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第一章
一ノ巻ー依頼➁
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「ああ、有名だからな。朱雀皇子の女性遍歴は……」
兄は扇で口元を覆いながら嫌みたらしく言った。晴孝はそんな兄を見てため息をつきながら話した。
「実は、朱雀皇子に最近寵愛されていた女房が毒殺されていたらしい」
「え?」
私は驚いて徳利をおとしそうになった。
「それは物騒だな。犯人は見つかっていないのか」
「そうらしい。それに、その女房の前に朱雀皇子は別な若い女房を可愛がっていたそうだが、その女房は病になって御前を辞したと聞いている」
「なるほど……ね」
「ここだけの話だが、元々朱雀皇子に寵愛されていたのは朱雀皇子の侍従の娘だ。乳兄弟のような関係だったそうで、今でも朱雀皇子の側仕えをしている。実は未だに床に召しているという噂もある」
「つまり晴孝はその侍従の娘が怪しいと思っているわけだ」
「そうハッキリ言うなよ。何の証拠も挙がってない」
「そして、静姫をそんな物騒なところに父である左大臣は入内させることを決めたのか?」
「姉上は美しく優しい。正直あんな皇子のところにもったいない。兼近こそ、そう思っているだろう。お前は平気なのか?」
兄はしばし黙ったあと、目を剥いて答えた。
「左大臣はそうまでして権力が欲しいのか!彼女に危険が及ぶかもしれないのに?」
兄はガチャンと音を立てて杯を置いた。
私と晴孝様は驚いてその様子を見て固まった。
「兄上……」
「晴孝……お前」
「彼女の近くには常に私の式神を配している。近頃あまり元気がないというのは知っていたから心配をしていた。つまり入内が本決まりになりそうだったからなのだな」
「私も姉上の相手がお前ならと何度も父に言った。姉の気持ちも知っていながら、父は野心を捨てられないからこんなことになってしまった」
朱雀皇子は十七歳になられる。彼の母は皇后。右大臣の姉だ。左大臣の姉も後に入内して中宮となったが、先に入内して皇子を産んだ皇后のほうが立場も上だ。皇后の息子の朱雀皇子が皇位を継げば左大臣の立場はさらに弱くなる。
ところが、楓姫とは離縁したような形になって、チャンスが巡ってきた。
左大臣は東宮である朱雀皇子の正室に静姫を送り込むことで、皇子を引き入れたいのだ。そうでないと伯父である右大臣の意のままとなってしまう。静姫は美しく聡明だ。朱雀皇子にとってもいい話だと帝が推していると聞いた。
ちなみに次男の京極皇子は左大臣の姉である中宮の御子。左大臣の次女である奏姫と従兄弟でもあり、年も近く仲がいい。いわゆる幼馴染みで、京極皇子と奏姫以外を娶る気はないと言っているらしい。
「そこでお前に頼みがある。姉上をお救いしたい。どうしても入内を拒めないのなら、何か理由をつけて退出させる機会をうかがうが、それまで夕月殿を姉のお付きの女房にできないか?」
「……え?!」
兄上は私のことをじっと見ている。ああ、断れない。即座にそう思った。晴孝様の頼みなら私は断れないし、兄上のためにもなるならなおさらだ。兄上が言う。
「……夕月。無理強いはしたくない。それに危険も伴う」
「もちろん、出来る限り僕が参内して姉上と君を守る。ただ、僕が入れないところも多い。最初は僕の乳兄弟である結城を入れようかと思ったんだが、女御になる可能性のある姉のお付き女房は父が厳選してる。君ならば、おそらく父は了承すると思うんだ」
「私なんかで……いいのでしょうか?お作法もなっていません」
「そんなことはどうでもいいんだ。君には東宮殿を探ってほしいんだ。受けてくれるかい?」
「夕月」
「はい」
「入るのはお前だが、私も常にあやかしや式神を遣ってお前を守る。いいか、お前のことは父上や母上から頼まれている。いくら静姫のためとはいえ、私にとっては妹のお前が一番大切だ。それを忘れるな」
「あ、兄上……でも……」
静姫のために入るのに、姫より私が大切ってそんなこと晴孝様の前で言ったらまずくない?私が困ったように晴孝様を見ると、彼は私を見てうなずいた。
「その通り。いいかい、わかったことを教えてくれるだけでいいんだ。何かするのは外に出られる僕たちがするから連絡をくれ。くれぐれも無理はしないでいいからね」
兄上が晴孝様を見て言った。
「晴孝」
「なんだ?」
「もし、夕月に危険が迫ったら退出させる。それから、これがうまくいったらひとつ夕月の望みを叶えてやって欲しい」
「もちろんだ。今でもひとつ叶えてあげるよ」
「え?あ、ええっと……」
私が手を結び合わせ、もじもじと下を向いていたら、兄の笑い声が聞こえた。
「ははは、まあいいだろう。目標があると夕月も頑張れると思うよ。それと、入内のための準備は晴孝に任せた。うちの財力では夕月を立派なお付き女房に仕立て上げることは出来ないからね」
晴孝様は笑いながら頷いた。
「ああ、任せろ」
そう言って彼は兄と酒を酌み交わしながら作戦を練り、風のように去って行った。
兄は扇で口元を覆いながら嫌みたらしく言った。晴孝はそんな兄を見てため息をつきながら話した。
「実は、朱雀皇子に最近寵愛されていた女房が毒殺されていたらしい」
「え?」
私は驚いて徳利をおとしそうになった。
「それは物騒だな。犯人は見つかっていないのか」
「そうらしい。それに、その女房の前に朱雀皇子は別な若い女房を可愛がっていたそうだが、その女房は病になって御前を辞したと聞いている」
「なるほど……ね」
「ここだけの話だが、元々朱雀皇子に寵愛されていたのは朱雀皇子の侍従の娘だ。乳兄弟のような関係だったそうで、今でも朱雀皇子の側仕えをしている。実は未だに床に召しているという噂もある」
「つまり晴孝はその侍従の娘が怪しいと思っているわけだ」
「そうハッキリ言うなよ。何の証拠も挙がってない」
「そして、静姫をそんな物騒なところに父である左大臣は入内させることを決めたのか?」
「姉上は美しく優しい。正直あんな皇子のところにもったいない。兼近こそ、そう思っているだろう。お前は平気なのか?」
兄はしばし黙ったあと、目を剥いて答えた。
「左大臣はそうまでして権力が欲しいのか!彼女に危険が及ぶかもしれないのに?」
兄はガチャンと音を立てて杯を置いた。
私と晴孝様は驚いてその様子を見て固まった。
「兄上……」
「晴孝……お前」
「彼女の近くには常に私の式神を配している。近頃あまり元気がないというのは知っていたから心配をしていた。つまり入内が本決まりになりそうだったからなのだな」
「私も姉上の相手がお前ならと何度も父に言った。姉の気持ちも知っていながら、父は野心を捨てられないからこんなことになってしまった」
朱雀皇子は十七歳になられる。彼の母は皇后。右大臣の姉だ。左大臣の姉も後に入内して中宮となったが、先に入内して皇子を産んだ皇后のほうが立場も上だ。皇后の息子の朱雀皇子が皇位を継げば左大臣の立場はさらに弱くなる。
ところが、楓姫とは離縁したような形になって、チャンスが巡ってきた。
左大臣は東宮である朱雀皇子の正室に静姫を送り込むことで、皇子を引き入れたいのだ。そうでないと伯父である右大臣の意のままとなってしまう。静姫は美しく聡明だ。朱雀皇子にとってもいい話だと帝が推していると聞いた。
ちなみに次男の京極皇子は左大臣の姉である中宮の御子。左大臣の次女である奏姫と従兄弟でもあり、年も近く仲がいい。いわゆる幼馴染みで、京極皇子と奏姫以外を娶る気はないと言っているらしい。
「そこでお前に頼みがある。姉上をお救いしたい。どうしても入内を拒めないのなら、何か理由をつけて退出させる機会をうかがうが、それまで夕月殿を姉のお付きの女房にできないか?」
「……え?!」
兄上は私のことをじっと見ている。ああ、断れない。即座にそう思った。晴孝様の頼みなら私は断れないし、兄上のためにもなるならなおさらだ。兄上が言う。
「……夕月。無理強いはしたくない。それに危険も伴う」
「もちろん、出来る限り僕が参内して姉上と君を守る。ただ、僕が入れないところも多い。最初は僕の乳兄弟である結城を入れようかと思ったんだが、女御になる可能性のある姉のお付き女房は父が厳選してる。君ならば、おそらく父は了承すると思うんだ」
「私なんかで……いいのでしょうか?お作法もなっていません」
「そんなことはどうでもいいんだ。君には東宮殿を探ってほしいんだ。受けてくれるかい?」
「夕月」
「はい」
「入るのはお前だが、私も常にあやかしや式神を遣ってお前を守る。いいか、お前のことは父上や母上から頼まれている。いくら静姫のためとはいえ、私にとっては妹のお前が一番大切だ。それを忘れるな」
「あ、兄上……でも……」
静姫のために入るのに、姫より私が大切ってそんなこと晴孝様の前で言ったらまずくない?私が困ったように晴孝様を見ると、彼は私を見てうなずいた。
「その通り。いいかい、わかったことを教えてくれるだけでいいんだ。何かするのは外に出られる僕たちがするから連絡をくれ。くれぐれも無理はしないでいいからね」
兄上が晴孝様を見て言った。
「晴孝」
「なんだ?」
「もし、夕月に危険が迫ったら退出させる。それから、これがうまくいったらひとつ夕月の望みを叶えてやって欲しい」
「もちろんだ。今でもひとつ叶えてあげるよ」
「え?あ、ええっと……」
私が手を結び合わせ、もじもじと下を向いていたら、兄の笑い声が聞こえた。
「ははは、まあいいだろう。目標があると夕月も頑張れると思うよ。それと、入内のための準備は晴孝に任せた。うちの財力では夕月を立派なお付き女房に仕立て上げることは出来ないからね」
晴孝様は笑いながら頷いた。
「ああ、任せろ」
そう言って彼は兄と酒を酌み交わしながら作戦を練り、風のように去って行った。
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