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近づく距離2
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「それで母がお前に会いたがってる。今度、ウチに一度来い。いい傾向だ。母を味方に付けたら父なんて全く怖くない。もう安心だ」
「もう安心って……」
「俺の予定通りに着々と進んでいる」
嬉しそうに手を合わせている。
「そうだ、今度一度こっちでも飲みに行こう。支社で約束したよな」
「出張も予定されていますし、しばらくはお忙しいですよね。もう少し落ち着いてからにしませんか?」
「……何というか、お前ってそういうところ……」
「はい?」
「いや、いいんだけどさ。香月って俺のこと……あんまり男として意識してないよな」
「当たり前です!……崇さんは……タダの上司です……」
人の苦労も知らないで何を言い出すんだろう。どれだけ頑張って意識しないようにしてると思ってるんだろう。距離がとにかく近すぎる。正しくない。むっとした私を彼はじっと見ている。
「タダの上司……」
「あの、昨日目を通して下さいとお願いした繊維部門の稟議書終わりましたか?」
「あ、それはあと少しだ。昼休みまでに何とかすると伝えておいてくれ」
「……大丈夫なんですか?このあと会議もあります」
「俺をなめるなよ。やるときはやる」
「普段はやらないって事ですか?どんなときもやる気でお願いします」
私も遊ばれてばかりはいられない。言い返してみた。
「言うねえ……辰巳みたいだ。やっと専属秘書っぽくなってきたな。じゃあやる気を見せてやるよ。稟議書を三十分で仕上げるから、しばらく電話は繋ぐなよ。終わったら会議の書類を見せてくれ」
「かしこまりました」
私は自分の小部屋に戻った。書類を机において突っ伏した。
「はあー。もうなんなのよ。人の気も知らないで……」
彼との上司と部下としてのあうんの呼吸というか、リズムが出来てきている。もう、彼の秘書を辞めたいとは思わない。今は、一日でも早く彼の助けになる秘書となるためたくさんのことを吸収し、覚える時期だ。
日傘専務に心の中でお伝えする。
『ようやく水やりをはじめました。まだ、肥料をあげられるほど私に力がありませんが、鋭意努力中です』と……。
彼の秘書となって、あっという間に数ヶ月が経った。
「どうなの、菜々?御曹司秘書、慣れた?」
昼休みのランチで久しぶりに時間が合ったので真紀と外で食事をした。秘書は休み時間も上司のその日の予定で繰り上げることが多い。今日はお互いボスが外出になることがわかっていたので約束したのだ。
ここ数ヶ月本当に無我夢中だった。出来なくて落ち込むこともあるが、常に彼が側で大丈夫だと励ましてくれた。
「うん、何とかやってる。でもその都度辰巳さんに聞いてやっているから、いちいち聞くなと最近は嫌がられているくらいよ」
真紀はスパゲッティをフォークでかき回しながら、こちらを見て言う。
「まあね、最初は怖いよね。今までのやり方があるはずだし、ボスの機嫌ってあるじゃない。私のとこは機嫌が結構上下するからさ。会議や外出後は顔色うかがって毎回疲れる」
「機嫌を秘書にぶつけるのはやめて欲しいね」
「全くだよ。私もやり返したくなるもの」
「そんなことより、真紀は最近、武田君とはどうなのよ」
恥ずかしそうにする真紀。彼女は同期の武田君と恋愛中だが、どうやら年齢もあるから結婚も視野に入れているとこの間は言っていた。
「うーん。来月、私誕生日なの。もしかすると……かな」
「そっか。そうなんだ。よかったね、それは楽しみね」
すると、はっとしたような顔をして私を見た。
「そうだ、言おうと思ってたんだ。彼から聞いたんだけど、営業二部って金融関係の取引窓口でしょ。噂になっているらしい。黒沢さんのお父さんが正式に彼女を婚約者にして欲しいと総帥に言ったらしいよ」
「……え?」
「秘書課にはそんな噂来てないからおかしいと思ってね。しかも、あの黒沢さんが黙っていられるかな?もしかして総帥が断ったのかなと思ったんだけどね」
「……それはどうだろう。私も知らない」
私は下を向いてじっと考えていたら声をかけられた。
「ねえ菜々」
「ん?」
「……そろそろ告白された?」
私は食べていたものが喉へ詰まりそうになった。
「……っ!けほっ」
水を飲んだ私を見てニヤリと目の前で真紀が笑っている。
「な、何言ってんのよ」
「慌てちゃって。わかってるんでしょ?秘書課の人だってみんな気づいてる。崇さんって前からあんたのこと目で追ってたけど、最近その目が甘いったらないわよね。だから黒沢さんは相当焦ってると思う」
「大切にしてくれているのはわかってる。そうかもしれないと思うこともある。でも、それっていけないことだもの。総帥からはそういう関係になるなと最初から釘を刺されているの」
「……ばっかみたい。そんなの崇さんは気にしてないよ。それに、選ぶのは崇さんだよ。わかってるでしょ?」
わかってるよ。わかってるし、自分の気持ちに蓋をするのに大変で、最近は彼をできるだけ仕事以外では避けるようにしないといけないと思っている。でも、できるだけあの目に見つめて欲しいと思う自分がいて、気づくと最近は、逆に私が彼を目で追ってしまっている。
「どうしたらいいの……」
両手で顔を覆う私に、真紀は言った。
「素直になりなよ。崇さんは菜々を守ってくれると思うけどね。大体さ、辰巳さんを総帥に付けたって事は辰巳さんが総帥を操ることも出来るんだよ。辰巳さんはあんた達の一番の理解者でしょ。そう考えたら、菜々の味方は結構な権力者だらけだよ」
「そう、かな……」
コーヒースプーンをこちらに向けた彼女はうなずいた。
「でしょ?私だって微力ながら応援してるんだからさ、何かあれば言ってね。斉藤さんはいなくなったし、残るは黒沢さんだよ」
そう、伸吾は崇さんのせいかもしれないが、先月異動になった。ちょっと心が痛かったけど、顔を合わせなくて済むからほっとしている。
「伸吾のことは……もしかすると崇さんがやったと思う。ちょっと罪悪感もある」
「なーに言ってんのよ。あの人、すでに営業部で相当噂になってるらしいよ。あっちこっちに声かけて本性丸見え。菜々とのことは話したらまずいと思っているみたいだから、それだけはよかったけどね」
「うん」
「秘書課内では菜々のこと言いたい放題だったじゃない。そういう倫理観があったとは思えないから、崇さんが念を押して外へ出したんでしょ。絶対そうだよ」
「あ、真紀、そろそろ時間よ。少し早めに戻るって言ってたじゃない」
時計を見た真紀はガタンと音を立てて立ち上がった。
「まずい、話に夢中なって忘れてた」
「ここは私が払っておくから先に戻りなよ」
手を合わせた真紀は鞄を持って急いで出て行った。
「もう安心って……」
「俺の予定通りに着々と進んでいる」
嬉しそうに手を合わせている。
「そうだ、今度一度こっちでも飲みに行こう。支社で約束したよな」
「出張も予定されていますし、しばらくはお忙しいですよね。もう少し落ち着いてからにしませんか?」
「……何というか、お前ってそういうところ……」
「はい?」
「いや、いいんだけどさ。香月って俺のこと……あんまり男として意識してないよな」
「当たり前です!……崇さんは……タダの上司です……」
人の苦労も知らないで何を言い出すんだろう。どれだけ頑張って意識しないようにしてると思ってるんだろう。距離がとにかく近すぎる。正しくない。むっとした私を彼はじっと見ている。
「タダの上司……」
「あの、昨日目を通して下さいとお願いした繊維部門の稟議書終わりましたか?」
「あ、それはあと少しだ。昼休みまでに何とかすると伝えておいてくれ」
「……大丈夫なんですか?このあと会議もあります」
「俺をなめるなよ。やるときはやる」
「普段はやらないって事ですか?どんなときもやる気でお願いします」
私も遊ばれてばかりはいられない。言い返してみた。
「言うねえ……辰巳みたいだ。やっと専属秘書っぽくなってきたな。じゃあやる気を見せてやるよ。稟議書を三十分で仕上げるから、しばらく電話は繋ぐなよ。終わったら会議の書類を見せてくれ」
「かしこまりました」
私は自分の小部屋に戻った。書類を机において突っ伏した。
「はあー。もうなんなのよ。人の気も知らないで……」
彼との上司と部下としてのあうんの呼吸というか、リズムが出来てきている。もう、彼の秘書を辞めたいとは思わない。今は、一日でも早く彼の助けになる秘書となるためたくさんのことを吸収し、覚える時期だ。
日傘専務に心の中でお伝えする。
『ようやく水やりをはじめました。まだ、肥料をあげられるほど私に力がありませんが、鋭意努力中です』と……。
彼の秘書となって、あっという間に数ヶ月が経った。
「どうなの、菜々?御曹司秘書、慣れた?」
昼休みのランチで久しぶりに時間が合ったので真紀と外で食事をした。秘書は休み時間も上司のその日の予定で繰り上げることが多い。今日はお互いボスが外出になることがわかっていたので約束したのだ。
ここ数ヶ月本当に無我夢中だった。出来なくて落ち込むこともあるが、常に彼が側で大丈夫だと励ましてくれた。
「うん、何とかやってる。でもその都度辰巳さんに聞いてやっているから、いちいち聞くなと最近は嫌がられているくらいよ」
真紀はスパゲッティをフォークでかき回しながら、こちらを見て言う。
「まあね、最初は怖いよね。今までのやり方があるはずだし、ボスの機嫌ってあるじゃない。私のとこは機嫌が結構上下するからさ。会議や外出後は顔色うかがって毎回疲れる」
「機嫌を秘書にぶつけるのはやめて欲しいね」
「全くだよ。私もやり返したくなるもの」
「そんなことより、真紀は最近、武田君とはどうなのよ」
恥ずかしそうにする真紀。彼女は同期の武田君と恋愛中だが、どうやら年齢もあるから結婚も視野に入れているとこの間は言っていた。
「うーん。来月、私誕生日なの。もしかすると……かな」
「そっか。そうなんだ。よかったね、それは楽しみね」
すると、はっとしたような顔をして私を見た。
「そうだ、言おうと思ってたんだ。彼から聞いたんだけど、営業二部って金融関係の取引窓口でしょ。噂になっているらしい。黒沢さんのお父さんが正式に彼女を婚約者にして欲しいと総帥に言ったらしいよ」
「……え?」
「秘書課にはそんな噂来てないからおかしいと思ってね。しかも、あの黒沢さんが黙っていられるかな?もしかして総帥が断ったのかなと思ったんだけどね」
「……それはどうだろう。私も知らない」
私は下を向いてじっと考えていたら声をかけられた。
「ねえ菜々」
「ん?」
「……そろそろ告白された?」
私は食べていたものが喉へ詰まりそうになった。
「……っ!けほっ」
水を飲んだ私を見てニヤリと目の前で真紀が笑っている。
「な、何言ってんのよ」
「慌てちゃって。わかってるんでしょ?秘書課の人だってみんな気づいてる。崇さんって前からあんたのこと目で追ってたけど、最近その目が甘いったらないわよね。だから黒沢さんは相当焦ってると思う」
「大切にしてくれているのはわかってる。そうかもしれないと思うこともある。でも、それっていけないことだもの。総帥からはそういう関係になるなと最初から釘を刺されているの」
「……ばっかみたい。そんなの崇さんは気にしてないよ。それに、選ぶのは崇さんだよ。わかってるでしょ?」
わかってるよ。わかってるし、自分の気持ちに蓋をするのに大変で、最近は彼をできるだけ仕事以外では避けるようにしないといけないと思っている。でも、できるだけあの目に見つめて欲しいと思う自分がいて、気づくと最近は、逆に私が彼を目で追ってしまっている。
「どうしたらいいの……」
両手で顔を覆う私に、真紀は言った。
「素直になりなよ。崇さんは菜々を守ってくれると思うけどね。大体さ、辰巳さんを総帥に付けたって事は辰巳さんが総帥を操ることも出来るんだよ。辰巳さんはあんた達の一番の理解者でしょ。そう考えたら、菜々の味方は結構な権力者だらけだよ」
「そう、かな……」
コーヒースプーンをこちらに向けた彼女はうなずいた。
「でしょ?私だって微力ながら応援してるんだからさ、何かあれば言ってね。斉藤さんはいなくなったし、残るは黒沢さんだよ」
そう、伸吾は崇さんのせいかもしれないが、先月異動になった。ちょっと心が痛かったけど、顔を合わせなくて済むからほっとしている。
「伸吾のことは……もしかすると崇さんがやったと思う。ちょっと罪悪感もある」
「なーに言ってんのよ。あの人、すでに営業部で相当噂になってるらしいよ。あっちこっちに声かけて本性丸見え。菜々とのことは話したらまずいと思っているみたいだから、それだけはよかったけどね」
「うん」
「秘書課内では菜々のこと言いたい放題だったじゃない。そういう倫理観があったとは思えないから、崇さんが念を押して外へ出したんでしょ。絶対そうだよ」
「あ、真紀、そろそろ時間よ。少し早めに戻るって言ってたじゃない」
時計を見た真紀はガタンと音を立てて立ち上がった。
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