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招待状1
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ここのところ、御曹司の表情が柔らかくなったと噂になっている。私以外の誰かを入れて三人で話しているときは、彼もその第三者へ冗談を言うようになった。そして笑顔を自然に返している。皆、崇さんに話しかけやすくなったと喜んでくれている。
それだけならいいのだが、皆の前で私をからかうことも多くなってきた。
今日もこうやってわざわざ秘書室に来て私に声をかける。みんなが見ているのに……。
「香月。明日午前中に来るライズの担当者は誰だったっけ?」
「三人いらっしゃいますが、確認致します。お部屋でお待ちください」
「なんだよ、三人って言うことは頭に入っているんじゃないのか?俺の秘書は記憶力だけはいいはずだけど」
また始まった。皆が見ている。すぐにここを出ようと席から立ち上がった。そこで新人の女性秘書から冷やかしが聞こえた。
「すごいですね、香月さんって全部細かいことまで記憶してるんですか?」
「そんなわけないです」
「香月は担当者に変な動物のあだ名を付けて覚えてるんだよ。面白いんだぞ」
「もう……やめてください!恥ずかしい……誰にも言わないでって言ったじゃないですか」
私が彼に近寄って手を上げたら、彼が笑いながら私のその手をつかんだ。みんながこちらを見て固まった。まずい……。
「……こら、香月。ふざけてないですぐに戻りなさい」
辰巳さんが入ってきて目配せをした。助け船を出してくれたのだ。新人の女性秘書や黒沢さんがすごい目で私を見ている。
「ちょっと、崇さんいいですか」
辰巳さんが彼を引っ張って廊下へ出る。バタンというドアが閉まる音。三人で彼の部屋へ戻った。辰巳さんと崇さんはソファに座る。
「再来週ですが、清家のパーティーがあるらしいです。ご存じでしたか?」
ソファに座った彼は辰巳さんに言った。
「……ああ、鷹也から聞いてる。例の彼女を親しい連中にとうとうお披露目するらしいな」
「総帥もご招待したいがいいかとあちらから先ほど確認がありました。どうやら玖生さんのお父様が復帰されるとかで総帥に挨拶したいと言われました」
「ふーん。ただ、継ぐのは親父さんじゃなくてアイツだろ?」
「そうでしょうね」
「総帥が清家財閥のものは崇さんが必ず行くはずだから、俺は行かないと伝えてくれと言われたのでお断りしてあります。よろしくお願いします」
崇さんはパソコンを見ていた私の方を向くと声をかけた。
「香月。近いうちに清家財閥主催のパーティーの招待状が来るはずだ」
「わかりました」
辰巳さんが崇さんに言った。
「それと……すみませんが、香月が秘書課にいるときは、秘書課に顔を出すのを控えてください」
「は?」
「いいですね。誰か見ているところで香月に声をかけないようにしてください」
「何を言ってるんだ。俺の秘書なんだぞ。話しかけるに決まってるだろ。仕事のことだ」
「それなら、先ほどのように彼女をからかっているところを見せないようにして下さい。そうじゃないと彼女が大変になります。いいですか?崇さんの隣を狙う連中が秘書課にもいるんです」
「だから、わざとあいつらにわかるように香月と区別してやってるんだよ。それに顔を見て香月に聞きたいから秘書室へ探しに行ったんだ」
辰巳さんが大きなため息をついた。
「いつも部屋で見てるじゃないですか!いないなら秘書室へ電話してくればいいでしょう……」
「いや、俺が突然入って行ったときに見せる香月の慌てる顔が面白いからわざわざあそこへ行くんだ」
「いい加減にしてください!小学生じゃあるまいし、何なんですか……もう……」
辰巳さんは部屋を出る前に私へ囁いた。
「気をつけろ。何かあればすぐに言えよ。遅くなったら対処できないこともある」
「ありがとうございます」
彼は背中をぽんと叩いていなくなった。
* * * *
昨夜、急に実家の父から連絡があった。話がしたいので一度戻ってきてくれないかという。こんなことは今までなかった。何かあったんだろうとピンと来た。
その日の夜。とにかく急いで実家に戻った。
食事の後、父の書斎に呼ばれた。母に心配をかけないため二人にしたんだと思った。何かあるに違いない。
「菜々。研究費を融資してくれていた榊原の系列銀行から突然呼ばれてね」
「何があったの?」
父はため息をついた。
「簡単に言うと、どうやらうちから手を引きたいようだ」
「どうして?」
嫌な予感がした。
「そこの銀行の頭取室へ呼ばれたんだよ。黒沢頭取という人だ」
「黒沢頭取って……」
「心当たりがあるようだな。一人娘が本部秘書室に御曹司の縁談候補として入っていると言われたよ」
「専務秘書をされている人です」
「菜々。正直に答えなさい。まさか御曹司と付き合っているのか?総帥は許さないだろう。お前を支社へやっていたくらいだ」
唇を噛んだ私を見て、父は私の顔をのぞき込んだ。
「お前は賢い子だ。それに理性的だと思っている。でも、恋はそういう事全てを覆す力を持っている。お前を責める気はないが、事態を把握したいだけなんだ。確かあのとき、御曹司が支社へお前を迎えに来たと言っていたな」
「そう。突然海外から戻ってきて支社へ現れたの」
「彼は総帥を敵に回してまでお前を秘書にした。黒沢頭取のお嬢さんの場所にお前が座りそうだから、心配した父親である頭取がお前の父親の私を牽制してきたんだろう。公私混同も甚だしい」
黒沢さんが最近私を目の敵にしているのは気づいていた。そう思わせるだけのことを崇さんが匂わせている。気持ちはわからないでもないが、何かするなら私に直接すればいい。親を使うなんて卑怯だ。
「お父さん、私はお付き合いしていません。それに彼から交際を求められてもいない。秘書として優しくしてくれるからみんな勘違いをしているの」
「それは勘違いなのか?菜々もそう思っているのか?」
「それは……」
「菜々。彼を好きならそれでもいいんだ。お前だってその権利はあるし、能力もある。黒沢頭取のお嬢さんがどれだけすごいのか知らないが、自分自身を卑下する必要などない。日傘君からは御曹司が菜々を秘書にすると何かおきるかもしれないと実は言われていた」
「……ええ!?」
父は私に優しい笑顔を見せた。
「大分前から御曹司がお前を秘書にしたがっていて、彼に力がついてからお前を預けるつもりだったそうだ。全てお前のためだ」
「そんなことを日傘専務が言ったの?お父さんに?」
「ああ。お前が支社へ異動になったと聞いて、娘さんを巻き込んで申し訳ないと私の研究所まで来て謝っていた。お前には内緒にしてほしいが、今後予想されることを全て伝えておくと言われてね」
信じられない……。
それだけならいいのだが、皆の前で私をからかうことも多くなってきた。
今日もこうやってわざわざ秘書室に来て私に声をかける。みんなが見ているのに……。
「香月。明日午前中に来るライズの担当者は誰だったっけ?」
「三人いらっしゃいますが、確認致します。お部屋でお待ちください」
「なんだよ、三人って言うことは頭に入っているんじゃないのか?俺の秘書は記憶力だけはいいはずだけど」
また始まった。皆が見ている。すぐにここを出ようと席から立ち上がった。そこで新人の女性秘書から冷やかしが聞こえた。
「すごいですね、香月さんって全部細かいことまで記憶してるんですか?」
「そんなわけないです」
「香月は担当者に変な動物のあだ名を付けて覚えてるんだよ。面白いんだぞ」
「もう……やめてください!恥ずかしい……誰にも言わないでって言ったじゃないですか」
私が彼に近寄って手を上げたら、彼が笑いながら私のその手をつかんだ。みんながこちらを見て固まった。まずい……。
「……こら、香月。ふざけてないですぐに戻りなさい」
辰巳さんが入ってきて目配せをした。助け船を出してくれたのだ。新人の女性秘書や黒沢さんがすごい目で私を見ている。
「ちょっと、崇さんいいですか」
辰巳さんが彼を引っ張って廊下へ出る。バタンというドアが閉まる音。三人で彼の部屋へ戻った。辰巳さんと崇さんはソファに座る。
「再来週ですが、清家のパーティーがあるらしいです。ご存じでしたか?」
ソファに座った彼は辰巳さんに言った。
「……ああ、鷹也から聞いてる。例の彼女を親しい連中にとうとうお披露目するらしいな」
「総帥もご招待したいがいいかとあちらから先ほど確認がありました。どうやら玖生さんのお父様が復帰されるとかで総帥に挨拶したいと言われました」
「ふーん。ただ、継ぐのは親父さんじゃなくてアイツだろ?」
「そうでしょうね」
「総帥が清家財閥のものは崇さんが必ず行くはずだから、俺は行かないと伝えてくれと言われたのでお断りしてあります。よろしくお願いします」
崇さんはパソコンを見ていた私の方を向くと声をかけた。
「香月。近いうちに清家財閥主催のパーティーの招待状が来るはずだ」
「わかりました」
辰巳さんが崇さんに言った。
「それと……すみませんが、香月が秘書課にいるときは、秘書課に顔を出すのを控えてください」
「は?」
「いいですね。誰か見ているところで香月に声をかけないようにしてください」
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「それなら、先ほどのように彼女をからかっているところを見せないようにして下さい。そうじゃないと彼女が大変になります。いいですか?崇さんの隣を狙う連中が秘書課にもいるんです」
「だから、わざとあいつらにわかるように香月と区別してやってるんだよ。それに顔を見て香月に聞きたいから秘書室へ探しに行ったんだ」
辰巳さんが大きなため息をついた。
「いつも部屋で見てるじゃないですか!いないなら秘書室へ電話してくればいいでしょう……」
「いや、俺が突然入って行ったときに見せる香月の慌てる顔が面白いからわざわざあそこへ行くんだ」
「いい加減にしてください!小学生じゃあるまいし、何なんですか……もう……」
辰巳さんは部屋を出る前に私へ囁いた。
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「ありがとうございます」
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* * * *
昨夜、急に実家の父から連絡があった。話がしたいので一度戻ってきてくれないかという。こんなことは今までなかった。何かあったんだろうとピンと来た。
その日の夜。とにかく急いで実家に戻った。
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「何があったの?」
父はため息をついた。
「簡単に言うと、どうやらうちから手を引きたいようだ」
「どうして?」
嫌な予感がした。
「そこの銀行の頭取室へ呼ばれたんだよ。黒沢頭取という人だ」
「黒沢頭取って……」
「心当たりがあるようだな。一人娘が本部秘書室に御曹司の縁談候補として入っていると言われたよ」
「専務秘書をされている人です」
「菜々。正直に答えなさい。まさか御曹司と付き合っているのか?総帥は許さないだろう。お前を支社へやっていたくらいだ」
唇を噛んだ私を見て、父は私の顔をのぞき込んだ。
「お前は賢い子だ。それに理性的だと思っている。でも、恋はそういう事全てを覆す力を持っている。お前を責める気はないが、事態を把握したいだけなんだ。確かあのとき、御曹司が支社へお前を迎えに来たと言っていたな」
「そう。突然海外から戻ってきて支社へ現れたの」
「彼は総帥を敵に回してまでお前を秘書にした。黒沢頭取のお嬢さんの場所にお前が座りそうだから、心配した父親である頭取がお前の父親の私を牽制してきたんだろう。公私混同も甚だしい」
黒沢さんが最近私を目の敵にしているのは気づいていた。そう思わせるだけのことを崇さんが匂わせている。気持ちはわからないでもないが、何かするなら私に直接すればいい。親を使うなんて卑怯だ。
「お父さん、私はお付き合いしていません。それに彼から交際を求められてもいない。秘書として優しくしてくれるからみんな勘違いをしているの」
「それは勘違いなのか?菜々もそう思っているのか?」
「それは……」
「菜々。彼を好きならそれでもいいんだ。お前だってその権利はあるし、能力もある。黒沢頭取のお嬢さんがどれだけすごいのか知らないが、自分自身を卑下する必要などない。日傘君からは御曹司が菜々を秘書にすると何かおきるかもしれないと実は言われていた」
「……ええ!?」
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「そんなことを日傘専務が言ったの?お父さんに?」
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