『えっ! 私が貴方の番?! そんなの無理ですっ! 私、動物アレルギーなんですっ!』

伊織愁

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4話

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 リジィを助けてくれたラトは近衛騎士の団長。リジィが運ばれた屋敷はラトの祖父母が暮らしていたタウンハウスなのだと後で知った。リジィはラトに連れられ気絶している間に王都へ逆戻りしていた。

 「番って獣人や亜人の固有のものですよね? 人族とは無理だと聞いたんですけど」

 リジィは目の前に座るイアンへ問いかけた。彼はライアン・ヴァイス。近衛騎士団第二騎士団の医師団長で、シェラン国で暮らす一割に満たない人族だ。見た目は眼鏡が似合う美男子である。

 イアンはリジィが言ったことに、「そうです」と頷いた。だが、例外がある。
 
 「私も人族ですが、灰色狼族の番がいるんですよ。私たちの場合は偽印ですけどね」

 柔らかく笑うイアンには目に見える場所に偽印は見えない。
 
 「私の偽印は胸にあるんです」

 リジィが考えたことを読んだのか、イアンは可笑しそうに笑っていた。

 「見せなくていいぞ」眉間に皺を寄せ、不機嫌なラトの低い声がすぐそばで聞こえる。睨みつけるラトの表情から、「リジィに変な物を見せるな」という圧を語っていた。

 「私も見せるつもりはありません」

 ため息を吐いたイアンは肩をすくめた。

 「私には先祖に獣人の血が流れているんです。偽印は獣人の血で刻むものですからね。私は中途半端な先祖返りをして、魔力に目覚めてしまって。まぁ、色々な事情があってシェラン国に流れ着いたんです。だから、もしかしたらフェ……」

 イアンがリジィの名前を言いかけて言葉を詰まらせた。リジィを膝の上に乗せているラトから黒い靄が放たれている。

 団長を見たイアンの瞳からスッと表情が抜けていき、リジィの呼び名を言い直す。

 「番殿にも獣人の血が流れているかもしれないです」

 「番様」リジィの呼び名が決まったところで、テーブルに座っている副団長がリジィに話しかけてきた。

 「もしよろしければ、貴方がこちらへ来た経緯を教えてくれませんか?」

 「……っえっと」誰が分からず、リジィは戸惑いを見せる。「ああ」と察した副団長は立ち上がり、胸に手を当てて軽くお辞儀をする騎士の礼をした。

 「番様、申し遅れました。私はダレン・ウィットと申します。近衛騎士団第二騎士団の副団長をしています。後、ついでに隣の彼はハーバート・アートルムです。小隊長を務めてもらっています」

 「ついでには酷くない?」とダレンを見て彼も立ち上がり、騎士の礼をする。

 「リジィちゃん、よろしくね。俺のことはバトって呼んで」

 片目を瞑って何アピールなのか、チャラい挨拶をしてきた。バトの「リジィちゃん」呼びに、ラトから殺気が漏れ出していた。ラトの殺気にはバトは慣れているのか全く平気な様子で笑っている。

 「よろしくお願いします」リジィも丁寧に頭を下げて二人に挨拶をした。すくそばで再びラトの不機嫌な声がする。

 「リジィ、バトとはよろしくしなくていい」
 「ラトも何気に酷いな。ちょっと『リジィちゃん』って呼んだけなのに」
 「うるさい!お前はもうリジィに話しかけるな」

 騒ぎだすラトとバトに、ダレンがため息を吐き、呆れた声を出す。

 「話が進みませんので、二人とも黙って下さい。で、動物アレルギーの貴方がどうしてシェラン国に居るんですか?」

 ダレンが先ほどの質問をもう一度して、話を元に戻した。頷いたリジィは皆に説明をした。

 「私は小さい頃、両親に孤児院へ預けられたんです。シスター長に詳しく聞きましたが、両親からは何も聞かなかったそうです。推測ですけど、家が没落したのではないかと。両親の手がかりは、このコインだけです」

 テーブルの上へ、換金されていなかったコインをマジックバッグから取り出して置いた。しかし話をしている間もラトはリジィを離さず、膝の上へ乗せているので、テーブルに置きづらかった。

 「イアン先生が人族の大陸から来たのでしたら、このコインが何処の国の物なのか、分かりますか?」
 「このコインは……失礼しますね」
 「はい」

 コインを手に持ってじっくり見たイアンは、「なるほど」と呟いた。

 「このコインはカルタシア王国の物ですね。隣の大陸にあるそんなに大きくない王国です」

 「カルタシア王国」リジィは呟くと、頭の中で世界地図を広げた。リジィの記憶では人族の大陸の端だったように思う。

 「カルタシア王国には行けますか?」

 イアンに問いかけたのだが、答えたのはラトとバトだった。

 「カルタシアか、国交はなかったような気がするな。別の国に経由しないと入国出来ないぞ」
 「まぁ、獣人は人族の国との国交事態が少ないからねぇ」

 ラトとバトはじゃれ合っていても、リジィの話をちゃんと聞いていた様だ。

 「番様は故郷へ帰りたいのですか?」

 ダレンの質問に、ラトの身体がビクリと反応を示した。「まさか、帰りたいなどと言わないよな」と、ラトは不安そうな眼差しを向けてくるが、リジィは自身の考えを話した。

 「私は自分が何者なのか知りたいのです。両親の事もうる覚えで何も覚えていません。動物アレルギーの娘をシェラン国に預けた理由を知りたい。故郷へ行けば、何か思い出すかもと。動物アレルギーも酷くなっていて、これ以上この国にはいられません」

 ずっと考えて来たことだ。番ができたからと言って、自分のルーツを探す旅は止められない。ラトの方へ視線をやると、奈落の底へ突き落された様な表情を浮かべていた。

 「……っ」リジィの胸の奥に罪悪感がのしかかる。
 
 ラトには申し訳ないが、リジィだってやりたい事がある。番だからと素直に「はい、一緒に暮らします」と頷けなかった。

 特にリジィは人族なので、番に対しても獣人ほどは憧れてもいないのだ。

 ◇

 『はぁ~ぁ!人買いに攫われた!』

 リジィの目の前で手のひらサイズの妖精が眉と目を吊り上げ、腰に手を当てて叫ぶ。何かあれば連絡しろと言われていたリジィは、早速アヴリルに貰った妖精の伝書を使い、彼女と連絡を取った。

 リジィはあてがわれた寝室のベッドに腰かけ、アヴリルの妖精と向き合った。

 『あの後にそんな事が遭ったの?!やっぱり、無理矢理にでもカウントリムに連れて行けばよかった!で、今はどうしてるの?』

 アヴリルの大きな声がリジィの居る寝室に響く。彼女の声が屋敷中に聞こえているんじゃないかと、リジィは肝を冷やした。

 リジィは口元へ人差し指を持っていき、アヴリルに静かにするように訴える。

 「大丈夫よ、アヴリル!丁度、騎士団に人買いがオアシスを襲うって知らせが入って。人買いを討伐するために来てたの。だから売られずに助かったわ」

 小さなアヴリルの妖精が胸を撫で下ろす仕草はとても可愛らしい。

 『そう、良かったぁ。びっくりさせないでよね。まぁ、妖精の伝書で連絡してきてるし、大事にならなかったのは分かったけど……。妖精の伝書が見つかってたら取り上げられたでしょうしね』
 「うん、心配かけてごめんね」
 『ううん、いいのよ。それで、もう港町に着いたの?』
 「あぁ、えっとね」

 妖精がアブリルの様子を模して、不思議そうに首を傾げた。中々、口を割らないリジィに、アヴリルの妖精は腕を前で組んで、「言え」と鼻息を荒くした。

 『どうしたのよ。はっきり言いなさいよ』
 「うん、何故だか分からないんだけど……。私に番の刻印が刻まれたの」
 『えっ……』

 再び、アヴリルの妖精が大きな声で叫んだ。もの凄く驚いたのか、叫んだ後は口を開けたまま固まった。しばらく固まったままのアヴリルの妖精の前で、リジィも黙り込む。

 「あの……聞いてる? アヴリル?」

 リジィの問いかけで我に返ったアヴリルの妖精が口を開く。

 『番って……あの、番? 獣人や亜人が憧れてる番?!』
 「うっ、うん、そう見たい。アレルギーの発作を治してくれた人の話によると、もしかしたら私の先祖に獣人がいるんじゃないかって言われた」
 『あっ、なるほど。聞いたことある。わずかな獣人の血が番に反応したんだよ』
 「……っうん」(アヴリルの次の質問はきっと次の質問は、誰なのかってことよね?)
 『で、で、相手は誰? どんな人? かっこいい? 獣人? 亜人?』
 (やっぱりだ)「えと、……シェラン国の近衛騎士団第二騎士団の団長さん。灰色狼族なんだって」
 『うわっ、超エリートじゃない!しかも狼族なんだ』
 「うん」

 アヴリルも分かったのか、リジィの動物アレルギーの事を思い出したのだろう。

 可愛らしい妖精の顔に暗く影を落とす。

 きっと、メッセージを受け取ったリジィの妖精も暗い顔をしているのだろう。

 『でも、番はすごい大事にしてもらえるよ。もしかしたら、耳と尻尾を撫でさせてもらえるかもしれないよ。夢だったんでしょう?』
 「うん、そうなんだけど……。触れたら、顔が痒くなるし、私は人族だから、番なんて考えたこともなくて……。きっと年頃になったら、素敵な人と出会って、仲良くなって恋が始まって。その人と愛を深めていったら、結婚するものだと思っていたの。だから、こんなことになるなんて思ってもみなくて」
 『なるほど、今の現状に気持ちがついていけないんだね』

 アヴリルの妖精が優しい眼差しを送ってくる。

 「うん」リジィは意地を張らず、素直に認めた。素直なリジィを揶揄いたくなったのか、アヴリルの妖精が人の悪い笑みを浮かべる。

 『しかし乙女だねぇ、リジィ。やっぱ、あんたは可愛いわ』
 「ちょっと、馬鹿にしてるでしょう」
 『してないよ。私も普通に番と出会いたいわっ』
 「……っ」

 アヴリルの妖精はニヤニヤと楽しそうに笑みを浮かべる。リジィを揶揄うのがとても楽しいらしい。

 『でも、そっか~。落ち着いたら、カウントリムへ遊びにおいでって言おうと思ってたんだけど、番ができたなら無理そうね』

 「えっ、どうして?」リジィはアヴリルの言っている意味が分からずに首傾げた。

 『だって、番は番と離れ離れになることをすごく嫌がるのよ。一時も離れたくないんだから。騎士団の団長ってことは、団長さん、忙しいんじゃない?多分だけど街にも一人で出してもらえないと思う』
 「えっ?!街に出してもらえないの?」

 衝撃の事実にリジィは驚きを隠せない。

 『うん、出かける時は声をかけた方がいいと思うよ』
 「分かった訳。色々、ありがとう」
 『うん。じゃ、またね。私からも連絡するわね』

 「うん、またね」と、リジィは妖精の伝書の通信を切った。

 妖精の伝書がお辞儀すると軽い音を立てて消えた。妖精が消えた場所をいつまでも見つめ、リジィの表情は暗い。

 (まさか、一歩も出られないってことはないよね?)と内心で呟いた。

 「あっ!色々あって、また助けてもらったお礼を言うの忘れてる!」

 一人、寝室のベッドの上で頭を抱えている様子を隣の居間から見ている団員に、リジィは気づいていなかった。アヴリルとの会話も、団員に聞かれていた事にも気づいていなかった。

 「ふむ、団長の番様にはそんな可愛らしい望みがあるのですね。これは団長に報告しないといけませんね。全て報告しろと言われていますし」

 白髪の長い髪を一つに結び、頭頂部から流した髪が楽し気に揺れている。弾んだ声を出しているが、感情が顔に出ず無表情だった。

 リジィの話を聞いていたのは、第二騎士団に所属する白へび族の亜人で、数少ない女性団員でもある。ラトがリジィの護衛にと選んでいた。後日、メイドと共に紹介を受けることになる。
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