ケットシーと小鳥の唄

伊織愁

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六話

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 王宮の塔に閉じ込められていたヴィヴィエンは、キウェテルに連れ出され、城下町へ来ていた。 簡素な白のワンピース、裾に小花の刺繍が入っていて、装飾品は何も身に付けていない。 足元も、普通の革靴で、メイドのマーサに借りた。

 市場を歩くヴィヴィエンは、初めての塔の外で出て、楽しくして跳ねる様に歩く。

 実際には跳ねていないが、気持ち的にだ。

 後ろを振り返り、キウェテルに微笑みかける。 キウェテルも満面の笑みを返して来た。

 「キウェテル、アレは何かしらっ?!」
 「アレは小麦粉、ヴィヴィが毎日食べているパンの材料だよ」
 「まぁ、そうなのっ! じゃ、アレは?」

 ヴィヴィエンが指差した方へ視線を向け、キウェテルは答えてくれる。

 「ああ、アレは日雇いを募集しているんだ」
 「日雇い?」
 「うん、定職を持たない住民たちに、働き場所が見つかるまで、国の公共事業の手伝いをさせて、その日暮らしを助けてるのさ」
 「……あぁ、そう言えば、お兄様がそんな事を言っていた様な」

 考え込んでいたヴィヴィエンは直ぐに目移りをして、視界に飛び込んで来る光景に目を輝かせ、キウェテルに質問をする。

 「では、アレも日雇いを募集をしているの?」
 「……あ、アレは知らなくていい」
 「あら、そうなの?」
 「うん、ヴィヴィ、もう此処から離れるよ。 君が塔から居なくなった事がバレる前に、私の屋敷へ行こう」
 「……もう少し、見て見たいわっ」
 「今度、ゆっくりね。 今回は私の領地の街も見てほしい。 今後、君が治める街だからね」
 「ええ、分かったわ」
 「さぁ、掴まって」
 
 差し出して来たキウェテルの手を取ると、視界が大きく揺れた。 しっかりとヴィヴィエンの腰を支えてくれているので、身体は傾ぐ事はなかったが、一気に市場を通り越した事には驚いた。

 小さく息を呑み、少し開けた口から小さな悲鳴が漏れる。

 「ヴィヴィ、口を閉じておいて、怪我をするよ」

 口の中を怪我したくないヴィヴィエンは高速で頷き、口を固く閉じた。

 鷲族の街を出たヴィヴィエンとキウェテルは、あっという間に猫族が暮らす山に辿り着き、頂上にあるキウェテルの屋敷に着いた。

 ◇

 ヴィヴィエンの望み通り、キウェテルは塔から彼女を連れ出した。 直ぐに見つかるだろうが、簡単に引き渡す事はしない。

 軽々とヴィヴィエンを抱き上げ、山まで駆けてきた。 最初は何かの聞き間違いか、キウェテルの願望が見せている幻かと思った。 しかし、ヴィヴィエンは大人しくキウェテルに抱き上げられている。

 手と腕、胸や全身でヴィヴィエンの柔らかさと体温の温もりに、現実なのだと知らせて来る。 堪らず強く抱きしめると、ヴィヴィエンの可愛いらしい呻き声が出た。

 「キ、キウェテルっ! 苦しいわっ、少し腕を緩めてっ」
 「駄目です、動いたら落ちてしまいますよっ。 大人しくしていて下さい」

 優しく微笑むと、ヴィヴィエンの顔が真っ赤に染まる。 とても可愛いらしい反応に、額に口付けを落とした。

 屋敷に辿り着くと、直ぐにヴィヴィエンを客室へ連れて行った。

 そして、使用人たちを集める。

 客室に集まった使用人たちは、瞳を輝かせて、ヴィヴィエンを見つめている。

 皆の眼差しから、『等々、やってしまったんですねっ』と、連れ去りを期待する色が混じっている事が分かる。

 キウェテルは咳払いをして、皆の脳内で広がるお花畑を押さえた。

 「皆、今日からヴィヴィが、この屋敷で暮らす。 皆、よろしく頼むな」

 使用人たちからはいい返事を聞けた。

 「私はヴィヴィと庭を散策する。 お前たちは離れの部屋を整えてくれ」
 「承知致しました」

 満足気に頷くと、ヴィヴィエンを庭へ誘う。

 「申し訳ない。 部屋が整うまで、私と一緒に庭へ行きませんか?」
 「ええ、喜んで」

 キウェテルが差し出した手をヴィヴィエンは取ってくれた。 視線を合わせると、自然と笑顔に変わる。

 庭を散策しながら、眼下に広がるへディーズの街を眺める。 隣で一緒に見ているヴィヴィエンから感嘆の声が漏れた。

 「すごいっ……本当にへディーズ島が見渡せるのねっ」
 「ええ、綺麗でしょう。 私はこの景色が大好きなんです」
 「本当に綺麗っ」

 ヴィヴィエンの手を握ると、彼女は強く握り返してくれた。 優しく引き寄せ、二人の距離が縮まる。 ヴィヴィエンの金色の瞳が潤んでいる。

 「ヴィヴィ、貴方を大事にします。 二人で幸せになりましょう」
 「……っ、はい」

 真っ赤に染まったヴィヴィエンの頬に顔を寄せ、二度目の口付けをかわす。

 ヴィヴィエンの部屋は、両親が使っていた離れに用意した。 以前から準備はしていたが、最終確認の為だけだったので、直ぐに終わった。

 離れを見たヴィヴィエンは驚いていた。

 「ヴィヴィには手狭かも知れないが、我慢してほしい」
 「大丈夫よ、狭いなんて思わないわ。 私が暮らしてた塔の方が狭いわよ」
 「それなら良かった。 それで今日は、これから執務が入っているんだ。 申し訳ない、晩餐まで一人にさせてしまうがっ」
 「それも大丈夫よ。 一人は慣れているわ。 夕方には会えるのでしょう?」
 「うん、必ず晩餐までには終わらせるよ」
 「なら、いいわ」

 満面の笑みを浮かべたヴィヴィエンに口付けをして、キウェテルは離れを出た。

 さて、もうバレているだろうから、王子たちがこちらへ来るな。 どうするかなぁ。

 どうしようかと考えあぐねていると、ヴィヴィエンの唄声が執務室まで聞こえて来た。

 澄んだ音を鳴らして、山と麓の街まで結界が張られる。 ヴィヴィエンはまだ気づいていないのだろう。 自身の能力に。

 キウェテルは小さく息を吐き出した。

 ヴィヴィの能力の事も伝えてあげないとな。 いつまでも隠し通す事がいい事とは思えない。

 執務室の扉が開かれ、タイラスが顔を出した。 タイラスはもう一人の侍従で、主に執事の仕事を手伝ってもらっている。

 仕事が立て込むと、タイラスとキウェテルの補佐をしてくれる。

 「はぁ~、凄いですねぇ、姫様。 やっぱり王族の方は違いますね」
 「うん、悪しき者は結界内に入れないだろうなっ」
 「えっ、じゃ、山賊とかが弾き出されるんじゃっ」
 「あ、あぁ、そうだろうな。 兵士たちに山賊の根城を確かめる様に言ってくれないか」
 「承知致したました。 山賊たちはどうされますか?」
 「鷲族の街で騒動を起こされたら困る。 片っ端から捕まえてくれ」
 「はい、承知いたしました。 では、失礼します」
 「ああ、頼んだ」

 夕方になると、方々で山賊の捕獲がまだ出来ず、本日で終わるか分からないと報告を受けた。

 「……っこれは、ヴィヴィと一緒に晩餐は無理だな。 ウェイロ、ヴィヴィに事付けを頼む」
 「はい」

 執務室を出て行こうとするウェイロへ、事付けを追加する。

 「寝る前に一度、顔を出すと伝えてくれ」
 「承知しました」

 和かに微笑むと、ウェイロは執務室を出て行った。 一人執務室に残されたキウェテルは、離れで過ごしているヴィヴィエンを思い、窓の外を見る。

 久しぶりに離れに灯りが付いていた。

 自分以外がこの屋敷に居るのは、久しぶりだな。 半年振りくらいかっ。

 軽い軽食を摘み、夜に頑張ってキリの良い所まで終わらせる為、報告される書類と向き合った。

 キウェテルが山賊の処理に追われている頃、王宮ではもぬけの殻になった塔で王子たち三人が叫んでいた。

 10人ほど居た使用人たちにも暇を出した。 ヴィヴィエンが居なくなったと分かったら、使用人たちが罰せらる。

 使用人たちは、落ち着いたらいずれキウェテルの屋敷に招くと約束して、彼らは取り敢えず、山の麓にある別邸へ行かせた。

 キウェテルの両親が、世界旅行から帰って来た時に暮らす別邸だ。 あまり知られていないし、ケットシーの領域なのでバレないだろう。

 王子たちが直接、キウェテルの屋敷にやって来た様だが、キウェテルたちは弾き出されて暴れる山賊の相手で手がいっぱいだった。

 「キウェテル様っ、王子様方が来られたと報告が来ましたっ」

 ウェイロの報告に舌打ちをしたキウェテルは、眉を顰めた。

 「で、王子方はどうなった?」
 「はい、皆様、ヴィヴィエン様の結界に阻まれた様で、結界の境界線で陣取っている様ですっ、面会を要求しています」
 「そうかっ、やはりなっ」
 「王子様方が結界内に入れないとは、どう言う事なんでしょう?」
 「まぁ、それだけ腹を立てているんだろうな」

 苦笑を零したキウェテルは席を立った。

 「ウェイロ、後は任せた」
 「えぇ、王子様方はどうするんですかっ?!」
 「暫く放っておけ」
 「承知しました、で、キウェテル様はどちらへ?」
 「ちょっと、様子を見てくる」
 
 察したウェイロは、いい笑みを浮かべ『ごゆっくり』と、付け加えた。

 離れへ行くと、ヴィヴィエンは不機嫌な顔でキウェテルを出迎えてくれた。
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