ケットシーと小鳥の唄

伊織愁

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八話

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 キウェテルとヴィヴィエンが街を探索している頃、三人の王子はヴィヴィエンが張った結界を解除出来ないか考えていた。

 「しかし、スカイラ兄上。 ヴィヴィの結界があれば奴も入れないからいいのではないですか?」
 「それはそうだがっ……だからと言って、キウェテルも駄目だろうっ」

 アビデミとスカイラが話す横でノーマンはじっと黙ったまま聞いている。

 三人がいるのはキウェテルが治める山の麓にある街に続く街道の脇、何もない草原だ。 結界内に入れない為、天幕を張って寝泊まりしている。

 街に入れないので、食料も持ち込みだ。

 結界が張られた時、騎士団が弾き飛ばされたと聞き、もしかしてと思い、準備した。

 第二王子であるノーマンは、不毛な会話を続ける兄弟を眺め、深い溜め息を吐いた。

 何処にいても結界を張れるなら、ヴィヴィの居場所は何処でもいいのではないか?

 脳内で意味もなく和かな笑みを浮かべるキウェテルが思い出される。 ノーマンのこめかみに青筋が浮き上がった。

 駄目だっ! アイツとヴィヴィが恋仲になるなど、許せんっ!

 「兎に角、ヴィヴィが城から出た事を見つかる前に連れ戻すんだっ!」
 「分かっているよっ、でも、ヴィヴィには嫌われたね、僕たちっ」

 アビデミの悲痛の叫びに、二人の兄の胸は引き裂かれそうになった。 三人のいい歳した王子たちは、この世の終わりの様な雰囲気を漂わせていた。

 ◇

 山の七合目に広がる街を歩きながら、ヴィヴィエンは買い物をする周囲の人々を眺めていた。

 買い物客を見て、ふと気づく事がある。

 子供や若い人以外の成人した大人たちの身体に、刻まれた刻印が見える事。

 ヴィヴィエンの世話をしてくれていた使用人にも刻まれている者もいる。

 あれは、番の偽印ね。 マーサたちに聞いてはいたけど、ほぼ、偽印なのね。

 周囲を見渡せば、仲良さそうに歩く番の偽印を刻まれた夫婦や恋人、家族たちがいる。 ヴィヴィエンの胸に不安が広がった。

 キウェテルは、本物の番を欲しいと思わないのかしら? マーサも言っていたわ、番と出会いたいと。

 隣で歩くキウェテルを見つめ、視線を感じたのか、キウェテルが琥珀と緑のオッドアイを細め、優しい眼差しを向けてくる。

 「キウェテルは、番に出逢いたいとか思わないの?」

 つい思っていた言葉が出てしまった。

 言ってしまった後に、慌てて誤魔化そうとしたが、遅かった。 キウェテルがそっと手を繋いで来た。 強く握りしめられる。

 「ヴィヴィ、私の番は君だけだ。 私はヴィヴィしか要らない」
 「キウェテルっ」
 「そう言うヴィヴィはどうなの? 確かに、獣人は番を求める者だけど、私はいつ出会えるか分からない番より、ヴィヴィと偽印を刻みたい」

 優しい眼差しを向けているが、何処か寂しけな色をオッドアイの瞳に滲ませている。

 「……っ、あ、わ、私も憧れがない訳ではないわっ。 私にも番が現れて、塔から連れ出してくれないかなって、思った事は何度もあるものっ……」

 でも、私の場合は番の事を知る前に、キウェテルと出会ったから……。 話を聞いて、期待したのよね。 キウェテルの成人の儀式の時。

 ヴィヴィが10歳の時、キウェテルは14歳だった。 15の儀式の後、キウェテルに本物の番の刻印が刻まれ、ヴィヴィが成人した時、キウェテルと同じ刻印が刻まれる事。

 獣人は成人した後、本物の番に出会うと身体に番の刻印が刻まれる。 成人するまでに本物の番と出会っている場合、儀式で番の刻印が刻まれるのだ。

 しかし、結果は違った。 キウェテルには刻印は刻まれず、ヴィヴィエンも刻印は刻まれなかった。 二人には別に番いがいて、お互いが番ではない事が証明されてしまった。 成人の儀式を機に、別れる者もいるが、偽印を刻む者もいる。

 キウェテルは特段、気にしていない様だったが、ヴィヴィエンは内心では凄くガッカリしていた。

 私の本物の番は、キウェテルが良かったわ。

 琥珀と緑のオッドアイが熱を帯び、色が濃くなっていく。 キウェテルが切なそうな色を瞳に滲ませる。

 「ヴィヴィ、そんな瞳で見つめられたら、我慢が出来なくなってしまうっ!」

 キウェテルから艶のある声が吐き出され、甘い雰囲気が流れ出した。

 街中だという事を忘れてしまいそうになり、周囲の人々がざわついた事で、ヴィヴィエンは我に返った。

 先程まで甘い空気を出していたキウェテルの眼差しが、空を見上げて呆れた様なものに変わる。

 キウェテルが見つめている方向へ視線を向ける。

 ヴィヴィエンの金色の瞳にも、呆れの色が滲んだ。 視界の先には、三人の王子が鷲の翼を広げ、青空で羽ばたいていた。

 「お兄様っ……」
 「……っどうやって結界に入ったんだ?」

 しかし、彼らはヴィヴィエンを見つけると、一瞬で結界の外へ弾き飛ばされた。

 王子たちの叫び声も聞こえて来なかった。

 「まぁ、瞬殺でしたわねっ」
 「うん、面白いくらいにね」

 直ぐにまた、王子たちが飛んで来そうなので、ヴィヴィエンとキウェテルは急いで屋敷へ戻った。

 「折角の街歩きでしたのにっ!」
 「仕方ないよ、ヴィヴィ。 彼らが何らかの方法で結界内に入れたんだ。 時期に屋敷へ来るだろう。 街中で暴れる事になったら、住民に被害が及ぶ。 住民の為にも、屋敷へ戻るよ」
 「……っ、分かりましたわっ」

 ヴィヴィエンを軽々と抱き上げると、キウェテルは疾風の如く、街中を駆け抜けた。

 ◇

 「くそっ、ヴィヴィの姿が見えた途端に、結界から弾かれたっ!」
 「仕方ないっ! ヴィヴィを見たら連れ戻したい衝動に駆られるんだからっ!」

 ヴィヴィに会いたい一心で祈った結果、ヴィヴィエンの結界内に入れた王子たちは、嫌われたくないと急いでヴィヴィエンに会う為、キウェテルの屋敷へ飛んでいた。

 しかし、七合目まで来た時に、会いたかったヴィヴィエンの姿を捉え、抑え込んでいた欲望が顔を出して、腕を出し、足を出して兄たちの心の内を占領した。

 結果、瞬殺で結界の外へ飛ばされ、拠点にしていた天幕に落とされた。

 王子三人は同時に草地に拳を打ち付ける。 何とか立ち上がり、再び結界に立ち向かうが、ヴィヴィエンに会いたいと一心に願うも無理だった。

 「駄目だっ! どうしてもさっき見かけたヴィヴィと猫の仲睦まじい姿が邪魔して、邪な感情が湧き上がるっ!」

 スカイラの意見に同調し、ノーマンとアビデミも続く。

 「俺もヴィヴィと猫の姿を思い出すと殺意が沸くっ!」
 「僕も駄目だっ……あんなに可愛らしく頬を染めるヴィヴィなんて見たくないよっ! 僕と結婚するって言っていたヴィヴィは何処に行ったんだぁっ!」

 ガックリと肩を落とす王子たち三人を、近衛騎士たちは頬を引き攣らせて眺めていた。 護衛として着いて来ていた彼らは、シスコン気味で、娘を取られて悲しむ父親の様な雄叫びを上げる王子たちを、残念な気持ちで見ていた。 しかし、一方で王子たちの気持ちも分かるよと、同情もしていた。

 ◇

 一方、王子たちが直ぐに来るだろうと思っていたヴィヴィエンとキウェテルは、屋敷で肩透かしを食らっていた。

 屋敷の離れ、ヴィヴィエンが使っている居間で、二人仲良くソファーで並んで腰掛けている。 キウェテルが呆れた様な声を出した。

 「……来ないですね、王子たち」
 「そうね、お兄様たち何をしているのかしら?」
 「もう少し骨のある人達だと思っていたんだけど、大した事なかったな」
  
 にっこりと微笑むキウェテルのオッドアイは笑っていなかった。 隣で座るヴィヴィエンの身体が小さく跳ねる。

 「キウェテルっ」
 「何かな、ヴィヴィ?」
 「お手柔らかにお願いね。 お兄様たち、一応は王子だからっ」
 「やだなぁ、私の方が王子たちを恐れてるよ」
 「絶対に嘘っ……」
 「本当だよ」

 呆れた様に溜め息を吐いたヴィヴィエンが紅茶に手を伸ばし、少しだけ表情を曇らせる。 街歩きを満喫する前に帰って来てしまったのだ。 とても残念なのだろう。

 「街へは、また次の機会に行こう」

 キウェテルの方へ勢いよく振り返ったヴィヴィエンの表情は明るかった。

 「約束よっ」
 「ええ、約束です」

 にっこり笑ったキウェテルのオッドアイには、慈愛の色が滲んでいた。

 キウェテルに『大した事なかったな』と、言われた王子たち三人は、キウェテルが放った悪口が聞こえたのか、項垂れていた肩と首を起こして立ち上がり顔を上げた。

 「今、僕の悪口が聞こえた様な気がするよ」

 アビデミのエメラルドの瞳に怪しい光が宿った。
 
 「奇遇だな、俺にも聞こえたな」
 
 ノーマンの紫の瞳に怒りの色が滲んだ。

 「そうか、お前たちにも聞こえたか、私にも聞こえたぞ」

 スカイラの金色の瞳が力強く光った。

 王子たち三人から魔力が溢れ出し、怪しい笑いが溢れる。 背後に控える近衛騎士からどよめきと、小さい悲鳴が聞こえた。
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