8 / 38
第一章
四ノ巻ー楓姫➁
しおりを挟む
「桔梗とは……話はされたんですよね」
「正直諦めました。彼女の力だけでなく、侍従である忠信の力が背景にあるのがわかっていたからです。彼を昇格させたりして東宮を支える立場に置きたい朱雀皇子の思惑が透けて見えました」
「右大臣様はご存知だったのですか?」
「父上は私の所へ来る度に心配しておりました。実体も把握していたのでしょう。私に同情はするが、子をなしてしまえば所詮桔梗など相手にもならないと言っていました。それもそうだなと思ったのです。子をなしてから復讐すればいいかと思ったのです」
辛そうに話す楓姫。聞いているのも辛い。
「まさかそれで……」
「そう、でも子はできませんでした。想像つくでしょう?」
「まさか……」
こくんと頷いた姫。横から先ほど案内してくれた老女房が紙を渡してくれた。薬草の名前が羅列されている。
「わたくしの身体に子が宿りにくい時期を把握して朱雀皇子を差し向けるだけではなく、私の身体が冷えるよう茶に細工がしてありました」
「最近、東宮殿の女房が毒殺されたという噂もあります」
「東宮殿で起きることは全て忠信親子の仕業です。ただ、東宮殿だけでなく、他にも朱雀皇子には通う姫がいます。そちらに子が出来ないのも不思議なのです。その辺りについても調べたほうがいいやもしれません」
「楓姫さまが結局退出されたのはご自身の病を偽ってですか?」
「そうです。私の子が出来ない理由を父上に申し上げたところ、幽斎様をお召しになったのです。すると何かが東の対におかれていて邪悪な気が周りにあるというのです。私の命の危険もあるとおっしゃったので、父上は私を一旦退出させて様子をみようと動いて下さった」
「わかりました。あとひとつだけ……楓姫様は朱雀皇子とはもう……?」
「皇子には申し訳ないけれど、もう全く気持ちもありません。静姫が正室になられることで安心しました。私の役割はようやく終わりそうです」
楓姫の声が明るい。肩の荷が降りたのだろう。新しい人生を生きたいのだろう、気持ちがわかった。
「古部様。あなたが狙われる可能性もあります。桔梗は静姫に揺さぶりをかけるため、一番近くにお仕えする女房を狙ってきます」
「それなら願ってもない……私を餌食に全て捕まえます」
「古部様!」
「姫様。どうぞ、夕月とお呼び下さいませ」
「あなた……」
「わたくし自身には力はございませんが、兄の庇護にあります」
「静姫がうらやましい。でももし同じ境遇になるかと思うと心配です。何かあれば聞いて下さい。力になりましょう」
「姫。こちらこそ、何かあれば力になります。幽斎様でなく、内密で兄にみてもらうこともできますから言って下さい」
「静姫がますます羨ましくなりました。弟君だけでなく、夕月のような頼もしい味方が近くにいる。あなたと知り合えて嬉しい。会うことは難しくとも、文のやり取りはしたいわ」
「過分なお言葉……わたくしこそ、楓姫様が言いたくないであろうことも隠さず、御心を見せてくださったこと、決して忘れません」
楓姫のお付きの老齢の女房が後ろからついてきた。
「あの?」
「少しだけよろしいですか」
「あ、はい……」
小さな部屋へ入る。お仕えする女房達の控え部屋だ。
「姫様がご存知ないことも少しお話ししておきます。あれほど姫様があなた様に内実をお話しなさるとは思いませんでした」
「……」
下を向いていた彼女は意を決して私を正面から見た。
「朱雀皇子は桔梗のやり口を良くは思っておりません」
「……え?」
「姫様の乳兄弟だった絹を……朱雀皇子はおそらく桔梗以上に愛してしまったのです。だから子が出来た。いつもなら子をなせないように先回りするのに、出来たのです」
そうか、桔梗は子ができないよう色々していたのに、出来た。つまりは、朱雀皇子が桔梗に手を出させないようにしたということ?
「朱雀皇子は絹を更衣にしてお側に置きたかった。そして、子を皇子として育てたかったのです」
「でも、彼女はどう思っていたんでしょう」
「絹も皇子をお慕いしていたのです。姫様は最後の頃、そのことに気づいておられました。朱雀皇子が姫様の前でも、絹に手を触れ始めたからです」
「……」
「お嬢様はそれを見て、気鬱になられました。夫と一番信用していた女房の不義です、どれほどお辛かったか」
可哀想な楓姫。老女房は私を見て言った。
「あなた様は決してご主人を裏切ってはなりませんよ。深層の姫君にとって、男君以上に身近な友である女房は大切な存在なのです。それに裏切られると心が壊れます」
「もちろん、それはわかっております」
「身内の恥をさらしました。それも、これも、今後のためです」
「静姫が入られれば、正式に楓姫様は皇子とは縁が切れると思われます。そうなれば別な縁も生まれましょう。楓姫様の今後は変わってくると思います」
「そうだとよいのですが……」
私は頭を下げてその日はそこで退出した。
「権太、式神を兄上様へ先触れさせてちょうだい。兄上のところへこのまま向かいます」
権太の指示で暗闇をこうもりが飛んでいく。
とりあえず、兄上に聞いた話を説明し、相談するためだった。
「正直諦めました。彼女の力だけでなく、侍従である忠信の力が背景にあるのがわかっていたからです。彼を昇格させたりして東宮を支える立場に置きたい朱雀皇子の思惑が透けて見えました」
「右大臣様はご存知だったのですか?」
「父上は私の所へ来る度に心配しておりました。実体も把握していたのでしょう。私に同情はするが、子をなしてしまえば所詮桔梗など相手にもならないと言っていました。それもそうだなと思ったのです。子をなしてから復讐すればいいかと思ったのです」
辛そうに話す楓姫。聞いているのも辛い。
「まさかそれで……」
「そう、でも子はできませんでした。想像つくでしょう?」
「まさか……」
こくんと頷いた姫。横から先ほど案内してくれた老女房が紙を渡してくれた。薬草の名前が羅列されている。
「わたくしの身体に子が宿りにくい時期を把握して朱雀皇子を差し向けるだけではなく、私の身体が冷えるよう茶に細工がしてありました」
「最近、東宮殿の女房が毒殺されたという噂もあります」
「東宮殿で起きることは全て忠信親子の仕業です。ただ、東宮殿だけでなく、他にも朱雀皇子には通う姫がいます。そちらに子が出来ないのも不思議なのです。その辺りについても調べたほうがいいやもしれません」
「楓姫さまが結局退出されたのはご自身の病を偽ってですか?」
「そうです。私の子が出来ない理由を父上に申し上げたところ、幽斎様をお召しになったのです。すると何かが東の対におかれていて邪悪な気が周りにあるというのです。私の命の危険もあるとおっしゃったので、父上は私を一旦退出させて様子をみようと動いて下さった」
「わかりました。あとひとつだけ……楓姫様は朱雀皇子とはもう……?」
「皇子には申し訳ないけれど、もう全く気持ちもありません。静姫が正室になられることで安心しました。私の役割はようやく終わりそうです」
楓姫の声が明るい。肩の荷が降りたのだろう。新しい人生を生きたいのだろう、気持ちがわかった。
「古部様。あなたが狙われる可能性もあります。桔梗は静姫に揺さぶりをかけるため、一番近くにお仕えする女房を狙ってきます」
「それなら願ってもない……私を餌食に全て捕まえます」
「古部様!」
「姫様。どうぞ、夕月とお呼び下さいませ」
「あなた……」
「わたくし自身には力はございませんが、兄の庇護にあります」
「静姫がうらやましい。でももし同じ境遇になるかと思うと心配です。何かあれば聞いて下さい。力になりましょう」
「姫。こちらこそ、何かあれば力になります。幽斎様でなく、内密で兄にみてもらうこともできますから言って下さい」
「静姫がますます羨ましくなりました。弟君だけでなく、夕月のような頼もしい味方が近くにいる。あなたと知り合えて嬉しい。会うことは難しくとも、文のやり取りはしたいわ」
「過分なお言葉……わたくしこそ、楓姫様が言いたくないであろうことも隠さず、御心を見せてくださったこと、決して忘れません」
楓姫のお付きの老齢の女房が後ろからついてきた。
「あの?」
「少しだけよろしいですか」
「あ、はい……」
小さな部屋へ入る。お仕えする女房達の控え部屋だ。
「姫様がご存知ないことも少しお話ししておきます。あれほど姫様があなた様に内実をお話しなさるとは思いませんでした」
「……」
下を向いていた彼女は意を決して私を正面から見た。
「朱雀皇子は桔梗のやり口を良くは思っておりません」
「……え?」
「姫様の乳兄弟だった絹を……朱雀皇子はおそらく桔梗以上に愛してしまったのです。だから子が出来た。いつもなら子をなせないように先回りするのに、出来たのです」
そうか、桔梗は子ができないよう色々していたのに、出来た。つまりは、朱雀皇子が桔梗に手を出させないようにしたということ?
「朱雀皇子は絹を更衣にしてお側に置きたかった。そして、子を皇子として育てたかったのです」
「でも、彼女はどう思っていたんでしょう」
「絹も皇子をお慕いしていたのです。姫様は最後の頃、そのことに気づいておられました。朱雀皇子が姫様の前でも、絹に手を触れ始めたからです」
「……」
「お嬢様はそれを見て、気鬱になられました。夫と一番信用していた女房の不義です、どれほどお辛かったか」
可哀想な楓姫。老女房は私を見て言った。
「あなた様は決してご主人を裏切ってはなりませんよ。深層の姫君にとって、男君以上に身近な友である女房は大切な存在なのです。それに裏切られると心が壊れます」
「もちろん、それはわかっております」
「身内の恥をさらしました。それも、これも、今後のためです」
「静姫が入られれば、正式に楓姫様は皇子とは縁が切れると思われます。そうなれば別な縁も生まれましょう。楓姫様の今後は変わってくると思います」
「そうだとよいのですが……」
私は頭を下げてその日はそこで退出した。
「権太、式神を兄上様へ先触れさせてちょうだい。兄上のところへこのまま向かいます」
権太の指示で暗闇をこうもりが飛んでいく。
とりあえず、兄上に聞いた話を説明し、相談するためだった。
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ハーレム系ギャルゲの捨てられヒロインに転生しましたが、わたしだけを愛してくれる夫と共に元婚約者を見返してやります!
ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
ハーレム系ギャルゲー『シックス・パレット』の捨てられヒロインである侯爵令嬢、ベルメ・ルビロスに転生した主人公、ベルメ。転生したギャルゲーの主人公キャラである第一王子、アインアルドの第一夫人になるはずだったはずが、次々にヒロインが第一王子と結ばれて行き、夫人の順番がどんどん後ろになって、ついには婚約破棄されてしまう。
しかし、それは、一夫多妻制度が嫌なベルメによるための長期に渡る計画によるもの。
無事に望む通りに婚約破棄され、自由に生きようとした矢先、ベルメは元婚約者から、新たな婚約者候補をあてがわれてしまう。それは、社交も公務もしない、引きこもりの第八王子のオクトールだった。
『おさがり』と揶揄されるベルメと出自をアインアルドにけなされたオクトール、アインアルドに見下された二人は、アインアルドにやり返すことを決め、互いに手を取ることとなり――。
【この作品は、別名義で投稿していたものを改題・加筆修正したものになります。ご了承ください】
【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています】
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる