脳内お花畑から帰還したダメ王子の不器用な愛し方

伊織愁

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8話

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 カフェテリアへ入ると、大勢の生徒が新入生歓迎会の始まりを待ちかねていた。

 ファブリツィオはヴァレリアに近くで待ってもらい、マイクスタンドまで歩いて行った。

 「王立アルカンジェリ学園の皆、生徒会主催の新入生歓迎会に参加して頂き、ありがとうございます。新入生の皆、入学おめでとう。在校生の皆、学園へ無事に戻って来てくれて、何よりだ。本日は歓迎のパーティーだ。皆、楽しんでくれ」

 生徒たちの歓声の中、ファブリツィオはヴァレリアへ近づき、手を差し伸べる。

 「ヴァレリア嬢、私と踊ってくれますか?」
 「はい、謹んでお受けします」

 はにかみながら、ファブリツィオの手を取ったヴァレリア。生徒たちの大半は、殿下とカーティアが最初に踊るだろうと思っていた。しかし、二人が婚約している事を、今更ながら思い出したようだ。

 ホールの中央へ移動すると、楽団が演奏を始める。向かい合ってお辞儀をすると、二人は踊り出した。

 幼い頃から踊っている二人は息もピッタリだ。しかし、細い腰に回した手も、白魚の様な細い手を取っているファブリツィオの手は、極僅かに緊張で震えていた。

 子供の頃より、女性の身体に成長したヴァレリアの胸に、視線がいかないように努めた。不埒な考えなどないと言うように王子の笑みを貼り付ける。

 そう言えば、随分とヴァレリアとは踊っていなかった。子供の頃は、ただヴァレリアと踊れるのが楽しかったんだよな。

 直ぐ近くにヴァレリアの顔があり、カーティアより少し身長が高いことが分かる。

 今、観劇に誘えばいいんじゃないか? そうか、今なら誰にも邪魔されないし!

 ファブリツィオとヴァレリアが踊っている場所から少し離れた位置に、次にファブリツィオと踊りたい令嬢たちが集まっていた。中にカーティアの姿もあったが、彼女は前に出ない令嬢を演じている。

 しかし、自己主張はしっかりしている様で、次に前へ出られる様に位置をキープしている。侍女のアリーチェがカーティアの周囲をきっちりと守っているお陰も多分にある。

 ヴァレリアとのダンスが終わったら、絶対に囲まれてしまうな。どうやって逃げようか。

 ファブリツィオが意を決して、口を開いた時、ヴァレリアが悲し気に瞳を伏せた。

 少しだけカーティアがいる令嬢たちの方に視線をやったからか、ヴァレリアはファブリツィオは今もカーティアに想いを寄せていると、勘違いしている様だ。

 いや、カーティアだけを見た訳じゃないぞ!彼女も含め大勢の令嬢が待ち構えている中、どうやって逃げようか考えてただけたからな!

 心の中で言い訳していも意味がない。

 瞳を伏せたままのヴァレリアを見つめ、ファブリツィオは覚悟を決めた。曲が終わるや否や、ファブリツィオはヴァレリアの腰を引き寄せ、手を引いてホールの端へ大股で歩いて行った。

 「で、殿下?!」大きな瞳を見開く。

 「「「「「殿下!!」」」」」

 ヴァレリアも、待ち構えていた令嬢たちも、ファブリツィオがファーストダンスを終えて直ぐに何処かに行くとは思いもよらず、驚きの声を上げた。勿論、カーティアもだ。特に彼女は驚いただろう。

 カーティアをダンスに誘わなかった事は無かったからな。

 ファブリツィオは真っ直ぐにカフェテリアを出て、中庭へ向かった。中庭は幾つかベンチやテーブルがある。ファブリツィオは奥の方にあるベンチを選んでヴァレリアを座らせた。ちゃんとハンカチーフを敷くのを忘れない。

 「ヴァレリア、済まない、女性には着いてくるのはキツイ歩き方だっただろう」
 「……少し、大変でしたが、大丈夫です」

 息も絶え絶えになりながら返事を返す。

 ヴァレリアは大丈夫だと言ったが、随分と息が上がっていた。益々、ファブリツィオは申し訳無さで一杯になった。

 「す、済まない」

 漸く息が整ったヴァレリアは可笑しそうに笑い出した。ファブリツィオは突然ヴァレリアが笑い出したので、驚きで眉を上げた。

 「も、申し訳ありません。私、あんな風にダンス会場を逃げ出したことがなくて、皆さん、すごく驚いた顔をされていて、思い出したら可笑しくなってしまって……ふふっ」
 「俺も、初めてだ」

 いつもダンス待ちの列が途切れるまで、大分時間が掛かった。確かに何が起きたのか分からず、困惑した顔をしている同級生や先輩後輩たちは見たことがない。

 「そうだな」

 ファブリツィオも思い返すと、可笑しくなり、自然な笑みを浮かべていた。

 二人には、王子として王子の婚約者として果たす義務がある。舞踏会やお茶会の会場から、真面目な二人は逃げ出したことなどなかった。

 自然と笑い合えた今、ファブリツィオは気づく。ミッションをクリアするのは、今ではないかと。

 今、物凄くいい雰囲気だ。誘うなら、今だ。いや、待て!先に今までのことを謝らないと駄目なんじゃないか?

 しかも、ミッションだからって理由で誘われても、ヴァレリアは嬉しくないんじゃないか?もしかしたら、もう、幼い頃の様には、俺のことを想ってはいないんじゃないか?本当は恨まれてるんじゃ……。

 嫌だ、ヴァレリアには嫌われたくない。

 心の中で、自分勝手なことを考え、独占欲を膨らませる。憎まれていも当たり前なことしかしていない。

 何を考えているんだ、俺は馬鹿なのか。

 膝の上に置いた拳を握り締め、手袋が悲鳴をあげる。自責の念に駆られ、唇を引き結ぶ。

 ファブリツィオの耳に、つい、口に出たのだろう。ヴァレリアの寂しそうな声が届いた。

 「殿下はよろしかったんですか?クローチェ伯爵令嬢と踊らなくて……」

 ヴァレリアはカーティアのことを口した途端、後悔するように唇を噛んだ。

 何を考えてるんだっ俺は!一番、物申したいのは、ヴァレリアだろう!

 ヴァレリアに誠実でありたいなら、何もかも正直に言うしかない。

 「ヴァレリア、ごめん」ファブリツィオの声は掠れていた。

 「いえ、私は大丈夫ですから、行って下さい」

 言葉では大丈夫だと言ったヴァレリアだが、寂しそうな笑みを浮かべていた。

 全く、大丈夫じゃないだろう!

 「いや、違うんだ、ヴァレリア。今、誤ったのは、今まで冷たい態度を取って済まなかったと言う意味だ」

 「……えっ」ヴァレリアの表情は驚きでかたまっていた。

 「俺は子供の頃、ヴァレリアを守れなかったこと、ずっと後悔していた。子供の短慮な考えでヴァレリアに大怪我をさせたこと、済まなかった。幼すぎて、想像できなかったんだ。ヴァレリアがどんな目に遭わされるか、全く考えていなかった」

 「殿下、待って下さい!あの時のことは、もう過ぎた事ですし、私は……」
 「ヴァレリア、最後まで言わせてくれ。 今しか言う勇気がない」
 「……はい」
 
 ヴァレリアの拒絶を聞けば、勇気を出して言葉にすることも出来なくなる。

 謝る事も、なんだかんだ言って後回しにしてしまう。今、ちゃんと謝るんだ。

 「俺はあの時、嬉しかったんだ。好きな子のナイトになれたことに有頂天になっていたんだ。高を括っていたんだ、王族の俺が言えば、前侯爵は暴力を止めると思っていたんだ。考え無しにしてしまったことに後悔して、恥ずかしいし、自分には腹が立つしで……結果、今までヴァレリアを避けてきた。自分の弱い心から逃げ出すために、そばに寄ってきたクローチェ家の令嬢を利用した。最低な奴なんだ。ヴァレリアを傷つけたこと、本当に申し訳なかった。 彼女とは別れたと言うか、」

 ヴァレリアが隣で息を呑む音が聞こえる。膝に置いた拳を握り締め、ハンカチが音を鳴らす。

 喉が上下に動き、大きく深呼吸する。

 ヴァレリアを傷つける覚悟と、嫌われて幻滅されることに覚悟を決める。

 「彼女とは付き合っていた訳じゃないんだ。噂が一人歩きしていたけど、男女の関係はなかったし……だけど、彼女に惹かれたのは確かだ。だけど、信じていた者に裏切られて、自分の愚かさに気付かされた。許してくれと言える立場にないことは分かっているんだ。だけど、謝らせて欲しい。今まで済まなかった。俺はヴァレリアに、嫌われたくないんだ」

 罵られることを予想して、ファブリツィオは瞼をキツく瞑った。しかし、ヴァレリアの答えは、予想したものではなかった。

 「殿下、私は嫌ってませんよ。寧ろ、感謝しています」

 「感謝?……俺にか?」顔を上げたファブリツィオは、今までにないくらい驚いていた。

 「はい」ヴァレリアの笑顔は明るく輝いていた。

 同時に、中央に設置されている噴水が上がり、ファブリツィオの気持ちも高揚し、心臓が痛いくらい鼓動していた。

 しかし、信じられず、言葉が出なかった。ヴァレリアは笑顔で続ける。

 「あの後、私たちストラーネオ家は、やっと祖父から解放されたんです。ベッドの中で安堵して泣いたことを今でも覚えています。だから、感謝することがあっても、殿下を恨んだことなんてありませんよ」
 「……そうか」
 「はい、両親からも今はそっとしておきなさいと言われていたんです。殿下は傷ついているだろうからと」
 「……そうか」
 「はい、私たち、あの事件の後から何も話してませんでしたね」
 「俺がヴァレリアを避けてたからな。今まで俺は何をしてたんだ」
 「私たち、色々と間違えてましたね」

 大人たちは色々と察してくれていて、俺の傷が癒えるのを待っていてくれていたのか?なんて情けないんだ、俺は。

 高く上がる噴水の音をBGMに、大きく息を吐き出した。

 「済まない、ご両親には絶対に謝りに行く。でも、本当に恨んでないのか?ヴァレリアはあの男から解放されたかもしれないけど、俺はトラウマを植え付けてしまった。今でも怖いだろう」
 「……それは少しあります。ですが、克服しようと思います」
 「強いな、ヴァレリアは……こんなこと今言うのは卑怯かもしれない。けど俺も、このままなし崩し的にはしたくない。だから、忖度無しで、今後の俺を見てほしい。 簡単に許されたくない」
 「はい。私もこのままでは、殿下の隣に立つ自信がありません」
 「では、お互いに自信が持てたら、プロポーズすることにしよう。初めから、お互いを知る所から始めよう」
 「はい」
 「それで、丁度いい具合に兄上から『ミッション』がある」
 
 兄上からのミッションだと聞いたヴァレリアは、石のように固まった。そして、不安そうな笑みを浮かべて口を開く。

 「それは、必ず遂行しないといけないミッションですね」
 「ああ、そうだ」

 幼い頃、マウリツィオから出される『ミッション』という名の悪戯や遊びに、何度も振り回されて大変な目に遭ってきた。

 ヴァレリアの祖父とは違う意味で大変だった。

 ファブリツィオは立ち上がり、ヴァレリアの前で跪く。ヴァレリアの手を取ると、指先にキスを落とす。

 「ヴァレリア、兄上の『ミッション』ではあるが、私と次の週末に観劇デートに行ってはくれないだろうか」
 「はい、観劇デート、謹んでお受けします」
 「ありがとう、ヴァレリア」

 中庭の噴水がファブリツィオの気持ちを察した様に、タイミングよく水が高くあがった。

 ◇

 ファブリツィオがヴァレリアを連れてカフェテリアを出て行ったので、麗しの王子様とのダンスを楽しみに集まっていた令嬢たちは肩透かしに遭い、肩を落としていた。 

 特にカーティアは、ファブリツィオの信じられない行動に、開いた口が塞がらなかった。

 仕方ないわ、殿下が戻って来るまで、アドルフォか、サヴェリオ、フラヴィオは何処かしら?

 周囲を見回すと、見知った男女が話している様子が視界に入った。

 あ、アドルフォは婚約者に捕まっているのね。あら、フラヴィオがいるわ。でも、最近フラヴィオは私の側にいないのよね。

 「フラヴィオ様」取り敢えず笑顔で声をかける。

 私が笑顔で近づけば、彼もダンスに誘ってくれるはず。流石にラストダンスは殿下から誘われるでしょ。

 カーティアに気づいたフラヴィオは、花のような笑顔を向けてきた。彼は可愛らしい令嬢を連れていた。

 いつものこただけど、何処で可憐な美少女を見つけてくるのかしら?

 「やぁ、カーティア。いいパーティーだね。楽しんでいる?」
 「ええ、フラヴィオ様も楽しんでいるようですね」
 「ああ、とても楽しいよ」
 「それは良かったですわ」

 ダンスの誘いがないので、カーティアは察した。フラヴィオが令嬢と離れたくないのだと。

 誘われないパターンだわ。まぁ、フラヴィオには期待してなかったけど。

 「フラヴィオ様は、ファブリツィオ殿下が何処にいるか、ご存知ありません?」
 「いや、分からないな。ストラーネオ侯爵令嬢とダンスしている所は見たよ。二人のダンスは素晴らしかったよ。ね、オルガ」
 「ええ、とても素敵でしたわ」

 内心では、頬を引き攣らせていたが、カーティアの鉄壁の演技は崩れない。フラヴィオを諦めて他をあたることにした。

 花の様に笑顔を浮かべて、先程のファブリツィオとヴァレリアのダンスに賛辞を贈る。

 「ええ、私も見ました。素晴らしいダンスでしたわ。あまりお二人の邪魔をしても悪いですから、もう行きますね。素敵なパーティーを」
 「ありがとう、カーティアもね」

 笑顔で二人の側を離れたが、カーティアの記憶に何かが、引っかかるものがある。

 フラヴィオと一緒にいた令嬢、何処かで見た事があるような……令嬢の冷たい眼差しにも覚えがあるわ。思い出せないけど。そうだわ、サヴェリオを探さないと、ラストダンスに間に合わなくなるわ。

 サヴェリオは直ぐに見つかり、カーティアに出会えたサヴェリオは、思った通りダンスに誘ってくれ、カーティアのファーストダンスは終えた。しかし、サヴェリオは実行委員の仕事があるのか、ダンスが終わると、他の委員に連れられて行った。

 今までずっと実行委員の仕事をサボっていたようで、今日は人員も足りないので、サヴェリオにも矛先が向けられたらしい。

 仕方ないわ、アドルフォは婚約者から離れられないようだし、やっぱり殿下を探しましょ。

 カーティアはファブリツィオが向かったであろう中庭へ歩き出した。ファブリツィオとヴァレリアの二人は直ぐに見つかった。二人は何か話し合っているようで、カーティアの胸はある期待で膨らんだ。

 人気がない場所で話す内容なんて、婚約破棄か告白しかないわよね。殿下のことだから告白ではないわ。どうせなら皆の前でしてくれたらいいのに。

 貴族令嬢を皆の前で婚約破棄することは、令嬢の今後の婚姻も潰すことだと、分かっていて、内心で愚痴っている。

 あ、だから慌ててカフェテリアを出て行ったんだわ。きっとそうよ。でも、何を話しているのか、分からないわね。

 「もう少しだけ近くに行きましょ」

 生垣の影に隠れながら、カーティアは前に進み、二人の声が聞こえてくる位置まで来た時、ファブリツィオはヴァレリアの前で跪いており、何かを請ていた。

 「私と次の週末に観劇デートに行ってはくれないだろうか」
 「はい、観劇デート、謹んでお受けします」
 「ありがとう、ヴァレリア」

 はぁ?!何を言っているの?婚約破棄の話じゃないの?!

 信じられないものを見せられた後、もっと信じられない話を聞いた。

 「会場へ戻ろう。今日のラストダンスを私と踊ってくれないか」
 「はい、喜んでお受けいたします」

 ファブリツィオはヴァレリアをエスコートし、カーティアが隠れていた生垣の横を通ったが、二人はカーティアには全く気づかずに通り過ぎて行った。

 わ、私とラストダンスを踊るんじゃなかったの?一体、どうなっているの?!

 薄暗い生垣の影で呆然としているカーティアは、生垣の向こう側で多くの人が動いている気配に気づかなかった。

 『はい、丁度いいタイミングで殿下の話を聞かせることが出来ました』

 何処かで囁やかれた声もカーティアの耳には届いていなかった。

 因みに、ファブリツィオとヴァレリアの二人が話している間、ピエトロや護衛騎士、影の存在が人払いをし、聞こえてくる殿下の話に、『よく頑張りました、殿下』と、涙したことを誰も知らない。
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