『えっ! 私が貴方の番?! そんなの無理ですっ! 私、動物アレルギーなんですっ!』

伊織愁

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11話

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 ラトの屋敷で王族を招いた非公式ではあるが、簡単な番のお披露目をすることになった。しかし第三王女のオフィーリアは参加させないという条件にした。 

 彼女は観劇やコンサートなどの会場は訪れるが、他所で開かれる舞踏会やお茶会は参加しない。

 獣人のくせに、なぜ動物アレルギーなのだと、皆から好奇な目で見られるからだ。

 劇場やコンサートは王族専用のボックス席がある。誰にも会わずに席へ誘導もしてくれるので人目が気にならない。 

 芝居や歌が始まれば、会場も暗くなるので、安心して楽しめる。

 幼い頃から発作を頻繁に起こし、寝込むことが多かった。末姫ということで、家族や使用人などが甘やかしてしまった。 

 長いこと甘やかされたオフィーリアは、随分と我儘になってしまった。

 オフィーリアはラトの屋敷に来られないだろうと、勝手に思っていた。

 ラトの目の前で、伝書の妖精が浮かんでいる。相手が王太子のレジナルドだからか、心なしか伝書の妖精も気品があふれている。ラトの説明にレジナルドの妖精が安堵した表情を浮かべた。

 場所はラトの広い私室、大きめのソファーに身体を預け、背もたれに片腕を乗せたラトはふんぞり返っていた。

 『……態度が偉そうだな、ラト。だが、ありがとう。すまないな。一応、フィーにも知らせておく』
 「……内緒にできないのか?」
 『できないだろう……元々、フィーを黙らせるためにお披露目をするんだぞ。フィー抜きでしてみろ。絶対にあいつの怒りが爆発するだろう。それに、フィーも今度こそ諦めてくれかもしれない』
 「諦めてくれるのか? あの姫は」
 『俺が責任を持って当日は見張っているから』

 レジナルドの妖精を見つめるラトの瞳はレジナルドを信じられず、眇められている。

 『そんな目で見ないでくれ……そうだ!ジャイルズは番殿と会ったんだろう?』
 「ああ、そうだ。俺がもう少し早く帰ってれば、ジャイルズには見せなかったのに、ダレンの奴」

 一部始終をジャイルズから聞いているレジナルドの妖精は、困ったように眉尻を下げた。

 『本当に弟妹たちが迷惑をかけたね。現在進行形で私も含めてな』
 「本当にな」
 『大丈夫だ。フィーには番殿に少しでもマウントを取るようなら、城へ連れ戻すと言っておく』
 「……リジィに何かあったら……」

 ラトの金色の瞳から怪しい光を放つ。

 『……今のは聞かなかった事にしておくよ』

 ラトの妖精の瞳も怪しい光を放ったのか、本気で恐れたレジナルドの妖精から情けない声がこぼれた。

 ラトの思惑通りにはいかなかったが、とりあえずリジィが直ぐに逃げ出せるよう、オフィーリアが怪しい動きを見せれば、捕らえる算段を付けた。

 かくして、波乱のラトとリジィのお披露目会が行われることになった。

 ◇

 「そう、やっとラトの番に会えるのね。王城には連れて来られないのかしら」
 「フィー、彼女も動物アレルギーなんだ。辛い気持ちは分かるでしょ」

 「……ジャイルズ兄さま」何かを訴えるように上目遣いで自身の兄を見つめる。

 オフィーリアが欲しい物、して欲しいことを強請る時の癖だ。大抵は上手く行くのだが、今回は駄目だった。

 ジャイルズの厳しい声が発せられる。

 「駄目だよ。イアンが薬を飲まなくてもいいと言っているのなら、王城へ連れて来ても良いかもしれないけど、許可が出ていないなら駄目だ。王城は綺麗にしているつもりだけど、色んな獣人の毛が舞っているからね。フィーが一番、分かるはずだ」

 「城に訪れた事で重症者を出すわけにはいかない」と、次兄の厳しい眼差しが語っている。決定事項なのだと。

 オフィーリアは悔しそうに顔を歪めた。 

 長い黒髪を揺らして涙で潤む金色の瞳でジャイルズを睨みつける。まだあどけないオフィーリアは可愛らしいだけである。

 ジャイルズは再び顔を振って却下した。

 (ちっ、ラトにお酒をたくさん飲ませて私の部屋へ閉じ込めるつもりだったのに)

 オフィーリアは、薬が開発されるまで幼い頃から発作に苦しみ、勉強ができなかった。薬が開発された事で普通の暮らしができるようになった。だが、動物アレルギーのオフィーリアが妊娠できるかは疑問だ。 

 アレルゲンの元を身体の中に入れ、育てるのだ。妊娠時は薬を飲めないのだから、どうなるか分からない。

 もしかしたら、オフィーリアは結婚できないかもしれないと思うと、自然と皆が過保護になった。

 しかし、オフィーリアは知らない。 

 番という絆と執着心を。あまり両親と一緒に居られなかったからか、番に対しての執着心を見たことがないのだ。だから、ラトは自身が誘惑すれば、簡単になびくと思っている。

 二人の兄にも偽印の番や本物の番もいない。オフィーリアの勘違いを増長させる要因となっている。他に二人の姉が居るのだが、数年前に嫁いでいて、暫く会えていない現状あるだろう。

 「ラトの番殿にマウントや嫌がらせをしたら、すぐに騎士団に捕まえてもらって、城へ連れ帰るからね」

 「……っ」容赦ない次兄をじっと見つめる。

 「フィー、返事は?」

 「……分かりましたわ」次兄の低い声に、オフィーリアは渋りながら答えた。

 「じゃ、当日は私と同じ馬車で行くからね」
 「はい、ジャイルズお兄様」

 しおらしく同意したオフィーリアだったが、簡単には諦めるはずがなかった。 

 ジャイルズが部屋を出た後、オフィーリアの口元に笑みが広がった。

 「ふふっ、マウントを取らなければいいのよね」

 まだまだ子供なオフィーリアは、何処までがマウントなのか分かってもいない。

 いや、分かろうとしていなかった。 

 ラトは自身が望めば、簡単に手に入るとほくそ笑んでいた。

 ◇
 
 当日は朝からリジィは忙しかった。

 メイドとシアーラに身体中を磨き上げられラトから贈られたドレスを着せられた。

 初めてのコルセットは胸やお腹が苦しく、煌びやかなドレスを纏った姿見に映る自身はとても気恥ずかしかった。

 「シアーラ……やっぱり変じゃない?こんな高そうなドレス、畏れ多くて着られないわ!」
 「大丈夫ですよ。とても良くお似合いです。それに番様の家が何もなければ、番様も普通にコルセットをして綺麗なドレスを着ていたはずですよ」

 もう慣れたが、無表情のシアーラから弾んだ声が発せられる。彼女様子からリジィのドレス姿はおかしくないのだろう。

 「ええ、とってもお似合いです」

 シアーラとメイドは褒めてくれる。リジィは信じていなかった。着慣れない煌びやかなドレスに着せられているよう。とても居心地が悪い。

 「シアーラはそう言うけれど……でも、やっぱり恥ずかしいわ」

 シアーラとメイドが必死に似合っているとリジィに話しているところで、部屋の扉がノックされた。

 続いてラトの声が聞こえてくる。

 「リジィ、着替えは済んだか? 入っても大丈夫か?」
 「……はい、どうぞ」

 リジィはシアーラとメイドに促されるまま、居間へ移動した。そして、部屋の扉が開かれた。

 ドレスを着たリジィを見たラトは、一瞬目を瞠った後、固まった。しばらく静寂が訪れ、ラトがふらりと動いてリジィに抱き着いた。

 「リジィ、綺麗だ。可愛い、世界一美しいよ!! もう誰にも見せたくない。そうだ今日は中止しよう!」

 ラトが暴走する前にシアーラが直ぐに止める。

 「駄目です。もう王家の方が王城を出発したとお触れがありました。あと数分もすれば皆様お着きになります」

 シアーラの声は慌てている。しかし、表情が無表情ではなく、珍しく少し緊張していた。王族が揃ってラトの屋敷へ来るのだ。執務が外せない国王陛下は来られないが、王妃とレジナルド、ジャイルズとオフィーリアが来る。使用人や護衛たちが緊張しない訳がない。

 皆が緊張する中、ラトは更に爆弾を投下する。

 「実は私の家族も呼ぼうとしたんだ。だが皆少し忙しくてな。無理だった。この機会にリジィを紹介しようと思っていたんだが」
 「えぇぇ、もっと早く言って下さい!ラト様!でも、来られないなら仕方がないですね。私の方も心の準備ができてませんので、次の機会にお願いします」
 「ああ、そうしよう」
 「あの、ラト様」

 『ご家族への紹介は、私の父親の事がはっきりした後にして下さい』と覚悟を決めて言いかけたと同時に、玄関のチャイムが鳴った。王族が到着したようだ。

 「あっ」
 「来たようだな、行こう。リジィ?」
 「……はい」

 ラトの手が差し出された。リジィを玄関ホールへと促すので、言いかけた言葉を飲み込んだ。

 階段を下りて玄関ホールへ向かうと、既に執事が出迎え、王家の方たちはラトとリジィが来るのを待っていた。煌びやかなエフェクトを放つ王族に、リジィは目を白黒させた。

 そして、とてもじゃないが緊張して言葉が出てこない。リジィはただの平民なのだ。普通に暮らしていれば会うこともなかった人たちを前に、リジィの緊張は最高潮で、心臓は爆発しそうだった。

 皆はオフィーリアも居るからか、狼の耳と尻尾も出ていなかった。

 「ラト!」

 末姫のオフィーリアだろう。ラトを見つけると、喜色を浮かべてラトに抱き着いた。オフィーリアの瞳はラトしか映しておらず、嬉しそうに笑みを浮かべている。

 『ドスッ!!』

 二人の姿を見たリジィの胸にもの凄い重い痛みの衝撃がきた。チクっとかズキッでもない。重い衝撃のある「ドスッ」である。ついでに刻印が焼けるのではというくらい発熱した。

 誰もがリジィの只ならぬ雰囲気に気づき、身が縮む思いをさせている。

 ハッとして一番最初に我に返ったのはラトだった。直ぐにオフィーリアを引き剥がし、リジィを自身に引き寄せる。

 番の刻印を刻んだ者の中で、囁かれていることがある。番に不貞を疑われるようなことをするなかれ。

 番への執着心も強いが嫉妬心も強い。 絶対に浮気もしない。浮気を疑われるようなことをお互いがしない。ラトから引き剥がれたオフィーリアは子供のように頬を膨らませて抗議している。

 そして、腰に手を回しているラトの手を引き剥がそうと白い手が伸ばされた。

 「あっ!こらっフィー!駄目だろう、大人しくしているって約束しただろう?」

 ジャイルズが慌ててオフィーリアを止めた。王妃が扇子で口元を隠し、自身の娘を見据える。

 「フィーは淑女の振る舞いができないみたいね。もう外出は許しません」

 ショックを受けたオフィーリアは大好きな観劇やコンサートへ行けなくなり、青ざめて口を上下させた。上下させた口から、オフィーリアの泣きそうな声がこぼれる。

 「お母様……っ」

 王妃は視線だけで末姫を黙らせ、オフィーリアは愕然と肩を落とした。 

 王妃はラトへ視線を向けると、にっこりと微笑んだ。緑の瞳には慈愛の色が滲んでいる。

 王妃は長い黒髪を上品に結い上げ、非公式なお忍びだからか、白銀色のシックなドレスを着ていた。

 「ラト。久しいですね。元気にしていましたか? 貴方に番ができた事とても喜ばしいわ。番のお披露目に呼んでいただけてとても光栄だわ」
 「ありがとうございます。王妃陛下、本日はお越し頂きありがとうございます。 皆さまもようこそ御出で下さいました」

 (オフィーリア様にそっくり)

 リジィのお披露目を大分渋っていたのだが、表情には出さずラトは本当に歓迎しているような笑みを浮かべていた。

 (流石だわ、ラト様……あ、目が合った)

 ラトは腰に回していた手を更に引き寄せ、リジィを紹介してくれた。

 「彼女は私の最愛の番で、リジィです」
 「お初にお目にかかります。リジィと申します。よろしくお願いします」
 「堅苦しい挨拶はやめましょう。非公式の場ですからね」
 「はい。ありがとうございます。王妃様」

 今の精一杯の挨拶をした。不快に思われるかと思ったが、皆はにこやかな笑みを浮かべた。リジィの挨拶を受け入れてくれた。若干一名リジィを拒否している人物はいるが。

 (もしかしなくても、王女さまって……ラトの事が好きなの?!)

 未だリジィを睨みつけてくるオフィーリアにドン引きである。いつまでも玄関で話していても仕方がない。皆で晩餐室へ移動した。今晩はラトお抱えのシェフが腕を振るってくれている。

 ラトはずっとリジィの腰に手を回し、身体を密着させてくる。恥ずかしくてたまらない。

 後ろから着いて来るオフィーリアの突き刺さる様な視線を感じ、ラトを見つめる。 

 ラトは優しい眼差しを向けてくる。

 後で説明してもらおうと笑みを浮かべると、ラトは面白いくらい固まった。
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