脳内お花畑から帰還したダメ王子の不器用な愛し方

伊織愁

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6話

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 数日後の入学式は直ぐにやってきた。

 観劇デートには、ヴァレリアをまだ誘えていない。王太子からのミッションコンプリートは難しいように思う。

 だってさ、今更、どんな顔して誘えばいいんだ!今までの態度を思えば、断られるに決まっているだろう……。

 一緒に執務室で公務をしていると、ヴァレリアの優秀さがよく分かる。ファブリツィオの心に小さい嫉妬心が宿る。 

 しかし、同時に思い出していた。 

 ずっとヴァレリアに恋焦がれていた事。 

 勿論、ファブリツィオが勧誘したヴァレリオも優秀だった。ストラーネオ前侯爵が後世に残した唯一の功績だろう。

 ◇

 学園の講堂は、劇場のような作りになっている。校舎にある生徒会室へは寄らず、寮から真っ直ぐに講堂に向かった。

 男子寮の前の並木道を歩きながら、銀杏の葉が舞い散り、もうすぐ枯れ木になろだろ木を見上げる。暑かった夏が終わり、秋に向かう。空は少し青が薄い、寒くなっていく兆しだろう。

 武道場と馬場に挟まれた道を左に進めば図書館、隣に建つ校舎の裏が講堂だ。

 ファブリツィオは王族故に、講堂に辿り着くまでに何人もの生徒に声を掛けられる。また一人、ファブリツィオに声を掛けてくる。一人に挨拶すると、次々と我先にと人が集まって来る。

 ファブリツィオが一人でいる事は珍しい。皆は、他の生徒会のメンバーはどうしたのかと、不思議そう聞いてきた。

 俺が一人でいるのがおかしいのか……。

 別にあいつらと常時一緒にいた訳じゃ……いや、居たか。あ、ヴァレリアも一緒に行こうと誘えば良かった!観劇デートにもさらっと誘えたかも知れないのに!

 今、後悔しても後の祭りである。いつも何処か抜けているファブリツィオは、最近は後悔してばかりだ。

 思い返せば出て来る時、ピエトロが何か言いたげにしていたことを思い出す。

 ヴァレリアを誘って入学式へ行けということだよな。

 ファブリツィオからは深い溜め息しか出て来なかった。

 色々と思考している内に講堂への長い道のりは終わり、無事に辿り着いた。

 先ずは控え室に向かう。進行する教師から説明がある為、早めに出たのだ。

 確か去年、俺たちの入学式での新入生代表はヴァレリアだったな。もしかしたら今年の新入生代表は……。

 控え室の扉を開けると、ファブリツィオの予想通りヴァレリオがいた。

 控え室に入って来たのがファブリツィオだと気づくと、彼は臣下の礼をして頭を下げてきた。

 「ファブリツィオ殿下、おはようございます」
 「ああ、おはよう。学園では堅苦しい挨拶はいいからな。一々聞いていたら、移動に時間がかかってしょうがない」

 ファブリツィオの言葉にヴァレリオは小さく笑った。

 「殿下の仰せの通りに致します」


 深く頭を下げるヴァレリオにファブリツィオはむず痒そうに軽く手を振った。

 「丁寧な話し方もよせ。まぁ、戸籍は別になってしまっているけど。将来、俺はストラーネオ家に婿に入るんだ。血筋で言えば、ヴァレリオとは兄弟になるんだからな。いや、違うか。俺はお前の姪の婿になるのか」
 「……血筋的に言えば、そうなりますね」

 ヴァレリオが苦笑をこぼした時、控え室の扉が開いた。

 講堂は古く、控室の扉は軋んだ音を鳴らして開いた。そして、軋む音に負けず、男女の楽し気な会話が聞こえていたが、突然途切れた。

 開いた扉の向こうには、生徒会の面々が立っていた。ファブリツィオたちの会話が聞こえていたようで、真ん中にいたカーティアは悲しそうな表情をしていた。 

 カーティアを挟んで両端に立っていたアドルフォとサヴェリオは、怒りで顔を歪めている。

 「殿下……」

 瞳を潤ませて見上げてくるカーティアを見ても、ファブリツィオの心は全く動かされなかった。カーティアへの気持ちは、裏切りの映像を見てからすっかり無くなっていた。ときめくよりも、寧ろ嫌悪感が募っていた。カーティアに寄り添い、両端に立っている二人の友人にも嫌悪感しかない。

 「全員、揃ったな。もう、入学式が始まる。では、ホールに移動しよう」

 ファブリツィオが歩き出すと、肩を掴まれ、背中に怒鳴り声を浴びた。

 「殿下!その前にカーティアに先程の言葉を撤回しろ!」

 サヴェリオがファブリツィオの肩を掴んだ。瞬間、ファブリツィオの心に怒りが湧き上がってくる。幼い頃からの友人だとしても、今の行動は許されない。

 「おい、肩の手を退けろ。堅苦しいのは好きじゃないが、流石にここまでの態度は看過できないぞ」

 しかし、サヴェリオの心の中には、ファブリツィオを出し抜き、仕える主人の想い人であるカーティアを抱いたという優越感がある。 
 
 勿論、愛しい人を抱いたのだという想いも。サヴェリオの気持ちは透けて見えていた。

 ファブリツィオの言葉を聞いていなかったのか、アドルフォも参戦してくる。

 「そうです殿下。先に先程の話の説明をして下さい!殿下を慕っているカーティアが可哀想です」
 「二人ともやめて下さい。殿下とストラーネオ侯爵令嬢は婚約をされているのです。いずれ婚姻されることは分かっていたのですから」
 「「カーティア」」

 何処かの猿芝居を見せられている様な気分だった。カーティアが涙目で『誰とも結婚しないで』、と小さく呟く姿もあざとい演技だとしか思えない。

 先程の怒りが潮が引くようになくなってしまった。否、怒るのが馬鹿らしくなった。

 カーティアの肩を抱いているアドルフォも、言っている事と行動が伴っていない。

 俺は随分と友人だと思っていた二人に馬鹿にされていたんだな。

 拳を握りしめると、顔を上げたファブリツィオから王族のオーラが放たれた。

 空気が一変し、両者の間に張り詰めた空気が流れる。

 「学園が身分関係なく平等だとしても、王族に対して命令口調で話す事も、ましてや、乱暴に肩を掴むなど許されない!」

 サヴェリオとアドルフォ、カーティアの三人は、何が起きたのか分からない。

 「今後、お前たちには、節度ある態度で私に接する事を命じる。もし、また、私に気安い態度を取るならば、次は処分する。ヴァレリオ、行くぞ」
 「はい、殿下」

 ファブリツィオとヴァレリオは呆けている三人を残して控え室を出て行く。

 今までのファブリツィオからは、到底、考えられない態度に、アドルフォとサヴェリオは瞳と口を限界まで開けて唖然としていた。

 一方、カーティアは悔しそうに口元を歪めていた。今までは、瞳を潤ませて見上げれば、ファブリツィオは簡単にカーティアの言いなりになっていたからだ。

 「おい、お前たち。入学式をサボることは許されんぞ」

 彼らは殿下の厳しい眼差しに身体を震わせ、返事をした後、少し離れて大人しく着いて来た。

 入学式は滞りなく無事に終わり、生徒会長としてのファブリツィオの挨拶に令嬢たちはうっとりと眺めた。新入生代表の挨拶をしたヴァレリオにも、秋波は送られていて、カーティアも興味がありそうに見つめていた。アドルフォとサヴェリオの二人は終始、顔を青ざめさせていて、フラヴィオだけはにこやかに笑って女生徒に手を振っていた。

 ◇

 学園の生徒会室は、真上から見るとEIの形に見えるように校舎が建っている。

 Eの校舎の中央の建物、最上階の四階に生徒会室がある。中央の建物は三階が各委員長室。 

 二階は自習室で一階はカフェテリアだ。

 生徒会室では、副会長であるアドルフォとサヴェリオの抗議の声が響いていた。

 ファブリツィオの眉間に深い皺が寄っていく。

 「殿下、何故、皆の意見を聞かずに、殿下の判断だけで決められたのです!」
 「俺らの意見は必要ないという事か!」

 何を言ってるんだ、こいつらは!新入生代表をした生徒を生徒会入りさせるのは、当たり前だろう。毎年恒例のことなんだから!

 ファブリツィオから深い溜め息が吐き出された。

 「何を言っているんだ。毎年の慣例なんだ。新入生代表をした優秀な生徒を生徒会入りさせることは」

 「しかし、去年は無かったではないですか」アドルフォはまだ納得できないと言い張る。

 「去年は俺も居たし、ヴァレリアには、俺の公務の補佐をしてもらうことが決まっていたから、負担がかかるだろうと、生徒会入りは免除されたんだ。だから生徒会には、次点が入ることになったんだ。もう一つ言うと、サヴェリオ」

 ファブリツィオに名指しされ、サヴェリオは訝し気に返事を返してきた。 


 「何だ?」サヴェリオは何も気づいていないらしい。

 「お前えは生徒会メンバーではなく、実行委員だろう」
 「実行委員は生徒会の一部だろう!!」

 再び、ファブリツィオから溜め息が吐き出される。

 頭が痛いな!コイツらが何を主張しているか、少しだけ分かる。ヴァレリオは優秀で美男子だ。カーティアは上手く隠したみたいだが、ヴァレリオに興味を示したのが、チラッと見えたからな。ライバルを増やしたくないんだろうな。

 「兎に角、ヴァレリオが生徒会に入ることは決まっている。拒否は許されない。特に実行委員のサヴェリオには、人選に関して意見を言う権利はない。この話は終わりだ。分かったら仕事に戻ってくれ。そして、サヴェリオは実行委員室に戻って自分の仕事をしろ」

 ファブリツィオから正論をぶつけられ、何も言えなくなった二人は黙り込んだ。

 「フラヴィオ、お前はヴァレリオに教えてやれ。新入生歓迎会の準備は既にヴァレリオが終えてるから、来月の秋の園遊会の準備を進めてくれ」
 「えっ?そうなんだ、分かったよ。ジェンマ子爵子息、こっちへ来て説明するから」
 「はい、よろしくお願いします。ジラルデンゴ侯爵子息」
 「名前、言いづらいでしょ?僕のことは、フラヴィオって呼んでよ」
 「はい、ありがとうございます。では、私のこともヴァレリオと呼んで下さい」
 「うん、分かったよ」

 馴染めそうな二人の様子をアドルフォとサヴェリオは、憎々し気に見つめた後、二人して生徒会室を出て行った。出て行った二人の事を思い、ファブリツィオは溜め息を吐き出す。ファブリツィオの机に影が差し、カーティアの声が落ちてくる。

 「殿下、私もジェンマ子爵子息を教えましょうか?園遊会の準備でしたら、私も去年担当しましたし」
 
 頬を染めてカーティアが上目遣いで見つめ、眼差しには何かを訴える様な熱が籠っている。

 俺と出会った園遊会の時の事を言ってるのか?そうか、そう言えばそうだったな。 でも、今、思い出しても全くときめかない。やっぱり、当時の俺はどうかしてたんだな。

 「いや、いい。二人は仲良くやっている様だから、君は実行委員の方へ行って、歓迎会の打ち合わせをして来てくれ」

 一瞬、信じられないと顔を歪めたが、直ぐに笑みを浮かべ、淑女の礼をしてからカーティアも生徒会室を出て行った。

 ◇

 生徒会室を出されたカーティアは、ファブリツィオの指示通りには動かなかった。

 階段の踊り場で待っていたクローチェ家に仕えているメイド、本年度に入学して来た子爵家の令嬢、アリーチェに歓迎会の書類を渡す。彼女はカーティアの紹介で実行委員に所属する事が決まっている。

 「これ、貴方がやっておいて」
 「承知致しました、お嬢様」

 書類を受け取ったアリーチエの家は代々、クローチェ家に仕えているので、カーティアの命令は絶対だ。子爵家令嬢だが、領地を持っている訳ではなく、爵位だけの貴族だ。学園にもカーティアの世話の為に入学した。クローチェ家では、家格的に一人部屋は無理だったのだ。

 「後、調べてくれないかしら?殿下が急に冷たくなった理由、絶対に何かあるはずなの」
 「承知致しました、お嬢様」

 アリーチエが離れていき、先程のファブリツィオの様子を思い出す。彼の碧眼には恋の熱はなく、ただ、冷めた様な眼差しを向けられただけだった。

 どうして急に熱が冷めたの?夏休みだって、公務で忙しくても、会う時間を作ってくれたのに。何か失敗したかも知れない。 殿下が一番嫌う部分は隠してるし……。 もしかして、アドルフォとサヴェリオが殿下に何か言った?いえ、そんな事しないわね。彼らは殿下だけが知らない事に優越感を感じて、男として殿下より格上なんだと満足しているから、今のポジションは失いたくないはずだわ。殿下は知らないはず。

 「そうよ。他に何か失敗したんだわ。 まだ、挽回できるはず」

 意外にも前向きなカーティアだが、ファブリツィオに一番知られてはならない事がバレていることに、全く気づいていなかった。そして、アドルフォとサヴェリオのご機嫌を取る為、二人を探しに向かった。

 「やっぱり簡単には諦めませんか。また、何か企んでそうですね。少し殿下のお尻を叩きますか」

 誰もいない階段ホールにピエトロの呟きが小さく落ちた。ピエトロはファブリツィオが学園で勉学に励んでいる間、ファブリツィオにバレない様に護衛や怪しい人物を探ったりしている。

 カーティアや生徒会メンバーは最注意人物だった。


 ◇

 生徒会の仕事を終え、学園寮にある執務室にやってきた。次はファブリツィオ自身が管轄している領地の仕事を片付ける時間だ。近衛に声を掛け、執務室に入った。

 控え室に入ると、扉の向こうで楽しそうな話し声が聞こえてきた。食堂の時の既視感に、身体が小さく震えて中に入ることを躊躇した。

 いや、大丈夫だ。声が違うし、執務室の前には近衛もいるし、俺が許可していない奴は入れないはずだ。

 控え室に常駐している侍従が不安気な声を上げる。

 「殿下?」
 「いや、大丈夫だ」

 深く深呼吸したファブリツィオは、意を決してノブを回して中に入った。ファブリツィオの視界に飛び込んで来た光景は、ヴァレリアとピエトロの二人が楽しそうに話している姿だった。

 『モヤモヤ』

 なんか、物凄く面白くない。俺なんて、ヴァレリアが楽しそうに笑っている所なんて、何年も見ていない。

 碧眼を細めてピエトロを見つめる。

 ファブリツィオに気づいたヴァレリアとピエトロは、二人揃って笑顔を向けて来た。ヴァレリアは少し俯き加減で遠慮がちな笑顔。ピエトロは『ふふん』という得意気な笑みを浮かべている。

 物凄いムカつく!ピエトロが!!
余裕、ぶっ込んでんじゃねぇゾッ!!

 王子らしからぬ言葉使いで、ピエトロを心中で詰った。

 「殿下もお越しですし、私はお茶でも淹れて来ましょう」

 通り過ぎる時、ピエトロが小さく囁く。

 『二人っきりになるんですから、今度こそ、ちゃんと観劇デートに誘って下さい』

 「……っ」

 無理だろう!ずっと、俯いたままで全然、目が合わないし……取り敢えず、

 「……仕事するか」
 「はい」

 お互いの机に向かい、仕事を始めた二人を見たピエトロは、大きく肩を落とした。

 ピエトロの鋭い眼差しが背中に突き刺さっていた。
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