ケットシーと小鳥の唄

伊織愁

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三話

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 山の頂上に建てられた自身の屋敷に戻って来たキウェテルは、直ぐに貴賓室へ向かった。 キウェテルを出迎えた執事が顔を青ざめさせている。

 「キウェテル様、お帰りなさいませ」
 「セバスチャン、王子方はどんな様子だ?」
 「はい、今はウェイロがお相手しております」
 「そうか」

 ウェイロはキウェテルの侍従だ。 貴賓室へ向かいながら、セバスチャンの話を聞く。

 「……はい、少々やり過ぎないか心配ですが」
 「まぁ、大丈夫だろう? あいつも馬鹿じゃないからな」

 重い足取りだったが、程なくして貴賓室の前に辿り着いた。 扉の向こう側から、明るい話し声が漏れている。

 息を整え、琥珀色の瞳と緑の瞳、オッドアイの眼差しに真面目な色を滲ませる。

 ノックを数回した後、キウェテルは二人の王子が待つ貴賓室へ足を踏み入れた。

 ◇

 朝からキウェテルが訪れてくれたというのに、自身の兄に邪魔されてしまった。

 「もうっ! なんでお兄様たちは邪魔するのかしらっ」
 「姫様、紅茶をどうぞ。 気持ちが落ち着きますよ」
 「ありがとう」

 プライベートの居間のソファーで、ゆったりと座り、メイドのマーサからティーカップを受け取る。

 一口、紅茶を飲み、気持ちを落ち着かせる。 口の中で広がる紅茶の香りにホッと息を吐いた。

 「美味しいわ」
 「良かったです。 こちらのマドレーヌはスカイラ様からです」
 「……そうっ」

 マドレーヌを一口、憮然とした表示で頬張った。 マーサは小さく笑う。

 「仕方ありませんわ。 大昔の事がありますからね」
 「大昔って、当時のケットシーが王女様を鷲王の目の前で攫った事件でしょ?」
 「はい、そうです」

 金色の瞳を細めてマーサを見つめる。

 「姫様っ……」
 「それ、私には関係ないじゃないっ」
 「そんな事もないと思いますけどっ」
 「キウェテルは私を攫ったりなんかしないわ」
 「……そうでしょうか。 姫様を好きな気持ちが溢れ出したら分かりませんよ」

 まるでヴィヴィエンが攫われる事を望んでいる様だ。 頬を染めて何を想像しているのか、マーサは身体をくねらせている。

 何を想像しているのか、手に取るように分かるわね。

 マーサはキウェテルがヴィヴィエンを攫う場面を想像しているのだろう。 どうやらマーサたちはヴィヴィエンとキウェテルに一緒になって欲しい様だ。

 ヴィヴィエンは深い溜め息を吐いた。

 脳裏に浮かぶのは、キウェテルの笑顔だ。 プライベートの居間から見える青空を見つめる。

 「上手くやってね、キウェテル。 貴方に会えなくなるのは寂しいわ」
 
 ◇

 貴賓室へ入って行ったキウェテルは、何時もの笑みを貼り付けた。

 「お待たせ致しまして申し訳ございません。 ノーマン第二王子、アビデミ第三王子。 猫族の族長、ケットシーを拝命しております、キウェテル・コシュカ。 急ぎ、参上いたしました」

 「ああ、キウェテル。 久しいな」
 「久しぶりだね。 ケットシーを受け継いだんだね」

 二人の王子はキウェテルを見ると、気さくに声を掛けてきた。

 「はい、直ぐに報告に参るつもりだったのですが、近く行われるスカイラ様の立太子の儀式でと、考えておりました」
 「そう」

 第三王子であるアビデミは、和かな笑みを浮かべたが、第二王子のノーマンは紫の瞳を細めた。

 ノーマンは真っ白な鷲族、アビデミは輝く様な灰色だった。

 「もっと早くても良かったんじゃないかな?」
 「……っ」
 「ふふ、分かっているよ。 キウェテルが父、へディーズの鷲王に会いたくないのは。 兄上も年々、父に似てきているからね」
 「まぁ、苦手なのは分かる。 だが、報告する事はちゃんとしなくてはならない。 分かったか、キウェテル」

 アビデミに同意したが、ノーマンは当たり前の事を言った。 有無を言わせないノーマンに、キウェテルの頬は引き攣った。

 「はい。 しかし、お忙しいのではないでしょうか? 立太子も近いですし」
 「まぁ、会う暇はないだろうな」
 「だよねぇ」

 分かってて言ってるよなっ。

 キウェテルは琥珀色の瞳と緑の瞳を訝しげに細める。

 鷲王とスカイラ様が忙しいから、この二人が来たのか?

 「ヴィヴィが使っている香水の匂いが漂ってる」
 
 和かな笑みを浮かべるアビデミのエメラルドの瞳に、危険な色が滲んでいる。

 身体にビリビリと痺れたが、何とか表情に出さず、キウェテルも笑みを返した。

 「そうですか? うちのメイドが付けてる香りですかね」
 「へぇ~、メイドねぇ」

 アビデミのエメラルドの瞳は、キウェテルの言葉は信じられないと言っていた。

 何も言えず、キウェテルは必死に笑みを張り付ける。

 「ええ、メイドです」
 
 ノーマンの真っ直ぐな紫の瞳は、キウェテルの胸を突き刺した。

 此処は言い切るしかないだろう。 もし、内緒でヴィヴィに会っている事、バレたら不味い。 今は口説いている途中なんだ。 いい感じになって来ているのにっ。

 「もし、お前がうちのお姫様と会っているとしたら……」

 ノーマンの身体から殺気が溢れ出し、キウェテルへ向けられる。 最後まで言葉にされなくても分かる。 ノーマンの釣り上がった紫の瞳が言っている。

 『妹に会ったらタダじゃおかないからな』と。

 ノーマンは見た目と違ってとても暑苦しい性格をしている。 対してアビデミは静かに穏やかに怒る。

 熱くて燃えそうな眼差しと、冷たくて寒い、突き刺さる様な眼差しを同時に浴び、キウェテルの精神はもう、ズタボロだ。

 早く帰ってくれないかなと、思っている内に、二人は帰って行った。

 「結局、何の為に来たのか分からないなっ」
 「やっぱりアレですかねっ」
 「うちの姫様に近づくなっ!」

 いつの間にか、もう一人の侍従も貴賓室へ来ていた。 王子二人が帰ったと聞いて、キウェテルの様子を見に来たらしい。

 息を吐き出したキウェテルは、今日はもう大人しくしていようと決めた。

 「何にせよ、怖過ぎる二人だよ」
 「仕方ありませんね。 これも全て、大昔にやらかしてしまったツケですよ」

 ウェイロが面白そうに笑って宣う。

 「そうですね、尚且つ、キウェテル様が姫様と恋仲になってしまったものだからっ」
 「恋仲か……なら良いんだけどね。 姫様が中々、落ちてこないんだよねっ」
 「まぁ、じっくりと追い詰めましょう」

 ウェイロが物凄く怖い事を宣った。

 キウェテルから何か言われ前に、ウェイロは忍足で貴賓室を出て行った。

 ◇

 「やっぱり、ヴィヴィの匂いが付いていたね、キウェテル」
 「ああ、ヴィヴィがここ数年、楽しそうにしていたのは奴の仕業かっ」
 「どうする? ノーマン兄上」
 「そうだな、猫のくせに俺のヴィヴィに手を出すなんて許せないっ」
 「違うよ、ノーマン兄上。 僕のヴィヴィだよ」

 帰りの馬車の中で、向かい合って座る二人の間に、火花が散らされる。

 過ぎた家族愛は時には、とても気持ちいい物ではない。 何故か遠く離れていくキウェテルの背中に悪寒が走った。
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