財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す

花里 美佐

文字の大きさ
22 / 42

近づく距離2

しおりを挟む
「それで母がお前に会いたがってる。今度、ウチに一度来い。いい傾向だ。母を味方に付けたら父なんて全く怖くない。もう安心だ」

「もう安心って……」

「俺の予定通りに着々と進んでいる」

 嬉しそうに手を合わせている。

「そうだ、今度一度こっちでも飲みに行こう。支社で約束したよな」

「出張も予定されていますし、しばらくはお忙しいですよね。もう少し落ち着いてからにしませんか?」

「……何というか、お前ってそういうところ……」

「はい?」

「いや、いいんだけどさ。香月って俺のこと……あんまり男として意識してないよな」

「当たり前です!……崇さんは……タダの上司です……」

 人の苦労も知らないで何を言い出すんだろう。どれだけ頑張って意識しないようにしてると思ってるんだろう。距離がとにかく近すぎる。正しくない。むっとした私を彼はじっと見ている。

「タダの上司……」

「あの、昨日目を通して下さいとお願いした繊維部門の稟議書終わりましたか?」

「あ、それはあと少しだ。昼休みまでに何とかすると伝えておいてくれ」

「……大丈夫なんですか?このあと会議もあります」

「俺をなめるなよ。やるときはやる」

「普段はやらないって事ですか?どんなときもやる気でお願いします」

 私も遊ばれてばかりはいられない。言い返してみた。

「言うねえ……辰巳みたいだ。やっと専属秘書っぽくなってきたな。じゃあやる気を見せてやるよ。稟議書を三十分で仕上げるから、しばらく電話は繋ぐなよ。終わったら会議の書類を見せてくれ」

「かしこまりました」

 私は自分の小部屋に戻った。書類を机において突っ伏した。

「はあー。もうなんなのよ。人の気も知らないで……」

 彼との上司と部下としてのあうんの呼吸というか、リズムが出来てきている。もう、彼の秘書を辞めたいとは思わない。今は、一日でも早く彼の助けになる秘書となるためたくさんのことを吸収し、覚える時期だ。

 日傘専務に心の中でお伝えする。

『ようやく水やりをはじめました。まだ、肥料をあげられるほど私に力がありませんが、鋭意努力中です』と……。

 彼の秘書となって、あっという間に数ヶ月が経った。

「どうなの、菜々?御曹司秘書、慣れた?」

 昼休みのランチで久しぶりに時間が合ったので真紀と外で食事をした。秘書は休み時間も上司のその日の予定で繰り上げることが多い。今日はお互いボスが外出になることがわかっていたので約束したのだ。

 ここ数ヶ月本当に無我夢中だった。出来なくて落ち込むこともあるが、常に彼が側で大丈夫だと励ましてくれた。

「うん、何とかやってる。でもその都度辰巳さんに聞いてやっているから、いちいち聞くなと最近は嫌がられているくらいよ」

 真紀はスパゲッティをフォークでかき回しながら、こちらを見て言う。

「まあね、最初は怖いよね。今までのやり方があるはずだし、ボスの機嫌ってあるじゃない。私のとこは機嫌が結構上下するからさ。会議や外出後は顔色うかがって毎回疲れる」

「機嫌を秘書にぶつけるのはやめて欲しいね」

「全くだよ。私もやり返したくなるもの」

「そんなことより、真紀は最近、武田君とはどうなのよ」

 恥ずかしそうにする真紀。彼女は同期の武田君と恋愛中だが、どうやら年齢もあるから結婚も視野に入れているとこの間は言っていた。

「うーん。来月、私誕生日なの。もしかすると……かな」

「そっか。そうなんだ。よかったね、それは楽しみね」

 すると、はっとしたような顔をして私を見た。

「そうだ、言おうと思ってたんだ。彼から聞いたんだけど、営業二部って金融関係の取引窓口でしょ。噂になっているらしい。黒沢さんのお父さんが正式に彼女を婚約者にして欲しいと総帥に言ったらしいよ」

「……え?」

「秘書課にはそんな噂来てないからおかしいと思ってね。しかも、あの黒沢さんが黙っていられるかな?もしかして総帥が断ったのかなと思ったんだけどね」

「……それはどうだろう。私も知らない」

 私は下を向いてじっと考えていたら声をかけられた。

「ねえ菜々」

「ん?」

「……そろそろ告白された?」

 私は食べていたものが喉へ詰まりそうになった。

「……っ!けほっ」

 水を飲んだ私を見てニヤリと目の前で真紀が笑っている。

「な、何言ってんのよ」

「慌てちゃって。わかってるんでしょ?秘書課の人だってみんな気づいてる。崇さんって前からあんたのこと目で追ってたけど、最近その目が甘いったらないわよね。だから黒沢さんは相当焦ってると思う」

「大切にしてくれているのはわかってる。そうかもしれないと思うこともある。でも、それっていけないことだもの。総帥からはそういう関係になるなと最初から釘を刺されているの」

「……ばっかみたい。そんなの崇さんは気にしてないよ。それに、選ぶのは崇さんだよ。わかってるでしょ?」

 わかってるよ。わかってるし、自分の気持ちに蓋をするのに大変で、最近は彼をできるだけ仕事以外では避けるようにしないといけないと思っている。でも、できるだけあの目に見つめて欲しいと思う自分がいて、気づくと最近は、逆に私が彼を目で追ってしまっている。

「どうしたらいいの……」

 両手で顔を覆う私に、真紀は言った。

「素直になりなよ。崇さんは菜々を守ってくれると思うけどね。大体さ、辰巳さんを総帥に付けたって事は辰巳さんが総帥を操ることも出来るんだよ。辰巳さんはあんた達の一番の理解者でしょ。そう考えたら、菜々の味方は結構な権力者だらけだよ」

「そう、かな……」

 コーヒースプーンをこちらに向けた彼女はうなずいた。

「でしょ?私だって微力ながら応援してるんだからさ、何かあれば言ってね。斉藤さんはいなくなったし、残るは黒沢さんだよ」

 そう、伸吾は崇さんのせいかもしれないが、先月異動になった。ちょっと心が痛かったけど、顔を合わせなくて済むからほっとしている。

「伸吾のことは……もしかすると崇さんがやったと思う。ちょっと罪悪感もある」

「なーに言ってんのよ。あの人、すでに営業部で相当噂になってるらしいよ。あっちこっちに声かけて本性丸見え。菜々とのことは話したらまずいと思っているみたいだから、それだけはよかったけどね」

「うん」

「秘書課内では菜々のこと言いたい放題だったじゃない。そういう倫理観があったとは思えないから、崇さんが念を押して外へ出したんでしょ。絶対そうだよ」

「あ、真紀、そろそろ時間よ。少し早めに戻るって言ってたじゃない」

 時計を見た真紀はガタンと音を立てて立ち上がった。

「まずい、話に夢中なって忘れてた」

「ここは私が払っておくから先に戻りなよ」

 手を合わせた真紀は鞄を持って急いで出て行った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大好きだった元彼と結婚させられました

鳴宮鶉子
恋愛
大好きだった元彼と結婚させられました

ソウシソウアイ?

野草こたつ/ロクヨミノ
恋愛
政略結婚をすることになったオデット。 その相手は初恋の人であり、同時にオデットの姉アンネリースに想いを寄せる騎士団の上司、ランヴァルド・アーノルト伯爵。 拒否に拒否を重ねたが強制的に結婚が決まり、 諦めにも似た気持ちで嫁いだオデットだが……。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」 「……あぁ、君がアグリア、か」 「それで……、離縁はいつになさいます?」  領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。  両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。  帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。  形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。 ★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます! ※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。

ひとつ屋根の下

瑞原唯子
恋愛
橘財閥の御曹司である遥は、両親のせいで孤児となった少女を引き取った。 純粋に責任を感じてのことだったが、いつしか彼女に惹かれていき――。

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

処理中です...