彼は溺愛という鎖に繋いだ彼女を公私共に囲い込む

花里 美佐

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第二章 恋愛と仕事

昼は秘書

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「森川さん、スケジュール何とかなりそう?」

 この微笑みと苗字の呼び方……。何とかなりそう?じゃなくて、何とかしただろうな、と言いたいということが私にはわかる。
 
「はい……とりあえず、氷室専務の秘書の方に連絡しましたら、再来週までにはなんとかなりそうです」

「そう……よろしく頼むよ。うちのスケジュール的には今月中に話を持って行かないと間に合わないだろう」
 
「取締役もお忙しいからしょうがないですけど、相手が悪かったですね。あちらも相当スケジュール詰まってます」
 
「兄貴は嫁さんの秘書に弱いから、彼女経由でなんとかしてよ。頼りにしてるよ、森川さん」
 
「なんか……毎回それでごまかされてる気がします……」

 悔しいから小さいが声に出して言う。するとすっと近寄ってきて耳元でささやく。
 
「来週、約束のイタリアン連れて行ってやるからさ」
 
 振り向くとそこには例の彼の笑顔……。また騙されそうになるが、頭を振って煩悩を押さえる。
 
「もう……。とにかく、スケジュール変更はできないと本部長達には伝えて下さい。そうじゃないと、毎回出来ると思われてるふしがあります」
 
「そうだな。森川さんに頼めば、書類もなんとか当日中にごり押しで回せると本部長達に絶対思われてるな」
 
「そういうことですか……わかりました、私が悪いんですよね。これからは、ノーと言える森川菜摘になります」

 今日もボスである彼に振り回されている。彼の命令は絶対だ。

 秘書の私は、朝から取引先との午後の訪問スケジュールを変更すべく、スケジュールの組み替えに頭を悩ませる。

 当時業務部所属の入社2年目だった私が、たまたま担当部長に就任した彼の秘書も兼務したのがはじまり。役員室についてこいというのが、なぜか恋の告白だった。

 去年の冬、取締役昇進が内定したころ、私に秘書室への異動を説得すると食事に連れて行かれた後、ホテルの上階バーで口説かれた。

 彼の仕事の能力はもちろん、ウイットに富んだ会話、茶目っ気のある普段の様子も魅力的と感じていたのは事実だった。

 私は、恋愛に免疫がなかった。

 そして好きかもしれないと意識し始めていた彼から正面突破で告白されて、その夜彼にはじめてを捧げてしまった。

 その結果とうとう春から秘書室勤務となってしまった。
 
 業務部の大好きな仕事を続けたいと言った私に、彼はこう言った。
 
「これからも、業務部の担当役員でいるからさ、君の仕事はいずれ何らかの形で戻れるように努力するよ」

 いつもの取引先へのはったりの時に使う笑顔だった。結局あれから秘書室勤務になり、ほぼ私自身の業務部とのかかわりは消えた。

 正直、秘書だけなんてつまんない……。今日もスケジューラーを見ながらため息をついていたら、彼が横に来て急に自分のほうへ引き寄せた。
 
「また、余計なこと考えているだろ?会社で恋人だと公言できないうちは、絶対俺の目の届くところでしか仕事させないからな、菜摘」
 
 役員室は、ノックすれば誰でも入れるのに、あっという間に顎を捕まれてキスされた。
 
 びっくりして胸を押し返すと「また今夜な」とつぶやいて解放された。私がぼーっとしている間に席で電話を始めている。

 最近は週末以外にも彼の部屋に連れ込まれることも増え、身体も彼のとりこになりつつあった。

 つまり、恋人として慣れてきたというべきだろうけれど、秘書だけというこの仕事だけはいまだに慣れない。

 認めたくない自分がどこかにいて、それを見抜かれているのだ。
 

 
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