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3話
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大聖堂から戻って来た日から数日、光の妖精を探して大聖堂へ通ったが、全て空振りに終わっていた。 中々、光の妖精に会えないエディは気分転嫁をしようと、何時ものようにお気に入りの場所で読書をする為、自身の部屋を出た。
ドゥクレ家の屋敷はコの字型を向かい合わせにしてデザインされている。 上から見ると、口の形になっていて、中庭にはガゼボもある。 手前の凹は、平屋で主にお客様用だ。 小さい舞踏会が行える小ホールなどもある。 エディがタウンハウスへ引っ越して来てから、ドゥクレ家で舞踏会が開かれた事はないが。 奥の建物は食堂や個人の部屋やサロンもあり、二階建てになっていた。
エディは幼い頃にリュシアンと婚約をかわし、王都にあるタウンハウスへ引っ越して来た。
広いドゥクレ家の屋敷には、二階建ての図書室がある。 本日は王宮へ行く日とだというのに、エディは意気揚々と向かっていた。 王宮でのお茶会をサボって本を読み更ける気満々だ。
(この屋敷で図書室が一番、気に入っているのよね)
「お嬢様っ……本日は王宮へ登城する日ですよっ。 王太子殿下がお待ちになられていますっ」
「約束の時間までまだあるし、ちょっとだけ、ね?」
ロジェの幼い顔に眉間が寄せられ、何か言いたげに口を引き結ぶ。 図書室の入り口は二階にあり、一階の図書室には、図書室の中に作られた階段から降りて行く。
二階と一階に、読書スペースが作られていて、幼い頃からのお気に入りは一階の読書スペースだ。
一階の図書室には図書室の階段でしか行けない。 厳密に言えば、図書室に用事を言いつけられる使用人用の通路を使えば、一階からも行ける。 しかし、執事や侍女頭にコンコンと怒られるので使えない。 だが、秘密基地みたいで、エディは幼い頃から一階の図書室に好んで籠っていた。
良からぬ事を閃いたのか、エディは『良い事を思いついた』と子供が悪戯を思いついたような表情を浮かべて振り返る。 エディから不気味な笑い声が吐き出された。
「コーン、私は今日、登城しないわ」
「ええっ?! どういう事ですか? それと、僕はロジェですっ」
「ここで本を読み耽って殿下との約束を忘れれば、絶対に嫌われるじゃないっ! うん、我ながら、いい作戦ねっ!」
「お嬢様~っ」
「と、いう訳だから、私は読書をしてるわね。 殿下、私がお茶会をすっぽかしたら、どんな反応するかしら。 ちょっと楽しみね」
狼狽えるロジェを尻目に、エディは幾つもの並び立つ本棚から何冊か本を選び、窓際の本棚に挟まれたソファへ座り込んだ。 ロジェから、心の底から諦めた様な溜息が吐き出された。
エディが本を読み始めると、物語の世界に没頭し、周囲の声や雑音が入って来なくなる。 ロジェがそっと使用人用の扉を開け、図書室を出て行った事にも気づいていなかった。
「全く、お嬢様は……仕方ないな、王宮へ連絡しないとっ」
一階の図書室は静かだ。 完全防音ではないが、防音効果の魔法が壁全体にかけられている。 集中して読書や勉強が出来る様にと、まだエディが幼い頃に祖父が魔法を施してくれた。
空調魔法も掛けられているので、暖炉はあるが、必要がない程、一定の温度で室温が保たれている。
掃除が行き届いている床へ、鈍い音を鳴らして本が落とされる。 窓からの暖かい陽射しと程よい室温のお陰で、本を読んでいる内に、いつの間にかエディは眠りに誘われて眠り込んでしまった。
◇
いつものガゼボ、エディの為に王宮料理人が用意した渾身の煌めくスイーツたちが、メイドの手によってテーブルへ並べられていく。 恒例のお茶会準備は、既に整っていた。
広げた手紙がそよ風に煽られ、小さく揺れて音を鳴らす。
菓子の甘い香りと、メイドが淹れてくれた紅茶の香りが漂う中、リュシアンは『そう来たか』、と口元に笑みを広げた。 エディにお茶会をすっぽかされたにも関わらず、リュシアンはとても楽しそうだ。
「アンリ、菓子を持ち帰り用に詰めてくれ。 エディはどうやら、体調が悪いらしい。 ドゥクレ家へお見舞いに行く」
「……ドゥクレ家に潜入させている諜報隊によれば、朝食をしっかりと食べ、元気に図書室へ向かったと、報告を受けています」
「そう。 じゃ、この手紙はロジェかな? エディのお茶会をサボるという嫌がらせかな? ふふっ、私がお見舞に行ったら、エディはどんな顔をするかな。 楽しみだね、アンリ」
リュシアンはとても楽しそうに笑みを浮かべ、ドゥクレ家からの手紙を封筒へ仕舞った。
「……殿下、ドゥクレ家へ赴くのでしたら、先ぶれを出します。 それと、闇魔法の傷跡は消した方が良いでしょう。 エディット様もご心配されます」
「あぁ、そうだね。 エディは優しいから、こういう事には直ぐに気づくからね。 闇魔法を送って来た犯人を見つけ出す為に治療せず、そのままにしていたけど。 何か分かった?」
「はい、何人か殿下の包帯を見て、怪しい反応をした者が居ました」
「そう、引き続き調査して」
「承知致しました」
包帯を外すと、リュシアンの手の甲には禍々しい色の傷跡があった。 先日に贈られ来た木箱は、闇妖精の呪い魔法が掛けられていた。 本来、闇の妖精の能力は防御や呪いを跳ねのける力だ。
しかし、裏技で跳ね返した呪いを相手に返す能力がある。 暗い表情をしていた闇の妖精は呪い魔法を掛けられ、錯乱状態だった。 木箱を開けたリュシアンに攻撃をされたと思い込んだ闇妖精から、呪いを掛けられたのだ。 リュシアンから、呪文が繰り出されると、掌サイズの光妖精が姿を現す。
光妖精は契約者であるリュシアンに呼び出され、喜んで周囲を飛び回った。 そして、禍々しい傷跡を見つけた光妖精は、眉尻を下げてじっとリュシアンを見つめて来た。
「そうだよ。 君を呼び出したのは、この呪いを解く為だ。 お願い出来るかな?」
力強く頷いた光妖精は、傷跡に小さな両手で触れ、歌を歌い出す。 数秒で歌を終えた時には、禍々しい傷跡は綺麗に消えていた。 光妖精の能力は、癒しと治療、呪いの解呪だ。
「ありがとう、とても助かったよ」
にっこり微笑んだ光妖精は、軽い音を鳴らして姿を消した。 傷跡も治り、菓子も籠に詰め終ったのか、メイドが籠をアンリへ預けている。
「準備が終わったようだね。 では、行こうか」
「はい」
◇
王宮からエディの見舞いにリュシアンが来ると先ぶれが届き、ロジェは狼狽えていた。
「ど、どうしようっ。 お見舞いに来るなんて思わなかったから、お嬢様は体調が優れないので、お茶会へ行けないって連絡したんだけど……。 本当は図書室で本を読み耽ってるなんて知られたらっ! 嫌われるどころの話じゃないのではっ?!」
ロジェは可哀そうなくらい狼狽えていた。 王家への虚偽報告は何の罪になるのかと、パニックになっていた。
「はっ! こうしては居られないっ、お嬢様を寝室へ連れて行って、取り敢えず、病気の振りをっ」
ロジェが踵を返し、図書室へ向かおうとした時、背中に冷たい声が突き刺さった。
「へぇ~、可愛い婚約者の体調が悪いと聞いて心配して来てみれば……お茶会をサボって本人は図書室で本を読み耽っているなんて、思いもしなかったよ」
恐る恐る振り返ったロジェは、視界に黒い笑みを浮かべるリュシアンを捉え、恐怖の表情で固まった。 狐耳と尻尾もピンと伸びていた。 大きく開けた口からは、恐怖の悲鳴が聞こえる様だ。
ロジェがパニックになっている間に、リュシアンの訪れに執事が出迎え、真っ直ぐにエディの部屋へ案内して来た。 エディの部屋で待機していたロジェの頭の中は真っ白になっている。
「では、図書室へ行こう。 菓子も持って来たし、朝食の後から籠っているらしいから、そろそろ読む事に疲れている頃だろう。 君はもういいよ、後はロジェに案内してもらうから」
『承知致しました』、と執事は綺麗にお辞儀をしてそばを離れていった。
「あっ、殿下、お待ち下さいっ!」
「……ロジェ、もう、諦めなさい。 殿下はエディット様の反応を楽しみに来たのですから、我々では止められませんよ」
「……っ。 後で絶対、お嬢様に怒られるっ!」
エディが言うならば、『コ~ンっ』というロジェの鳴き声が虚しく廊下で響いた。
◇
まるで自身の家かの様にリュシアンはドゥクレ家の屋敷を歩く。 図書室には、ドゥクレ家の当主であるドゥクレ侯爵の執務室の前を通る。 通り過ぎる時、執務室の扉に視線をやった。
「ロジェ。 ドゥクレ侯爵は、今日はご在宅か?」
「いえ、本日は領地の方へ赴いています。 お戻りは深夜になると、連絡がありました」
「そうか……相変わらず忙しいんだね、侯爵殿は」
「はい」
二階の図書室の扉を開けると、本独特の匂いが漂い、図書室特有の静寂が広がっている。 立ち並ぶ本棚の道を進み、リュシアンは迷わず、一階の図書室へ続く階段を降りて行った。
一階の読書スペースに辿り着くと、リュシアンは小さく喉を鳴らして瞳を大きく開いた。
リュシアンの視界に窓際のソファで眠るエディの姿が飛び込んで来た。 初めて見たエディの無防備な寝姿に、リュシアンはほんのりと頬を染めて口に手を当てた。
後ろで何か叫んでいるロジェの声は聞き取れない。 『あぁぁぁ、ものすごく怒られるっ~』と頭を抱えて項垂れている事は分かった。
「ロジェ、頭を抱えていないで、毛布を持って来て。 春先でも、何も掛けずに眠るにはまだ寒いだろう」
「えっ、でも……空調魔法で室温は一定に保たれてますから、大丈夫ですよ?」
「ロジェ……」
ロジェが首を傾げた瞬間、何か寝言を言いながらエディが身動ぎした。 エディの白いワンピースの裾が少し捲れ、足首と脹脛が露わになった。
「ね? 分かったかな?」
「は、はいっ! 今すぐお持ちしますっ!」
ロジェは真っ赤になり、『回れ右』と騎士団の様に機敏な動きを見せて、二階にあるエディの部屋へと慌てて走って行った。 ピンと立てた狐耳と尻尾がとても可愛らしく揺れている。
「私は紅茶の準備を致しましたら、二階の図書室で待機しております」
「うん、ありがとう」
直ぐにロジェが戻って来て毛布を受け取ったリュシアンは、そっとエディに毛布を掛ける。 自身はエディの隣に座り、躊躇いなく投げ出されている白くて細い手を握った。
「ふふっ、いいね。 可愛い婚約者の無防備な寝顔を眺められるなんて。 私は幸せ過ぎてどうにかなりそうだよ」
「……エディット様は確実にお怒りになると思いますけど。 眠っている令嬢には、あまりお触れになりませんよう、ご自重なさって下さい。 では、何かあればお呼び下さい」
「ああ、分かっているよ。 エディに嫌われたくないしね。 ロジェもアンリと一緒に上へ行っておいで」
「うっ、あっ……はい」
ロジェはリュシアンの迫力ある笑みに負け、アンリと一緒に二階の図書室へと向かった。 二人の姿が視えなくなると、エディの手を握っていた指を絡ませて強く握りしめた。
ドゥクレ家の屋敷はコの字型を向かい合わせにしてデザインされている。 上から見ると、口の形になっていて、中庭にはガゼボもある。 手前の凹は、平屋で主にお客様用だ。 小さい舞踏会が行える小ホールなどもある。 エディがタウンハウスへ引っ越して来てから、ドゥクレ家で舞踏会が開かれた事はないが。 奥の建物は食堂や個人の部屋やサロンもあり、二階建てになっていた。
エディは幼い頃にリュシアンと婚約をかわし、王都にあるタウンハウスへ引っ越して来た。
広いドゥクレ家の屋敷には、二階建ての図書室がある。 本日は王宮へ行く日とだというのに、エディは意気揚々と向かっていた。 王宮でのお茶会をサボって本を読み更ける気満々だ。
(この屋敷で図書室が一番、気に入っているのよね)
「お嬢様っ……本日は王宮へ登城する日ですよっ。 王太子殿下がお待ちになられていますっ」
「約束の時間までまだあるし、ちょっとだけ、ね?」
ロジェの幼い顔に眉間が寄せられ、何か言いたげに口を引き結ぶ。 図書室の入り口は二階にあり、一階の図書室には、図書室の中に作られた階段から降りて行く。
二階と一階に、読書スペースが作られていて、幼い頃からのお気に入りは一階の読書スペースだ。
一階の図書室には図書室の階段でしか行けない。 厳密に言えば、図書室に用事を言いつけられる使用人用の通路を使えば、一階からも行ける。 しかし、執事や侍女頭にコンコンと怒られるので使えない。 だが、秘密基地みたいで、エディは幼い頃から一階の図書室に好んで籠っていた。
良からぬ事を閃いたのか、エディは『良い事を思いついた』と子供が悪戯を思いついたような表情を浮かべて振り返る。 エディから不気味な笑い声が吐き出された。
「コーン、私は今日、登城しないわ」
「ええっ?! どういう事ですか? それと、僕はロジェですっ」
「ここで本を読み耽って殿下との約束を忘れれば、絶対に嫌われるじゃないっ! うん、我ながら、いい作戦ねっ!」
「お嬢様~っ」
「と、いう訳だから、私は読書をしてるわね。 殿下、私がお茶会をすっぽかしたら、どんな反応するかしら。 ちょっと楽しみね」
狼狽えるロジェを尻目に、エディは幾つもの並び立つ本棚から何冊か本を選び、窓際の本棚に挟まれたソファへ座り込んだ。 ロジェから、心の底から諦めた様な溜息が吐き出された。
エディが本を読み始めると、物語の世界に没頭し、周囲の声や雑音が入って来なくなる。 ロジェがそっと使用人用の扉を開け、図書室を出て行った事にも気づいていなかった。
「全く、お嬢様は……仕方ないな、王宮へ連絡しないとっ」
一階の図書室は静かだ。 完全防音ではないが、防音効果の魔法が壁全体にかけられている。 集中して読書や勉強が出来る様にと、まだエディが幼い頃に祖父が魔法を施してくれた。
空調魔法も掛けられているので、暖炉はあるが、必要がない程、一定の温度で室温が保たれている。
掃除が行き届いている床へ、鈍い音を鳴らして本が落とされる。 窓からの暖かい陽射しと程よい室温のお陰で、本を読んでいる内に、いつの間にかエディは眠りに誘われて眠り込んでしまった。
◇
いつものガゼボ、エディの為に王宮料理人が用意した渾身の煌めくスイーツたちが、メイドの手によってテーブルへ並べられていく。 恒例のお茶会準備は、既に整っていた。
広げた手紙がそよ風に煽られ、小さく揺れて音を鳴らす。
菓子の甘い香りと、メイドが淹れてくれた紅茶の香りが漂う中、リュシアンは『そう来たか』、と口元に笑みを広げた。 エディにお茶会をすっぽかされたにも関わらず、リュシアンはとても楽しそうだ。
「アンリ、菓子を持ち帰り用に詰めてくれ。 エディはどうやら、体調が悪いらしい。 ドゥクレ家へお見舞いに行く」
「……ドゥクレ家に潜入させている諜報隊によれば、朝食をしっかりと食べ、元気に図書室へ向かったと、報告を受けています」
「そう。 じゃ、この手紙はロジェかな? エディのお茶会をサボるという嫌がらせかな? ふふっ、私がお見舞に行ったら、エディはどんな顔をするかな。 楽しみだね、アンリ」
リュシアンはとても楽しそうに笑みを浮かべ、ドゥクレ家からの手紙を封筒へ仕舞った。
「……殿下、ドゥクレ家へ赴くのでしたら、先ぶれを出します。 それと、闇魔法の傷跡は消した方が良いでしょう。 エディット様もご心配されます」
「あぁ、そうだね。 エディは優しいから、こういう事には直ぐに気づくからね。 闇魔法を送って来た犯人を見つけ出す為に治療せず、そのままにしていたけど。 何か分かった?」
「はい、何人か殿下の包帯を見て、怪しい反応をした者が居ました」
「そう、引き続き調査して」
「承知致しました」
包帯を外すと、リュシアンの手の甲には禍々しい色の傷跡があった。 先日に贈られ来た木箱は、闇妖精の呪い魔法が掛けられていた。 本来、闇の妖精の能力は防御や呪いを跳ねのける力だ。
しかし、裏技で跳ね返した呪いを相手に返す能力がある。 暗い表情をしていた闇の妖精は呪い魔法を掛けられ、錯乱状態だった。 木箱を開けたリュシアンに攻撃をされたと思い込んだ闇妖精から、呪いを掛けられたのだ。 リュシアンから、呪文が繰り出されると、掌サイズの光妖精が姿を現す。
光妖精は契約者であるリュシアンに呼び出され、喜んで周囲を飛び回った。 そして、禍々しい傷跡を見つけた光妖精は、眉尻を下げてじっとリュシアンを見つめて来た。
「そうだよ。 君を呼び出したのは、この呪いを解く為だ。 お願い出来るかな?」
力強く頷いた光妖精は、傷跡に小さな両手で触れ、歌を歌い出す。 数秒で歌を終えた時には、禍々しい傷跡は綺麗に消えていた。 光妖精の能力は、癒しと治療、呪いの解呪だ。
「ありがとう、とても助かったよ」
にっこり微笑んだ光妖精は、軽い音を鳴らして姿を消した。 傷跡も治り、菓子も籠に詰め終ったのか、メイドが籠をアンリへ預けている。
「準備が終わったようだね。 では、行こうか」
「はい」
◇
王宮からエディの見舞いにリュシアンが来ると先ぶれが届き、ロジェは狼狽えていた。
「ど、どうしようっ。 お見舞いに来るなんて思わなかったから、お嬢様は体調が優れないので、お茶会へ行けないって連絡したんだけど……。 本当は図書室で本を読み耽ってるなんて知られたらっ! 嫌われるどころの話じゃないのではっ?!」
ロジェは可哀そうなくらい狼狽えていた。 王家への虚偽報告は何の罪になるのかと、パニックになっていた。
「はっ! こうしては居られないっ、お嬢様を寝室へ連れて行って、取り敢えず、病気の振りをっ」
ロジェが踵を返し、図書室へ向かおうとした時、背中に冷たい声が突き刺さった。
「へぇ~、可愛い婚約者の体調が悪いと聞いて心配して来てみれば……お茶会をサボって本人は図書室で本を読み耽っているなんて、思いもしなかったよ」
恐る恐る振り返ったロジェは、視界に黒い笑みを浮かべるリュシアンを捉え、恐怖の表情で固まった。 狐耳と尻尾もピンと伸びていた。 大きく開けた口からは、恐怖の悲鳴が聞こえる様だ。
ロジェがパニックになっている間に、リュシアンの訪れに執事が出迎え、真っ直ぐにエディの部屋へ案内して来た。 エディの部屋で待機していたロジェの頭の中は真っ白になっている。
「では、図書室へ行こう。 菓子も持って来たし、朝食の後から籠っているらしいから、そろそろ読む事に疲れている頃だろう。 君はもういいよ、後はロジェに案内してもらうから」
『承知致しました』、と執事は綺麗にお辞儀をしてそばを離れていった。
「あっ、殿下、お待ち下さいっ!」
「……ロジェ、もう、諦めなさい。 殿下はエディット様の反応を楽しみに来たのですから、我々では止められませんよ」
「……っ。 後で絶対、お嬢様に怒られるっ!」
エディが言うならば、『コ~ンっ』というロジェの鳴き声が虚しく廊下で響いた。
◇
まるで自身の家かの様にリュシアンはドゥクレ家の屋敷を歩く。 図書室には、ドゥクレ家の当主であるドゥクレ侯爵の執務室の前を通る。 通り過ぎる時、執務室の扉に視線をやった。
「ロジェ。 ドゥクレ侯爵は、今日はご在宅か?」
「いえ、本日は領地の方へ赴いています。 お戻りは深夜になると、連絡がありました」
「そうか……相変わらず忙しいんだね、侯爵殿は」
「はい」
二階の図書室の扉を開けると、本独特の匂いが漂い、図書室特有の静寂が広がっている。 立ち並ぶ本棚の道を進み、リュシアンは迷わず、一階の図書室へ続く階段を降りて行った。
一階の読書スペースに辿り着くと、リュシアンは小さく喉を鳴らして瞳を大きく開いた。
リュシアンの視界に窓際のソファで眠るエディの姿が飛び込んで来た。 初めて見たエディの無防備な寝姿に、リュシアンはほんのりと頬を染めて口に手を当てた。
後ろで何か叫んでいるロジェの声は聞き取れない。 『あぁぁぁ、ものすごく怒られるっ~』と頭を抱えて項垂れている事は分かった。
「ロジェ、頭を抱えていないで、毛布を持って来て。 春先でも、何も掛けずに眠るにはまだ寒いだろう」
「えっ、でも……空調魔法で室温は一定に保たれてますから、大丈夫ですよ?」
「ロジェ……」
ロジェが首を傾げた瞬間、何か寝言を言いながらエディが身動ぎした。 エディの白いワンピースの裾が少し捲れ、足首と脹脛が露わになった。
「ね? 分かったかな?」
「は、はいっ! 今すぐお持ちしますっ!」
ロジェは真っ赤になり、『回れ右』と騎士団の様に機敏な動きを見せて、二階にあるエディの部屋へと慌てて走って行った。 ピンと立てた狐耳と尻尾がとても可愛らしく揺れている。
「私は紅茶の準備を致しましたら、二階の図書室で待機しております」
「うん、ありがとう」
直ぐにロジェが戻って来て毛布を受け取ったリュシアンは、そっとエディに毛布を掛ける。 自身はエディの隣に座り、躊躇いなく投げ出されている白くて細い手を握った。
「ふふっ、いいね。 可愛い婚約者の無防備な寝顔を眺められるなんて。 私は幸せ過ぎてどうにかなりそうだよ」
「……エディット様は確実にお怒りになると思いますけど。 眠っている令嬢には、あまりお触れになりませんよう、ご自重なさって下さい。 では、何かあればお呼び下さい」
「ああ、分かっているよ。 エディに嫌われたくないしね。 ロジェもアンリと一緒に上へ行っておいで」
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けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。
セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。
「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。
――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。
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