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6話
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大変な事になってしまったと、ロジェは小さく息を吐いた。 ロジェは今、主がお茶会へ招待され、お茶会に参加する主のエディに付き添っている。 自身が軽く言ってしまった事をエディが『いい作戦だ』と言い、本当に実行してしまっている。
(僕は、ちょっと殿下がやきもちを焼いて、やきもちを焼いた殿下の気持ちがお嬢様に伝わればいいと思っただけだったのにっ……。 お嬢様、本当に他に好きな人を作る気ですかっ?!)
ロジェの視界には、エディが楽しそうにガッドと話している姿を捉えていた。 しかし、よく見ると、エディの口元が引き攣っている。 爽やか青年であるが、少し距離の近いガッドに身体が引けている。 ただ、美男美女が寄り添って談笑している姿は、とても絵になっていた。
(お嬢様、そこまで無理しなくてもいいのにっ……どうにかしてガッド様をお嬢様から引き剥がさなければっ)
◇
話をしたいと言ったガッドに付き合った事をエディは後悔し始めていた。 ガッドの話は、ジュレ家が治める領地の話や、王家との繋がりの話で、エディは淑女の笑みを浮かべて聞いていた。
要するに自身の家の自慢話である。 貴族では良くある話だ。 相手にマウントを取るための自慢話。 ガッドは爽やか青年なだけに、少しだけがっかりしてしまった。
(見た目に反して……自慢話ばっかりとはっ。 もしかして、私って男運ないのかしら?)
お妃教育の一環としてジュレ家の領地も勉強した。 リュシアンと舞踏会へ出れば、遠縁であるジュレ家の人とも話す機会があるかもしれないからと。 自慢げにジュレ家の血筋を話すガッドを見上げる。 じっとガッドを見つめていれば、自然とエディの口から思った事が飛び出した。
「ガッド様は、ご両親と領地をとても愛してらっしゃるんですね。 とても素敵だと思います」
にっこりと微笑み見つめれば、ガッドの頬がほんのりと赤く染まった。 本当に思ったので言った事だったが、ガッドの胸には何かが直撃した様だ。 俯いて、饒舌だった言葉を詰まらせている。
エディの言葉が嬉しかったのか、顔を上げたガッドは少しだけ青年らしい笑みを浮かべた。
(……そんな顔も出来るのね)
楽しそうに談笑している二人の姿を見て、あらぬ誤解を生んだ様で、周囲は眉をひそめて内緒話をしている。 王太子の婚約者であるエディを周囲から厳しい眼差しが向けられていた。
チラチラと見て来る周囲の視線に気づいたロジェが、自身の軽率な言葉を後悔している事にも気づいていなかった。 そして、エディとガッドの会話がリュシアンの元へ報告されている事も。
◇
「そう、仲良さそうにエディとガッドが話をしていたの? いけない子だなエディは。 私から嫌われようと必死になって面白い事をしてくれるのはいいけれど。 他の男と仲良さそうにする事は許されないね」
主であるリュシアンが危険な色を深い緑の瞳に宿している事に気づいたアンリは、大きく息を吐き出している。 アンリの様子に気づいたリュシアンがアンリに視線を移す。
「なんだい? アンリ? 何か言いたい事があるのかい?」
「いえ、何もございません。 ただ、お手柔らかに、とだけ言っておきます」
「言いたい事はあるじゃないか。 まぁ、いいや。 ガッドが何を考えているのか丸わかりだしね」
「虹色の魔力を宿したエディット様を我が物としたいのでしょうね」
「そんな事はさせないけどね」
「どうされますか?」
「うん、少しだけ泳がせるかな? 仲良さそうって言っても、お茶会で会話しただけで捕まえるとか出来ないしね。 闇魔法の呪いを贈って来たのがガッドだという証拠もない」
「はい、私はもう少し、ジュレ家の動向を探ります」
「うん、そうして。 後、エディには少しだけお仕置きが必要かな」
「……」
何か言いたそうなアンリと、『何もしないよ』という笑顔を浮かべるリュシアンが暫し見つめ合う。
折れたのはアンリで臣下の礼をして、彼は執務室を出て行った。 執務机に置かれた水晶玉へ視線をやり、水晶に映し出された映像を見つめる。 水晶にはエディとガッドが仲良さそうに談笑している後ろ姿が映し出されている。
「ちょっとエディと距離が近いよね。 もっと紳士の振る舞いをしてほしいね、ガッド。 王太子に婚約者だよ」
独自の情報網を駆使して、今日、エディがリュシアン抜きでお茶会に単独で参加する事は知っていた。 水晶をそっと撫でると、映し出されていた映像が消える。
「エディは私のものだ。 誰にも渡さないよ」
リュシアンとエディが初めて会ったのは、お互いが五歳になる年だ。 父親を介して婚約者だと紹介されたが、リュシアンは最初、乗り気ではなかった。 五歳なので当たり前だが、結婚に興味がある年頃でもなく、友人と遊ぶ方が楽しかった頃だ。 特に大人に囲まれ、同じ年の貴族子息を紹介された年でもある。 リュシアンはエディとのお茶会よりも新しく出来た友達を優先させていた。
エディに興味を持った切っ掛けは、アンリに報告させていた婚約者の様子を聞いた事に、少しだけ興味を持った事からだ。
「えっ、エディット嬢も虹色の魔力を保持しているの?」
「はい、殿下と同じですね。 エディット様は殿下に次いで、第二位の王位継承権をお持ちです。 エディット様が王位就く場合は、色々な条件がありますけどね」
「えっ……あ、そうか。 虹色の魔力がないと創造主と契約が出来ないから……」
「はい、そうです。 ちゃんとお勉強していますね」
「そんなの常識の範囲でしょ。 ん? 彼女が王位に就く条件って何? それは知らないんだけど」
「はい、王家の血筋の者と婚姻する事です。 同じ年ごろでしたら、ジュレ家のガッド様でしょうか」
アンリの話す条件に然したる興味も示さず『ふ~ん』と返しただけだった。 まだ、将来、王位に就く事も考えていなかった時期だ。 暫くエディの報告書を読んでいたリュシアンが眉を顰めた。
「ねぇ、ここにエディは木登りをしているとか、庭で転がっているとか、何やらシーツの上で変な動きをしているって書かれているけれど……」
「はい、とても活発なご令嬢だそうで、外で遊ぶ事がお好きな様です。 シーツの上で変な動きをしているのは、ご令嬢が考え出した健康法だそうです」
エディがやっているのは前世でもやっていたヨガなのだが、リュシアンたちが知る由もないので、ただただ、周囲はエディが変な事をしていると受け取っていた。
「アンリ、今度は彼女の様子を水晶玉に記憶して来て。 実際の様子を見てみたい」
「……水晶玉と言わず、実際に会いに行かれればよろしいのにっ」
「ぼ、僕は婚約者とは思っていないからっ」
「そうですか」
アンリは微笑ましそうに笑っているが、リュシアンの言葉を信じていない。 今は同性の友人と遊ぶ事が面白い時期だ。 まだ、婚約者の事は二の次だろう。 しかし、リュシアンが自身の婚約者に興味を持った事に嬉しそうに己の主を眺めていた。
エディに興味を持った事を機に、リュシアンの元には頼んでもいないのに、エディの生まれてから記憶していた水晶玉が届けられた。 勿論、現在の元気いっぱいのエディの姿も。
リュシアンが特に気に入っていたのは、くるくると良く表情が変わる所と、何処の国の言葉か分からない歌だ。 とても綺麗なメロディーに、歌声。 楽しそうに歌う姿は、本当に歌が好きなのだろう。
エディが歌う姿はリュシアンの胸を貫いた。 リュシアンが恋をした瞬間だった。
二人が10歳頃、初めてのお茶会が行われた。 今まではリュシアンが恥ずかしがっていた事と、エディの自由奔放な性格もあって、双方の親がまだ会わせられないと意見が合致した事にある。
エディが何か粗相をしないか、不敬罪で処罰されないかと、ドゥクレ家の面々は戦々恐々していた。
王家が住まう宮の中庭のガゼボでリュシアンとエディは再開した。 リュシアンはお茶会が始まるまで、とても胸を高鳴らせていた。 水晶玉での屈託のない笑顔を自身にも向けてくれるだろうかと。
「お久しぶりです、リュシアン殿下。 ドゥクレ家の長女、エディットでございます。 殿下に置かれましてはご機嫌麗しく、ご健勝の事と、大変喜ばしく、ご尊顔を拝謁でき光栄の極みでございます」
リュシアンの前に現れたエディは、水晶玉の中の喜怒哀楽が激しく、天使爛漫なエディではなかった。 淑女教育を施されたエディは10歳ながらも、立派な淑女だった。
エディを信じられない気持ちで眺めていたリュシアンは言葉が出なかった。 何も言葉を発しないリュシアンを訝ったエディが淑女らしく首を傾げる。
「あの、殿下? どうされました? わたくし、何か失礼を致しましたか?」
エディの言葉にハッとして顔を上げたリュシアンは、自身も王族として挨拶をした。 リュシアンの凛とした姿にエディが頬を染めていた事は、リュシアンは気づかなかった。
そして、心に決めた事がある。 エディは努力して淑女の振る舞いを身に着けたのだ。 対外的には良い事だ。 キツイ見た目だから、冷たい印象は受けるが、元の天真爛漫なエディを知っているリュシアンには気にならない。 だから、何としてもリュシアンと二人の時には素を出して欲しい。
(いや、何としても実際に目にしたい。 彼女が素を出すところをっ)
王子スマイルを向けると、エディの頬が朱に染まった。
「私は婚約者だし、いいと思うのだが、君の事をエディと呼んでもいいだろうか?」
「ええ、勿論ですわ、殿下」
柔らかく微笑んだエディの笑みは、淑女の笑みだった。 リュシアンは、エディの淑女の笑みを崩す為の策略をするのだった。
◇
お茶会も終盤を迎え、もう直ぐお開きの様だ。 本日はガッドと少し話しただけで、令嬢たちとは話をしなかった。 実はエディには友人と呼べる者がいない。 淑女の外面を被っているエディは、冷たい印象が目立ち、近寄りがたいのか、敬遠されている。
ガッドと離れ、次に誰と話そうかと周囲を見回すと、不自然に視線を外される。 大人しい令嬢たちなど、エディと視線が合うと怯えた様に視線を逸らされた。
(怖がられるとか……悪役令嬢にありがちよねっ。 学園での断罪を回避する為に、取り巻きは作らな方がいいし……。 でも、一人も友人が居ないのも悲しい)
取り巻きを回避したとしても、エディに責任を擦り付ける輩は絶対に現れる。 ライトノベルで沢山、読んで来た。 では、完璧な回避をする為にはどうするか。
(冤罪を掛けられる時に、味方になってくれる友人を作る事よね)
力強く頷き、エディは次のお茶会に期待するのだった。
車輪が石畳みを蹴り、座席を小さく揺らす。 身体が小さく揺れると共に、震えるロジェの声が馬車の中に小さく落ちた。
「お嬢様っ……」
「どうしたの、コーン?」
屋敷までの帰り道、馬車の中で向かいに座ったロジェは暗い顔をしていた。 何かを思いつめた表情を浮かべている。
「申し訳ありませんでしたっ」
「何で謝っているの? 全然、意味が分からないんだけどっ」
ロジェが謝っている意味が分からず、エディの頭の上にははてなマークが沢山、飛んでいる。
「僕が他に好きな人を作ればいいなんて言ったから……お嬢様がっ……」
「えっ、何?!」
「婚約者がいながら、浮気するふしだらな女性になってしまいましたっ!!」
いきなり泣き出したロジェは、エディにあらぬ事を言い出した。 慌てて、エディは弁解をした。
「なっ、浮気なんてしていないでしょう? ふしだらって何よっ! 私はいかがわしい事なんてしてないわよっ。 誤解される事を大きな声で言わないのっ!」
「でも、僕が言った事で、殿下より好きな人を作るってっ!」
「……っ」
実際に作ろうと思ってお茶会に参加したが、周囲のエディの反応で、無理じゃないかと思っていた。
「それがねぇ、私に近づいて来る人たちって、自身の利益になる事しか考えてないし。 真面な人は、私を怖がって近づいて来ないから……相手を絞れないのよっ」
「えっ、じゃ」
「好きな人作戦も相手が見つから無さそうだから、中止せざる負えないわ。 次のお茶会は、純粋に友人を作る為に参加するから、安心して」
エディの言葉を聞いたロジェはホッと胸を撫で下ろした。
「良かったです、僕の馬鹿な一言で、お嬢様が淫乱にならなくてっ!!」
「ちょっとっ!! 話を飛躍しすぎっ! 何もしてないのに淫乱呼ばわりしないでっ!」
「ごめんなさいっ」
馬車の中でロジェの『コ~ン』という鳴き声が轟いた。 しかし、次のお茶会でエディの今後を左右する人物と出会う。 ずっと悪役令嬢の最悪な未来を思い出すことに注視していて、すっかり頭の中から消えていた人物だ。
(僕は、ちょっと殿下がやきもちを焼いて、やきもちを焼いた殿下の気持ちがお嬢様に伝わればいいと思っただけだったのにっ……。 お嬢様、本当に他に好きな人を作る気ですかっ?!)
ロジェの視界には、エディが楽しそうにガッドと話している姿を捉えていた。 しかし、よく見ると、エディの口元が引き攣っている。 爽やか青年であるが、少し距離の近いガッドに身体が引けている。 ただ、美男美女が寄り添って談笑している姿は、とても絵になっていた。
(お嬢様、そこまで無理しなくてもいいのにっ……どうにかしてガッド様をお嬢様から引き剥がさなければっ)
◇
話をしたいと言ったガッドに付き合った事をエディは後悔し始めていた。 ガッドの話は、ジュレ家が治める領地の話や、王家との繋がりの話で、エディは淑女の笑みを浮かべて聞いていた。
要するに自身の家の自慢話である。 貴族では良くある話だ。 相手にマウントを取るための自慢話。 ガッドは爽やか青年なだけに、少しだけがっかりしてしまった。
(見た目に反して……自慢話ばっかりとはっ。 もしかして、私って男運ないのかしら?)
お妃教育の一環としてジュレ家の領地も勉強した。 リュシアンと舞踏会へ出れば、遠縁であるジュレ家の人とも話す機会があるかもしれないからと。 自慢げにジュレ家の血筋を話すガッドを見上げる。 じっとガッドを見つめていれば、自然とエディの口から思った事が飛び出した。
「ガッド様は、ご両親と領地をとても愛してらっしゃるんですね。 とても素敵だと思います」
にっこりと微笑み見つめれば、ガッドの頬がほんのりと赤く染まった。 本当に思ったので言った事だったが、ガッドの胸には何かが直撃した様だ。 俯いて、饒舌だった言葉を詰まらせている。
エディの言葉が嬉しかったのか、顔を上げたガッドは少しだけ青年らしい笑みを浮かべた。
(……そんな顔も出来るのね)
楽しそうに談笑している二人の姿を見て、あらぬ誤解を生んだ様で、周囲は眉をひそめて内緒話をしている。 王太子の婚約者であるエディを周囲から厳しい眼差しが向けられていた。
チラチラと見て来る周囲の視線に気づいたロジェが、自身の軽率な言葉を後悔している事にも気づいていなかった。 そして、エディとガッドの会話がリュシアンの元へ報告されている事も。
◇
「そう、仲良さそうにエディとガッドが話をしていたの? いけない子だなエディは。 私から嫌われようと必死になって面白い事をしてくれるのはいいけれど。 他の男と仲良さそうにする事は許されないね」
主であるリュシアンが危険な色を深い緑の瞳に宿している事に気づいたアンリは、大きく息を吐き出している。 アンリの様子に気づいたリュシアンがアンリに視線を移す。
「なんだい? アンリ? 何か言いたい事があるのかい?」
「いえ、何もございません。 ただ、お手柔らかに、とだけ言っておきます」
「言いたい事はあるじゃないか。 まぁ、いいや。 ガッドが何を考えているのか丸わかりだしね」
「虹色の魔力を宿したエディット様を我が物としたいのでしょうね」
「そんな事はさせないけどね」
「どうされますか?」
「うん、少しだけ泳がせるかな? 仲良さそうって言っても、お茶会で会話しただけで捕まえるとか出来ないしね。 闇魔法の呪いを贈って来たのがガッドだという証拠もない」
「はい、私はもう少し、ジュレ家の動向を探ります」
「うん、そうして。 後、エディには少しだけお仕置きが必要かな」
「……」
何か言いたそうなアンリと、『何もしないよ』という笑顔を浮かべるリュシアンが暫し見つめ合う。
折れたのはアンリで臣下の礼をして、彼は執務室を出て行った。 執務机に置かれた水晶玉へ視線をやり、水晶に映し出された映像を見つめる。 水晶にはエディとガッドが仲良さそうに談笑している後ろ姿が映し出されている。
「ちょっとエディと距離が近いよね。 もっと紳士の振る舞いをしてほしいね、ガッド。 王太子に婚約者だよ」
独自の情報網を駆使して、今日、エディがリュシアン抜きでお茶会に単独で参加する事は知っていた。 水晶をそっと撫でると、映し出されていた映像が消える。
「エディは私のものだ。 誰にも渡さないよ」
リュシアンとエディが初めて会ったのは、お互いが五歳になる年だ。 父親を介して婚約者だと紹介されたが、リュシアンは最初、乗り気ではなかった。 五歳なので当たり前だが、結婚に興味がある年頃でもなく、友人と遊ぶ方が楽しかった頃だ。 特に大人に囲まれ、同じ年の貴族子息を紹介された年でもある。 リュシアンはエディとのお茶会よりも新しく出来た友達を優先させていた。
エディに興味を持った切っ掛けは、アンリに報告させていた婚約者の様子を聞いた事に、少しだけ興味を持った事からだ。
「えっ、エディット嬢も虹色の魔力を保持しているの?」
「はい、殿下と同じですね。 エディット様は殿下に次いで、第二位の王位継承権をお持ちです。 エディット様が王位就く場合は、色々な条件がありますけどね」
「えっ……あ、そうか。 虹色の魔力がないと創造主と契約が出来ないから……」
「はい、そうです。 ちゃんとお勉強していますね」
「そんなの常識の範囲でしょ。 ん? 彼女が王位に就く条件って何? それは知らないんだけど」
「はい、王家の血筋の者と婚姻する事です。 同じ年ごろでしたら、ジュレ家のガッド様でしょうか」
アンリの話す条件に然したる興味も示さず『ふ~ん』と返しただけだった。 まだ、将来、王位に就く事も考えていなかった時期だ。 暫くエディの報告書を読んでいたリュシアンが眉を顰めた。
「ねぇ、ここにエディは木登りをしているとか、庭で転がっているとか、何やらシーツの上で変な動きをしているって書かれているけれど……」
「はい、とても活発なご令嬢だそうで、外で遊ぶ事がお好きな様です。 シーツの上で変な動きをしているのは、ご令嬢が考え出した健康法だそうです」
エディがやっているのは前世でもやっていたヨガなのだが、リュシアンたちが知る由もないので、ただただ、周囲はエディが変な事をしていると受け取っていた。
「アンリ、今度は彼女の様子を水晶玉に記憶して来て。 実際の様子を見てみたい」
「……水晶玉と言わず、実際に会いに行かれればよろしいのにっ」
「ぼ、僕は婚約者とは思っていないからっ」
「そうですか」
アンリは微笑ましそうに笑っているが、リュシアンの言葉を信じていない。 今は同性の友人と遊ぶ事が面白い時期だ。 まだ、婚約者の事は二の次だろう。 しかし、リュシアンが自身の婚約者に興味を持った事に嬉しそうに己の主を眺めていた。
エディに興味を持った事を機に、リュシアンの元には頼んでもいないのに、エディの生まれてから記憶していた水晶玉が届けられた。 勿論、現在の元気いっぱいのエディの姿も。
リュシアンが特に気に入っていたのは、くるくると良く表情が変わる所と、何処の国の言葉か分からない歌だ。 とても綺麗なメロディーに、歌声。 楽しそうに歌う姿は、本当に歌が好きなのだろう。
エディが歌う姿はリュシアンの胸を貫いた。 リュシアンが恋をした瞬間だった。
二人が10歳頃、初めてのお茶会が行われた。 今まではリュシアンが恥ずかしがっていた事と、エディの自由奔放な性格もあって、双方の親がまだ会わせられないと意見が合致した事にある。
エディが何か粗相をしないか、不敬罪で処罰されないかと、ドゥクレ家の面々は戦々恐々していた。
王家が住まう宮の中庭のガゼボでリュシアンとエディは再開した。 リュシアンはお茶会が始まるまで、とても胸を高鳴らせていた。 水晶玉での屈託のない笑顔を自身にも向けてくれるだろうかと。
「お久しぶりです、リュシアン殿下。 ドゥクレ家の長女、エディットでございます。 殿下に置かれましてはご機嫌麗しく、ご健勝の事と、大変喜ばしく、ご尊顔を拝謁でき光栄の極みでございます」
リュシアンの前に現れたエディは、水晶玉の中の喜怒哀楽が激しく、天使爛漫なエディではなかった。 淑女教育を施されたエディは10歳ながらも、立派な淑女だった。
エディを信じられない気持ちで眺めていたリュシアンは言葉が出なかった。 何も言葉を発しないリュシアンを訝ったエディが淑女らしく首を傾げる。
「あの、殿下? どうされました? わたくし、何か失礼を致しましたか?」
エディの言葉にハッとして顔を上げたリュシアンは、自身も王族として挨拶をした。 リュシアンの凛とした姿にエディが頬を染めていた事は、リュシアンは気づかなかった。
そして、心に決めた事がある。 エディは努力して淑女の振る舞いを身に着けたのだ。 対外的には良い事だ。 キツイ見た目だから、冷たい印象は受けるが、元の天真爛漫なエディを知っているリュシアンには気にならない。 だから、何としてもリュシアンと二人の時には素を出して欲しい。
(いや、何としても実際に目にしたい。 彼女が素を出すところをっ)
王子スマイルを向けると、エディの頬が朱に染まった。
「私は婚約者だし、いいと思うのだが、君の事をエディと呼んでもいいだろうか?」
「ええ、勿論ですわ、殿下」
柔らかく微笑んだエディの笑みは、淑女の笑みだった。 リュシアンは、エディの淑女の笑みを崩す為の策略をするのだった。
◇
お茶会も終盤を迎え、もう直ぐお開きの様だ。 本日はガッドと少し話しただけで、令嬢たちとは話をしなかった。 実はエディには友人と呼べる者がいない。 淑女の外面を被っているエディは、冷たい印象が目立ち、近寄りがたいのか、敬遠されている。
ガッドと離れ、次に誰と話そうかと周囲を見回すと、不自然に視線を外される。 大人しい令嬢たちなど、エディと視線が合うと怯えた様に視線を逸らされた。
(怖がられるとか……悪役令嬢にありがちよねっ。 学園での断罪を回避する為に、取り巻きは作らな方がいいし……。 でも、一人も友人が居ないのも悲しい)
取り巻きを回避したとしても、エディに責任を擦り付ける輩は絶対に現れる。 ライトノベルで沢山、読んで来た。 では、完璧な回避をする為にはどうするか。
(冤罪を掛けられる時に、味方になってくれる友人を作る事よね)
力強く頷き、エディは次のお茶会に期待するのだった。
車輪が石畳みを蹴り、座席を小さく揺らす。 身体が小さく揺れると共に、震えるロジェの声が馬車の中に小さく落ちた。
「お嬢様っ……」
「どうしたの、コーン?」
屋敷までの帰り道、馬車の中で向かいに座ったロジェは暗い顔をしていた。 何かを思いつめた表情を浮かべている。
「申し訳ありませんでしたっ」
「何で謝っているの? 全然、意味が分からないんだけどっ」
ロジェが謝っている意味が分からず、エディの頭の上にははてなマークが沢山、飛んでいる。
「僕が他に好きな人を作ればいいなんて言ったから……お嬢様がっ……」
「えっ、何?!」
「婚約者がいながら、浮気するふしだらな女性になってしまいましたっ!!」
いきなり泣き出したロジェは、エディにあらぬ事を言い出した。 慌てて、エディは弁解をした。
「なっ、浮気なんてしていないでしょう? ふしだらって何よっ! 私はいかがわしい事なんてしてないわよっ。 誤解される事を大きな声で言わないのっ!」
「でも、僕が言った事で、殿下より好きな人を作るってっ!」
「……っ」
実際に作ろうと思ってお茶会に参加したが、周囲のエディの反応で、無理じゃないかと思っていた。
「それがねぇ、私に近づいて来る人たちって、自身の利益になる事しか考えてないし。 真面な人は、私を怖がって近づいて来ないから……相手を絞れないのよっ」
「えっ、じゃ」
「好きな人作戦も相手が見つから無さそうだから、中止せざる負えないわ。 次のお茶会は、純粋に友人を作る為に参加するから、安心して」
エディの言葉を聞いたロジェはホッと胸を撫で下ろした。
「良かったです、僕の馬鹿な一言で、お嬢様が淫乱にならなくてっ!!」
「ちょっとっ!! 話を飛躍しすぎっ! 何もしてないのに淫乱呼ばわりしないでっ!」
「ごめんなさいっ」
馬車の中でロジェの『コ~ン』という鳴き声が轟いた。 しかし、次のお茶会でエディの今後を左右する人物と出会う。 ずっと悪役令嬢の最悪な未来を思い出すことに注視していて、すっかり頭の中から消えていた人物だ。
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