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17話
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ファブリツィオの仕事は早かった。
翌日には生徒会の解体をし、生徒会選挙を行うことを朝礼で報告した。
今は12月に入ったところ、月末には中間テストが待っている。テストの後は冬休みに入るので、丁度いいタイミングだ。
一月の新学期で、新生徒会が動かせる。
テスト前に選挙投票して、結果発表はテスト後の終業式だな。で、後はダンスパーティーか。
「どんな小さなパーティーでも、小さな舞踏会でも、場に合わせたドレスを婚約者には贈るものですよ」
またピエトロがファブリツィオの心情を読んだのか、的確な答えが訊いてもいないのに返ってきた。
少しだけ頬を引き攣らせたファブリツィオは図星を誤魔化す為、ピエトロから視線を逸らした。
「ダンスパーティーまでは準備する生徒を有志で集めるしかないか」
「そうですね。なら、生徒会選挙に出馬を表明している生徒に募るのもいいですね」
「そうだな、生徒会は言わば雑用係だからな」
「ええ、チヤホヤされるだけではないですからね。で、ストラーネオ侯爵令嬢様へのドレスはどうされます?」
和かに微笑むピエトロを見て、言葉を詰まらせた後、ファブリツィオは照れくさそうに呟いた。
「リアのタウンハウスにお針子を送っておいてくれ」
「はい、承知致しました」
ピエトロは王宮へ報告もあるからと、学園寮にある執務室を出て行った。
数時間後に戻って来たピエトロがホクホク顔だったのが気になったが、ダンスパーティーまでにやらないといけなこともあり、忙殺された。
◇
報告の為、一旦、王宮へ戻って来たピエトロは色々な部署を回る。役人から出された書類のダメ出しや、指示を出す為だ。
マウリツィオへの報告は、今回は見送ることにする。
逐一、報告する事もないでしょう。
それに今は、婚約者候補のことで逃げ回っていて捕まりませんしね。20歳になったというのに、何をやっているんでしょうね、マウリツィオ殿下は。
ピエトロはマウリツィオに付いている同僚に同情しながら、最後に王宮お抱えのお針子が詰めている被服室へ向かった。
もうそろそろ日も傾きかけて沈む頃、ピエトロは被服室でお針子たちから、お茶をご馳走になっていた。
お茶の付き合いも情報収集の一環です。決してサボっている訳ではありません。 人に淹れてもらった紅茶が久しぶり過ぎて、美味し過ぎる。
「では、ストラーネオ侯爵家に連絡を取り、直ぐにでもドレスの作成に取り掛かります」
「宜しくお願いします」
帰ろうとしたピエトロを一人のお針子が引き留めてきた。
「あ、あの、イデム様、良ければ私とコンサートに行きませんか?来月に人気の楽団が一ヶ月公演でアルカンジェリの王都に来るそうなんです」
「そうなんですか?大変良いことを聞きました。実は妻がコンサート好きで、申し訳ありませんが、貴方とは行けません」
「す、すみません。奥様がおられたんですね。私、存じなくて」
「いえ、では私はここで。お茶をご馳走さまでした」
ピエトロが笑顔を振り撒くと、お針子たちが小さく黄色い声をあげる。被服室を後にしたピエトロは真っ直ぐに学園に戻って行った。
人気の楽団ですか?今月なら、学園のダンスパーティーに呼べたのに残念です。
◇
「じゃ、ヴァレリアも選挙に出るのね?」
「ええ、出るわ。クローチェ伯爵令嬢も出るし、これ以上ファブリツィオ様が傷つくのは見たくないもの」
「そう、頑張ってね。応援するわ」
学園寮のカフェテリアの一角で、ヴァレリアとフィオレラ、フリオの三人で夕食を取っていた。
「その選挙、平民生徒も出るらしいよ。 大店の商会の息子で、優秀って一年では有名な男子生徒が」
「そうなの?ヴァレリア大丈夫?」
「大丈夫、心配しないで。やれるだけやってみるわ」
「そう、無理しないのよ」
「ええ」
「あ、あいつだよ。ヴァレリオと話している男子生徒、茶色の髪の奴」
ヴァレリオは三番勝負を機に、文武両道で、バイオリンも天才的な技術を持っている事もあり、学園では知らない人が居ないくらい人気になっていた。
ヴァレリオ、良かった。友達出来たのね。
今、カフェテリアで大勢の生徒に囲まれているヴァレリオは、幼ない頃に受けた祖父からの厳しい躾の所為で、人付き合いが上手くなかった。
ヴァレリアにも言える事だが、昔は色んな人が怖かったのだ。今は恫喝や暴力を受けない限り、恐れたりしないが、初対面の人には緊張する。
仲良さそうに友人と話すヴァレリオを微笑ましそうに見つめていると、ヴァレリオの隣にいる件の彼と視線があった。
彼はヴァレリアと視線があった瞬間、驚いた表情を浮かべた。しかし、次の瞬間、美男子は相好を崩して破顔した。
「えっ」
破顔されるとは思わず、ヴァレリアは無意識のうちに声が出ていた。ヴァレリアの間抜けな声を聞き取った双子がヴァレリアを振り返る。
「どうしたの?」と声を揃えて問いかけて来た。
「あ、ううん、何でもないの」
「そう?何かあったら言ってね」
「うん、そうするわ」
再び、件の彼の方へ視線を向けたが、彼はもうヴァレリアを見ていなかった。
食事を終えたヴァレリアたちは、カフェテリアを出ようとして寮母に止められた。
「ちょっと、お嬢さん」
寮母に声を掛けられたヴァレリアたちは、寮母を振り返った。
「何でしょう?」
「わ、私たちお残ししてないわよ!」
寮母は時間にもうるさいが、残す事に対しても不機嫌になる。
「そんな事、分かっているわよ。いつも綺麗に食べてくれてありがとうね」
寮母の答えに、三人は息をついて胸を撫で下ろした。今後の食事に影響があっては不味いのだ。ヴァレリアは寮母に問いかける様な眼差しを向けた。
「あんた達の事じゃなくて、そっちの青銀の髪の子」
「わ、私ですか?」
ヴァレリアは自身の髪の色を言われ、恐る恐る前へ出た。僅かに手足が震える。
「そう、あんた。あんた王子の婚約者だろう?」
「は、はい」
何を言われるのかまだ分からないが、ファブリツィオを思い出したら、手足の震えが止まった。
「殿下が何か?」
溜め息を吐いた寮母は、ファブリツィオが最近忙しいのか、王族専用の食堂にも顔を出さず、時間に遅れる前にはピエトロが夕食を取りに来るのだが、今日は未だに取りに来ていないという。
「それなら私が殿下にお夕食を持って行きますよ」
「本当かい?助かるよ、王子に餓死されたら困るからね。直ぐに持って来るから待ってな」
「はい」
「じゃ、私たちは部屋へ戻るわ」
「ええ、おやすみなさい」
双子が声を揃えて『おやすみなさい』と笑顔でヴァレリアから離れて行った。
暫く待っていると、寮母は直ぐにファブリツィオの食事を持って来てくれた。
「じゃ、お願いね。食器は明日の朝でいいから」
「はい、分かりました」
ヴァレリアはトレイに乗せられた料理を零さないように、慎重に足を進めた。
淑女教育で学んだ足運びを使い、ヴァレリアは優雅に廊下を歩いて行った。
階段を上がる時、カフェテリアの入り口へ入って来る人影に気づいた。
ピエトロだわ。外から来たという事は、何処かへ行っていたのね。
「ピエトロ、今、帰りですか?」
「ストラーネオ侯爵令嬢、ご機嫌よう。 もう、お夕食ですか?」
ピエトロはヴァレリアが持っているトレイに視線を送って来た。
「はい、入れ違いにならなくて良かったです」
「入れ違いですか?」
「はい、こちらはファブリツィオ様の分です。寮母さんが、今日の夕食を取りに来られないと困っていたので、私がお持ちしますと言ったんです」
「ああ、そうだったんですね」
ピエトロは良かったと安心した様子で宣った。
「実は内心で焦っていたんです。早く食堂へ行かなくては殿下の分が無くなってしまいますし、かと言って重いトレイを持つ令嬢を放置出来ないと、悩んでいたんです。殿下のですよね、私が持ちます」
和かに笑うピエトロは、とても焦っている様には見えず、ヴァレリアは苦笑を零した。そっとヴァレリアが持つトレイがピエトロへ渡された。
「食器は明日の朝でいいそうです」
「そうですか、承りました」
「あの、ファブリツィオ様は、夕食を食べに来られないくらい忙しいのですか?」
「まぁ、そうですね。何も根回しをしないで、生徒会選挙を決めてしまいましたからね。多方面から突つかれました」
「お仕事があるのならファブリツィオ様の補佐として、仕事を手伝います」
「そうですか、」
暫し何かを考えていたピエトロの瞳に怪しい光りが煌めいた。ピエトロの怪しい光りを浴びたヴァレリアは、音を鳴らして固まった。
まさか、今、地雷を踏みましたか?!
「お仕事の手伝いもいいですが、殿下がもっと喜ぶ事が他にもあります」
「えっ、ファブリツィオ様が喜ぶ事ですか?」
「はい、きっと大変、喜んで仕事も捗りましょう」
「それは何ですか?!ピエトロ、教えて下さい!」
「はい、それは殿下をコンサートデートに誘うことです」
「……コンサートデート」
「はい」
ヴァレリアは瞬時に今までの経験上から、マウリツィオの顔が思い浮かんだ。
「まさか、ミッションですか?」
「いいえ、違いますよ。今回はマウリツィオ殿下には傍観してもらいます。いつまでもおんぶに抱っこでは、殿下は成長しませんからね」
「では、それはピエトロが勧めているという事ですか?」
「はい、そうです。選挙とテストの先にコンサートデートがあれはやる気が出ると思うのです。特にストラーネオ侯爵令嬢の方から誘われれば、」
言葉を止めたピエトロは、何処かに視線を向けた。ピエトロの視線の先に何かあるのかと思い、見てみたが何もなかった。
和かに笑うピエトロは話しを続けた。
「楽団は来月に一ヶ月公演でアルカンジェリに来ます。貴方の方から誘われれば、喜ぶどころか、有頂天になってしまいますね」
「また、ピエトロはそんな事を言って……」
笑みを崩さないピエトロの瞳は笑っていない。避けられないミッションの様だ。
「分かりました。私も今から一緒に執務室へ行きます」
「ありがとうございます」
物凄くいい笑顔を浮かべたピエトロの勝ちである。
◇
ファブリツィオのお腹の虫が盛大に鳴ると、手を止めたファブリツィオは完成していない書類の上へ突っ伏した。
何処かへ雲隠れしたマウリツィオの仕事の分が多少混じっていて、いつもより仕事量が多い。
何で兄上の仕事も混ざっているんだ?
お腹が空き過ぎて頭が回らなくなっている。深い溜め息とお腹の虫が同時に鳴らされた時、執務室へ人が入って来た。
そして、食べ物のいい匂いが執務室で香る。物凄い勢いで顔を上げた先に、ヴァレリアの姿があった。
お腹の虫、聞かれた!
「殿下、だらしないですよ。机に突っ伏すなど。それとお食事をお持ちしました」
「ああ、ありがとう。そこへ置いておいてくれ」
「承知しました」
小さい音を鳴らして、トレイがソファーセットの間に置かれているローテーブルへ置かれる。食欲がわいているのか、ピエトロが持って来たトレイをじっと見つめてしまった。
所在なげに僅かに緊張しながら見つめて来るヴァレリアに視線を向ける。
「どうしたんだ、ヴァレリア?」
「あ、あのファブリツィオ様、その……」
シュンと肩を落とし、眉尻を下げて寂しそうに微笑んだヴァレリアを見て既視感を覚えた。
あの時、兄上はなんて言っていた?!
『そうだ』と呟いた後、思い出した。
マウリツィオが言っていた。ファブリツィオにファミリーネームで呼ばれて、悲しそうにいていた事。
ヴァレリアは、今、あの時と同じ表情をしている事。
「あ、えと、リア」
「はい、ファーベル様」
愛称を呼び合うだけで幸せな気分になる。とてもお手軽な二人である。
ピエトロの咳払いで促されたヴァレリアの肩が大きく跳ねた。表情も引き攣っている。ピエトロに向けて瞳を細める。
「ピエトロ、リアに何を吹き込んだ」
「私は何も、私の事よりも婚約者様の話しを聞いて差し上げて下さいませ」
ピエトロには溜め息を吐き、ヴァレリアには笑顔で向き合った。
「で、リア。本当にどうしたんた?ピエトロに無理矢理、何か言わされそうになっているのなら、無理しなくていいぞ」
意を決したのか、ヴァレリアは顔を赤らめながらも、口を開いた。
「あの、私と来月にアルカンジェリへ来る楽団のコンサートデートに行ってください」
「……コンサートデート」
ファブリツィオも経験則から瞬時にマウリツィオのミッションだと割り出した。
「もしかしなくても、また、兄上の差金か!!でも、兄上は雲隠れしているはず」
「ち、違うんです!選挙で当選したら、ご、ご褒美でコンサートデートに連れて行って下さい!って、私、何を言ってっ」
『ご褒美って何!』と、いい具合にパニックになったヴァレリアは自身が何を言っているのか、分からなくなっていた。
「わ、分かった、リアがコンサートに行きたいというのは分かったぞ。それに私が後ろから着いて行けばいいのか」
『それではただの侍従です』と言うピエトロの言葉も聞こえていない様で、ファブリツィオもヴァレリアに釣られていい具合にパニックになっていた。
ピエトロがパニック状態を収束させる為、両手を打ち合わせた。
ピタっと動き止めた二人は、互いにパニック状態になっていた事に気づく。
もう一度、ヴァレリアが恥ずかしいそうにファブリツィオをコンサートデートを提案して来た。
破顔したファブリツィオの答えは一つだ。
「勿論だ。喜んで行くよ」
翌日には生徒会の解体をし、生徒会選挙を行うことを朝礼で報告した。
今は12月に入ったところ、月末には中間テストが待っている。テストの後は冬休みに入るので、丁度いいタイミングだ。
一月の新学期で、新生徒会が動かせる。
テスト前に選挙投票して、結果発表はテスト後の終業式だな。で、後はダンスパーティーか。
「どんな小さなパーティーでも、小さな舞踏会でも、場に合わせたドレスを婚約者には贈るものですよ」
またピエトロがファブリツィオの心情を読んだのか、的確な答えが訊いてもいないのに返ってきた。
少しだけ頬を引き攣らせたファブリツィオは図星を誤魔化す為、ピエトロから視線を逸らした。
「ダンスパーティーまでは準備する生徒を有志で集めるしかないか」
「そうですね。なら、生徒会選挙に出馬を表明している生徒に募るのもいいですね」
「そうだな、生徒会は言わば雑用係だからな」
「ええ、チヤホヤされるだけではないですからね。で、ストラーネオ侯爵令嬢様へのドレスはどうされます?」
和かに微笑むピエトロを見て、言葉を詰まらせた後、ファブリツィオは照れくさそうに呟いた。
「リアのタウンハウスにお針子を送っておいてくれ」
「はい、承知致しました」
ピエトロは王宮へ報告もあるからと、学園寮にある執務室を出て行った。
数時間後に戻って来たピエトロがホクホク顔だったのが気になったが、ダンスパーティーまでにやらないといけなこともあり、忙殺された。
◇
報告の為、一旦、王宮へ戻って来たピエトロは色々な部署を回る。役人から出された書類のダメ出しや、指示を出す為だ。
マウリツィオへの報告は、今回は見送ることにする。
逐一、報告する事もないでしょう。
それに今は、婚約者候補のことで逃げ回っていて捕まりませんしね。20歳になったというのに、何をやっているんでしょうね、マウリツィオ殿下は。
ピエトロはマウリツィオに付いている同僚に同情しながら、最後に王宮お抱えのお針子が詰めている被服室へ向かった。
もうそろそろ日も傾きかけて沈む頃、ピエトロは被服室でお針子たちから、お茶をご馳走になっていた。
お茶の付き合いも情報収集の一環です。決してサボっている訳ではありません。 人に淹れてもらった紅茶が久しぶり過ぎて、美味し過ぎる。
「では、ストラーネオ侯爵家に連絡を取り、直ぐにでもドレスの作成に取り掛かります」
「宜しくお願いします」
帰ろうとしたピエトロを一人のお針子が引き留めてきた。
「あ、あの、イデム様、良ければ私とコンサートに行きませんか?来月に人気の楽団が一ヶ月公演でアルカンジェリの王都に来るそうなんです」
「そうなんですか?大変良いことを聞きました。実は妻がコンサート好きで、申し訳ありませんが、貴方とは行けません」
「す、すみません。奥様がおられたんですね。私、存じなくて」
「いえ、では私はここで。お茶をご馳走さまでした」
ピエトロが笑顔を振り撒くと、お針子たちが小さく黄色い声をあげる。被服室を後にしたピエトロは真っ直ぐに学園に戻って行った。
人気の楽団ですか?今月なら、学園のダンスパーティーに呼べたのに残念です。
◇
「じゃ、ヴァレリアも選挙に出るのね?」
「ええ、出るわ。クローチェ伯爵令嬢も出るし、これ以上ファブリツィオ様が傷つくのは見たくないもの」
「そう、頑張ってね。応援するわ」
学園寮のカフェテリアの一角で、ヴァレリアとフィオレラ、フリオの三人で夕食を取っていた。
「その選挙、平民生徒も出るらしいよ。 大店の商会の息子で、優秀って一年では有名な男子生徒が」
「そうなの?ヴァレリア大丈夫?」
「大丈夫、心配しないで。やれるだけやってみるわ」
「そう、無理しないのよ」
「ええ」
「あ、あいつだよ。ヴァレリオと話している男子生徒、茶色の髪の奴」
ヴァレリオは三番勝負を機に、文武両道で、バイオリンも天才的な技術を持っている事もあり、学園では知らない人が居ないくらい人気になっていた。
ヴァレリオ、良かった。友達出来たのね。
今、カフェテリアで大勢の生徒に囲まれているヴァレリオは、幼ない頃に受けた祖父からの厳しい躾の所為で、人付き合いが上手くなかった。
ヴァレリアにも言える事だが、昔は色んな人が怖かったのだ。今は恫喝や暴力を受けない限り、恐れたりしないが、初対面の人には緊張する。
仲良さそうに友人と話すヴァレリオを微笑ましそうに見つめていると、ヴァレリオの隣にいる件の彼と視線があった。
彼はヴァレリアと視線があった瞬間、驚いた表情を浮かべた。しかし、次の瞬間、美男子は相好を崩して破顔した。
「えっ」
破顔されるとは思わず、ヴァレリアは無意識のうちに声が出ていた。ヴァレリアの間抜けな声を聞き取った双子がヴァレリアを振り返る。
「どうしたの?」と声を揃えて問いかけて来た。
「あ、ううん、何でもないの」
「そう?何かあったら言ってね」
「うん、そうするわ」
再び、件の彼の方へ視線を向けたが、彼はもうヴァレリアを見ていなかった。
食事を終えたヴァレリアたちは、カフェテリアを出ようとして寮母に止められた。
「ちょっと、お嬢さん」
寮母に声を掛けられたヴァレリアたちは、寮母を振り返った。
「何でしょう?」
「わ、私たちお残ししてないわよ!」
寮母は時間にもうるさいが、残す事に対しても不機嫌になる。
「そんな事、分かっているわよ。いつも綺麗に食べてくれてありがとうね」
寮母の答えに、三人は息をついて胸を撫で下ろした。今後の食事に影響があっては不味いのだ。ヴァレリアは寮母に問いかける様な眼差しを向けた。
「あんた達の事じゃなくて、そっちの青銀の髪の子」
「わ、私ですか?」
ヴァレリアは自身の髪の色を言われ、恐る恐る前へ出た。僅かに手足が震える。
「そう、あんた。あんた王子の婚約者だろう?」
「は、はい」
何を言われるのかまだ分からないが、ファブリツィオを思い出したら、手足の震えが止まった。
「殿下が何か?」
溜め息を吐いた寮母は、ファブリツィオが最近忙しいのか、王族専用の食堂にも顔を出さず、時間に遅れる前にはピエトロが夕食を取りに来るのだが、今日は未だに取りに来ていないという。
「それなら私が殿下にお夕食を持って行きますよ」
「本当かい?助かるよ、王子に餓死されたら困るからね。直ぐに持って来るから待ってな」
「はい」
「じゃ、私たちは部屋へ戻るわ」
「ええ、おやすみなさい」
双子が声を揃えて『おやすみなさい』と笑顔でヴァレリアから離れて行った。
暫く待っていると、寮母は直ぐにファブリツィオの食事を持って来てくれた。
「じゃ、お願いね。食器は明日の朝でいいから」
「はい、分かりました」
ヴァレリアはトレイに乗せられた料理を零さないように、慎重に足を進めた。
淑女教育で学んだ足運びを使い、ヴァレリアは優雅に廊下を歩いて行った。
階段を上がる時、カフェテリアの入り口へ入って来る人影に気づいた。
ピエトロだわ。外から来たという事は、何処かへ行っていたのね。
「ピエトロ、今、帰りですか?」
「ストラーネオ侯爵令嬢、ご機嫌よう。 もう、お夕食ですか?」
ピエトロはヴァレリアが持っているトレイに視線を送って来た。
「はい、入れ違いにならなくて良かったです」
「入れ違いですか?」
「はい、こちらはファブリツィオ様の分です。寮母さんが、今日の夕食を取りに来られないと困っていたので、私がお持ちしますと言ったんです」
「ああ、そうだったんですね」
ピエトロは良かったと安心した様子で宣った。
「実は内心で焦っていたんです。早く食堂へ行かなくては殿下の分が無くなってしまいますし、かと言って重いトレイを持つ令嬢を放置出来ないと、悩んでいたんです。殿下のですよね、私が持ちます」
和かに笑うピエトロは、とても焦っている様には見えず、ヴァレリアは苦笑を零した。そっとヴァレリアが持つトレイがピエトロへ渡された。
「食器は明日の朝でいいそうです」
「そうですか、承りました」
「あの、ファブリツィオ様は、夕食を食べに来られないくらい忙しいのですか?」
「まぁ、そうですね。何も根回しをしないで、生徒会選挙を決めてしまいましたからね。多方面から突つかれました」
「お仕事があるのならファブリツィオ様の補佐として、仕事を手伝います」
「そうですか、」
暫し何かを考えていたピエトロの瞳に怪しい光りが煌めいた。ピエトロの怪しい光りを浴びたヴァレリアは、音を鳴らして固まった。
まさか、今、地雷を踏みましたか?!
「お仕事の手伝いもいいですが、殿下がもっと喜ぶ事が他にもあります」
「えっ、ファブリツィオ様が喜ぶ事ですか?」
「はい、きっと大変、喜んで仕事も捗りましょう」
「それは何ですか?!ピエトロ、教えて下さい!」
「はい、それは殿下をコンサートデートに誘うことです」
「……コンサートデート」
「はい」
ヴァレリアは瞬時に今までの経験上から、マウリツィオの顔が思い浮かんだ。
「まさか、ミッションですか?」
「いいえ、違いますよ。今回はマウリツィオ殿下には傍観してもらいます。いつまでもおんぶに抱っこでは、殿下は成長しませんからね」
「では、それはピエトロが勧めているという事ですか?」
「はい、そうです。選挙とテストの先にコンサートデートがあれはやる気が出ると思うのです。特にストラーネオ侯爵令嬢の方から誘われれば、」
言葉を止めたピエトロは、何処かに視線を向けた。ピエトロの視線の先に何かあるのかと思い、見てみたが何もなかった。
和かに笑うピエトロは話しを続けた。
「楽団は来月に一ヶ月公演でアルカンジェリに来ます。貴方の方から誘われれば、喜ぶどころか、有頂天になってしまいますね」
「また、ピエトロはそんな事を言って……」
笑みを崩さないピエトロの瞳は笑っていない。避けられないミッションの様だ。
「分かりました。私も今から一緒に執務室へ行きます」
「ありがとうございます」
物凄くいい笑顔を浮かべたピエトロの勝ちである。
◇
ファブリツィオのお腹の虫が盛大に鳴ると、手を止めたファブリツィオは完成していない書類の上へ突っ伏した。
何処かへ雲隠れしたマウリツィオの仕事の分が多少混じっていて、いつもより仕事量が多い。
何で兄上の仕事も混ざっているんだ?
お腹が空き過ぎて頭が回らなくなっている。深い溜め息とお腹の虫が同時に鳴らされた時、執務室へ人が入って来た。
そして、食べ物のいい匂いが執務室で香る。物凄い勢いで顔を上げた先に、ヴァレリアの姿があった。
お腹の虫、聞かれた!
「殿下、だらしないですよ。机に突っ伏すなど。それとお食事をお持ちしました」
「ああ、ありがとう。そこへ置いておいてくれ」
「承知しました」
小さい音を鳴らして、トレイがソファーセットの間に置かれているローテーブルへ置かれる。食欲がわいているのか、ピエトロが持って来たトレイをじっと見つめてしまった。
所在なげに僅かに緊張しながら見つめて来るヴァレリアに視線を向ける。
「どうしたんだ、ヴァレリア?」
「あ、あのファブリツィオ様、その……」
シュンと肩を落とし、眉尻を下げて寂しそうに微笑んだヴァレリアを見て既視感を覚えた。
あの時、兄上はなんて言っていた?!
『そうだ』と呟いた後、思い出した。
マウリツィオが言っていた。ファブリツィオにファミリーネームで呼ばれて、悲しそうにいていた事。
ヴァレリアは、今、あの時と同じ表情をしている事。
「あ、えと、リア」
「はい、ファーベル様」
愛称を呼び合うだけで幸せな気分になる。とてもお手軽な二人である。
ピエトロの咳払いで促されたヴァレリアの肩が大きく跳ねた。表情も引き攣っている。ピエトロに向けて瞳を細める。
「ピエトロ、リアに何を吹き込んだ」
「私は何も、私の事よりも婚約者様の話しを聞いて差し上げて下さいませ」
ピエトロには溜め息を吐き、ヴァレリアには笑顔で向き合った。
「で、リア。本当にどうしたんた?ピエトロに無理矢理、何か言わされそうになっているのなら、無理しなくていいぞ」
意を決したのか、ヴァレリアは顔を赤らめながらも、口を開いた。
「あの、私と来月にアルカンジェリへ来る楽団のコンサートデートに行ってください」
「……コンサートデート」
ファブリツィオも経験則から瞬時にマウリツィオのミッションだと割り出した。
「もしかしなくても、また、兄上の差金か!!でも、兄上は雲隠れしているはず」
「ち、違うんです!選挙で当選したら、ご、ご褒美でコンサートデートに連れて行って下さい!って、私、何を言ってっ」
『ご褒美って何!』と、いい具合にパニックになったヴァレリアは自身が何を言っているのか、分からなくなっていた。
「わ、分かった、リアがコンサートに行きたいというのは分かったぞ。それに私が後ろから着いて行けばいいのか」
『それではただの侍従です』と言うピエトロの言葉も聞こえていない様で、ファブリツィオもヴァレリアに釣られていい具合にパニックになっていた。
ピエトロがパニック状態を収束させる為、両手を打ち合わせた。
ピタっと動き止めた二人は、互いにパニック状態になっていた事に気づく。
もう一度、ヴァレリアが恥ずかしいそうにファブリツィオをコンサートデートを提案して来た。
破顔したファブリツィオの答えは一つだ。
「勿論だ。喜んで行くよ」
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