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1話 「ねぇ、シア。 僕たちは番なんだ。 だから、誓って。 僕と結婚するって」
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「シア。 何も心配は要らないよ。 僕たちは番なんだ。 きっと成人の儀式の時に分かる。 誓うよ。 シアを守るって、誰よりも幸せにしてみせる。 約束するよ」
少女の手を取り、少年は手の甲にキスを送る。 忠誠を誓う騎士の礼だ。 膝まである白を基調としたフロックコートの裾が汚れる事に気にも留めず、少年は地面に膝をついている。
少年の顎のラインで切り揃えた白銀の髪が、風でサラリと揺れる。 目元は、涼し気だが冷たい印象はない。 少女を見つめる紫の瞳は、愛し気に細められている。 まだ幼さが残った微笑みは、とても優しげだ。
年の頃は、13歳。 まだ、声変わりが完全に終わっていないのか、少し高い声が屋敷の庭園に響いている。 少女は瞳を閉じて、頬に手を当てて眉尻を下げた。 一瞬の逡巡の末、閉じた瞳を開ける。 真っすぐに求婚して来た少年の瞳を覗き込み、少女は返事を返した。
「でも、ジーン。 私たち兄妹よ。 兄妹では番にはなれないわ」
そう、シアに求婚して来た少年は、双子の兄妹として育っている兄、名前はユージーン。 クロウ家の嫡男だ。 求婚された少女は、リィシャといい。 ユージーンと同じ13歳で、白銀の髪を腰まで伸ばし、ハーフアップして髪を結わいている。 リィシャの白いワンピースが風に揺れて、切れ長のエメラルドの瞳が不安気に揺れていた。
幼い2人の様子を、クロウ家の当主と夫人が、テラス越しに目を細めて優しい眼差しで見つめていた。 2人の首筋には、銀色に輝く番の刻印が刻まれていて、2人が番なのだと語っている。 番の刻印が日差しで、2人を見守るようにキラキラと煌めいていた。
ブリティニア王国は、竜の獣人を王に頂き、獣人が治める国である。 この物語はブリティニアに住む白カラスの獣人のお話である。
◇◇◇
強風がリィシャの部屋の窓を強く打ち、ガタガタと鳴らす。 風が窓ガラスを打つ音が怖くてリィシャは眠れずにいた。 今夜は、屋敷の主である当主と夫人が王都で仕事があり、侍従も連れて行ってしまい、大人が誰もいない。 メイドと使用人たちは、同じ敷地にある使用人専用の宿舎に1日の仕事を終え、既に下がっていていない。
一際大きく鳴った風音に我慢の限界がきたリィシャは、ベッドを抜け出した。 向かった先は、ユージーンの部屋だ。 小さい頃から眠れない時は、ユージーンのベッドに潜り込んでいた。 幼い2人は抱きしめ合って眠りについたものだ。 翌朝、メイドに見つかってきつく叱られたのも、今となっては良い思い出だ。
翌朝にメイドから叱られる事を覚悟したリィシャ。 白いレース使いのネグリジェ姿で枕を胸に抱き、暗い廊下を泣きべそになりながら、ユージーンの部屋へ向かった。
ユージーンの部屋は、横長に建つ屋敷の2階右端にある。 リィシャは同じ階の左端だ。 ユージーンの部屋の前でリィシャは少し、躊躇った。 13歳になるというのに、風の音が怖くて寝むれないなんて、今更ながら恥ずかしいと思ってしまったからだ。
不意に、扉に触れもしないのに、ユージーンの部屋の扉が開いた。
顔を出したのは勿論、部屋の主であるユージーンだ。 ユージーンもパジャマローブ姿で、もう寝るところだった事が分かる。
ユージーンはにっこり笑い、リィシャの手を取り『おいで』と部屋の中へといざなった。 ユージーンの部屋の作りもリィシャと同じだ。 居間があり、寝室がある。 クローゼットの奥には、お風呂とトイレがある。
ユージーンの部屋の家具は、シンプルなもので揃えてあり、リィシャの部屋のフリルでいっぱいの装飾とは大違いだ。 リィシャはユージーンに連れられ、寝室に入った。
「私が扉の前にいるって、どうしてわかったの?」
「今夜は風が強いからね。 きっと、眠れなくて来ると思って、シアを待ってたからだよ。 メイドと使用人も宿舎に戻っていないしね。 さぁ、おいで。 一緒に寝てあげる」
寝室の中央に置いてあるベッドは、大人が3人は余裕で眠れるくらいの広さがある。 ユージーンは、掛け布団を捲って寝そべると、リィシャの寝る場所を空けた。 リィシャは少し躊躇ったが、1人で寝るよりも、ユージーンと寝る方を選んだ。 リィシャはベッドに入ると、ユージーンに抱きつく。
「おやすみ、シア」
「おやすみ、ジーン」
ユージーンはリィシャを優しく受け止めると、2人はお互いの心地いい温もりに、物の数秒で眠りについた。 翌朝、メイドに見つかり、2人ともきつく叱られたのは言うまでもない。
◇
リィシャの朝は、いつも甘い空気に包まれる。 ベッドに心地よい風が吹き抜け、クロウ家の庭には、鳥のさえずりが響いていた。 リィシャのベッドが軋み、シーツに皺が作られていく。 人が近づく気配に、リィシャも微睡みから目を覚ます。 それでもまだ寝ていたくて寝返りをうった。
「シア、朝だよ、起きて。 起きないと、今日の朝食のデザート、カスタードプリンなんだけど。 僕が全部食べちゃおうかな」
ユージーンの意地悪な呟きに、リィシャの目がカッと見開いて飛び起きた。
「駄目! 私のプリン食べちゃダメ!」
「ぶふっ、だ、大丈夫だよ、シア。 食べないよっ」
何がユージーンの笑いのツボをついたのか、俯いてお腹を抱え、笑いを堪えるように肩を震わせている。 リィシャはユージーンをジロリと睨んだ。 ユージーンはにっこりと微笑んで、リィシャの頭を撫で、頬を撫でた。 ユージーンの瞳は、今日もリィシャを『愛している』と言っている。
リィシャはユージーンと目が合うと頬を赤く染めた。
「おはよう、シア」
「うっ、おはよう、ジーン」
「さぁ、支度をして。 朝食を食べたら、馬に乗って湖へ行こう。 そこで、先生が来る前に少しでも、魔術の練習をしようね」
にっこり笑ったユージーンの黒い笑顔は、先ほどの甘い笑顔と違い『拒否は許されないよ』と言っていた。
◇
クロウ辺境伯爵家。 クロウ家は、白カラスの獣人族である。 カラスの獣人は黒と白の獣人に分れる。 黒が全体の8割で2割が白だ。 クロウ家は白カラスの長を代々引き継いでいる家系だ。
クロウ家の領地は、黒カラスが治める領地であるレイブン領の隣で、国での位置としては、端の方にある隣国と接した山林を含めた辺境にある。
クロウ領は、三方を山に囲まれていて平地に街が拡がっている。 農業が盛んで、良質な葡萄が生る為、白ワインが特産物となっている。 交通手段が1つしかなく道も1本しかなくて、何処へ行くにも不便だが、領民たちは山賊や魔物といった脅威はあるものの、概ね穏やかに暮らしている。
獣人にとって番は唯一無二の存在である。 ブリティニア王国では、成人するとそれまでに番に出会っていると、成人の儀式で番の刻印が身体のどこかに現れる。
ユージーンは1人、成人の儀式が早く来ないかと、自室の居間のソファーで、リィシャと成人の儀式に臨む自身の姿を妄想していた。 ユージーンは何故か小さい頃から、リィシャが番だと確信していた。
(成人まで、後2年弱。 そろそろあいつが動き出すか)
部屋の扉をノックする音が室内に響く。 ユージーンの返事の後、入室して来たのはユージーンの父方の従弟で、レーヴァン子爵家の次男、サイモンだ。 白い髪の天然パーマで、縁なしの丸眼鏡をかけている。 人の良さそうな顔立ちをしており、小柄で同じく白カラスの獣人である。
ユージーンとは同じ年で小さい頃から、ユージーンの補佐候補として教育を施されている。 プライベートでは友人として、何でも話せる間柄になっていた。
「ジーン、やっぱり動きがあったよ。 1人娘をジーンとお見合いさせたいみたいだ。 ホイットニー家から正式に申し込みがあったみたい。 平民なのに随分と大胆だよね。 やっぱりコモン子爵位を狙ってるんじゃないかな。 自分の娘とジーンが婚約する頃には、爵位を譲り受けているという算段なんだと思うよ」
「ふ~ん。 僕は誰ともお見合いする気はないけどね。 まぁ、シアの親戚筋はホイットニー家しか残っていないし。 シアがいなくなれば、爵位を奪いやすくなる。 コモン領が欲しいんだろうね」
「レイバン商会って言えば。 結構、手広く商売をしているし、儲かってるみたいだよ。 ご令嬢は、3歳の時に修道院から引き取られて。 甘やかされて育ってるみたいで、随分と我儘娘みたいだ」
「益々、会いたくないご令嬢だね」
ユージーンはサイモンの説明に、目を眇めてあらかさまに嫌な顔をした。 我儘といえば多かれ少なかれ、貴族令嬢と子息も似たり寄ったりだ。 高慢で我儘な貴族の中で、リィシャは素直で優しい娘に育っている。 ユージーンは、リィシャをホイットニー家から守る為、サイモンとこれからの事を話し合った。
◇
ホイットニー家。 レイバン商会の会頭グウィン・ホイットニーは、平民にしては豪奢な屋敷の書斎で1枚の書状を眺めていた。 内容は芳しくないもののようだ。 兼ねてからお見合いを打診していたクロウ家からの返答が書かれた書状を一瞥し、眉間に皺を寄せた。 相手は辺境拍で、こちらは遠い親戚筋と言っても平民だ。
良い返事は訊けないと思っていたから、内容は見ずとも分かっていた。 それでも可愛い娘の為と筆を執ったのだ。 グウィン・ホイットニーは、ぐしゃりとクロウ家からの書状を握り潰し、屑箱に投げ捨てた。
突然、書斎の扉がノックも無しに乱暴に大きな音を立てて、開け放たれる。 グウィンが顔を上げると、娘のエミリーがずかずかと、侍従が止めるのも聞かず書斎に入って来た。
可愛い娘の開口一番がこれである。
「お父様! 私のお願い事、訊いていただけました? いつになったらユージーン様とお会い出来ますの?」
「エミリー!」
グウィンの可愛い一人娘は、銀に近い髪色でふわふわしており、青い瞳の美少女だ。 可愛い娘の顔を見ると、目を細めて蕩けるような眼差しで見つめた。 しかし、可愛い娘の詰問に直ぐに表情を曇らせる。 父親の表情で芳しくない様子を悟ったエミリーは、気づかれない様に舌打ちをした。
「お父様、次回のクロウ家のお伺いに、私もついて行きます」
「いや、しかし」
「家業の見習いをしているとか、何とか言っていくらでも言い訳できますでしょ! お願い! 私、どうしてもユージーン様にお会いしたいの!」
エミリーが首を傾げ、瞳を潤ませて眉を下げる『お願いポーズ』をとる。 更にエミリーの背中から白カラスの翼が現れて羽ばたき、古代語の呪文が紡がれる。 書斎全体に光の粒が充満する。
グウィンが光の粒にあてられると、トロンとした恍惚の表情で自身の娘を見つめた。
「お父様、承諾して頂けますわよね」
グウィンは頷きだけでエミリーに了承の意を表した。 エミリーの背中の白カラスの翼が光の粒になって消えた。 しかしエミリーの願いは叶わず、それ以降、クロウ家がレイバン商会を屋敷に呼ぶ事はなかった。
エミリーが熱望したユージーンと会いたいという願いが叶うのは2年後、王都の学園の入学式である。
少女の手を取り、少年は手の甲にキスを送る。 忠誠を誓う騎士の礼だ。 膝まである白を基調としたフロックコートの裾が汚れる事に気にも留めず、少年は地面に膝をついている。
少年の顎のラインで切り揃えた白銀の髪が、風でサラリと揺れる。 目元は、涼し気だが冷たい印象はない。 少女を見つめる紫の瞳は、愛し気に細められている。 まだ幼さが残った微笑みは、とても優しげだ。
年の頃は、13歳。 まだ、声変わりが完全に終わっていないのか、少し高い声が屋敷の庭園に響いている。 少女は瞳を閉じて、頬に手を当てて眉尻を下げた。 一瞬の逡巡の末、閉じた瞳を開ける。 真っすぐに求婚して来た少年の瞳を覗き込み、少女は返事を返した。
「でも、ジーン。 私たち兄妹よ。 兄妹では番にはなれないわ」
そう、シアに求婚して来た少年は、双子の兄妹として育っている兄、名前はユージーン。 クロウ家の嫡男だ。 求婚された少女は、リィシャといい。 ユージーンと同じ13歳で、白銀の髪を腰まで伸ばし、ハーフアップして髪を結わいている。 リィシャの白いワンピースが風に揺れて、切れ長のエメラルドの瞳が不安気に揺れていた。
幼い2人の様子を、クロウ家の当主と夫人が、テラス越しに目を細めて優しい眼差しで見つめていた。 2人の首筋には、銀色に輝く番の刻印が刻まれていて、2人が番なのだと語っている。 番の刻印が日差しで、2人を見守るようにキラキラと煌めいていた。
ブリティニア王国は、竜の獣人を王に頂き、獣人が治める国である。 この物語はブリティニアに住む白カラスの獣人のお話である。
◇◇◇
強風がリィシャの部屋の窓を強く打ち、ガタガタと鳴らす。 風が窓ガラスを打つ音が怖くてリィシャは眠れずにいた。 今夜は、屋敷の主である当主と夫人が王都で仕事があり、侍従も連れて行ってしまい、大人が誰もいない。 メイドと使用人たちは、同じ敷地にある使用人専用の宿舎に1日の仕事を終え、既に下がっていていない。
一際大きく鳴った風音に我慢の限界がきたリィシャは、ベッドを抜け出した。 向かった先は、ユージーンの部屋だ。 小さい頃から眠れない時は、ユージーンのベッドに潜り込んでいた。 幼い2人は抱きしめ合って眠りについたものだ。 翌朝、メイドに見つかってきつく叱られたのも、今となっては良い思い出だ。
翌朝にメイドから叱られる事を覚悟したリィシャ。 白いレース使いのネグリジェ姿で枕を胸に抱き、暗い廊下を泣きべそになりながら、ユージーンの部屋へ向かった。
ユージーンの部屋は、横長に建つ屋敷の2階右端にある。 リィシャは同じ階の左端だ。 ユージーンの部屋の前でリィシャは少し、躊躇った。 13歳になるというのに、風の音が怖くて寝むれないなんて、今更ながら恥ずかしいと思ってしまったからだ。
不意に、扉に触れもしないのに、ユージーンの部屋の扉が開いた。
顔を出したのは勿論、部屋の主であるユージーンだ。 ユージーンもパジャマローブ姿で、もう寝るところだった事が分かる。
ユージーンはにっこり笑い、リィシャの手を取り『おいで』と部屋の中へといざなった。 ユージーンの部屋の作りもリィシャと同じだ。 居間があり、寝室がある。 クローゼットの奥には、お風呂とトイレがある。
ユージーンの部屋の家具は、シンプルなもので揃えてあり、リィシャの部屋のフリルでいっぱいの装飾とは大違いだ。 リィシャはユージーンに連れられ、寝室に入った。
「私が扉の前にいるって、どうしてわかったの?」
「今夜は風が強いからね。 きっと、眠れなくて来ると思って、シアを待ってたからだよ。 メイドと使用人も宿舎に戻っていないしね。 さぁ、おいで。 一緒に寝てあげる」
寝室の中央に置いてあるベッドは、大人が3人は余裕で眠れるくらいの広さがある。 ユージーンは、掛け布団を捲って寝そべると、リィシャの寝る場所を空けた。 リィシャは少し躊躇ったが、1人で寝るよりも、ユージーンと寝る方を選んだ。 リィシャはベッドに入ると、ユージーンに抱きつく。
「おやすみ、シア」
「おやすみ、ジーン」
ユージーンはリィシャを優しく受け止めると、2人はお互いの心地いい温もりに、物の数秒で眠りについた。 翌朝、メイドに見つかり、2人ともきつく叱られたのは言うまでもない。
◇
リィシャの朝は、いつも甘い空気に包まれる。 ベッドに心地よい風が吹き抜け、クロウ家の庭には、鳥のさえずりが響いていた。 リィシャのベッドが軋み、シーツに皺が作られていく。 人が近づく気配に、リィシャも微睡みから目を覚ます。 それでもまだ寝ていたくて寝返りをうった。
「シア、朝だよ、起きて。 起きないと、今日の朝食のデザート、カスタードプリンなんだけど。 僕が全部食べちゃおうかな」
ユージーンの意地悪な呟きに、リィシャの目がカッと見開いて飛び起きた。
「駄目! 私のプリン食べちゃダメ!」
「ぶふっ、だ、大丈夫だよ、シア。 食べないよっ」
何がユージーンの笑いのツボをついたのか、俯いてお腹を抱え、笑いを堪えるように肩を震わせている。 リィシャはユージーンをジロリと睨んだ。 ユージーンはにっこりと微笑んで、リィシャの頭を撫で、頬を撫でた。 ユージーンの瞳は、今日もリィシャを『愛している』と言っている。
リィシャはユージーンと目が合うと頬を赤く染めた。
「おはよう、シア」
「うっ、おはよう、ジーン」
「さぁ、支度をして。 朝食を食べたら、馬に乗って湖へ行こう。 そこで、先生が来る前に少しでも、魔術の練習をしようね」
にっこり笑ったユージーンの黒い笑顔は、先ほどの甘い笑顔と違い『拒否は許されないよ』と言っていた。
◇
クロウ辺境伯爵家。 クロウ家は、白カラスの獣人族である。 カラスの獣人は黒と白の獣人に分れる。 黒が全体の8割で2割が白だ。 クロウ家は白カラスの長を代々引き継いでいる家系だ。
クロウ家の領地は、黒カラスが治める領地であるレイブン領の隣で、国での位置としては、端の方にある隣国と接した山林を含めた辺境にある。
クロウ領は、三方を山に囲まれていて平地に街が拡がっている。 農業が盛んで、良質な葡萄が生る為、白ワインが特産物となっている。 交通手段が1つしかなく道も1本しかなくて、何処へ行くにも不便だが、領民たちは山賊や魔物といった脅威はあるものの、概ね穏やかに暮らしている。
獣人にとって番は唯一無二の存在である。 ブリティニア王国では、成人するとそれまでに番に出会っていると、成人の儀式で番の刻印が身体のどこかに現れる。
ユージーンは1人、成人の儀式が早く来ないかと、自室の居間のソファーで、リィシャと成人の儀式に臨む自身の姿を妄想していた。 ユージーンは何故か小さい頃から、リィシャが番だと確信していた。
(成人まで、後2年弱。 そろそろあいつが動き出すか)
部屋の扉をノックする音が室内に響く。 ユージーンの返事の後、入室して来たのはユージーンの父方の従弟で、レーヴァン子爵家の次男、サイモンだ。 白い髪の天然パーマで、縁なしの丸眼鏡をかけている。 人の良さそうな顔立ちをしており、小柄で同じく白カラスの獣人である。
ユージーンとは同じ年で小さい頃から、ユージーンの補佐候補として教育を施されている。 プライベートでは友人として、何でも話せる間柄になっていた。
「ジーン、やっぱり動きがあったよ。 1人娘をジーンとお見合いさせたいみたいだ。 ホイットニー家から正式に申し込みがあったみたい。 平民なのに随分と大胆だよね。 やっぱりコモン子爵位を狙ってるんじゃないかな。 自分の娘とジーンが婚約する頃には、爵位を譲り受けているという算段なんだと思うよ」
「ふ~ん。 僕は誰ともお見合いする気はないけどね。 まぁ、シアの親戚筋はホイットニー家しか残っていないし。 シアがいなくなれば、爵位を奪いやすくなる。 コモン領が欲しいんだろうね」
「レイバン商会って言えば。 結構、手広く商売をしているし、儲かってるみたいだよ。 ご令嬢は、3歳の時に修道院から引き取られて。 甘やかされて育ってるみたいで、随分と我儘娘みたいだ」
「益々、会いたくないご令嬢だね」
ユージーンはサイモンの説明に、目を眇めてあらかさまに嫌な顔をした。 我儘といえば多かれ少なかれ、貴族令嬢と子息も似たり寄ったりだ。 高慢で我儘な貴族の中で、リィシャは素直で優しい娘に育っている。 ユージーンは、リィシャをホイットニー家から守る為、サイモンとこれからの事を話し合った。
◇
ホイットニー家。 レイバン商会の会頭グウィン・ホイットニーは、平民にしては豪奢な屋敷の書斎で1枚の書状を眺めていた。 内容は芳しくないもののようだ。 兼ねてからお見合いを打診していたクロウ家からの返答が書かれた書状を一瞥し、眉間に皺を寄せた。 相手は辺境拍で、こちらは遠い親戚筋と言っても平民だ。
良い返事は訊けないと思っていたから、内容は見ずとも分かっていた。 それでも可愛い娘の為と筆を執ったのだ。 グウィン・ホイットニーは、ぐしゃりとクロウ家からの書状を握り潰し、屑箱に投げ捨てた。
突然、書斎の扉がノックも無しに乱暴に大きな音を立てて、開け放たれる。 グウィンが顔を上げると、娘のエミリーがずかずかと、侍従が止めるのも聞かず書斎に入って来た。
可愛い娘の開口一番がこれである。
「お父様! 私のお願い事、訊いていただけました? いつになったらユージーン様とお会い出来ますの?」
「エミリー!」
グウィンの可愛い一人娘は、銀に近い髪色でふわふわしており、青い瞳の美少女だ。 可愛い娘の顔を見ると、目を細めて蕩けるような眼差しで見つめた。 しかし、可愛い娘の詰問に直ぐに表情を曇らせる。 父親の表情で芳しくない様子を悟ったエミリーは、気づかれない様に舌打ちをした。
「お父様、次回のクロウ家のお伺いに、私もついて行きます」
「いや、しかし」
「家業の見習いをしているとか、何とか言っていくらでも言い訳できますでしょ! お願い! 私、どうしてもユージーン様にお会いしたいの!」
エミリーが首を傾げ、瞳を潤ませて眉を下げる『お願いポーズ』をとる。 更にエミリーの背中から白カラスの翼が現れて羽ばたき、古代語の呪文が紡がれる。 書斎全体に光の粒が充満する。
グウィンが光の粒にあてられると、トロンとした恍惚の表情で自身の娘を見つめた。
「お父様、承諾して頂けますわよね」
グウィンは頷きだけでエミリーに了承の意を表した。 エミリーの背中の白カラスの翼が光の粒になって消えた。 しかしエミリーの願いは叶わず、それ以降、クロウ家がレイバン商会を屋敷に呼ぶ事はなかった。
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