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第一章
四ノ巻ー楓姫➁
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「桔梗とは……話はされたんですよね」
「正直諦めました。彼女の力だけでなく、侍従である忠信の力が背景にあるのがわかっていたからです。彼を昇格させたりして東宮を支える立場に置きたい朱雀皇子の思惑が透けて見えました」
「右大臣様はご存知だったのですか?」
「父上は私の所へ来る度に心配しておりました。実体も把握していたのでしょう。私に同情はするが、子をなしてしまえば所詮桔梗など相手にもならないと言っていました。それもそうだなと思ったのです。子をなしてから復讐すればいいかと思ったのです」
辛そうに話す楓姫。聞いているのも辛い。
「まさかそれで……」
「そう、でも子はできませんでした。想像つくでしょう?」
「まさか……」
こくんと頷いた姫。横から先ほど案内してくれた老女房が紙を渡してくれた。薬草の名前が羅列されている。
「わたくしの身体に子が宿りにくい時期を把握して朱雀皇子を差し向けるだけではなく、私の身体が冷えるよう茶に細工がしてありました」
「最近、東宮殿の女房が毒殺されたという噂もあります」
「東宮殿で起きることは全て忠信親子の仕業です。ただ、東宮殿だけでなく、他にも朱雀皇子には通う姫がいます。そちらに子が出来ないのも不思議なのです。その辺りについても調べたほうがいいやもしれません」
「楓姫さまが結局退出されたのはご自身の病を偽ってですか?」
「そうです。私の子が出来ない理由を父上に申し上げたところ、幽斎様をお召しになったのです。すると何かが東の対におかれていて邪悪な気が周りにあるというのです。私の命の危険もあるとおっしゃったので、父上は私を一旦退出させて様子をみようと動いて下さった」
「わかりました。あとひとつだけ……楓姫様は朱雀皇子とはもう……?」
「皇子には申し訳ないけれど、もう全く気持ちもありません。静姫が正室になられることで安心しました。私の役割はようやく終わりそうです」
楓姫の声が明るい。肩の荷が降りたのだろう。新しい人生を生きたいのだろう、気持ちがわかった。
「古部様。あなたが狙われる可能性もあります。桔梗は静姫に揺さぶりをかけるため、一番近くにお仕えする女房を狙ってきます」
「それなら願ってもない……私を餌食に全て捕まえます」
「古部様!」
「姫様。どうぞ、夕月とお呼び下さいませ」
「あなた……」
「わたくし自身には力はございませんが、兄の庇護にあります」
「静姫がうらやましい。でももし同じ境遇になるかと思うと心配です。何かあれば聞いて下さい。力になりましょう」
「姫。こちらこそ、何かあれば力になります。幽斎様でなく、内密で兄にみてもらうこともできますから言って下さい」
「静姫がますます羨ましくなりました。弟君だけでなく、夕月のような頼もしい味方が近くにいる。あなたと知り合えて嬉しい。会うことは難しくとも、文のやり取りはしたいわ」
「過分なお言葉……わたくしこそ、楓姫様が言いたくないであろうことも隠さず、御心を見せてくださったこと、決して忘れません」
楓姫のお付きの老齢の女房が後ろからついてきた。
「あの?」
「少しだけよろしいですか」
「あ、はい……」
小さな部屋へ入る。お仕えする女房達の控え部屋だ。
「姫様がご存知ないことも少しお話ししておきます。あれほど姫様があなた様に内実をお話しなさるとは思いませんでした」
「……」
下を向いていた彼女は意を決して私を正面から見た。
「朱雀皇子は桔梗のやり口を良くは思っておりません」
「……え?」
「姫様の乳兄弟だった絹を……朱雀皇子はおそらく桔梗以上に愛してしまったのです。だから子が出来た。いつもなら子をなせないように先回りするのに、出来たのです」
そうか、桔梗は子ができないよう色々していたのに、出来た。つまりは、朱雀皇子が桔梗に手を出させないようにしたということ?
「朱雀皇子は絹を更衣にしてお側に置きたかった。そして、子を皇子として育てたかったのです」
「でも、彼女はどう思っていたんでしょう」
「絹も皇子をお慕いしていたのです。姫様は最後の頃、そのことに気づいておられました。朱雀皇子が姫様の前でも、絹に手を触れ始めたからです」
「……」
「お嬢様はそれを見て、気鬱になられました。夫と一番信用していた女房の不義です、どれほどお辛かったか」
可哀想な楓姫。老女房は私を見て言った。
「あなた様は決してご主人を裏切ってはなりませんよ。深層の姫君にとって、男君以上に身近な友である女房は大切な存在なのです。それに裏切られると心が壊れます」
「もちろん、それはわかっております」
「身内の恥をさらしました。それも、これも、今後のためです」
「静姫が入られれば、正式に楓姫様は皇子とは縁が切れると思われます。そうなれば別な縁も生まれましょう。楓姫様の今後は変わってくると思います」
「そうだとよいのですが……」
私は頭を下げてその日はそこで退出した。
「権太、式神を兄上様へ先触れさせてちょうだい。兄上のところへこのまま向かいます」
権太の指示で暗闇をこうもりが飛んでいく。
とりあえず、兄上に聞いた話を説明し、相談するためだった。
「正直諦めました。彼女の力だけでなく、侍従である忠信の力が背景にあるのがわかっていたからです。彼を昇格させたりして東宮を支える立場に置きたい朱雀皇子の思惑が透けて見えました」
「右大臣様はご存知だったのですか?」
「父上は私の所へ来る度に心配しておりました。実体も把握していたのでしょう。私に同情はするが、子をなしてしまえば所詮桔梗など相手にもならないと言っていました。それもそうだなと思ったのです。子をなしてから復讐すればいいかと思ったのです」
辛そうに話す楓姫。聞いているのも辛い。
「まさかそれで……」
「そう、でも子はできませんでした。想像つくでしょう?」
「まさか……」
こくんと頷いた姫。横から先ほど案内してくれた老女房が紙を渡してくれた。薬草の名前が羅列されている。
「わたくしの身体に子が宿りにくい時期を把握して朱雀皇子を差し向けるだけではなく、私の身体が冷えるよう茶に細工がしてありました」
「最近、東宮殿の女房が毒殺されたという噂もあります」
「東宮殿で起きることは全て忠信親子の仕業です。ただ、東宮殿だけでなく、他にも朱雀皇子には通う姫がいます。そちらに子が出来ないのも不思議なのです。その辺りについても調べたほうがいいやもしれません」
「楓姫さまが結局退出されたのはご自身の病を偽ってですか?」
「そうです。私の子が出来ない理由を父上に申し上げたところ、幽斎様をお召しになったのです。すると何かが東の対におかれていて邪悪な気が周りにあるというのです。私の命の危険もあるとおっしゃったので、父上は私を一旦退出させて様子をみようと動いて下さった」
「わかりました。あとひとつだけ……楓姫様は朱雀皇子とはもう……?」
「皇子には申し訳ないけれど、もう全く気持ちもありません。静姫が正室になられることで安心しました。私の役割はようやく終わりそうです」
楓姫の声が明るい。肩の荷が降りたのだろう。新しい人生を生きたいのだろう、気持ちがわかった。
「古部様。あなたが狙われる可能性もあります。桔梗は静姫に揺さぶりをかけるため、一番近くにお仕えする女房を狙ってきます」
「それなら願ってもない……私を餌食に全て捕まえます」
「古部様!」
「姫様。どうぞ、夕月とお呼び下さいませ」
「あなた……」
「わたくし自身には力はございませんが、兄の庇護にあります」
「静姫がうらやましい。でももし同じ境遇になるかと思うと心配です。何かあれば聞いて下さい。力になりましょう」
「姫。こちらこそ、何かあれば力になります。幽斎様でなく、内密で兄にみてもらうこともできますから言って下さい」
「静姫がますます羨ましくなりました。弟君だけでなく、夕月のような頼もしい味方が近くにいる。あなたと知り合えて嬉しい。会うことは難しくとも、文のやり取りはしたいわ」
「過分なお言葉……わたくしこそ、楓姫様が言いたくないであろうことも隠さず、御心を見せてくださったこと、決して忘れません」
楓姫のお付きの老齢の女房が後ろからついてきた。
「あの?」
「少しだけよろしいですか」
「あ、はい……」
小さな部屋へ入る。お仕えする女房達の控え部屋だ。
「姫様がご存知ないことも少しお話ししておきます。あれほど姫様があなた様に内実をお話しなさるとは思いませんでした」
「……」
下を向いていた彼女は意を決して私を正面から見た。
「朱雀皇子は桔梗のやり口を良くは思っておりません」
「……え?」
「姫様の乳兄弟だった絹を……朱雀皇子はおそらく桔梗以上に愛してしまったのです。だから子が出来た。いつもなら子をなせないように先回りするのに、出来たのです」
そうか、桔梗は子ができないよう色々していたのに、出来た。つまりは、朱雀皇子が桔梗に手を出させないようにしたということ?
「朱雀皇子は絹を更衣にしてお側に置きたかった。そして、子を皇子として育てたかったのです」
「でも、彼女はどう思っていたんでしょう」
「絹も皇子をお慕いしていたのです。姫様は最後の頃、そのことに気づいておられました。朱雀皇子が姫様の前でも、絹に手を触れ始めたからです」
「……」
「お嬢様はそれを見て、気鬱になられました。夫と一番信用していた女房の不義です、どれほどお辛かったか」
可哀想な楓姫。老女房は私を見て言った。
「あなた様は決してご主人を裏切ってはなりませんよ。深層の姫君にとって、男君以上に身近な友である女房は大切な存在なのです。それに裏切られると心が壊れます」
「もちろん、それはわかっております」
「身内の恥をさらしました。それも、これも、今後のためです」
「静姫が入られれば、正式に楓姫様は皇子とは縁が切れると思われます。そうなれば別な縁も生まれましょう。楓姫様の今後は変わってくると思います」
「そうだとよいのですが……」
私は頭を下げてその日はそこで退出した。
「権太、式神を兄上様へ先触れさせてちょうだい。兄上のところへこのまま向かいます」
権太の指示で暗闇をこうもりが飛んでいく。
とりあえず、兄上に聞いた話を説明し、相談するためだった。
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