ケットシーと小鳥の唄

伊織愁

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四話

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 キウェテルの屋敷は山の頂上にあり、二階建ての建物と、平屋が繋がった造りになっている。 後、離れが幾つかある。

 王子が帰った後、キウェテルは貴賓室を出た。 執務室にはグルリと中庭を回らないと行けない。

 小さく溜め息を吐き、平屋の建物へ向かった。 執務室では既にウェイロが待ち構えており、手には沢山の書類を抱えていた。 掃き出し窓の前にある執務机に座ると、待ってましたと言わんばかりに、目の前に書類を置かれる。

 「……私の記憶が確かなら、仕事は終わらせた覚えがあるのだが……」
 「こちらはまた別の仕事です」

 和かに微笑むウェイロに視線をやり、キウェテルは深い溜め息を吐いた。

 「……父はまだ、帰って来ないのか?」

 朝日は既に高くなり、キウェテルの背中を差す。

 「はい、当分は帰って来られないと思いますよ」
 「もう、半年以上かっ」
 「とても楽しんでいらっしゃる様で、奥様からお手紙が届いてます。 後で読んでくださいね」
 
 ウェイロから受け取った手紙には、母の楽しそうな文字が踊っている。

 父と母は偽印を刻んだ番で、ほぼ政略結婚だ。 しかし、偽印だとしても、キウェテルから見ても、とても仲睦まじい両親だ。

 まぁ、父もずっと忙しくて、母には構っていられなかったからなっ。 今のうちに楽しむといいよ。 帰って来たら絶対に手伝ってもらうからっ。

 「何か良からぬ事を考えているみたいですが、旦那様が帰って来ても、お仕事は手伝ってもらえませんよ?」

 自身の考えを読まれ、キウェテルは眉間に皺を寄せた。

 「何でだ?」
 「大体、旦那様は引退されてますし、帰って来たら山を降りるそうです」
  
 キウェテルの琥珀色と緑のオッドアイが見開かれる。

 「……そうか、父はそこまで考えていたのかっ」
 「はい、ですから、キウェテル様もお早く奥様を迎えてくださいね」
 「また、お前は簡単に言うなっ。 さっき、王子から姫に手を出すなと釘を刺されたばかりだが、」
 「そんな事言ったって、キウェテル様は諦める気はないでしょう?」
 「諦めるつもりも、逃すつもりないな」

 にっこり笑ったウェイロが宣う。

 「なら、頑張って物にして来て下さい」
 「姫は物じゃないぞ」
 「言葉の綾ですよ。 私は楽しみにしているんですから。 では、私は皆に指示を出して来ますので、キウェテル様はさっさと渡した仕事を終わらせて下さい」

 ウェイロは幾つかの書類を抱え、隣の部屋で詰めている官吏に仕事を振るべく、執務室を出て行った。

 思いの外、仕事が立て込み、キウェテルがヴィヴィエンの元へ訪れたのは、数日後の昼頃だった。 何時もの様に、ヴィヴィエンのプライベートの居間の庭は降りる。

 ヴィヴィエンは庭に置かれたテーブルの席に着いていた。 テーブルの上には軽食ご並んでいたので、今から昼食を摂る所だろう。

 「やぁ、ヴィヴィ。 丁度良かった。 お昼の時間なんだね。 何時もお土産を持って来たよ。 今日はカスタードプリンだっ!」

 キウェテルはどうだと、プリンが入った小箱を差し出した。 何時ものヴィヴィエンなら、テンション高めでキウェテルのお土産を受け取ってくれるのだが、ヴィヴィエンの様子がおかしい。

 金色の瞳を細め、キウェテルを視界に移すと、深い溜め息を吐かれた。

 「……ヴィヴィ? 何かあったのか?」
 「……あら、キウェテル。 来てたのね」
 「あれ? さっき、ヴィヴィの綺麗な金色の瞳が私を捉えたよね?」

 再び、深い溜め息を吐いたヴィヴィエンから、キウェテルは衝撃的な事を聞かされた。

 「キウェテル、貴方が私に会いに来ている事が父や兄たちにバレてしまったわ」
 「……まぁ、そうだろうね。 先日、私に釘を刺しに来ていたからね」
 「ええ、それでね」

 ヴィヴィエンは、キウェテルが来れなかった数日間で起こった事を話してくれた。

 「実は……」

 ◇

 キウェテルがウェイロからの仕事に忙殺されている頃、ヴィヴィエンは、中々会いに来ないキウェテルに切れていた。

 「もうっ! いつになったらキウェテルは会いに来るのよっ」
 「姫様っ、きっとキウェテル様はお忙しいのです。 暫くしたら、また来て下さいますよ」
 「そうね……キウェテルには仕事があるものね。 忙しいのは仕方ないわよねっ」

 マーサは、プライベートな居間に置いてある大きなソファーで丸くなるヴィヴィエンに、苦笑を溢す。 側でおかしそうに笑っているマーサに視線をやる。

 ヴィヴィエンの金色の瞳が細まる。

 一階下は、塔に詰めている使用人の部屋や食堂、キッチンがある。 階下では、王宮で詰めている官吏がヴィヴィエンを訪ねて来ていた。

 プライベートの居間の扉がノックされ、官吏の訪れが知らされる。

 「姫様、王宮からの使いです」
 
 王宮と聞き、ヴィヴィエンの顔つきが変わる。 先程までだらけていたが、人を駄目にするソファーから立ち上がった。

 「今、行きます」
 「はい、使いの方には、前室で待っていただいてます」
 「分かりました」

 居間を出て、直ぐに私室の出入り口がある。 私室の出入り口は中庭にあるので、出入り口を出たら、中庭へ出る。

 中庭へ出る場所が前室だ。 前室は石畳なので、ベンチや装飾品が置いてあっても、外に出ている気分になる。

 王宮の使いはベンチに座る事なく、前室の入り口、アーチ型の入り口に入った位置で待っていた。

 ヴィヴィエンに気づいた使いの者が和かな笑みを浮かべる。

 「ヴィヴィエン殿下、陛下がお呼びでございます。 至急、王宮へお越し下さい」
 「えっ、お父様が? とういうか、此処から出てもいいのっ?!」

 ヴィヴィエンの表情が喜びで輝く。

 王宮の使いは、ヴィヴィエンの反応に少しだけ引き、後ずさった。

 前のめりで確認しようとするヴィヴィエンをマーサが止める。

 「姫様、陛下にお会いになられるのなら、お着替になって下さい」
 「分かったわっ」

 ヴィヴィエンの顔は初めて塔の外へ出る期待で膨らんでいる。

 ◇

 王宮へ呼ばれたヴィヴィエンは、初めて見る王宮の廊下を歩いていた。

 ヴィヴィエンは広いと思っていた塔が、実は広くないのだと理解した。

 しかし、ヴィヴィエンが暮らす塔も充分広いのだが、王宮が塔よりも広いだけである。

 「はぁ~、装飾品とか美術品がいっぱいあるっ」
 「ヴィヴィエン殿下、こちらです」
 「……っはい」

 廊下に飾っている美術品を見ていたら、案内してくれている侍従と逸れそうになった。

 謁見の間に辿り着いたヴィヴィエンは、侍従に促され、謁見の間に足を踏み入れた。

 国王の前まで来ると、膝を曲げてカーテシーをする。

 「国王陛下、ヴィヴィエン参上致しました」
 「うむ、顔を上げなさい」
 「はい」

 カーテシーから膝をつき、臣下の礼をとる。 顔を上げて目の前の玉座に座る父を見ても、肉親だとは思えない。 兄たちは会いに来てくれるが、両親は会いに来てくれた事はない。

 「呼び出した理由は、其方の縁談について、伝えておかねばならないからだ。 何処からか、猫が入り込んでいる様だからな」
 「そ、そんな事はっ」
 「では、何故、其方から猫の匂いがする?」
 「それはっ、たまたま野良猫が入って来まして、たまに餌をあげているのです。 撫でた時に、匂いが付いたのだと思いますっ」
 「ほう、野良猫か……、まぁ、よい。 其方には生まれた時に、将来の伴侶は決めている」
 「えっ……そ、それは私には婚約者がいるという事ですか?」
 「ああ、そうだ。 今は学園に通っていて、其方には会わせていないがな」
 「とてと良い人なのよ、ヴィヴィエン」
 「そ、そうですかっ」

 話に割り込んで来たのは、第二妃だ。

 獣人だというのに、国王には妃が沢山いる。 跡継ぎを作る為だが、王妃が隣にいない事に、ヴィヴィエンの瞳が細まる。

 ヴィヴィエンが何か思い違いをしていると、感じ取った国王が慌てて弁解した。

 「ち、違うぞっ、ヴィヴィエンっ! 其方の母は今、体調を崩しておるっ。 本日は第二妃を伴っているだけだっ、この後も謁見が続くからなっ」
 「母上が体調を? 大丈夫なのですかっ?!」
 「大丈夫だ、命に関わる事では無いっ!」
 
 訝しげに金色の瞳を細めると、自身の父を見た。 察した第二妃が口を挟む。

 「つまり、ヴィヴィエン、貴方の母上、王妃様は悪阻が酷くて寝込んでおられるのです」
 「えっ?!」
 
 悪阻って、あの悪阻って事っ?!

 真偽を確かめる様に、国王に視線をやった。 国王は少しだけ頬を染め、人差し指で頬を掻く。

 「まぁ、そういう事だっ、無事に生まれたら、其方に妹か弟が出来る」
 「そうですか……それはおめでとうございますっ」
 
 母上、大丈夫かしら、もう、高齢出産って言われる年よねっ。

 「話を元に戻す」

 父の低い声が謁見の間に響き、俯いていた顔を上げる。

 「其方には、既に婚約者がいるのだ。 ゆめゆめ忘れずに。 猫などに惑わされる事がない様に」
 「……はい、国王陛下」

 ◇

 「という訳で、私には婚約者がいる様だから、貴方の番にはなれないわ」

 人を駄目にする大きなソファーに二人で並んで腰掛ける。 昼食は話しながら頂いた。

 少し考え込み、先ずは言わなければならない。
 
 「弟妹が出来るんですね。 おめでとうございます」
 
 金色の瞳を細め、じっとキウェテルを見つめてくる。 眼差しに、「それだけかいっ?!」という感情が混じっている。

 「勿論、私は諦める気はありませんよ」
 「でも、父の決定は絶対よっ」
 「そんなの関係ありません。 学園へ行っているから会えないなんて、理由にはなりませんよ。 全く会いに来ない婚約者と、毎日会いに来る私、どちらがヴィヴィを想っているかは、分かりきっているではないですか」
 「それはっ……」
 
 ヴィヴィエンは真っ赤になって俯く。

 「ヴィヴィ、私は諦めません。 だから、既成事実を作ってしまいましょう」

 にじり寄ろうとしたキウェテルは、次の瞬間、視界が大きく揺れ、身体が浮いた。

 またもやヴィヴィエンに投げ飛ばされ、開いていた窓から、塔の外へ投げ出された。

 「真面目な話をしているのに、キウェテルの馬鹿っー!!」

 キウェテルは投げ飛ばされながらも、ヴィヴィエンの罵倒を聞き取った。

 「あらっ?……ちょっとだけ本気だったんだけどっ、さっきのは不味かったかっ」

 だけど、私に姫を取られない様にヴィヴィを塔に閉じ込めているとは思えない。

 身体を一回転させて、大木の枝に降り立つ。

 「もっと、他に理由があるはずだ。 私と会わせない様にするなら、王宮の奥に閉じ込めればいい。 あんな見晴らしのいい塔にする訳がない」

 もう少し、調べる必要があるな。

 軽やかに大木を降りると、キウェテルは街の中に消えた。
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