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第三章 氷室商事へ
彼のお仕置きー1
しおりを挟む彼は黙って私の前を歩いていき、振り向くとひとこと言った。
「帰るぞ。荷物を持って来い。下にいる」
「え?まだ、終業時間まで一時間くらいあるけど……」
まだ四時くらいだ。終業時間ではない。
ぴたりと足を止めた彼の背中に鼻からぶつかった。
「……痛っ」
「おい」
「……え?」
「すぐに帰ると言ったら帰る。お前のボスが帰ってきたんだ。俺に従え。あいつらには帰ると言わなくていい。ボスが戻ったのでついて行くと言えばいい」
後ろを振り向かず前を見たまま言う。何なの、もう。勝手すぎる。
「俊樹さんはお疲れなんですからどうぞ先にマンションへ帰って休んでいてください。私は終業後そちらに行きます」
くるりと振り向いた彼は上から私を見下ろした。何、その目?疲れているせいもあるだろうけど、いつもと違う。
「……これ以上何か言ってみろ。このまま引っ張っていくぞ。それでもいいのか?」
怒った時の例の地を這うような声に変った。まずい。逆らうなと私の警報が鳴った。
「……わ、わかりました。す、すぐに戻りますので……」
逃げるように私はエレベーターホールへ向かった。彼はロビーのソファーに座って携帯をいじりだした。
部屋に戻ると先に失礼しますと言ったら皆笑っていた。まだいたの?と言われたくらいだった。
きっと大変だよと相模さんには言われた。俊樹さんは知らぬふりをしながら、いろいろ陰から君のためにしてくれていたようだからねと言う。
確かにそうなんだろう。さっきのあの様子だと間違いなく私には地獄が待っている。
エレベーターホールに戻ると彼は私を見つけてゆっくり立ち上がった。
「さてと……帰るぞ」
黙って後ろをついていく。怖い。
「……」
外に出た瞬間、彼は突然立ち止まり伸びをした。先ほどまでの怒りのオーラが消えている?私のほうを振り向いた。
「行こうか、婚約者殿」
彼が手を出してきた。恐る恐る手を出すとぐんと彼のほうへ引っ張られた。胸にぶつかった。彼が私の耳元でささやく。
「たっぷりお仕置きだぞ。楽しみにしてろ」
「……え?」
嬉しそうに鼻歌を唄いながら、タクシーを止めると私を押し込んだ。マンションへまっしぐらに向かう。
部屋に入るとリビングやダイニングテーブルの上を見て彼は驚いている。それはそうだろう。予測していなかったであろう彼の顔を見て私は嬉しかった。
「これ……もしかして菜摘。お前、食事準備してあったのか?」
私は彼が今日帰るかもしれないと昨日京子さんに聞いた。だから彼の好物を作って準備していた。
キッチンにはその準備の後がある。リビングも彼が帰ってきて過ごしやすいように整えてあるし、彼の好きなお酒もそろえておいた。
ダイニングテーブルの上はすでにカトラリーがセッティング済み。あとは料理を出すだけになっていた。
「はい。今日戻るかもしれないと京子さんから聞いていました。それで準備していました」
彼はふうっと息を吐き、急に私を抱きしめた。頭を肩に乗せてぎゅっと抱いた。彼の香水が香る。
「最近の菜摘はこれだからな……参るよ。怒れないじゃないか。先回りして、どうすると俺が喜ぶか知り尽くしている。今回は俺にお仕置きされるのを覚悟していてやったんだな。陥落したくないのに、くそっ」
私は彼の背中をそっと抱きしめた。
「私は陥落しちゃった。研修に行っていることすべてわかっていて、なおかつ知らぬふりを通して私がやりやすいようにしてくれた。俊樹さんの手の上で踊っていただけだったのに、嫌な気持ちひとつしなかった。惚れ直しました」
彼は私をじっと見つめるとキスをした。優しいキス。もっと欲しかったのに、すぐに離した。彼の服をぎゅっとつかんでつま先立ちになった。
「あ、どうして……」
「もっと欲しいのか?少しは我慢しろ。お仕置きだからな」
「ええ?!お仕置きってそっち?」
「そっちだ……どうだ、我慢できそうか?」
私は彼に抱き着いた。頭を彼の胸にすりつける。
「俊樹さんこそ……我慢できるの?大変なのはわかるのに……」
彼に抱きついて、すぐに彼の状況はわかった。
「そうだな。気持ちはここで我慢してお前をぎゃふんと言わせたい。でも身体のほうはお前を今すぐ欲しいと叫んでる。食事より、お前を先に食べないとまずいかもしれん。菜摘の作ったものはあとで食べても大丈夫か?」
「……どう思います?」
彼は私のおでこをデコピンした。
「痛っ」
「ったく、その得意げな顔やめろ。お前の欲しいものをやらないからな」
「やだ、私だって待ってたのに……」
彼は笑いながら私を抱き上げベッドへ向かう。服を脱がす彼の手が止まった。
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