゃうの!? いや。いやだよ。そんなのいやだよ。どうして、どうしてなの!? 何がおきてるの!?」

 わからないのはありすも同じようだった。
 こずえの名前を呼んで、こずえの手をとろうとして。
 だけどその手は触れる事ができなくて、こずえの体をすり抜けていく。

「ありすちゃんは魔女やろ。やけん魔法がつかえるとよ」

 こずえは不意にありすの『設定』を口にしていた。

「こずちゃん、こんな時に何を言っているの。私が魔女だなんてただの妄想だよ。そんなことじゃなくて、今だってこずちゃんが」
「ううん。ありすちゃんはね。魔女なんよ。でもね。ありすちゃんが思っているような魔女とはちょっと違うっちゃけどね。神様がくれた奇跡をほんの少し使えていた、神様の魔法使いやけん。それでね。そんなありすちゃんの魔法が、奇跡を起こしたと」

 こずえはゆっくりと首をふるって、そして再び涙を落とした。

「うち本当に嬉しかったとよ。だって本当はここにいられないはずのうちが、こうしてここでありすちゃんと笑っていられた。そげんことを奇跡って言わないで、なんていうたらいいんか、うちにもわからんもん。うちね。ありすちゃんの魔法に感謝しとうと」

 こずえはそれから僕の方へと振り向いていた。

「ケントさん。ありすちゃんをよろしくね。本当に本当にこの子は純粋でいい子やけん。うちね。ありすちゃんが大好きやけん。ありすちゃんに幸せになってもらいたいと」
「う……うん。……わかった……」

 そううなずく事が僕に出来た精一杯の答えだった。
 何が起きているのか。何が起きようしているのか。
 何もわからないのに、こずえがもう消えてしまうということを痛いほどに感じ取ってしまっていた。

「いやだいやだいやだいやだ。こずちゃんがいなくちゃいやだよぅ。おいていかないで。私と一緒にいてよぅ。私は魔女なんかじゃないよ。私はうそつきだもん。私は魔法なんて使えないもん。ただ謙人さんと道に迷って、ただそんなお話をして。ちょっとばかりそうだったらいいなって思っていた、ただの普通の女の子。私は魔法なんて使えないよ。だからこずちゃんはここにいるね。だから、だから、こずちゃんがいなくなっちゃいやだよぅ」

 泣いてすがるありすに、だけどこずえは首を振るう。
 
「ごめんね。一緒にいてあげたいけど、もういかないといけんと。神様が呼んどうけん。そろそろ時間やけんね。でもうちはありすちゃんと一緒にいられて楽しかった。ありすちゃん、大好きやけん。うちはありすちゃんのこと、忘れんけんね。でもありすちゃんはうちのこと忘れてしまってもよかよ。ただときどきは思い出してくれたらうれしかね」

 こずえはにこやかに、だけど、寂しい顔をしてありすをじっと見つめていた。

「いつかね。きっとどこかでまたあえると思うから。だからそれまで、ばいばい」

 言うと同時にこずえの姿が消えていた。
 まるで風に舞う塵のように。
 そこには初めから誰もいなかった。そういわんばかりに何ひとつ残さずに。
 僕の中に巨大な空白が埋め尽くしてきて、呆然として動くこともできない。
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