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21話
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ホールに響くオーケストラの演奏はとても素晴らしいものだった。しかも、若干16歳で楽団に入団した少年のバイオリンは特に素晴らしく、年齢を感じさせない深みのある音色だった。
もう一人のバイオリン奏者との二重奏は圧巻だった。楽しそうに演奏する二人の姿に、聴いているこちらまで楽しくなる二重奏だった。
「やはり、上には上がいるものだな。 彼はヴァレリオと同じ年齢だったな」
「ええ、そうですね」
「う~ん、ヴァレリオとの二重奏も聴いてみたいが、ヴァレリオの方が若干落ちるか」
「同じ年でも、プロと比べられたら、ヴァレリオが可哀想です」
「そうだなっ、でも少しだけヴァレリオのバイオリンも聴きたくなってしまったな」
「ファーベル様がそう言っていたと知ったら、とても喜ぶと思います」
二人の手は肘置きの上で握られていた。
楽しそうにロイヤル席で談笑しながら、楽団に聴き入っているファブリツィオとヴァレリアの姿は、大勢の人に目撃されていた。
『第三王子であるファブリツィオ殿下と、婚約者のストラーネオ侯爵令嬢の二人は、最近とても仲睦まじい様子だ』、と貴族の間で広まっていった。
◇
新学期が始まり、講堂で始業式が行われた。講堂は劇場の様な作りで、観客席と舞台がある。今、舞台上には学園長が立ち、お決まりの長い挨拶が行われている。
講堂の席は自由席で、学年問わず好きな席へ座ってもいい事になっている。 しかし、何となくだが、学年ごとに座る場所は暗黙の了解で決められるものだ。
真ん中付近が三年生、左側が二年生、右側が一年生と、皆は無意識のうちに別れて座っていた。右側の一年生の中にヴァレリオと、クラスメイトである友人、ジャンカルロ・マリア・グイディが座っていた。
彼は大店の商会の息子で、新生徒会の書記に当選した一年生だ。見目はそこそこの美男子だ。
長々と話す学園長の挨拶は退屈で、学園生は皆、早々に飽きていた。ジャンカルロも飽きた生徒の一人で、彼の視線の先にあるのは、仲睦まじそうに並んで座っているファブリツィオとヴァレリアの二人だ。
「本当に仲直りしたんだな、あの二人」
「えっ? あぁ、姉上とファブリツィオ殿下の事か」
ジャンカルロの視線を追ってヴァレリオは納得した様に頷いた。 ジャンカルロはとても残念そうな表情を浮かべている。
「ヴァレリア嬢の意思は硬そうだな。 振り向かせるのは一苦労しそうだ」
「おいっ」
ジャンカルロの不穏な言葉と雰囲気に、ヴァレリオが低い声を出して嗜める表情を浮かべる。ヴァレリオに睨まれたジャンカルロは、肩をすくめただけだった。
「大丈夫だよ、リオ。流石に王族の婚約者に手を出さないよ。彼女が悲しんでいないなら、俺の出る幕はない。でも、密かに想う事は自由だろう」
「お前、本当に姉上が好きなんだな」
「最初に言っただろ?君の姉上が好きだって」
「冗談だと思ってた。殿下は意外と嫉妬深いから、知られない様に気をつけろよ」
「そうなんだ、気をつけるよ」
ジャンカルロが本気で言っているのか、分からないが、とても嫌な予感がして不安に駆られるヴァレリオだった。
◇
始業式の後、生徒会室に新生徒会と新実行委員が集まった。ファブリツィオは少しだけどうするか悩んでいた。
二月末に音楽祭があって、三月の中旬に三泊四日の春の園遊会があるのか。
ファブリツィオは、二人の副会長であるヴァレリアとカーティアに、どちらを任せるか悩んでいた。
冬休みに考えていたのだが、音楽祭も大事な行事である。しかし、生徒たちが楽しみにしているのは、春の園遊会だろう。
春の園遊会は、学園都市である王家直轄地の保養施設で行われる。中央区に学園があり、東西南北に各所で学べる施設があるが、北区に農業センターがあり、広大な土地があって森も広がっている中に、保養施設は建てられている。
ファブリツィオはピエトロとの会話を思い出していた。
『では、殿下はクローチェ伯爵令嬢に春の園遊会を任せると?彼女だと仕事を他人任せにしそうですけど……』
『まぁ、そうだろうな。オルモ子爵令嬢が大変だろうなっ』
『ええ、そうなるでしようね』
深い溜め息を吐いたファブリツィオは悔いる様な声を吐き出した。
『何で気づかなかったかな、俺は!』
『今更、言っても仕方ないですよ。それよりも、春の園遊会を彼女に任せれば、何か尻尾を出すと思っているのでしょう?』
『まぁ、簡単に言えばそうだな』
無言でファブリツィオを見つめた後、ピエトロは仕方ないと溜め息を吐いた。
『分かりました。ですが、ストラーネオ侯爵令嬢には本来の目的を伝えた方がいいです。クローチェ伯爵令嬢と殿下がダンスを踊る姿を見るのを避けてましたからね』
『……っ分かった』
回想を終え、ヴァレリアの方へ視線をおくる。ヴァレリアは僅かに微笑んだ。
淑女の仮面を被れるリアに本来の目的を話しても、周囲にはバレないだろう。 よしっ、先ずはリアに目的を話してからだな。
集まった皆の顔を見て、ファブリツィオは口を開いた。
「皆、元気に学園へ戻って来てくれてありがとう。今日は特にやる事はないのだが、今後のスケジュールだけ報告しておく」
皆が一斉に返事を返して来た。
「二月末に音楽祭、三月中旬に三泊四日の春の園遊会、四月末に芸術祭、六月末に卒業式がある。七月の始めに学期末テストがあり、終業式で後は夏休みだ」
「毎月、何かの行事があるんだ。目白押しだね、あ、でも四月以降はテストだけなんだ」
フラヴィオはテストを嫌そうに言った。
「フラヴィオ、学期末テストは大事だぞ。卒業に関わってくるんだからしっかり頑張れよ」
「選挙はどうするの?」
「選挙は六月の始めにして、三年生を送る会を新生徒会の皆がやればいいと思っているんだが、どうだろう?」
「いいんじゃないかな。じゃ、僕たち生徒会は六月の選挙までだね」
「ああ、そういう事になるな。俺は次の選挙には出ないからな」
「えっ、そうなの?!」
フラヴィオは他のニ年生を見ると、今回の選挙で落ちた二年生の実行委員たちも、苦笑を零しながら頷いている。勿論、ヴァレリアとカーティアもだ。
「フラヴィオ様、三年生は卒論で忙殺されると思いますわ。春の園遊会も、三年生は保養施設に行きますけど、一日中勉強漬けですわよ」
カーティアが親切にフラヴィオに教えていた。聞いたフラヴィオは、三年の春の園遊会は行かないと言い出した。
しかし、ファブリツィオの『卒業出来なくてもいいなら、サボるんだな』と言う一言に、学園側の強制力を感じる。
一つ咳払いをし、ファブリツィオが締める。
「話がそれたが、以上が今後のスケジュールだ。他に何か要望があれば、都度話し合おう。今日は以上だ、解散」
解散の声を聞き、皆は寮へ帰って行く。
ファブリツィオは、トロヴァートの双子と一緒に帰るヴァレリアを引き留めた。
「リア、ちょっとだけ待て。仕事の話があるから、学園寮の執務室に来てくれ」
王族の顔をしたファブリツィオに、ヴァレリアも淑女の仮面を被り、臣下の礼をする。 存外に周囲へ二人は仕事の話をしますよと、知らせた。
「はい、承知いたしました。では、先に行っております」
「ああ」
ヴァレリアがファブリツィオの補佐を務めている事は、学園の皆が知っているので、不思議には思われなかった。
しかし、カーティアは面白くなさそうに顔を一瞬だけ歪めていた。
◇
執務室の中央に置かれたソファーセットの三人掛けのソファーで、二人は並んて座った。ファブリツィオは静かに話し始めた。
「リア、三泊四日の春の園遊会だが」
「はい」
真面目な表情を浮かべるファブリツィオに、ヴァレリアは佇まいを正した。
「クローチェ伯爵令嬢に準備を任せようと思う」
「えっ」
「クローチェ伯爵令嬢が俺の排斥を狙っているのは知っているよな?」
「はい、存じております」
察しのいいヴァレリアはファブリツィオの意図を理解した。彼女は真っ直ぐにファブリツィオを見つめた。
「囮になるつもりですかっ?!」
「ああ、何か仕掛けて来るにしても、春の園遊会が一番、都合が良いだろう?それに準備を任せれば、何か仕掛けるかもしれない。絶好の機会だからな」
ヴァレリアは心配そうな表情で見つめて来た。重ねた手を優しく握りしめ、ファブリツィオは安心させる様に微笑んだ。
「大丈夫だ、もしリアが心配する様な事を見てしまっても、俺の事を信じてくれ。 リアをまた、傷つけてしまうかもしれないが、あったことは全て包み隠さず、リアに報告する」
まだ心配なのか、ヴァレリアの表情は浮かない。暫し俯いていたヴァレリアは、次に顔をあげた時は、決然とした表情をしていた。
「分かりました、ファーベル様。ファーベル様が戦うのですから、私も戦います。でも、約束して下さい。絶対に危険な事はしないで下さい!どんな手で排斥を狙って来るのか、分からないのですから!出来れば、私を不安にさせないで欲しいです」
見上げてくるヴァレリアに視線を奪われ、腕を引いて顔を近づけていく。
すまない、リア。口付けで誤魔化すつもりはない。だけど、もう我慢が効かない!
ファブリツィオの顔が目の前まで来た時、ヴァレリアが受け入れる様に瞳を閉じた。
初めての口付けは甘美で、いつまでもしていたい気持ちに駆られたが、直ぐにピエトロが止めに入って来るだろう。ピエトロが止めに入って来るまで、二人は口付けを交わした。
◇
翌日の生徒会の会議で、誰に仕事を振るのか、発表した。
「ストラーネオ侯爵令嬢には、二月末にある音楽祭の準備を頼む。補佐にトロヴァートの双子と、書記のジャンカルロを付ける。予算に関してはフラヴィオと相談してくれ」
「はい、喜んで努めます」
一つ頷いたファブリツィオはカーティアに視線を向ける。
「クローチェ伯爵令嬢には私と一緒に、春の園遊会の準備をしてもらう。補佐にはオルモ子爵令嬢と予算管理はヴァレリオだ」
ファブリツィオはヴァレリオに視線をやり、アイコンタクトを取る。ヴァレリオは静かに頷いた。
喜んだカーティアは、張り切って返事を返し、アリーチェはとても嫌そうな表情を浮かべた。アリーチェの心情は痛い程分かる。音楽祭の準備の方が楽だったが、アリーチェが主人を見限るチャンスでもある。
そっとアリーチェに視線をやったが、ファブリツィオには彼女がどうするつもりなのか、全く読めなかった。
一人張り切るカーティアがご機嫌な様子でファブリツィオに話しかけて来た。
「殿下、私、頑張りますね。きっと役に立って見せます!」
可愛らしさの演出か、カーティアは両手を両肩の前で力強く握りしめた。彼女の本性を知った後だからか、カーティアの全ての仕草や言動が、とても白々しく見えてくる。
ファブリツィオは頬を引き攣らせ、カーティアから後ずさった。
「程々に頑張ってくれ」
「はい!」
空気を読めていないのか、カーティアは予め考えていた案を話し始めた。
ファブリツィオが指名しなくても、カーティアは自分から春の園遊会の準備を買って出るつもりでいたらしい。
いつから用意していたのか、分厚い資料を自身の鞄から取り出した。
「いっぱい、楽しそうな企画を考えました!」
カーティアの後ろで頭を抱えたアリーチェの姿が見える。
「ヴァレリオ様も聞いて下さいませ」
久しぶりの自分が主役の様な状況に、カーティアは浮き足だっている様だ。カーティアの話は止まらなかった。
生徒会の会議を終え、学園寮の執務室へ戻って来たファブリツィオは、執務机に突っ伏すなり、深い溜め息を吐き出した。
ファブリツィオを見たピエトロは、呆れた声を出した。
「ご自分で決められた事でしょ? 今からそんな事でどうするんですか?」
「分かっている!」
小さく笑うヴァレリオの声が聞こえ、ファブリツィオはムスッと顔を上げた。
「笑うなっ、ヴァレリオ」
「申し訳ありません、殿下」
苦笑を零すヴァレリオとは、今後についての作戦会議を行う。笑う隣で、ヴァレリオを嗜める声がする。
「ヴァレリオ、失礼ですよ。ファブリツィオ様は頑張っておられました」
「うん、ありがとう。リア」
勿論、ヴァレリアに全てを報告すると約束したので、作戦会議にもヴァレリアは参加させている。二人の血筋はややこしいが、一緒に生徒会をやって行くうちに、彼女はヴァレリオに慣れて来たようだ。
まだ、少しだけ手が震えているかっ。
別々に報告しようかと思ったが、祖父の事を克服しようとしているヴァレリアの邪魔はしたくない。
春の園遊会の仕事をカーティアに回したお陰で、ファブリツィオに張り付いて来る頻度が多くなりそうで、どうにか言い訳をして、カーティアを振り切ってきた。
「クローチェ伯爵令嬢の様子からして、まだ、殿下にはハニートラップが効くだろうと思っている節がありますが?」
「ああ、それはクローチェ伯爵令嬢が新たに雇ったコマが関係している」
ヴァレリオは眉を上げただけだったが、ヴァレリアは不思議そうに首を傾げた。
「あ、あの、クローチェ伯爵令嬢のコマはアリーチェ嬢じゃありませんか?」
「リア、知っていたのか?」
ファブリツィオは意外だと、存外に表情に出した。ヴァレリアは苦笑を零しながら頷いた。
「はい、以前に彼女を調べた時に知りました」
『流石だ』と、ヴァレリオとピエトロが頷いた。ピエトロが理由を打ち明ける。
「彼女はコマ使いを首になったんですよ。今はメイドの仕事しかしていませんね。新しいコマは私が彼女に気づかれずに用意しました」
「彼女のコマには、俺が外聞を気にして、リアと仲良くしていると彼女に伝える様に言った」
「そうなんですね」
「嘘だけど、彼女はその嘘を信じている」
「なるほど、そうですか」
「ああ、だからヴァレリオはその辺の事はあまり彼女には、突っ込まない様に」
「はい、承知致しました」
皆で今後の案を出し合い、目的を果たす為、遅くまで話し合いは続けられた。
もう一人のバイオリン奏者との二重奏は圧巻だった。楽しそうに演奏する二人の姿に、聴いているこちらまで楽しくなる二重奏だった。
「やはり、上には上がいるものだな。 彼はヴァレリオと同じ年齢だったな」
「ええ、そうですね」
「う~ん、ヴァレリオとの二重奏も聴いてみたいが、ヴァレリオの方が若干落ちるか」
「同じ年でも、プロと比べられたら、ヴァレリオが可哀想です」
「そうだなっ、でも少しだけヴァレリオのバイオリンも聴きたくなってしまったな」
「ファーベル様がそう言っていたと知ったら、とても喜ぶと思います」
二人の手は肘置きの上で握られていた。
楽しそうにロイヤル席で談笑しながら、楽団に聴き入っているファブリツィオとヴァレリアの姿は、大勢の人に目撃されていた。
『第三王子であるファブリツィオ殿下と、婚約者のストラーネオ侯爵令嬢の二人は、最近とても仲睦まじい様子だ』、と貴族の間で広まっていった。
◇
新学期が始まり、講堂で始業式が行われた。講堂は劇場の様な作りで、観客席と舞台がある。今、舞台上には学園長が立ち、お決まりの長い挨拶が行われている。
講堂の席は自由席で、学年問わず好きな席へ座ってもいい事になっている。 しかし、何となくだが、学年ごとに座る場所は暗黙の了解で決められるものだ。
真ん中付近が三年生、左側が二年生、右側が一年生と、皆は無意識のうちに別れて座っていた。右側の一年生の中にヴァレリオと、クラスメイトである友人、ジャンカルロ・マリア・グイディが座っていた。
彼は大店の商会の息子で、新生徒会の書記に当選した一年生だ。見目はそこそこの美男子だ。
長々と話す学園長の挨拶は退屈で、学園生は皆、早々に飽きていた。ジャンカルロも飽きた生徒の一人で、彼の視線の先にあるのは、仲睦まじそうに並んで座っているファブリツィオとヴァレリアの二人だ。
「本当に仲直りしたんだな、あの二人」
「えっ? あぁ、姉上とファブリツィオ殿下の事か」
ジャンカルロの視線を追ってヴァレリオは納得した様に頷いた。 ジャンカルロはとても残念そうな表情を浮かべている。
「ヴァレリア嬢の意思は硬そうだな。 振り向かせるのは一苦労しそうだ」
「おいっ」
ジャンカルロの不穏な言葉と雰囲気に、ヴァレリオが低い声を出して嗜める表情を浮かべる。ヴァレリオに睨まれたジャンカルロは、肩をすくめただけだった。
「大丈夫だよ、リオ。流石に王族の婚約者に手を出さないよ。彼女が悲しんでいないなら、俺の出る幕はない。でも、密かに想う事は自由だろう」
「お前、本当に姉上が好きなんだな」
「最初に言っただろ?君の姉上が好きだって」
「冗談だと思ってた。殿下は意外と嫉妬深いから、知られない様に気をつけろよ」
「そうなんだ、気をつけるよ」
ジャンカルロが本気で言っているのか、分からないが、とても嫌な予感がして不安に駆られるヴァレリオだった。
◇
始業式の後、生徒会室に新生徒会と新実行委員が集まった。ファブリツィオは少しだけどうするか悩んでいた。
二月末に音楽祭があって、三月の中旬に三泊四日の春の園遊会があるのか。
ファブリツィオは、二人の副会長であるヴァレリアとカーティアに、どちらを任せるか悩んでいた。
冬休みに考えていたのだが、音楽祭も大事な行事である。しかし、生徒たちが楽しみにしているのは、春の園遊会だろう。
春の園遊会は、学園都市である王家直轄地の保養施設で行われる。中央区に学園があり、東西南北に各所で学べる施設があるが、北区に農業センターがあり、広大な土地があって森も広がっている中に、保養施設は建てられている。
ファブリツィオはピエトロとの会話を思い出していた。
『では、殿下はクローチェ伯爵令嬢に春の園遊会を任せると?彼女だと仕事を他人任せにしそうですけど……』
『まぁ、そうだろうな。オルモ子爵令嬢が大変だろうなっ』
『ええ、そうなるでしようね』
深い溜め息を吐いたファブリツィオは悔いる様な声を吐き出した。
『何で気づかなかったかな、俺は!』
『今更、言っても仕方ないですよ。それよりも、春の園遊会を彼女に任せれば、何か尻尾を出すと思っているのでしょう?』
『まぁ、簡単に言えばそうだな』
無言でファブリツィオを見つめた後、ピエトロは仕方ないと溜め息を吐いた。
『分かりました。ですが、ストラーネオ侯爵令嬢には本来の目的を伝えた方がいいです。クローチェ伯爵令嬢と殿下がダンスを踊る姿を見るのを避けてましたからね』
『……っ分かった』
回想を終え、ヴァレリアの方へ視線をおくる。ヴァレリアは僅かに微笑んだ。
淑女の仮面を被れるリアに本来の目的を話しても、周囲にはバレないだろう。 よしっ、先ずはリアに目的を話してからだな。
集まった皆の顔を見て、ファブリツィオは口を開いた。
「皆、元気に学園へ戻って来てくれてありがとう。今日は特にやる事はないのだが、今後のスケジュールだけ報告しておく」
皆が一斉に返事を返して来た。
「二月末に音楽祭、三月中旬に三泊四日の春の園遊会、四月末に芸術祭、六月末に卒業式がある。七月の始めに学期末テストがあり、終業式で後は夏休みだ」
「毎月、何かの行事があるんだ。目白押しだね、あ、でも四月以降はテストだけなんだ」
フラヴィオはテストを嫌そうに言った。
「フラヴィオ、学期末テストは大事だぞ。卒業に関わってくるんだからしっかり頑張れよ」
「選挙はどうするの?」
「選挙は六月の始めにして、三年生を送る会を新生徒会の皆がやればいいと思っているんだが、どうだろう?」
「いいんじゃないかな。じゃ、僕たち生徒会は六月の選挙までだね」
「ああ、そういう事になるな。俺は次の選挙には出ないからな」
「えっ、そうなの?!」
フラヴィオは他のニ年生を見ると、今回の選挙で落ちた二年生の実行委員たちも、苦笑を零しながら頷いている。勿論、ヴァレリアとカーティアもだ。
「フラヴィオ様、三年生は卒論で忙殺されると思いますわ。春の園遊会も、三年生は保養施設に行きますけど、一日中勉強漬けですわよ」
カーティアが親切にフラヴィオに教えていた。聞いたフラヴィオは、三年の春の園遊会は行かないと言い出した。
しかし、ファブリツィオの『卒業出来なくてもいいなら、サボるんだな』と言う一言に、学園側の強制力を感じる。
一つ咳払いをし、ファブリツィオが締める。
「話がそれたが、以上が今後のスケジュールだ。他に何か要望があれば、都度話し合おう。今日は以上だ、解散」
解散の声を聞き、皆は寮へ帰って行く。
ファブリツィオは、トロヴァートの双子と一緒に帰るヴァレリアを引き留めた。
「リア、ちょっとだけ待て。仕事の話があるから、学園寮の執務室に来てくれ」
王族の顔をしたファブリツィオに、ヴァレリアも淑女の仮面を被り、臣下の礼をする。 存外に周囲へ二人は仕事の話をしますよと、知らせた。
「はい、承知いたしました。では、先に行っております」
「ああ」
ヴァレリアがファブリツィオの補佐を務めている事は、学園の皆が知っているので、不思議には思われなかった。
しかし、カーティアは面白くなさそうに顔を一瞬だけ歪めていた。
◇
執務室の中央に置かれたソファーセットの三人掛けのソファーで、二人は並んて座った。ファブリツィオは静かに話し始めた。
「リア、三泊四日の春の園遊会だが」
「はい」
真面目な表情を浮かべるファブリツィオに、ヴァレリアは佇まいを正した。
「クローチェ伯爵令嬢に準備を任せようと思う」
「えっ」
「クローチェ伯爵令嬢が俺の排斥を狙っているのは知っているよな?」
「はい、存じております」
察しのいいヴァレリアはファブリツィオの意図を理解した。彼女は真っ直ぐにファブリツィオを見つめた。
「囮になるつもりですかっ?!」
「ああ、何か仕掛けて来るにしても、春の園遊会が一番、都合が良いだろう?それに準備を任せれば、何か仕掛けるかもしれない。絶好の機会だからな」
ヴァレリアは心配そうな表情で見つめて来た。重ねた手を優しく握りしめ、ファブリツィオは安心させる様に微笑んだ。
「大丈夫だ、もしリアが心配する様な事を見てしまっても、俺の事を信じてくれ。 リアをまた、傷つけてしまうかもしれないが、あったことは全て包み隠さず、リアに報告する」
まだ心配なのか、ヴァレリアの表情は浮かない。暫し俯いていたヴァレリアは、次に顔をあげた時は、決然とした表情をしていた。
「分かりました、ファーベル様。ファーベル様が戦うのですから、私も戦います。でも、約束して下さい。絶対に危険な事はしないで下さい!どんな手で排斥を狙って来るのか、分からないのですから!出来れば、私を不安にさせないで欲しいです」
見上げてくるヴァレリアに視線を奪われ、腕を引いて顔を近づけていく。
すまない、リア。口付けで誤魔化すつもりはない。だけど、もう我慢が効かない!
ファブリツィオの顔が目の前まで来た時、ヴァレリアが受け入れる様に瞳を閉じた。
初めての口付けは甘美で、いつまでもしていたい気持ちに駆られたが、直ぐにピエトロが止めに入って来るだろう。ピエトロが止めに入って来るまで、二人は口付けを交わした。
◇
翌日の生徒会の会議で、誰に仕事を振るのか、発表した。
「ストラーネオ侯爵令嬢には、二月末にある音楽祭の準備を頼む。補佐にトロヴァートの双子と、書記のジャンカルロを付ける。予算に関してはフラヴィオと相談してくれ」
「はい、喜んで努めます」
一つ頷いたファブリツィオはカーティアに視線を向ける。
「クローチェ伯爵令嬢には私と一緒に、春の園遊会の準備をしてもらう。補佐にはオルモ子爵令嬢と予算管理はヴァレリオだ」
ファブリツィオはヴァレリオに視線をやり、アイコンタクトを取る。ヴァレリオは静かに頷いた。
喜んだカーティアは、張り切って返事を返し、アリーチェはとても嫌そうな表情を浮かべた。アリーチェの心情は痛い程分かる。音楽祭の準備の方が楽だったが、アリーチェが主人を見限るチャンスでもある。
そっとアリーチェに視線をやったが、ファブリツィオには彼女がどうするつもりなのか、全く読めなかった。
一人張り切るカーティアがご機嫌な様子でファブリツィオに話しかけて来た。
「殿下、私、頑張りますね。きっと役に立って見せます!」
可愛らしさの演出か、カーティアは両手を両肩の前で力強く握りしめた。彼女の本性を知った後だからか、カーティアの全ての仕草や言動が、とても白々しく見えてくる。
ファブリツィオは頬を引き攣らせ、カーティアから後ずさった。
「程々に頑張ってくれ」
「はい!」
空気を読めていないのか、カーティアは予め考えていた案を話し始めた。
ファブリツィオが指名しなくても、カーティアは自分から春の園遊会の準備を買って出るつもりでいたらしい。
いつから用意していたのか、分厚い資料を自身の鞄から取り出した。
「いっぱい、楽しそうな企画を考えました!」
カーティアの後ろで頭を抱えたアリーチェの姿が見える。
「ヴァレリオ様も聞いて下さいませ」
久しぶりの自分が主役の様な状況に、カーティアは浮き足だっている様だ。カーティアの話は止まらなかった。
生徒会の会議を終え、学園寮の執務室へ戻って来たファブリツィオは、執務机に突っ伏すなり、深い溜め息を吐き出した。
ファブリツィオを見たピエトロは、呆れた声を出した。
「ご自分で決められた事でしょ? 今からそんな事でどうするんですか?」
「分かっている!」
小さく笑うヴァレリオの声が聞こえ、ファブリツィオはムスッと顔を上げた。
「笑うなっ、ヴァレリオ」
「申し訳ありません、殿下」
苦笑を零すヴァレリオとは、今後についての作戦会議を行う。笑う隣で、ヴァレリオを嗜める声がする。
「ヴァレリオ、失礼ですよ。ファブリツィオ様は頑張っておられました」
「うん、ありがとう。リア」
勿論、ヴァレリアに全てを報告すると約束したので、作戦会議にもヴァレリアは参加させている。二人の血筋はややこしいが、一緒に生徒会をやって行くうちに、彼女はヴァレリオに慣れて来たようだ。
まだ、少しだけ手が震えているかっ。
別々に報告しようかと思ったが、祖父の事を克服しようとしているヴァレリアの邪魔はしたくない。
春の園遊会の仕事をカーティアに回したお陰で、ファブリツィオに張り付いて来る頻度が多くなりそうで、どうにか言い訳をして、カーティアを振り切ってきた。
「クローチェ伯爵令嬢の様子からして、まだ、殿下にはハニートラップが効くだろうと思っている節がありますが?」
「ああ、それはクローチェ伯爵令嬢が新たに雇ったコマが関係している」
ヴァレリオは眉を上げただけだったが、ヴァレリアは不思議そうに首を傾げた。
「あ、あの、クローチェ伯爵令嬢のコマはアリーチェ嬢じゃありませんか?」
「リア、知っていたのか?」
ファブリツィオは意外だと、存外に表情に出した。ヴァレリアは苦笑を零しながら頷いた。
「はい、以前に彼女を調べた時に知りました」
『流石だ』と、ヴァレリオとピエトロが頷いた。ピエトロが理由を打ち明ける。
「彼女はコマ使いを首になったんですよ。今はメイドの仕事しかしていませんね。新しいコマは私が彼女に気づかれずに用意しました」
「彼女のコマには、俺が外聞を気にして、リアと仲良くしていると彼女に伝える様に言った」
「そうなんですね」
「嘘だけど、彼女はその嘘を信じている」
「なるほど、そうですか」
「ああ、だからヴァレリオはその辺の事はあまり彼女には、突っ込まない様に」
「はい、承知致しました」
皆で今後の案を出し合い、目的を果たす為、遅くまで話し合いは続けられた。
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微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
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