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23話

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 芸術祭は滞りなく終わり、ダンスパーティーが講堂で行われた。 執行委員と生徒会のメンバーは、講堂に並べた椅子を片付け、校舎の空き教室の展示ブースの片付けがある。

 リュシアンは生徒会長と芸術祭の後のダンスパーティーの進行を話し合い、準備の指示をしていた。

 生徒会長の背後で慌てた様に駆け寄って来たアンリの姿が見える。 眉を顰めたリュシアンは、目線だけでアンリに止まるよう促した。

 「会長、少しだけ失礼します」
 「ああ」

 アンリに近寄り、理由を尋ねたが、少しだけ声が沈んでいた。

 「先程、教師から聞いたのですが、展示ブースで闇妖精が暴れたそうです。 しかも、闇妖精を収めたのはエディット様です。 我々も例の木箱の取引を掴んでいませんでした。 申し訳ありません、私の落ち度です」
 「エディは無事なのかっ?!」
 「はい、ご無事です。 エディット様は闇妖精と契約をされてますから、闇妖精の解呪の術を行い、何事もなかったようです」
 「そうか、良かった」

 リュシアンの青ざめた顔がエディの無事を知り、胸を撫で下ろす。 アンリの事だから、リュシアンが指示を出さなくとも、木箱をもう調べているだろう。

 「で、木箱はガッドの倉庫から出荷された物で間違いないか?」
 「はい、近く大きな取引がある事を掴んでいます。 わざと知られるように、流している所を見ると……」
 「私を嵌めようとしているのか?」
 「おそらく、前からあった殿下の『闇妖精を使っている』という噂を利用しようと考えている様です」
 「分かった。 闇妖精は全て何処かへ消えたのか?」
 「いえ、姿は見えませんが、校舎の何処かで残っているみたいです。 エディット様に助けられた事を恩義に感じて証人になると、名乗り出ていますので、出番までは遠くには行っておりません」

 暫し考えたリュシアンは、口元に笑みを広げた。

 「なら、そろそろ挑発でもしようか」

 何かを企み、いやらしい笑みを浮かべるリュシアンは、いつもの爽やかな笑みを浮かべる王子には、とても見えない。 アンリから無言の圧を感じたが、リュシアンは思いっきり無視をした。

 ◇

 執行委員の仕事を終えて家路に着くと、メイドから身体を磨き上げられ、リュシアンから贈られて来たドレスに身を包む。 エディのドレス姿を瞳に映すメイドたちの表情は、恍惚としていた。

 うっとりと絡みつく視線は止めて欲しいが、エディはメイドたちにお礼を言った。

 「ありがとう、皆。 いつも以上に素敵に仕上げてくれて、とても嬉しいわ」
 「「「「いいえ、お嬢様が美しすぎるのですっ!」」」」

 一人のメイドが自慢げにエディを称賛し、他のメイドたちも続く。
 
 「ふふっ、お嬢様が今日一で美しいですわっ! お嬢様より、美しい方など何処を探してもいませんわっ!」
 「寧ろ、居たらびっくりですわっ、連れて来いって感じですっ!」
 「本当に、お嬢様が一番ですわ! 連れてきたら、化粧を落として素顔を見てやりますわっ」
 「とても綺麗ですわ、お嬢様。 そんなご令嬢、連れてきたらドレスを脱がして、何処まで補正しているか見てやりますわっ!」
 「うん……ありがとう」

 メイドの語尾は気になるが、彼女たちの言葉を信じようと、エディは頬を引き攣らせながら、笑みを浮かべた。

 「お嬢様、本当に綺麗ですよっ! 自信を持って下さいっ」

 大袈裟に称賛してくるロジェに苦笑を漏らし、エディは玄関扉へ向かった。

 執事と執事見習いが玄関の扉を開ける。 玄関前には王家の馬車が停まっており、馬車の前には、煌びやかな正装をしたリュシアンの姿があった。

 「エディ、とても綺麗だよ。 もし君よりも綺麗な令嬢が居たなら、私はその令嬢を亡き者にするかもしれない」
 
 リュシアンが手を差し出しながら、物騒な事を口にする。 メイドたちが言っていた事が聞こえていたらしい。 『手を取りづらいだろう』とエディは溜息を吐いた。

 リュシアンの手を取りながらエディは口を開く。

 「リュシアンも素敵ですよ。 物騒な事はなさらないで、でも、お気持ちは分かりますわ。 わたくしもリュシアンよりも素敵な方がいらしたら、亡き者にするかもしれませんわ」

 と冗談と受け取って答えておく。 リュシアンは軽く笑みを浮かべ、エディを馬車までエスコートしてくれる。 乗り込むとすぐに、隣に座ったリュシアンが抱きしめて来た。

 「り、リュシアンっ?!」
 「良かった、無事で。 何ともないと分かっていても、顔を見るまでは凄く心配した」
 「心配をかけてごめんなさいっ、直ぐに報告をしようと思っていたのよ。 でも、もう、芸術祭も始まっていたし……。 皆に余計な不安を抱かせるのも、申し訳なくて……」
 「分かっているよ、エディ。 でも、心配はする」
 「はい、で、あの木箱の調べはついているのよねっ?!」
 「君って人はっ……今、とてもいい雰囲気だと思っいてたのにっ……口づけくらいしたいのだけど」

 リュシアンに顎を取られ、顔を少し上げられる。 エディは驚きの表情をして仰け反った。 背中を背もたれに押し付ける。

 「な、なんで……今の雰囲気でそんな事にっ?!」
 「うん、何でって……うん、いや、そうだね。 続きはまた今度って事で」

 にっこりと黒い笑みを浮かべるリュシアンから、次は止めないからねと、笑みの圧が凄かった。

 馬車は学園の門前でゆっくりと停まった。 エディを馬車から降ろし、リュシアンのエスコートで講堂へ向かう。 リュシアンの腕を取りながら、エディは思考する。

 「あの、僭越ながら申し上げてもよろしいですか?」

 周囲に学生が居るので、エディは堅苦し話し方で話した。 何処なく笑みを浮かべるリュシアンは少しだけ寂しそうに見える。 エディ自身も他人行儀な話し方に寂しさを覚えているからのか。

 (あれ? 前はこの話し方が普通だったのに? なんで、少しだけ寂しいのかしら?)

 中々、話し出さないエディにリュシアンは頭に疑問符を乗せている。 リュシアンの腕を少しだけ強く引き、手を添えて耳元で囁いた。

 「ブリエ嬢にハニートラップを仕掛けるなら、彼女をエスコートした方がいいじゃない?」

 少しだけ口調を崩す。 意図を察したリュシアンは、嬉しそうな笑みを広げ、同じようにエディの耳元に手を添えて囁いた。

 「彼女はプライドが高いだろう? 私の事を落とせると思っていたのに、蓋を開ければ私がそばに居ないと知ったら、暴走するはずだ。 直ぐにでも闇妖精を探して創造主に祈りを捧げて、願いを請う」
 「彼女の願いを知っているの?」
 「まぁ、大体は想像がつく。 でも、彼女の願いは届かないけどね。 エサは撒いて置いた。 でもね、虹色の魔力を保持していても、直ぐに願いが叶う訳ではないんだ。 願いを叶えるには条件が居るんだ」
 
 自信満々で宣うリュシアンに、エディは深い溜息を吐いた。

 「ブリエ嬢の願いが叶わないという自信は何処から来るんです?」
 「ふふっ、確かな裏付けがあるんだよ。 だからね、エディも彼女を挑発してほしい」
 「挑発ですか? でも、先に創造主へ祈りを捧げられるのは、不味いんじゃないかしら?」
 「大丈夫だよ。 私の目的は、最初から彼女を祭壇の前へ立たせることだからね」
 
 リュシアンの言っている事が分からず、エディは首を傾げた。

 「彼女は、創造主に祈りを捧げた事がないの? いくらなんでもそれはないと思うけれど……」
 「昔はあったかもしれないけど、調べたところによると、学園に入学してからは一度もないね」
 
 リュシアンの話に『そんな人も居るのか』、と少しだけ呆れてしまった。 ふとリュシアンが切なげな眼差しで見つめて来た。 エディの心臓が大きく跳ねた。

 「エディ、ダンスパーティーが終った後、私の宮へ来てほしい」

 リュシアンと身を寄せ合って話している姿は、講堂へ集まる生徒たちの目に留まる事となり、エディの知らぬ間に、生徒の間で二人は仲睦まじいと言う噂が芸術祭の後に広がった。

 講堂へ入ると、ダンスパーティーは既に生徒会長の音頭で始まっており、エディは突き刺さる様な令嬢たちからの視線と、見守る様な生暖かい生徒たちの視線を集める事になった。

 リュシアンは『皆の王子様』なのだ。 婚約者だとしても一人占めは許されないと、令嬢たちの醸し出すオーラがとても恐ろしい。 厳しい眼差しを送って来る令嬢の中に、ブリエ嬢も居た。

 「エディ、今日のドレス、本当に似合っているよ」

 リュシアンは王子の微笑みを浮かべ、エディに手を差し出してくる。 ファーストダンスのお誘いだ。 エディは淑女の笑みを浮かべ、差し出された手を取る。

 「リュシアン王太子殿下も、とても素敵ですわ」

 綺麗にお辞儀をしてエディにダンスを請う姿は、皆が求める王子様だ。 ダンスホールの中央へ移動してお互いにお辞儀をする。

 エディが優雅にターンを披露すると、リュシアンとのダンスが始まった。

 何曲も一緒にダンス曲を練習した。 幼い頃は手足も短く、力もなくてお互いを支えられなくて、よく床へ倒れ込んだ。 今は息ピッタリにタイミングを合わせられる。 リフティングも思うままだ。

 講堂の端で立っていたロジェから、リラが講堂に居ると知らせる合図が送られくる。

 ロジェの合図で意味深にリュシアンと見つめ合った。 お互いが想い合っている様な表情で踊る二人の姿を周囲で見ている生徒たちはうっとりと見つめていた。 多くの生徒たちの視線を独り占めし、すました顔をしているが、エディは内心では緊張で張り詰めている。

 何処かで木片が折れたような音を小さく鳴らした。

 リュシアンとエディの視界に、凄い形相で睨みつけて来るリラの姿が映った。 リラが持っている扇子が真っ二つに折れているのが見えた。 二人の脳内で『掛かった』と声が揃った。
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