君がたとえあいつの秘書でも離さない

花里 美佐

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エピローグ

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 彼はその後一緒に実家へ挨拶に行ってくれた。
 父は、私を叱り、そして結局彼を許した。

 もちろん、孫が生まれるというのに喧嘩しても良いことなどないと母が言ったこともあるだろう。
 
 だが、私が父に説明をしていなかったことや、いい年の男女の問題を親だからと介入するのは間違っているという父の考えで今まで事情を知っても介入してこなかったと説明された。
 
 もちろん起こした問題は自分達で責任を取るべきだし、親である自分達に頼ってきたなら進んで助けるが、それ以外では余計なことはしないというのが父の教育方針。
 
 母はそれに従ってきただけだった。
 
 弟が母を頼ったので、母はできるだけのことを弟を通して私にしてくれた。
 
 そのことに対しては感謝しかなかった。

 素晴らしい両親のもとにうまれた私を彼はうらやましいと言った。

 「愛情をはき違える人が多い中、過保護にするのではなく、子供を見守り信じるという君のお父さんの姿は素晴らしいよ。うちの父は経営者で割とドライなところがあるし、母は自分のことで手一杯な人だった。周りで見てきた経営者の娘は大抵甘やかされて、ろくなのがいない。親が手を出しすぎるからなんだ。俺たちも子供を育てるときには、お父さんを目標にしたいね」

 「そうね。でも私、子供とはずっとできるだけ近い距離でいたいな」

 「……遙。やっと側に来たら、子供に取られそうで俺は怖い。父も俺が生まれて母を取られたとずっと言ってたからな」

 「親子そろってしょうがない人達ね。大丈夫よ。子供は手をかけないと最初は動くことも食べることも出来ないんだから。それは許してちょうだい。私だって貴方に甘えたい。女の子だったら私そっちのけでかわいがりそうで……実は今から心配」

 「それはないかな。子供にはわからない女としての遙は俺にとって絶対だ。夜は俺のものだからな。子供が俺たちの時間を邪魔して夜泣きしたら説教だ」

 「は?説教?それは益々泣きそうだわ……」

 

 十二月に入った。

 私は皐月と連絡を取り合って、四人が初めて会ったあのホテルで食事をしようと計画した。
 
 「久しぶりだね、遙さん。大きなお腹だ。信じられないよ」
 
 直也さんが私を見て両手を挙げた。

 「何が信じられないんだ?お前こそ、結婚決めたそうじゃないか。何で連絡してこないんだよ」
 
 匠さんが直也さんを睨んだ。

 「それは、お前が遙さんに会えなくてイライラしているところに俺の幸せを伝えたら逆ギレされそうだったしな」
 
 「いや、それもそうだが相手は皐月さんなんだから連絡しろよ」

 二人は私達そっちのけで話し出した。
 どうやら、久しぶりに話したみたい。

 美味しいイタリアン。あの日、クリスマスイブと同じ味だね。

 「ねえ、皐月覚えてる?」
 
 「何?」

 「あの出会いは運命だったと言えるときが来るといいねって、皐月が言ってたの……」
 
 「うん。覚えてる」

 「運命だったね……」
 
 「そうね。まだ知り合って二年くらいだよね。すごい早さじゃない。お互い」

 「何か、お互い穴に落ちたって感じだね。そのままジェットコースターにのって、最初のところに戻ってきた」

 「……ふふ、言い得て妙だね。確かにそうだね。でも私は正直直也さんと付き合うとは最初本当に思っていなかった。でも、遙は最初から付き合うかもって思ってたでしょ?だからちょっと穴に落ちた時期がずれてるような気がする」

 「そうね。最初からお互い落ちていたかも知れない。皐月は直也さんとふたりで会ってから落ちたみたいだもんね」
 
 「今までの中で一番子供っぽい人なんだよね。母性本能刺激されたかな?」

 「そうかもよー。母になる日が皐月も近いんじゃないの?」
 
 「……」

 「……え?まさか……だって、春挙式予定なんでしょ?」
 
 皐月は赤くなって下を向いた。
 
 「絶対、匠さんへの対抗意識だと思う。遙が実は妊娠してるって話したら、おかしくなったの。私いやだっていったのに」
 
 珍しい。本当に皐月、直也さんには弱いんだね。
 
 「で?おめでたなのね?」
 
 「うん。わかったばっかり。昨日病院行って、二ヶ月だった」

 私は皐月の手を引っ張った。
 
 「おめでとう皐月。学年一年違うけど、仲良く育てようね。嬉しいな。最初のママ友が親友とか最高だわ」
 
 「ありがとう。でも、予定していたドレス絶対着られない。悲しすぎる」

 「でも、丁度安定期に入る頃、結婚式あげられそうじゃない。お腹もまだ目立たないから言わなければわからないかも。計画通りだったりして?」
 
 「やめてよ。でもその頃なら遙も赤ちゃんの首も据わってしっかりしてくるからお式参列してね」

 「もちろんよ」
 
 「というか……あなたたち、結婚式どうするの?」

 「籍はすぐに入れた」
 
 「え?そうだったの?」

 「結納はしたんだ」
 
 「そうだったの……忙しかったね」

 「ううん。今まで会えなかったから反動で忙しいのが嬉しくて……」
 
 「遙。結構甘いこと平気で言うようになったね」

 「そうだ、皐月。その後会社どうなった?」

 丁度、ノンカフェインのハーブティーが出てきた。
 私達の前に配られる。

 「ねえ、匠さん。聞いた?」
 
 「何?」

 「直也さん、白状してください。ハーブティーをふたつ事前に頼んであった理由」
 
 「まさか直也お前」

 「遙さん。意地悪だなあ」
 
 「自業自得でしょ。私はいやだっていったのに。無理矢理……」
 
 「皐月。よく言うよ。お前だって……」

 「……はいはい。ふたりとも。皐月二ヶ月なんですって、匠さん。びっくりでしょ」
 
 「え?皐月さんおめでとうでいいんだよね?おい直也、無理矢理ってお前……結婚式日付決まって準備してたんだろ?彼女ドレスとか……」

 「そんなこと何とでもなるわよね、皐月。子供は授かり物。欲しくても出来ない人もいる。これぞ運命よ」
 
 「遙。なんか強くなったね。お母さんになるからかな?」

 「……色々障害を乗り越えてきたからだと思う」
 
 「遙。これからもう障害はないから安心してくれ」

 「ねえ、皐月。さっきの話」
 
 皐月は直也さんを見ると、頷いて話し出した。

 「実は弘取締役は退社して、別会社に移った」
 
 「え?」

 「遙さん。匠の元秘書知ってる?」
 
 「えーと。穂積さんでしたっけ?」

 「そう。その人と結婚して、穂積建設に入ったらしい。社長令嬢だったから婿入りしたみたいよ。弟さんもいるからわからないけど、いずれ重役になるみたい」
 
 「えー?本当なの」
 
 「匠。何も教えてなかったんだな」
 
 「余計なことは言わないことにしているんだ。妊娠中だしね」
 
 「……匠さんの意地悪」
 
 「あいつ、結局匠のものを欲しがるのやめられなかったんだな」
 
 「直也。穂積さんは実は前から弘君の女だったんだよ」
 
 「!」
 
 「まあ、スパイみたいなもんだな。うちにいたのはそれが目的だったと思う」
 
 「違うでしょ、匠さん。うちのボスが言ってたけど、元々は匠さんのお嫁さんにさせるためにご両親が堂本に入社させたって聞いたけど」
 
 「……そうだったのね。私何にも知らなかった」
 
 匠さんは、私の手を握り、じっと見つめる。
 
 「遙。余計なことは考えるな。もう臨月なんだ。子供に良くない。この話は終わりにしよう」
 
 「ごまかさないで。それで、皐月は仕事どうするの?」
 
 皐月は直也さんを見るとふたりでにっこり笑う。
 
 「私、蓮見商事へ移るつもりで準備してたの」
 
 「本当に?」
 
 「あんまりしょっちゅう仕事をかこつけてうちにくるから、原田取締役が呆れて自分の秘書にしたら?って言ったら本気にして……。単純なのよ、この人」
 
 「原田取締役はいいの?」
 
 「彼は、銀行に戻ると思う。堂本と色々あって銀行も大変なのよ。ね、匠さん?」
 
 「……さあね。父さんがやっているからわからないが、父さんのモットーは倍返しだからな。それくらいは覚悟してもらわないとね」
 
 「匠さん。私が言うことではありませんが、本当に申し訳ございませんでした。ボスが堂本を追い詰めようとしていることは気づいていたのに、何も出来なくて。あげくに、親友まで苦しめてしまって」
 
 皐月は私達に頭を下げた。
 
 「皐月さん。遙が妊娠してからずっと支えてくれていたことは聞いていました。本当にありがとう。感謝しかない。会社のことは俺の力不足もある。気にしないでくれ」
 
 「はーかっこいいわね、匠さん。ねえ、あなたも頑張って」
 
 「……皐月。お前、今晩覚えてろよ」
 
 そう言うと、人目はばからず抱き寄せて頬にキスしてる。
 恥ずかしがってひっぱたいてる皐月がかわいい。真っ赤だよ。
 なんだかんだいって、いい夫婦になりそうね。直也さんと皐月。
 慎重でいて大胆なところもある皐月には天真爛漫な直也さんがピッタリだわ。

 「そうだ、遙。春樹だけど、すごい昇進して最年少で部長になるらしいよ」
 
 「え?本当に?」
 
 「もう、同期の星だね。相変わらずモテモテだしさ。ホントに遙のこと心配してたよ。妊娠してるっていったら匠さんを殴りたいって言ってたし。あ、まずいこと言っちゃった」
 
 口を押さえている皐月。
 じろりと睨んでいる匠さん。

 「遙。その春樹くんとやらは、元カレか?」
 
 「……」
 
 「匠、嫉妬はみっともないぞ。父親になるんだから、どーんと構えてないとな。俺なんて……」
 
 「お前のはなしなんて、聞いてない」
 
 「……まあまあ、匠さん。いいじゃないの、自分の奥さんがいい男にもてるってことは最後に選ばれた匠さんはもっとすごいってことだし……」
 
 「……」
 
 まずい。匠さんが黙ってしまった。
 ごめんと両手を合わせて目の前で謝る皐月。
 ニタニタ嬉しそうにしている直也さん。
 はー。

 どうしようと頭を悩ませていたら、なんか、お腹が張る。
 食べ過ぎたのかな?とお腹に手を置いていると、しばらくしてキュッとお腹が締め付けられるような痛み。

 「……んん」
 
 お腹を押さえて下を向いた私に、三人は驚いたのか静かになった。

 「遙?どうした」
 
 隣の匠さんが私の上から声をかける。

 「……ん。お腹が痛いような。収縮してる」
 
 「「「え?!」」」

 「遙、予定日いつだっけ?」皐月が中腰で聞く。
 
 「うーんと、来週……」
 
 匠さんは、すぐに私を抱えて荷物を直也さんに渡した。

 「匠、病院に連絡しろ」
 
 直也さんは荷物を片手で持ち、皐月の手を繋いで出てくる。

 店の人が驚いてこちらに来た。

 私は急にお腹が張り出して、痛みがあると歩みが止まってしまう。

 匠さんは私をお姫様だっこして歩き出した。

 「恥ずかしい。匠さんやめて」
 
 「黙れ。すぐに医者へ行くぞ」

 その日、病院に入り、丸一日陣痛に耐えた。
 
 初産だったせいか時間がかかった。

 赤ちゃんは翌日クリスマスが誕生日になった。

 男の子だった。堂本父子の喜びようと言ったらない……。

 2900g。健康で元気な赤ちゃん。健康なら性別なんてどうでもよかった。
 安心した。

 病院で私の手を握り、さすりながら……彼はゆっくり話し出した。
 
 「遙、ありがとう。これでやっと本当に君を俺のモノにできた。絶対逃げられない。誰にも取られない」
 
 「何?今更……」
 
 「君に出会って、実は石井の秘書だとわかっていても、どうしてももう一度会って話したいと思ったときから、ずっと君を手に入れる方法を考えてきた。最初から障害ばかりで進めば進むほど森の中に入っていく君を手を伸ばして追いかける夢を見たこともある」
 
 「匠さん……」
 
 「こんなはずではなかったとスキャンダルに巻き込まれたときから自分に自信がなくなった。弘君の暴挙は自分のせいだと君は責めていたが関係ないよ。君を守っていくと決めたのに、結局守ってもらったのは俺だったな。何が起きようと君と生きていくという希望が一時期どん底にいた俺の糧になっていた」
 
 彼の手を今度は私が握る。
 
 「私ね、どん底にいたとき赤ちゃんのことが分かって、何があってもこれでずっとあなたの側にいられると思ってほっとしたの。お父様に反対されたのも頭では理解できた。でも辛くて身体がおかしくなりそうだった。だって、障害があることはわかっていて絶対負けないって思ってこの道に踏み出したのよ。貴方を守るためとはいえ、他に方法がないか悩んでいたら赤ちゃんが助けに来てくれたの」

 彼はにっこりと笑い、私の腕を引いた。おでこにキスが落ちる。
 
 「遙。運命なんて陳腐な言葉は経営者としては信じたくないんだが、直也達も俺達もなにかに引き寄せられてここまできたのかもしれない。どちらも子供に恵まれた。これからも運命が続いていくんだろうな」
 
 「昨日、皐月に連絡したら直也さんは子供同士で結婚させようと企んでいるらしいわよ。堂本を乗っ取る方法はそれが一番確実ですって」
 
 「あいつめ。二人目に女の子が出来てもあいつの所には絶対嫁にやらないからな」
 
 「ふふ。でも年が近いし、皐月と一緒に子育てしていくかもしれないから、幼馴染みにはなってしまうかもしれないなあ」
 
 「面倒くさいな。直也は素直なんだが、子供みたいなやつだから。俺に対して対抗意識があるんだ。それこそ、おもちゃやお菓子を取られたくないというような……」
 
 はあとため息をつく匠さん。
 そうよね、直也さんの強引さと素直さに負けて、あの日同席したことから始まった関係だから。
 
 「そういわないで。直也さんの強引さで出会ったんでしょ?感謝しないとね」
 
 ウインクして彼を見る。
 
 「あいつ、すぐに見に行くとか言ってたぞ、昨日。遙が退院してからにしろと言っておいたけど」
 
 「そうね。皐月はおそらく年明け前くらいには一度来ると思う」

 匠さんは、上を向いて1人で呟き始めた。 
 「ああ、楽しみだな。楽しみすぎて最近眠れないんだ。君と息子とあれもしたいし、これもしたい。あそこに連れて行きたい、あれを買ってあげたいとか。なんかおかしくなったかもしれない」
 
 楽しそうに、色々話している彼を見るとほっとした。

 「三人で合奏できるようになりたいな。あ、お母様も入れて四人で」

 「息子にはチェロとかさせてみたらどうだろう?ピアノはもういいよ。君も母もいるしね」

 「そうね。とりあえず音楽の基本はピアノがいいわ。それ以降何をするかは本人に任せてもいいし」

 「あー。また妄想ばかりで眠れなくなりそうだ。遙を抱いてゆっくり眠りたい。退院したら息子との戦いが始まりそうだ」

 もう、お父様と同じことを言ってる。
 どうしようもないわね、本当に。

 「母が、子供向けの寝かせつけ用のピアノ曲CDの録音を考えているらしい。わかりやすい人だよ、全く。でも、それを使って寝かせることが出来たら、君を俺のモノにできる」
 
 「……」

 得意げになんなの、その顔?
 彼に手招きして耳元でささやく。
 
 「女の私はずーっとあなたひとりものものよ」

 ガタンと音がして、匠さんが急に立ち上がって大声を出した。
 
 「あー!」

 「な、なに?」

 「煽るなよ。我慢してるんだから。どうしてくれるんだ、もう」

 くるくると部屋を歩き回る。
 「あ、あの……」

 「帰る」
 「え?」
 「一旦、帰る。また、後で来る」

 そう言うと、くるりと背中を向けて帰って行った。
 「遙のやつ……子供産んでから色気が増して、なんなんだあれ……」
 帰り際彼がつぶやいた言葉にその時の彼女は気づかなかったが……。
 
 匠の遙を求める衝動が入院中の彼女へ会うたびに、日に日に大きくなっていき……。
 堂本邸へ戻ってほどなく、いやというほどそのことに彼女は気づかされることになるのだった。

 完。
 
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