彼は溺愛という鎖に繋いだ彼女を公私共に囲い込む

花里 美佐

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第三章 氷室商事へ

彼の成果

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 ミツハシフードサービスにふたりで久しぶりに出社した。

 廊下で会長秘書の菱沼さんに会った。すると、目くばせされて隣の打ち合わせコーナーに連れていかれた。

「森川さん」

「菱沼さん。先週は海外出張お疲れさまでした。それに、俊樹さんのこといろいろとありがとうございました」

 菱沼さんは眼鏡のふちを持ち上げて私を見ると、苦笑いを浮かべた。

「いや、俊樹さんはすごいね。彼と一緒にいると、ある意味頭のトレーニングになる。私も長い間会長だけについていたので甘えがあったと反省した。すごく勉強になりました」

「え?」

「俊樹さんは頭の回転が速いから、先々を見据えて指示を出してくるだろう。僕はそれに気づいてついていくのにやっとだった。君はそんな彼が認めて婚約までした。噂以上にすごい秘書なんだろう。達也君が君を秘書にしたいと言った理由がよくわかった」

 赤くなってしまった。菱沼さんに褒められるなんてどういうこと?

 彼こそすごいと他社の京子さんだって知っていた。俊樹さんもすごい秘書だと昨日も言ってたくらいだ。

「とんでもありません。菱沼さんのことは氷室商事でも有名でした。私など、足元にも及びません。でも俊樹さんをお預けしたので私は研修をしっかりできました。本当にありがとうございました」

「本当に残念だ。俊樹さんが戻るのは既定路線ではあるが、ここまでの人だったとは僕も一緒に行動するまで知らなかった。うちにとっては損失だ。ただ、うちのことを身内と思ってくれればこれからも助かるよ」

「もちろんです。少なくとも私は移りたいと思ったことはありません。この会社が大好きですし、大きな恩があるので返していきたいんです」

「そうだね。君は有名人だし、いつでも戻ってきてほしい。まあ、彼がいる限り無理かな。達也君も君に秘書をしてもらうのを最近諦めたようだからね」

「達也取締役はすごい方です。初めてお話しした時から、あの方の頭の回転の速さに衝撃を受けました。達也取締役がいずれ社長になられるなら、ミツハシフードサービスは安泰じゃないでしょうか」

「確かにそうだ。彼は特別だよ。うちにいなくてもきっと特別になれるタイプの人。会長の孫でよかったよ」

 私たちは廊下から見える打ち合わせコーナーで話をしていたので、丸見えだった。

 いつもの靴音がして、ぴたりと止まるとそこにはいつもの彼が顔を覗かせた。

「ああ、菱沼さん。先週はお疲れ様でした」

 菱沼さんがその場で立ち上がり綺麗な礼をした。そういうところも尊敬する。きちんとされている。

「お疲れさまでした。不慣れでご迷惑おかけいたしました」

「おい、嫌みかそれ?」

 顔を上げた菱沼さんが笑っている。

「とんでもない。心からの言葉ですよ。あなたのことを森川さんに褒めていたというのに。ね、森川さん」

「はいそうですよ。とても褒めてくださっていました。ついでに私まで褒めてくださいました。菱沼さんに褒められるなんて京子さんに今度自慢します」

 あきれ顔の彼は私を見て言った。

「森川さん。僕はね、今日死ぬほど忙しいんです。君には死ぬほど働いてもらいたいんだけど、こんなところで褒められて鼻の下伸ばして、僕を放りっぱなしというのはどういう了見なんだろうね」

 私はすぐに立ち上がり、菱沼さんに頭を下げた。

「菱沼さん、申し訳ございません。お礼にお酒を少し見繕ってきたんです。お机の下へ袋に入れておいてありますので、お持ち帰りください」

「そんな気遣いいらないのに……。せっかくだからありがたくいただくよ。そういうところも立派な秘書になったね」

「菱沼さん。森川さんを褒めないでください。調子に乗りやすいんです。彼女のことを褒めるなら僕を褒めてください。彼女をこういう使える人間に辛抱強く育ててきたのは僕ですからね」

 信じられない。そういうことを言う?

 私はあっけにとられて彼を見た。すると、クックと菱沼さんが笑ってる。初めて見た。菱沼さんが笑うところなんて……。

「俊樹さんこそ彼女のおかげでそうやって冗談をいいながら仕事ができるようになったんじゃないかな?こちらに来てすぐのころの俊樹さんは、厳しすぎて若い秘書が皆逃げ出していた。イケメンで普段は笑顔を見せるくせに、仕事の時はすごく怖いってみんな言ってましたよ」

 そうだったんだ。言いたいことは、なんとなくわかる。私は最初のころ、彼に色々言われたけど、頷きつつも真に受けたりしなかった。

 はっきり言えば、言うことを聞かずに自分のやり方で仕事をこなしていたところもある。

 だって悪いけど、当時ここの業務内容を俊樹さんより私のほうが知っていたから。彼に方法を自分から提案したこともある。まあ、今思えば生意気だった。

 でも、彼に言われたことを真に受ける子は考えこんじゃうのかもしれない。そうか、秘書の子が逃げ出すような人だったから、私みたいな秘書畑じゃない骨のある女を抜擢したのね。

「菱沼君、調子に乗って余計なことを言わないでほしいんだが……。君はさっさと会長のところへ行ってください。さぞかし君がいなくて困っていたことだろう」

 しっしと手で払うようにして菱沼さんを追い出す。彼は笑いながら、出て行った。

「さてと。菜摘、まずは、達也のところへ行こうか」

「え?」

「お前と結託していたあいつにひとこと言っておかないとね」

「いいです。私は部屋へ戻っていますので、おひとりでどうぞ。というか、達也さんは今いらっしゃるんですか?」

 彼は時計を見て言う。

「この時間ならまだいるだろう。一時間も早く来たんだ。俺が現れることもあいつは承知しているはずだからな」

「……なるほど……」

 確かにありうる。どっちも先回りをするタイプ。巻き込まれたくない。ふたりといると、間にすごい火花が見える。笑顔で話しながらだから余計怖い。見るのも嫌だ。

「まあ、確かに菜摘も仕事がたまっているし、先に部屋へ行っていていい。俺だけで達也のところへは行ってくる」

「はい。いってらっしゃいませ」

 私は逃げるように自分の机へ戻った。そして驚いた。郵便物の山ができている。この処理だけで午前中が終わりそうだった。

 腕まくりをして始めた。

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