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第三章 氷室商事へ
新たな生活ー1***
しおりを挟む「ねえ、お願い。だって全然知らない会社なんだから、そこに急に行くっていったって無理がある。先に行かせて下さい」
「絶対ダメだ。心配するな。俺が付いているんだから向こうに行ってから色々勉強してもなにも困らない」
「そんなわけない!聞いてくれないならいいもん。しばらく実家から通うから。こっちには週一しかこないから」
ベッドのうえで、彼の目をのぞき込む。
「菜摘、お前ずるいぞ。いつからそういう女になった。実家から通うとか卑怯だ。お前こそ、俺と離れて暮らせるのか?」
「え?」
耳元でそう言うと、いつものように私の身体をなぞりはじめた。逃げようとしても無駄。
彼は私の感じる場所を知り尽くしている。なぞる指に感じている私を見ると、嬉しそうに顔を伏せた。
彼の本格的な愛撫がはじまった。指を入れてくる。かき回されて何が何だかわからない。
「……あっ!」
パッと手を離して、こちらを見ている。放置された。
「どうして……」
「俺としばらく離れるんだろ。じゃあ、もう欲しくてもやれないな。今日もこれでおしまい」
私はとっさに彼の腕を握った。
「……意地悪」
「意地悪?じゃあ、どうするんだ」
私は自分から彼に抱きついた。
「好き……だから続きもください」
彼の胸にキスを落とした。
「は……菜摘、お前」
私は彼を押し倒して口づけをした。彼は何かが切れたんだろう、あっという間に準備の出来ている私を自分の上に私を乗せ、身体を起こしてそのまま動き出した。
「あ、深い……ああ」
「もう無理だな。菜摘はどんなときも俺とは離れられないんだよ。見えない鎖で繋がっているんだ」
今日も彼に翻弄されてしまう。そう、彼の言う通り、私は身体もすでに籠絡されている。
* * * *
先月、私はミツハシフードサービスの永峰俊樹取締役と形ばかりの婚約をした。
ここでいうところの婚約とは、互いの家族に了承を得て、指輪を先に彼からもらっただけだ。まあ、普通ならそれでいいんだと思う。
だが彼の家は違った。どうやら結納が必要らしい。ところが彼の仕事も今が佳境。
正直今までで一番忙しく、お母さまのご要望にお応えした結納の様々な準備をする時間が全くもって取れそうにない。
お母さまにすべてお任せすればいいんだろうが、そういうことも人任せにするのが嫌いな彼は、自分が落ち着いてから結納はすると両親に言い放った。
ご両親は彼をよく知っているのだろう、俊樹のいいようにしろとお許しが出た。
うちの両親は彼の家の大きさを考えれば、氷室家の言う通りにしなさいとひと言だった。
正直、結納のお金の心配もしていたが、そのあたりのことは彼とあとで相談するつもりだ。
彼のお父様は氷室商事社長、お兄様は専務で次期社長。彼は次男でいずれ役員。
今いる三橋は彼のお母さまの親族。社長は彼のいとこだ。
彼はミツハシフードサービスに母親の旧姓で入ったが、近いうちに氷室商事へ戻る予定だ。
ミツハシにとっても彼は戦力だったが、理由なくわざわざミツハシにいるわけがない。
氷室商事の取引先の開拓などお父様の指図でミツハシフードサービスにいたのだ。
戻れという指令が出て、彼は予定を繰り上げて様々な取引を進めている最中なのだ。
私はミツハシフードサービスに入社しているのだから、彼と婚約したとしても、彼が氷室商事に転籍しようとも、本来はこの会社にいるべきだ。
仕事が違っても結婚すれば戻る家は同じなのだから普通のことだ。
ところが俊樹さんは考え方が普通じゃなかった。彼は公私ともに私を独占したいそうだ。
何を言っているんだろうというのが最初の感想だった。
しかし、実際に私が次期社長候補の三橋達也業務新部長の秘書に内示が会長から出ても、彼はそれを阻止するべく敢然と行動を起こして、その内示を破棄させた。実質、私を自分の手元から出さなかった。
つまり、恋人を公私ともに自分の側に置き、独占するという考えは冗談ではないのだ。彼のポリシーなのだろう。
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