ケットシーと小鳥の唄

伊織愁

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五話

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 寝室の掃き出し窓に取り付けられているカーテンが勢いよく引かれる。

 細いレールを滑る音は、耳触りが悪い。

 掃き出し窓はベッドの横にある為、カーテンが引かれて、朝日が顔を差す。

 眩しさに強く瞼を閉じれば、侍従のウェイロが肩を強く揺さぶって来た。

 序でにウェイロの起こす声が煩い。

 「キウェテル様っ、起きて下さい! お仕事の時間ですよっ」
 「……煩いぞっ、ウェイロっ! 今、起きるっ」

 ベッドで上半身を起こし、大きな欠伸をして、硬くなっている身体を伸ばす。

 目の前の壁には、まぁまぁ大きな肖像画が掛けられている。

 「おはよう、ヴィヴィ」

 キウェテルが寝室の壁に掛けれているヴィヴィエンの肖像画を、蕩ける瞳で見つめている。 琥珀色と緑の色が深まる様子を見て、ウェイロの薄紫の瞳が冷めている事に気づいていない。

 ウェイロから何やら不快感が溢れている事に気づいたキウェテルが視線を向ける。

 ウェイロは感情がなくて、読み取れない何とも言えない表情をしていた。

 「肖像画に声を掛けても、返事なんて返って来ませんよっ」
 「分かっているっ! 私を憐れむ様な眼差しで見るなっ」
 「朝食をご用意しています」

 ウェイロは何もなかった様に侍従の仕事を始めた。

 「……っ」

 確かに少しだけ、イタイとは思うが、私は姿絵でもいいから、朝、一番にヴィヴィの顔を見たいんだよっ。

 キウェテルはベッドから出ると、朝食が並ぶテーブルへ足を向けた。

 ◇

 キウェテルがウェイロに気持ち悪がられている頃、ヴィヴィエンも庭で朝食を頂いていた。

 紅茶を一口、飲むんだ後、ヴィヴィエンから小さい溜め息が出る。 何時もなら、キウェテルはいつ頃に訪ねて来てくれるだろうと、気も早っていたが、今朝は逸る気持ちが起こらない。

 きっともう、キウェテルは来ないわよね。 既成事実がどうのって言っていたけど、相手のいる獣人に、いつまでも気持ちなんて持ってないわ。

 今朝は食欲がないのか、ヴィヴィエンの為に考えられた朝食に、全く手をつけられていない。

  「婚約者かぁ~」

 まぁ、居ないなんて事はないと思ってたけど、本当に居るとはっ。

 丁度、マーサが仕様で階下に降りた為、庭の塀に近づく。

 塔の最上階の庭から見渡せる城下町は、とても広く、賑わいを見せていた。

 ヴィヴィエンから見えるのは、忙しなく動く豆粒の様な人の波だが、賑やかなのは分かった。

 「婚約者様は、私を塔から連れ出してくれるかしら」
 「城下町へ行きたいのなら、私が連れ出して差し上げますよ、囚われの姫様」
 
 塀に革靴の爪先が当たる音が、ヴィヴィエンの顔の直ぐ横で鳴った。

 見上げたヴィヴィエンは驚きの表情を浮かべた。

 「……キウェテル?」
 「ええ、そうですよ? あれ? もしかして、昨日の今日で私の顔を忘れてしまわれました?」
 「そ、そんな訳ないでしょっ! どうして、また、ここに来たのっ」

 ヴィヴィエンの金色の瞳が潤む。 気を緩ませれば、嬉しくて泣きそうになる。

 「どうしてって、言っていたでしょう? 私は毎日貴方に会えないと死んでしまうと」
 「なっ!」

 キウェテルの顔が近づき、琥珀と緑のオッドアイに見つめられる。 ヴィヴィエンの気持ちを見透かされている様で、キウェテルから視線を外した。

 今日もお土産を持参していたらしく、目の前にお菓子の箱が差し出された。

 ヴィヴィエンの金色の瞳が見開かれる。

 「今日はお菓子と別に、人気店のキッシュも買って来ましたよ。 キッシュなら食べられますか?」
 
 目敏く気づいたのか、テーブルには手を付けずに並んでいる朝食が置かれていた。

 「あっ」

 真っ直ぐに見つめて来るキウェテルの瞳、琥珀と緑のオッドアイから逸らす。

 「キウェテル、私には婚約者がいるのよ」
 「婚約者と言っても、名ばかりでしょう? お互いに会った事のない婚約者に義理立てする事はありません。 それに朝ごはんはちゃんと摂った方がいいです。 今朝も唄を唄ったのでしょう?」
 「えっ、唄っ? え、ええ、唄ったわっ」
 「なら、お腹が空いているはずです」
 「ちょっ、そんな事より、降ろしなさいよっ! しかも、何で肩に担ぐのっ?! 普通はお姫様抱っこでしょうっ?!」
 「おや? ヴィヴィは意外と乙女ですね」

 キウェテルの乙女という言葉に、ヴィヴィエンは真っ赤になった。 花壇の中を歩くキウェテルは、花を踏まずに進む。

 ヴィヴィエンが頻繁に花壇に入るので、花壇の中に歩く道を庭師が作っていた。

 朝食が並ぶテーブルセットの椅子に降ろされ、ヴィヴィエンの前にキッシュの箱が置かれる。

 「マーサ、取り皿を持って来て」
 「はい、直ぐにお持ちします」

 いつの間にか戻って来ていたマーサに、キウェテルが指示をだす。
 
 「私のメイドを勝手に使わないで」

 プイッと顔をキウェテルから逸らす。

 戻って来たマーサから取り皿を受け取ったキウェテルは、ホークで切り分けたキッシュをヴィヴィエンの口に突っ込んで来た。

 ヴィヴィエンの口から、姫らしくない聞き取れない言葉が出た。 口の中に入れられたキッシュを咀嚼し、飲み込んだ。

 「……キ、キウェテルっ」
 「美味しいですか?」
 「……」

 先程、飲み込んだキッシュは、具沢山で玉子の香りが深い味がした。

 「え、ええ……美味しかったわっ」
 「良かったです」

 キウェテルは続けてキッシュをホークで切り分けた。 満面の笑みでヴィヴィエンにホークを差し出す。

 『はい、あ~ん』と、口を開けさせる。

 「いや、大丈夫よ。 自分でっ……うぐっ」

 また口にキッシュを放り込まれた。

 咀嚼して飲み込み、抗議する為に再び口を開けたら、新たにキッシュを放り込まれた。 何度か繰り返され、ヴィヴィエンは諦めた。 キッシュを食べ切らないと終わらない。

 「次はデザートのチーズケーキですよ」
 「……チーズケーキは自分で食べるわ」

 キウェテルからホークを奪うと、キウェテルは『残念』と眉尻を下げた。

 「いい天気だね」

 今日の天気は気温も丁度良く、とても暖かくポカポカ陽気だった。

 外に出掛ければ、気持ちいいでしょうね。

 「ねぇ、本当に私を連れ出してくれる?」

 真剣な表情をして、キウェテルの琥珀と緑のオッドアイを見つめる。

 ヴィヴィエンの意図を察したキウェテルは大きく瞳が見開かれる。

 「ヴィヴィ、本当にいいの? 私が君を連れ出しても?」
 「ええ」

 ヴィヴィエンは力強く頷いた。

 「塔に閉じ込めている説明もしてくれない。 学園にも行かせてくれなくて、友達も出来ない。 挙句は顔も見た事もない。 どんな人かも分からない人と結婚しないといけないなんて、嫌だわっ」
 
 小さく息を吐いたキウェテルに、ヴィヴィエンは口を尖らせる。

 「貴方から番になれって言ったくせに、いざ、私が連れ出してって言ったら怖気付くのよっ」
 「いやぁ、怖気付いたんじゃなくて、」

 キウェテルの瞳に、真剣な色が滲み、琥珀と緑が深まっていく。 今まで見た事がない程、キウェテルは男の顔していた。

 怖いくらいに綺麗なオッドアイ。

 「後から後悔して、私から逃げる事は許さない。 此処から逃げ出せば、二度と戻れない覚悟を決めて下さい」
 
 小さく喉を鳴らしたヴィヴィエンは、少しだけ躊躇ったが、真剣な色を金の瞳に滲ませて頷いた。

 にっこり微笑えまれ、先程の怖いくらいの光は、オッドアイの瞳にはもうない。

 キウェテルの琥珀と緑の瞳に、家族の親さではない愛しさが溢れていた。

 ◇

 王宮では、王家の皆が王妃の部屋で集まっていた。 王妃の悪阻は思っていたよりも酷く、何日もベッドに伏せていた。

 「ニア、大丈夫か」
 「はい、陛下。 今は辛いですが、もう少し経てば安定期に入りますから、体調も良くなると、侍医が言っておりましたから」
 「そうかっ、では、良く休んでくれ」
 「はい」
 「で、お前たちはいつまで此処にいるつもりだ」
 「父上、俺たちだって心配なんですから、見舞いに来てもいいでしょう」

 王太子であるスカイラを、国王のブランドが金色の瞳を細めて見つめる。

 「母上の事も心配ですが、ヴィヴィの方も心配です。 私とノーマン兄上で牽制の為に、猫に会いに行きましたが、悪ぶれた様子はなかったですよ」
 「だな、ヴィヴィの匂いを付けて、普通に俺たちと会いやがったっ」

 ブランドが眉を顰める。

 「そうか……」
 「あれは絶対に諦めない猫だ」

 アビデミの報告に、ブランドが考え込む。

 「いいか、ヴィヴィと猫を近づけてはならん。 いいな」
 「「「はい、父上」」」

 国王と王子の三人が話している様子を王妃は黙って見ていた。

 ヴィヴィ、貴方の好きな人と結婚させてあげたかったけど……。

 王妃の寝室の窓から、ヴィヴィエンが暮らす塔が見える。 今日は天気も良く、空気が澄んでいた。 塔も良く見える。

 塔の庭先から、一組の男女が空へ飛ぶ姿が見えた。

 王妃のエメラルドの瞳と口が大きく開かれる。 思わず声が出そうになり、慌てて口を押さえた。

 国王と王子たちが、執務の為に部屋を出て行った後、王妃は呟く。

 「全く、しようのない子ね」

 小さく息を吐いた王妃の口元には、笑みが広がっていた。
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