『私に嫌われて見せてよ』~もしかして私、悪役令嬢?! ~

伊織愁

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4話

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 図書室に柔らかな日が差し、本棚に並ぶ本の背表紙が光る。 金色の文字が日に反射していて眩しく光っている。 窓際のソファーに座っているエディの透き通る様な金髪にも日が差して煌めいていた。

 エディの頬に日差しが差して、徐々に脳が覚醒していく。 長い時間、ソファーで眠ってしまったのか、身体が固まって節々に痛みが生じる。 顔を少しだけ歪めた瞬間、異変を感じた。

 身動ぎしたのだが、手だけが動かせなかったのだ。 不思議に思い、手を持ち上げると、長くて綺麗な指がエディの指に絡まっていた。 寝ぼけた脳で考えている為、何故、手が握られているのか分からなかった。 しかも、恋人繋ぎである。

 「おはよう、エディ。 よく眠っていたね」

 直ぐそばで聞き覚えのあるお腹に響く甘い声が聞こえた。 エディの身体が大きく反応し、脳裏に声の主の顔が思い出される。 恐る恐る声のした方へ視線をやる。

 エディの視界に恐れていた人の姿が優しい笑みを浮かべて、エディを見つめていた。

 「で、殿下っ! ど、〇△◇※っ……」

 『どうしてここに居られるのですかっ!』という、エディの叫びは驚きすぎて言葉になっていなかった。

 エディの思惑通りにお茶会はサボったが、ロジェがエディの体調が悪いと連絡した事を知らないので、パニックになっていた。 王太子が訪れているというのに、出迎えもせず、図書室で眠りこけるという失態を犯してしまった。

 「君が体調を崩したと、ロジェから聞いてね。 心配だからお見舞に来たんだ。 でも、図書室で読書に没頭できるなら、大した事がない様で安心したよ」
 「……っ!!」

 背景にいつもの青薔薇が視える微笑みを浮かべ、リュシアンからは輝くエフェクトが放たれていた。

 若干、瞳の奥が笑っていない様な気がする事は、全力で無視した。 強く握りしめられた手に気づき、エディは気づいた。 リュシアンはいつから居たのか。

 (殿下がここに居るって事は……寝顔を見られたっ!!)

 エディの頬が瞬時に羞恥心で発熱した。 いつもそばにいるロジェやアンリが居ない。 周囲を見渡してみても耳と尻尾もチラリとも見えなかった。 きつい目を更に鋭く眇めて天井を見上げた。

 「コーンっ!!!」
 「コーン?」

 二階の図書室で『ぴぎゃっ』というロジェの叫び声が降りて来た。

 「ああ、『コーン』ってロジェの事か。 エディはロジェをコーンって呼んでいるんだね」
 
 何が可笑しいのか、リュシアンはご機嫌な様子で笑っている。 リュシアンの指摘に言葉を詰まらせたエディは、指が絡まっている手を離そうとした。 しかし、がっちりと握られている為、中々、解けなかった。

 「……殿下、手を離して下さい」
 「リュシアン」
 「えっ?」
 「私の事は殿下ではなくて、リュシアンって呼んでくれと、言っているだろう」
 「でも、殿下を名前で呼ぶなど、不敬です」
 「命令だよ。 私の事はリュシアンと呼ぶんだ」

 笑みを浮かべているが、声は低くて危険な気配を孕んでいた。 エディの身体が小さく震え、有無を言わさないリュシアンに初めて恐怖を感じた。 ただの優しい王子なだけではない。

 指を絡ませた手をリュシアンの口元へ持って行かれ、柔らかい感触が指から伝わって来る。

 小さく喉を鳴らしたエディは、熱を孕んだリュシアンの瞳を見つめた。 リュシアンの瞳は『さぁ、呼べ』と語っていた。 指から唇を離さないリュシアンの真剣な眼差しがエディの胸を差した。

 「り、」

 『リュシアン様』と頭の中で浮かんだが、リュシアンは様付けを嫌がるのだろうと、何故か理解した。 サージェントと使用人以外の人を呼び捨てにする事には慣れないが、エディは覚悟を決めて口を開いた。

 「……っリュシアンっ」
 「ん、エディ」

 嬉しそうに頬を染めて破顔するリュシアンに見つめられ、甘い声で自身の名前を呼ばれたエディはノックアウトされた。 『それは反則です』と、頭から湯気が立ち上るほど羞恥心を煽られた。

 リュシアンにノックアウトされたエディは、すっかり寝顔を見られていた事を忘れてしまい、ロジェにも説教する事を忘れてしまった。 リュシアンの破顔は全てを忘却する威力があった。

 後に、エディから叱られずに済み、ホッと胸を撫で下ろしたロジェだった。

 ◇

 リュシアンが住む王宮は、王太子の宮だ。 将来はリュシアンと結婚した王太子妃も暮らす宮でもある。 国王陛下や王妃が暮らす宮を通り抜けた奥に王太子の宮がある。

 廊下の中央には赤絨毯が敷かれ、ヒールの足音を消してくれる。 いつもの恒例のお茶会は、国王陛下の宮の中庭で行われるが、本日はお茶会の日ではない。 では、何をしに王宮を訪れたのか。

 「お嬢様っ、王太子の宮になんて行っていいのですかっ? 殿下に許可は取ってますかっ?」
 「そんなの取ってるわけないでしょ」
 「えぇぇぇえっっ!!! 無許可ですかっ!」

 『不敬罪で捕まるっ!』と呟いているロジェを尻目に、エディは迷いなく赤絨毯が敷かれた廊下を突き進む。 流石に王族が住まう王宮、壁に刻まれている精緻な彫刻や、高級そうな花瓶に絵画などが飾られている。 装飾品を眺めながら、エディは進んだ。 王太子の宮へ続く廊下は歩いた事がない。

 というか、王太子の宮へ訪れた事がない。 婚約者と言ってもエディはまだお客様扱いだが、王宮内に出入りする事は許されている。

 「凄いっ、この絵画は世界でも有名な画家よ。 この花瓶も素敵だわ」
 「お嬢様っ、先に先ぶれを出してからの方がよろしいのでは?」
 「駄目よ。 今日の目的は殿下に会う事じゃないんだから」
 「えっ? では、何のために来られたんですか?」

 『ふふっ』と悪戯っ子の様な表情を浮かべたエディは、王太子の宮へ続く渡り廊下に着いた時、更に足音を忍ばせて歩いていく。 ロジェは嫌な予感が過ぎり、足を止めた。

 「お嬢様っ」
 「いいから来なさいっ!」

 ロジェの狐耳と尻尾が不安そうに揺れている。 涙目になっているロジェの腕を引き、今から行う自身の悪事に引っ張り込む。 渡り廊下には木製の両扉が取り付けられ、近衛騎士が二人、いつもなら立っている。 しかし、今日は誰も立っていなかった。

 不用心だと首を傾げたが、エディは気にせず扉を開けて、渡り廊下を進んだ。 扉が小さい音を鳴らして閉じられる。 エディとロジェは気づかない。 扉が閉まった後、エディが入って行った事もなかった様に、近衛騎士が二人、いつもの様に警備に着いた事を。

 赤絨毯が敷かれている為、ヒールの足音が廊下で響かず、エディが王太子の宮を歩いている事など、誰も気づいていない。 というか、人の気配がしないのだ。

 「もしかして、誰も居ないの?」
 「お嬢様っ、帰りましょうっ。 こんな所で見つかったら叱られますよっ」

 エディはロジェの忠告も聞かず、真っ直ぐに伸びる廊下を歩き続ける。 一つの扉を通り過ぎ、右側に中庭へ続く廊下が現れる。 しかし、エディは右には曲がらず、真っ直ぐに進んだ。

 そして、突き当りを右に進み、また、幾つかの扉が現れるが無視して突き進む。 エディは何処へ行くのか決めている様で、迷いなく足を進めている。

 「お嬢様? 何処へ行かれるのですか?」
 「ん? 前に殿下がお茶会で言っていたのよ。 殿下の宮には私物を収めている宝物庫があるのですって」
 「えっ……宝物庫ですかっ?」

 力強く頷くエディ。 暫し固まるロジェ。 何かを察したロジェの顔がサッと青ざめる。

 「まさかと思いますが……王太子殿下の宝物庫へ忍び込むんですか?」
 「うん、そうよ。 それでね、殿下の一番、大事な物を拝借するのよ。 殿下の慌てふためく様子を眺めるのよっ! この間、私の寝顔を見たお返しに嫌がらせをするのよっ」
 「それはもう、窃盗ですっ、犯罪ですっ、嫌がらせになってませんよっ……お嬢様っ~! それにあれは事故ですよっ……殿下もわざと見たんじゃないですよっ!」
 「でも、殿下は私を起こさずに、ずっと私の寝顔を眺めてたのよっ」

 嘆くロジェを放置してエディは迷いなく突き進む。 ご機嫌な様子で鼻歌を歌いながら進むエディの後ろ姿を眺めていたロジェから、不思議そうな声が零れた。

 「でも、お嬢様、宝物庫の場所を知っているのですか?」
 「知ってるわよ、前にお茶会で教えてもらったもの」
 「……それも殿下に教えてもらったのですか?」
 
 無言で頷くエディに、ロジェは大きく息を吐き出した。 ロジェの瞳は、『絶対にお嬢様、殿下に踊らされている』と物語っていたのだが、エディは全く気付いていなかった。

 再び突き当りに辿り着き、エディは壁からそっと顔を出して、廊下の先の様子を伺っている。 ロジェが背後で首を傾げている気配を感じて、補足する。

 「宝物庫の前と、殿下の執務室の間には近衛騎士が警備しているそうなの」
 「ああ、なるほど」
 「でも、誰も居ないわね」
 「えっ、誰も居ないのですか?」
 「うん、これなら簡単に宝物庫に入れそうね」
 「あ、お嬢様、待って下さいっ」

 ロジェが止めるのも聞かず、エディは突き当りの廊下を曲がった。 そして、右側にある堅牢な扉の前で立ち止まった。 中の様子を確かめる為、エディは扉に耳を引っ付けて宝物庫の中の音を聞いている。

 「何も聞こえないわね。 中には誰も居なさそうだわ」
 「お嬢様、止めましょうっ」

 何度も止めるロジェを無視して、エディは宝物庫の扉に手を掛けた。 取っ手を強く引くと、金属がぶつかる鈍い音を鳴らした。 鍵がかかっているのか、何度引いても扉は開かなかった。

 「……やっぱりそうよね。 そう簡単に宝物庫には入れないわよね」

 エディの諦めた様子にホットの胸を撫で下ろしたロジェから『なら、もう帰りましょう』と声がかがるが、エディは諦めなかった。 思考していたエディの視界に、突き当りにある扉が映し出された。

 「あれは……殿下の執務室?」
 「まさか、殿下の執務へ突撃するんですか? お仕事の邪魔になりますよっ」
 「……邪魔ね。 それいいわね、お仕事を邪魔されたら、嫌われるわよねっ?」

 嫌われる事に対して、瞳を輝かせたエディに呆れた様な眼差しでロジェから見つめられた。

 「わ、私の目標は婚約破棄なんだから、いいのよっ」

 王太子の執務室の前もいつもは近衛騎士が二人、警備に着いている。 しかし、近衛騎士は居なかった。 流石に近衛騎士が一人も居ない事に、おかしいと思い始めたが、王太子の宮へ来られるのは、めったにない事。 危険回避よりも、エディの好奇心が勝った。

 目の前の重厚そうな扉に拳を当てて、音を鳴らす。 心地の良い低くて響く音だった。

 一応、ノックをした。 もし、リュシアンが居たら、ノックも無しに入るのは不敬になる。 しかし、嫌われるのなら、礼儀知らずな令嬢だと思われるのも嫌われる要素だ。 気づいていないエディは再び数回、ノックをした。 暫く待ったが、返事はなかった。

 そっと木製の両扉を押し開ける。 後ろでロジェが騒いでいたが、無視した。

 リュシアンの執務室は思っていた通り、綺麗に片付いている。 几帳面なリュシアンは、何処に何があるのかはっきりと分けている。 部屋の手前に補佐官の事務机が二つ向かい合わせでおかれていて、リュシアンの執務机は奥の窓際を背にして置かれていた。

 窓以外の壁には本棚が幾つも置かれている。 本棚に近づき、並んでいる本を見ると、全て資料や難しい本が並んでいた。 一冊の魔術書を手に取り、開いたページを捲る。

 難しい解説の文字を追うが、一つも理解が出来なかった。

 (……内容が全く分からないわっ。 殿下、いつもこんな難しい本を読んでるのね)

 本を戻すと、執務机に近づく。 机の上には一本の万年筆がポツンと置かれていた。 万年筆は数年前にエディがリュシアンの誕生日にプレゼントした物だ。 リュシアンが公務を始めた頃だった。

 「……まだ、使ってくれてたんだ」
 「エディの初めてのプレゼントだしね。 もの凄く嬉しかったんだ」

 執務室の主の声が聞こえ、ハッとしたエディは顔を上げた。 開いたままの扉の前で佇むリュシアンの姿が視界に飛び込んで来る。 エディを見つめる瞳はとても優しい。

 「やっと私の部屋へ来てくれたね、エディ」

 誰も居ないと思っていたエディの口から、言葉にならない叫び声が飛び出した。
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