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22話
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意外にも真面目に考えて来たのか、カーティアの企画書はちゃんとした物だった。
しかし、よく読むと、二人っきりになれるだろうイベントが盛り込まれている。
夜のイベントは、まさかのまさかってやつかのか!いやいや、流石にそんな安直な手で来ないだろう?!貴族令嬢にしては、あからさま過ぎないか!
学園寮の執務室で提出された企画書を読むファブリツィオの手が小刻みに震えている。眉間に皺も深く刻まれていた。
「どうしました?そんなに眉間に皺を寄せて」
「あぁ、ちょっとな」
紅茶を淹れてくれたピエトロに、カーティアから渡された企画書を手渡す。
手渡された企画書を読んだピエトロも、眉間に深く皺を寄せた。
「ふむ、勉強学習やら、農業体験が盛り込まれているのは、いいと思いますが、この『ペアで肝試し』とか『ペアで宝物探し』とかって何ですか?子供のイベントですか?きっと殿下と二人っきりになりたいのでしょう」
ピエトロは呆れた様な声を出した。
「だろうな。レクリエーションで行う企画だと思う。これに関しては、皆に意見を聞かないとな」
「ええ、そうした方がいいでしょうね。 クラス毎に行うか、全学年で行うか」
ファブリツィオはピエトロの意見に無言で頷いた。
「しかし、肝試しと言うと、王太子殿下の悪戯を思い出しますね」
ピエトロが言った一言で、ファブリツィオも幼い頃を思い出す。小さい頃はくだらない悪戯を思いつくものだ。
「確かあの時は、怖い宰相の部屋へ行っては書類をひっくり返すとか、見つかりそうになって、殿下は泣いてしまいましたね」
「それは当時の宰相が物凄く怖い人だったからな。リアの祖父以上だったよ」
「ええ、あの後、私はその怖い宰相に、物凄く怒られましたから」
黒い笑みを浮かべるピエトロから、ファブリツィオはそっと視線を外した。
◇
放課後の講堂、ヴァレリアは音楽祭の準備の為、会場に不備がないか確かめていた。控え室、楽器を保管する場所を見て回る。
「まぁ、不備がある訳ないわね。学園が雇っている用務員は、ちゃんと仕事をしているものね」
「ええ、そうね」
「後は、参加者の楽器を搬入した後の保管ですね」
ジャンカルロがそっとヴァレリアの背後に立ち、直ぐ後ろで低い声が聞こえて来た。ヴァレリアの細い肩が小さく跳ねる。 ヴァレリアを両サイドで挟んでいるトロヴァート家の双子が、不躾なジャンカルロを半眼で見つめた。
「ちょっと、少し距離が近いわよ」
フィオレラの不機嫌な声に、ジャンカルロは肩を竦めただけだった。
「よしっ、次は会場を確認しよう」
微妙な空気だった雰囲気を払拭する様に、フラヴィオの明るい声が間に入ってくる。一同は気を取り直して会場へ移動した。
「誰もいない講堂って結構広いし、声も響くんだね」
声にエコーが掛かるのが楽しいのか、フラヴィオは歌ったり、叫んだりして、エコーを楽しんでいる。フィオレラは五月蝿そうにフラヴィオを見ている。
「ヴァレリア、彼には気をつけた方がいい」
「フリオ、彼ってもしかしてジャンカルロの事?」
「そうね、私もそう思うわ」
「彼はもしかしたら、普通の平民じゃないかも知れない」
「えっ、フリオ、どういう事?」
「ん~、なんていうか、勘かな」
「勘ね~」
「兎に角、彼には気を許してはダメだって気がする」
「ん~、彼はヴァレリアに気があるんじゃない?」
フィオレラの発言にフリオが納得した様に頷いた。当のジャンカルロはフラヴィオと話しているので、ヴァレリアたちの話は聞こえていない。
「でも、私は彼と会った事もないわ。 生徒会で初めて顔を合わせたのよ?」
「そんなのヴァレリアが知らない間に、何処かで見かけて見染められたに違いないわ」
「……心当たりが全くないのだけど……」
「彼、平民だしね」
「それか、屋敷に彼の商会を呼んだ時とか」
「彼の商会はうちは使ってなくて…….」
「ああ、ヴァレリアの所は王家御用達の商会だからな」
三人でいくら頭を捻っても分からず、何も優良な意見は出なかった。しかし、ジャンカルロには気をつけようと、ヴァレリアは思っていた。
彼、話す時の距離が近いのよねっ……。
ジャンカルロのパーソナルエリアが壊れているのか狭いのか、身長の高い彼が直ぐ近くまで寄って来るのは怖いと感じていた。
ファーベル様は怖くないのだけど。
ファブリツィオとの身長差を思い出し、ヴァレリアの胸に温かいものが流れ込んでくる。頬が緩み、自然と優しい顔つきなっている事に、ヴァレリアは気づいていなかった。
フリオとフラヴィオ、ジャンカルロの三人に、参加する生徒への説明会が行われる旨を手分けして伝えてもらい、ヴァレリアとフィオレラは生徒会室へ行き、音楽祭のパンフレット作りをする事になった。
「参加者の演奏の順番をどうするかよね?」
「それが一番、揉めそうだわ」
「本当にね。格式と純血を重んじる貴族社会だからね」
「ええ」
二人が会議を行うテーブルに付いていると、実行委員の一人が紅茶を淹れて二人の分も持って来てくれた。実行委員にお礼を言うと、彼女は自分の分のついでだと言い、離れていった。しかし、途中で何かを思い出したのか戻って来た。
「あ、そうですわ。ヴァレリア様、お気をつけ下さいませ。今、少しだけ良くない噂が出回ってますわ」
「良くない噂ですか?」
「その話、もっと詳しくお願いしますわ」
怪訝そうにヴァレリアは首を傾げ、フィオレラは厳しい眼差しを彼女に向けた。
「ええ、よろしいわよ。先に前置きをしておきますわ。私は生徒会でのヴァレリア様を知っていますから、そんな事はなさっていない事は知っていますけれど。生徒会では、ヴァレリア様からクローチェ伯爵令嬢が虐げられているという噂が出回ってますわ。あくまでも、クローチェ伯爵令嬢に心頭している方の間で、ですけど」
実行委員の彼女は、一息で言い切り、『あんな娼婦みたいな令嬢の何処がいいのかしら』と、怒り心頭だ。彼女の様子から、カーティアに婚約破棄されられ、破棄を揉み消された一人の様だ。
「私はヴァレリア様の味方ですから」
「あ、ありがとうございます」
強く両手を握り絞められ、彼女の迫力に気圧されて、ヴァレリアは頬を引き攣らせた。
「お仕事中に邪魔して申し訳ございませんわ。では、私も仕事に戻りますわ」
「ええ、有意義な話を教えてくださってありがとう」
フィオレラがお礼を言うと、彼女はフラヴィオの隣の席へ座って仕事を始めた。
彼女は、会計のフラヴィオを補佐している数字に強い才女だ。ヴァレリアは不思議に思い、フィオレラに話しかける。
「ねぇ、彼女の様子では、クローチェ伯爵令嬢を相当恨んでいそうに見えるのだけど、彼女の家の方が家格は上じゃないかしら?」
『実はね』と、声を潜めたフィオレラは、更にカーティアの事を調べたらしい。
伯爵家でも、クローチェ家の家格は下の方だ。では、何故、カーティアが婚約破棄させた件が揉み消されているのか。
破棄で発生する慰謝料は随分と掛かるだろう。慰謝料も支払い済みの様だ。
「そんなお金と揉み消せる権力は何処から来たのか」
「彼女の家格は侯爵家、という事はそれより上……」
ヴァレリアのまさかと言う思いが脳裏で浮かぶ。察したフィオレラから直ぐに否定が入った。
「殿下ではないわよ。クローチェ伯爵令嬢が婚約破棄騒動を起こしたと知っていたら、もっと早くにヴァレリアの元に戻って来たわよ」
「そうよね」
ヴァレリアは眉尻を下げてホッと胸を撫で下ろした。まだファブリツィオを信じきれていない自身にとても反省した。
「仕方ないわよ、今までの事があるんだから」
フィオレラの慰めに小さく頷く。
「王家ではないなら、公爵家しかないけど……」
カーティアの家が公爵家と繋がっているのか、分からない。
「実はね。他国の事だから、あまり知られていないし、私も最近、知ったのだけど。クローチェ家に、王妃様の遠縁が嫁いだらしいの」
王妃という言葉に、ヴァレリアは周囲を見回した。しかし、先程の実行委員の彼女はいつの間にか席を立っていて、ヴァレリアとフィオレラ以外は誰もいなかった。
安堵の息を吐いたヴァレリアは、嫌な予感に眉間に深い皺を刻んだ。
「待って!もしかなくても、王妃様が揉み消しを……」
「ええ、恐らく。王妃様が口を出したっていう証拠はないから」
「そう」
暫し二人の間に沈黙が落ち、ポツリとヴァレリアが呟いた。
「そうだわ、前に彼女には庇ってくれる誰かがいるのだろうと、ファブリツィオ様が言っていたことがあったわ」
「なるほど、じゃ、その人物があの方って事ね」
「ええ、きっとそうだわ」
こそこそと話す二人の姿は、生徒会室に入って来た生徒たちには、何か悪巧みをしている様に映っていた事に、ヴァレリアとフィオレラは全く気付いていなかった。
◇
ふふっ、上手いこと春の園遊会の準備メンバーに入れたわ。 正直言って、ちょっとだけ心配だったのよね。 ファブリツィオ殿下は二年生になってから、一度も名前を呼んでくれないし、ランチも誘ってくれない。 もう、私に興味を無くしたかと思ってたのに。
「殿下から春の園遊会の準備メンバーに指名頂けて良かったわ。 やっぱり殿下はまだ、私の事が好きなのねっ!」
背後から大きな溜め息が吐き出された。
「ちょっと、いい気分の所を重い溜め息で台無しにしないで頂戴っ!」
「浮き足立つ前に手伝って下さい。 春の園遊会でのレクリエーションをクラス毎にするか、全学年にするのか、どちらかにするか問う為の資料をまとめないと駄目なんですから」
自身のメイド、アリーチェが厳しい眼差しで訴えてくるので、カーティアは気分が台無しになり、不満の表情を表す。
「そんな事する必要があるの? 会議で口頭で言えばいいじゃない」
「では、お嬢様は予算が決められた中、どの企画にどれくらいのお金が掛かり、三泊四日で幾つの企画が行えるのか、資料無くして直ぐに答えられるのですか? 全学年とクラス毎では掛かる費用も違いますし、『ペアで肝試し』は、肝試しする場所の許可も必要ですよ?」
アリーチェから矢継ぎ早に詰められ、カーティアは令嬢らしからぬ舌打ちを鳴らした。 冷めた目でアリーチェに見つめられ、カーティアの沸点は一気に上がった。
カーティアの大きな声が学園寮の自室、共同居間で響いた。
「私に口答えしないでっ! じゃ、貴方がやりなさいよっ! 私のメイドでしょう」
アリーチェはやれやれと、深い溜め息を吐いた。
「お嬢様は、将来は王太子妃になり、いずれは王妃になりたいのでしょう?」
「そうよ、私は王妃になるのだから、事務仕事なんて、誰かがやるでしょう」
「そう言う訳には参りません。 人に仕事を回すにしても、回す仕事の事を何も知らないでは、臣下に舐められますし、つけ込まれて利用されるだけです。 王妃様とも約束されたでしょう? ちゃんと勉強すると」
王妃の名前を出され、カーティアは悔しそうに唇を引き結んだ。 暫くして、観念したのか、カーティアは不機嫌な様子で企画書作りに没頭し出した。
「お嬢様は頭は悪くないのですから、もっと上手く立ち回って下さい。 異性との交流も程々にして頂かないと、」
「仕方ないじゃない。 王妃様に『貴方に婚約破棄させる魅力があるのか見てみたい』って言われれば、やるしかないじゃない」
「それしては楽しそうでしたね」
「だって、皆、面白い様に落ちていくのよ? 誰だって面白いと思うわよ。 ねぇ、貴方もそう思うでしょ?」
男子禁制の部屋に一人の男の姿がある。
彼はピエトロの放ったコマである。 読めない笑みを浮かべているが、カーティアの好みを熟知しているピエトロが直々に選んだので、見目麗しい。
カーティアもアリーチェも気づいていない。 普通は、ターゲットが女性なら、送るコマは女性をやる。 女性にしか入れない場所もあり、同性にしか分からない事もあるからだ。 しかし、カーティアが裏で見目麗しい男性を側に侍らせている事を知ったピエトロが送り込んだ。
彼のお陰でカーティアはファブリツィオの排斥だげでなく、王妃と繋がりを持ち、王太子妃の座を狙っている事が分かった。
何も知らずに、せっせと企画書を作成しているカーティアとアリーチェの二人の姿を、ピエトロのコマは微笑んで眺めていた。
◇
「で、コマを潜り込ませて分かった事は、クローチェ伯爵令嬢が狙っているのは俺の排斥だけでなく、マウリツィオ兄上の妻の座も狙っていると」
「はい」
ファブリツィオは、あまりの無謀さに頭を抱えた。
兄上の妻なんて、クローチェ伯爵令嬢には務まらないぞっ! しかも、王妃が婚約破棄を示唆したって、どういう事だ。
「……王妃は兄上に、母国である隣国の姫君との婚約を整えようとしているよな?」
「ええ、そうですね」
「クローチェ伯爵令嬢の口振りだと、王妃と婚約破棄をする代わりに、王太子妃になれるという取引をしたって事か?」
「に、取れますね」
王妃はいったい何を考えているのか、全く分からなかった。 婚約破棄と排斥は、ファブリツィオが憎いからだろうが、引き換えにカーティアを王家に迎えるとは、とても思えなかった。
しかし、よく読むと、二人っきりになれるだろうイベントが盛り込まれている。
夜のイベントは、まさかのまさかってやつかのか!いやいや、流石にそんな安直な手で来ないだろう?!貴族令嬢にしては、あからさま過ぎないか!
学園寮の執務室で提出された企画書を読むファブリツィオの手が小刻みに震えている。眉間に皺も深く刻まれていた。
「どうしました?そんなに眉間に皺を寄せて」
「あぁ、ちょっとな」
紅茶を淹れてくれたピエトロに、カーティアから渡された企画書を手渡す。
手渡された企画書を読んだピエトロも、眉間に深く皺を寄せた。
「ふむ、勉強学習やら、農業体験が盛り込まれているのは、いいと思いますが、この『ペアで肝試し』とか『ペアで宝物探し』とかって何ですか?子供のイベントですか?きっと殿下と二人っきりになりたいのでしょう」
ピエトロは呆れた様な声を出した。
「だろうな。レクリエーションで行う企画だと思う。これに関しては、皆に意見を聞かないとな」
「ええ、そうした方がいいでしょうね。 クラス毎に行うか、全学年で行うか」
ファブリツィオはピエトロの意見に無言で頷いた。
「しかし、肝試しと言うと、王太子殿下の悪戯を思い出しますね」
ピエトロが言った一言で、ファブリツィオも幼い頃を思い出す。小さい頃はくだらない悪戯を思いつくものだ。
「確かあの時は、怖い宰相の部屋へ行っては書類をひっくり返すとか、見つかりそうになって、殿下は泣いてしまいましたね」
「それは当時の宰相が物凄く怖い人だったからな。リアの祖父以上だったよ」
「ええ、あの後、私はその怖い宰相に、物凄く怒られましたから」
黒い笑みを浮かべるピエトロから、ファブリツィオはそっと視線を外した。
◇
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「まぁ、不備がある訳ないわね。学園が雇っている用務員は、ちゃんと仕事をしているものね」
「ええ、そうね」
「後は、参加者の楽器を搬入した後の保管ですね」
ジャンカルロがそっとヴァレリアの背後に立ち、直ぐ後ろで低い声が聞こえて来た。ヴァレリアの細い肩が小さく跳ねる。 ヴァレリアを両サイドで挟んでいるトロヴァート家の双子が、不躾なジャンカルロを半眼で見つめた。
「ちょっと、少し距離が近いわよ」
フィオレラの不機嫌な声に、ジャンカルロは肩を竦めただけだった。
「よしっ、次は会場を確認しよう」
微妙な空気だった雰囲気を払拭する様に、フラヴィオの明るい声が間に入ってくる。一同は気を取り直して会場へ移動した。
「誰もいない講堂って結構広いし、声も響くんだね」
声にエコーが掛かるのが楽しいのか、フラヴィオは歌ったり、叫んだりして、エコーを楽しんでいる。フィオレラは五月蝿そうにフラヴィオを見ている。
「ヴァレリア、彼には気をつけた方がいい」
「フリオ、彼ってもしかしてジャンカルロの事?」
「そうね、私もそう思うわ」
「彼はもしかしたら、普通の平民じゃないかも知れない」
「えっ、フリオ、どういう事?」
「ん~、なんていうか、勘かな」
「勘ね~」
「兎に角、彼には気を許してはダメだって気がする」
「ん~、彼はヴァレリアに気があるんじゃない?」
フィオレラの発言にフリオが納得した様に頷いた。当のジャンカルロはフラヴィオと話しているので、ヴァレリアたちの話は聞こえていない。
「でも、私は彼と会った事もないわ。 生徒会で初めて顔を合わせたのよ?」
「そんなのヴァレリアが知らない間に、何処かで見かけて見染められたに違いないわ」
「……心当たりが全くないのだけど……」
「彼、平民だしね」
「それか、屋敷に彼の商会を呼んだ時とか」
「彼の商会はうちは使ってなくて…….」
「ああ、ヴァレリアの所は王家御用達の商会だからな」
三人でいくら頭を捻っても分からず、何も優良な意見は出なかった。しかし、ジャンカルロには気をつけようと、ヴァレリアは思っていた。
彼、話す時の距離が近いのよねっ……。
ジャンカルロのパーソナルエリアが壊れているのか狭いのか、身長の高い彼が直ぐ近くまで寄って来るのは怖いと感じていた。
ファーベル様は怖くないのだけど。
ファブリツィオとの身長差を思い出し、ヴァレリアの胸に温かいものが流れ込んでくる。頬が緩み、自然と優しい顔つきなっている事に、ヴァレリアは気づいていなかった。
フリオとフラヴィオ、ジャンカルロの三人に、参加する生徒への説明会が行われる旨を手分けして伝えてもらい、ヴァレリアとフィオレラは生徒会室へ行き、音楽祭のパンフレット作りをする事になった。
「参加者の演奏の順番をどうするかよね?」
「それが一番、揉めそうだわ」
「本当にね。格式と純血を重んじる貴族社会だからね」
「ええ」
二人が会議を行うテーブルに付いていると、実行委員の一人が紅茶を淹れて二人の分も持って来てくれた。実行委員にお礼を言うと、彼女は自分の分のついでだと言い、離れていった。しかし、途中で何かを思い出したのか戻って来た。
「あ、そうですわ。ヴァレリア様、お気をつけ下さいませ。今、少しだけ良くない噂が出回ってますわ」
「良くない噂ですか?」
「その話、もっと詳しくお願いしますわ」
怪訝そうにヴァレリアは首を傾げ、フィオレラは厳しい眼差しを彼女に向けた。
「ええ、よろしいわよ。先に前置きをしておきますわ。私は生徒会でのヴァレリア様を知っていますから、そんな事はなさっていない事は知っていますけれど。生徒会では、ヴァレリア様からクローチェ伯爵令嬢が虐げられているという噂が出回ってますわ。あくまでも、クローチェ伯爵令嬢に心頭している方の間で、ですけど」
実行委員の彼女は、一息で言い切り、『あんな娼婦みたいな令嬢の何処がいいのかしら』と、怒り心頭だ。彼女の様子から、カーティアに婚約破棄されられ、破棄を揉み消された一人の様だ。
「私はヴァレリア様の味方ですから」
「あ、ありがとうございます」
強く両手を握り絞められ、彼女の迫力に気圧されて、ヴァレリアは頬を引き攣らせた。
「お仕事中に邪魔して申し訳ございませんわ。では、私も仕事に戻りますわ」
「ええ、有意義な話を教えてくださってありがとう」
フィオレラがお礼を言うと、彼女はフラヴィオの隣の席へ座って仕事を始めた。
彼女は、会計のフラヴィオを補佐している数字に強い才女だ。ヴァレリアは不思議に思い、フィオレラに話しかける。
「ねぇ、彼女の様子では、クローチェ伯爵令嬢を相当恨んでいそうに見えるのだけど、彼女の家の方が家格は上じゃないかしら?」
『実はね』と、声を潜めたフィオレラは、更にカーティアの事を調べたらしい。
伯爵家でも、クローチェ家の家格は下の方だ。では、何故、カーティアが婚約破棄させた件が揉み消されているのか。
破棄で発生する慰謝料は随分と掛かるだろう。慰謝料も支払い済みの様だ。
「そんなお金と揉み消せる権力は何処から来たのか」
「彼女の家格は侯爵家、という事はそれより上……」
ヴァレリアのまさかと言う思いが脳裏で浮かぶ。察したフィオレラから直ぐに否定が入った。
「殿下ではないわよ。クローチェ伯爵令嬢が婚約破棄騒動を起こしたと知っていたら、もっと早くにヴァレリアの元に戻って来たわよ」
「そうよね」
ヴァレリアは眉尻を下げてホッと胸を撫で下ろした。まだファブリツィオを信じきれていない自身にとても反省した。
「仕方ないわよ、今までの事があるんだから」
フィオレラの慰めに小さく頷く。
「王家ではないなら、公爵家しかないけど……」
カーティアの家が公爵家と繋がっているのか、分からない。
「実はね。他国の事だから、あまり知られていないし、私も最近、知ったのだけど。クローチェ家に、王妃様の遠縁が嫁いだらしいの」
王妃という言葉に、ヴァレリアは周囲を見回した。しかし、先程の実行委員の彼女はいつの間にか席を立っていて、ヴァレリアとフィオレラ以外は誰もいなかった。
安堵の息を吐いたヴァレリアは、嫌な予感に眉間に深い皺を刻んだ。
「待って!もしかなくても、王妃様が揉み消しを……」
「ええ、恐らく。王妃様が口を出したっていう証拠はないから」
「そう」
暫し二人の間に沈黙が落ち、ポツリとヴァレリアが呟いた。
「そうだわ、前に彼女には庇ってくれる誰かがいるのだろうと、ファブリツィオ様が言っていたことがあったわ」
「なるほど、じゃ、その人物があの方って事ね」
「ええ、きっとそうだわ」
こそこそと話す二人の姿は、生徒会室に入って来た生徒たちには、何か悪巧みをしている様に映っていた事に、ヴァレリアとフィオレラは全く気付いていなかった。
◇
ふふっ、上手いこと春の園遊会の準備メンバーに入れたわ。 正直言って、ちょっとだけ心配だったのよね。 ファブリツィオ殿下は二年生になってから、一度も名前を呼んでくれないし、ランチも誘ってくれない。 もう、私に興味を無くしたかと思ってたのに。
「殿下から春の園遊会の準備メンバーに指名頂けて良かったわ。 やっぱり殿下はまだ、私の事が好きなのねっ!」
背後から大きな溜め息が吐き出された。
「ちょっと、いい気分の所を重い溜め息で台無しにしないで頂戴っ!」
「浮き足立つ前に手伝って下さい。 春の園遊会でのレクリエーションをクラス毎にするか、全学年にするのか、どちらかにするか問う為の資料をまとめないと駄目なんですから」
自身のメイド、アリーチェが厳しい眼差しで訴えてくるので、カーティアは気分が台無しになり、不満の表情を表す。
「そんな事する必要があるの? 会議で口頭で言えばいいじゃない」
「では、お嬢様は予算が決められた中、どの企画にどれくらいのお金が掛かり、三泊四日で幾つの企画が行えるのか、資料無くして直ぐに答えられるのですか? 全学年とクラス毎では掛かる費用も違いますし、『ペアで肝試し』は、肝試しする場所の許可も必要ですよ?」
アリーチェから矢継ぎ早に詰められ、カーティアは令嬢らしからぬ舌打ちを鳴らした。 冷めた目でアリーチェに見つめられ、カーティアの沸点は一気に上がった。
カーティアの大きな声が学園寮の自室、共同居間で響いた。
「私に口答えしないでっ! じゃ、貴方がやりなさいよっ! 私のメイドでしょう」
アリーチェはやれやれと、深い溜め息を吐いた。
「お嬢様は、将来は王太子妃になり、いずれは王妃になりたいのでしょう?」
「そうよ、私は王妃になるのだから、事務仕事なんて、誰かがやるでしょう」
「そう言う訳には参りません。 人に仕事を回すにしても、回す仕事の事を何も知らないでは、臣下に舐められますし、つけ込まれて利用されるだけです。 王妃様とも約束されたでしょう? ちゃんと勉強すると」
王妃の名前を出され、カーティアは悔しそうに唇を引き結んだ。 暫くして、観念したのか、カーティアは不機嫌な様子で企画書作りに没頭し出した。
「お嬢様は頭は悪くないのですから、もっと上手く立ち回って下さい。 異性との交流も程々にして頂かないと、」
「仕方ないじゃない。 王妃様に『貴方に婚約破棄させる魅力があるのか見てみたい』って言われれば、やるしかないじゃない」
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「だって、皆、面白い様に落ちていくのよ? 誰だって面白いと思うわよ。 ねぇ、貴方もそう思うでしょ?」
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彼のお陰でカーティアはファブリツィオの排斥だげでなく、王妃と繋がりを持ち、王太子妃の座を狙っている事が分かった。
何も知らずに、せっせと企画書を作成しているカーティアとアリーチェの二人の姿を、ピエトロのコマは微笑んで眺めていた。
◇
「で、コマを潜り込ませて分かった事は、クローチェ伯爵令嬢が狙っているのは俺の排斥だけでなく、マウリツィオ兄上の妻の座も狙っていると」
「はい」
ファブリツィオは、あまりの無謀さに頭を抱えた。
兄上の妻なんて、クローチェ伯爵令嬢には務まらないぞっ! しかも、王妃が婚約破棄を示唆したって、どういう事だ。
「……王妃は兄上に、母国である隣国の姫君との婚約を整えようとしているよな?」
「ええ、そうですね」
「クローチェ伯爵令嬢の口振りだと、王妃と婚約破棄をする代わりに、王太子妃になれるという取引をしたって事か?」
「に、取れますね」
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