繰り返されるさよならの先に ――三十分間の追走曲(カノン)――

香澄 翔

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33.離れてしまった距離

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「オーディションか。さすがにそれに出るには、まだ厳しいかもな」

 俺は思ってもいない言葉を紡ぐ。
 穂花ほのかにこんな事を告げなければならない事に胸の奥がうずく。
 そして穂花自身もそんな答えが返ってくるのは想定していなかっただろう。

「そう……かな」

 少しためらうような口調で声を漏らす。

「だってほらオーディションとかって、全国から自信のある人達がたくさん集まってくるんだろ。その中にほとんど経験もない穂花が急に受けるのも、どうなのかなって俺は思ってさ。まだもう少し演技の練習してからの方がいいんじゃないかな」

 言葉を紡ぐ度に、喉から何かをはき出しそうになる。この言葉をかいつまんでいえば、今の穂花じゃ実力不足で受からないからやめておけって言っている事になる。穂花はそれを聴いてどう思うだろうか。
 穂花は何か考え込んでいるようだった。俺の言葉をどう受け取ったのだろう。
 たぶん穂花は俺が反対するなんて事は考えてもみなかっただろう。今までずっと何かあるたびに穂花の背中を押し続けてきた。今まで俺は穂花を否定するような台詞を言った事がなかった。
 だからこそ俺の言葉はどういう風に伝わっているのだろうか。

「そっ……か。そうかもしれないね……」

 寂しそうな声で穂花は誰に向けるでもなく、つぶやくような声を漏らした。
 一応は俺への返事だったのだろう。だけどうつむいて俺の方は見ていない。
 本当は背中を押して欲しかったはずだ。だからこそ俺に打ち明けたはずだ。だけど俺はその気持ちを裏切って、穂花の想いを否定する。そうするしか俺には残されていなかった。

「……たかくんがそんな風に言うなら。きっと本当にそうなんだよね」

 穂花が絞り出すような声を漏らす。
 俺は今まで穂花を否定するような事は言ったことがない。だからこそ、今の言葉は穂花にとって想定外で、そして突き刺さったはずだ。
 それが穂花の心にどれだけ影を落としたかはわからない。

 穂花はしばらく何かを考えているようだった。
 俺は胸の中につまるものを感じていた。そんなことはない。今のは間違いだと叫びだしたかった。
 だけどそれをしたらきっと穂花はまたオーディションに向かってしまい、そして事故に遭ってしまうのだろう。

 穂花を傷つけている。俺をたよって夢を語ってくれた穂花に、俺はひどい事を言ってしまっている。心臓がばくばくと音を立てていた。涙がこぼれそうなほど胸が締め付けられていた。
 今にもはき出しそうなほどに何かかがこみ上げてくる。
 だけどその全てを抑えて、俺はあたかも何事もなかったかのように告げる。

「でもさ。今日の劇はうまくいったと思うし、もう少し練習すればさ、良くなるんじゃないかな」

 慰めのような台詞にあまり心がこもっていない事は、穂花にも伝わっていただろうか。所詮は本音で思っている訳でない、ごまかしの言葉だ。
 俺が穂花をずっとみていたように、穂花も少なからず俺の事を知っているはずだ。だから俺の言葉が本音なのかどうかも伝わっているかもしれない。

 穂花は俺の言葉には応えなかった。
 ただ少しうつむいて、肩を落としていた。
 傷つけてしまったのだろうか。
 穂花を。

 穂花を救うためだとして、信じて夢を語ってくれた穂花を傷つけて、それで良かったのだろうか。いや他に選択肢なんてない。どんなに穂花が傷ついたとしても、死ぬよりかはずっとマシなはずだ。
 ただ本来の時間で近づいた俺と穂花の時間はもう重ならないだろう。それほど大きな違いがここにはある。

「わかった……。うん。そうだね。もっと練習してみる」

 穂花は絞り出すような声で答える。

「俺も練習には付き合うよ」
「うん。ありがと。たかくん」

 穂花は小さな笑みをもらすが、あきらかに落ち込んでいるのはわかった。
 今までずっと穂花をみてきたから、穂花の気持ちが痛いほどにわかる。むしろ気がつけずにいられれば、もっと自然に振る舞えたのかもしれない。
 どこか二人の間に冷えた空気が漂う。

 その時、強い風がふいた。
 だけどうつむいていた穂花はすぐにスカートを手でおさえて、以前のように舞い上がるような事はなかった。
 そのまま二人は何も言わずに校舎の前に立っていた。

 少しだけ静寂が訪れる。二人は声を発しないまま、ただ隣り合ってその場にいるだけだ。
 穂花がふと時計に視線を移す。

「そろそろ時間だね」

 穂花が寂しげな声を漏らした。だけどその寂しさは、この時間が終わる事を思っている訳ではないだろう。無言のまま過ごした時間は俺にとっても穂花にとって、辛いものだっただろうと思う。
 だけど何を言えばいいかもわからなかった。そして穂花は静かな声で終わりを告げた。
 文化祭の時間は終わって、そろそろ後夜祭が始まる時間だろう。

「そうだな」

 俺も静かな声で答えていた。
 いつもならにこやかに笑いかけるのだろう。だけど穂花も俺もうつむいたまま、それ以上の事は何も出来なかった。
 ただ二人の間には、どこか見えない壁がある事を感じていた。

「いこっか」

 穂花の言葉に俺は声には出さずにうなづくと、それからゆっくりと歩き出す。
 後夜祭には向かわなかった。
 一緒にいれば必ず結ばれるはずの後夜祭には。

 この離れてしまった距離が、きっと穂花を救う時間になるはずだった。
 だけど俺の胸の中が痛む。
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