異世界転移したら……。~色々あって、エルフに転生してしまった~

伊織愁

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第七十五話 『vsルクスの悪魔』

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 ルクスの全身から禍々しいオーラが溢れ出して広場に漂っている。 何百年と蓄積された悪魔のオーラは、途轍もなく暗黒の闇だった。

 『うわっ、今までの悪魔と一味違うねっ……』
 (……そうだなっ……マジで勝てないかもなっ)

 「ははっ」、と優斗から乾いた笑い声が飛び出した。

 全く勝てそうにない。 どうするかと、瑠衣にアイコンタクトで合図を送るが、瑠衣も呆然としていた。

 (魔力の差で負けそうだっ)

 優斗の内心の呟きに、監視スキルは『本当だね』、と返してきた。 優斗と瑠衣が立ち尽くしている間に、ルクスの方は攻撃準備が出来た様だ。

 大弓から連続で矢が放たれ、優斗と瑠衣は即座に駆け出した。 矢の飛んで来る音が耳を掠め、外れた矢が草地に突き刺さっていく。 鈍い音が辺りに響いた。

 「優斗っ! 何か作戦あるかっ?」
 「無いっ!」

 瑠衣の問いかけに、優斗はハッキリと答えた。 瑠衣にも作戦はない様だ。

 ルクスの中の悪魔の声が辺りに響き、胸の中がゾワっとする声だった。

 【ルクスを気絶させてくれた事に礼を言うぞ、小僧ども。 こいつは中々、心が折れなくてな。 やっと乗っ取れて嬉しい限りだ!】

 悪魔が話す度に、口から禍々しいオーラが吐き出されている様に感じる。

 背中がゾワゾワとする。

 「……っ」

 隣で瑠衣の舌打ちが聞こえ、大量の下僕を気絶させる為とはいえ、ルクスの中の悪魔を目覚めさせてしまった思うと、悔しさが心に滲んだ。

 「腹立つ奴だな」、と呟く瑠衣は、ボーガンで風魔法を放った。 直ぐ隣で強風が吹き荒れ、瑠衣の魔力が膨れ上がる。

 風魔法を纏った矢が猛スピードでルクスへ向かう。

 悪魔の反応は早かった。 竪琴を取り出した悪魔が音を鳴らした。

 結界を作り出す竪琴の音色だった。

 ルクスの周囲を円柱の結界が囲み、瑠衣の攻撃を全て弾き返した。 悪魔は乗っ取った者の力を使える。 悪魔に結界魔法はとても違和感があった。

 「瑠衣! 援護、頼むっ!」、と飛び出しながら声を掛け、空中に輝く銀色の足跡を付けた。 足跡を踏んで駆け上がる。

 銀色の足跡は、ルクスの周囲を囲んで輝いている。

 優斗は結界毎、強化した二本の短刀で切り付け、周囲を駆け回った。 軋む音を鳴らし、結界にヒビが入った。

 悪魔が作り出した結界は簡単に崩壊した。 煌めきながら結界の欠片が地面へ落ちて散らばる。 空中に留まっている優斗を悪魔が見上げる。

 視線を向けた悪魔はニヤリと笑い、持っていた竪琴を大鎌の武器に変えた。

 大きく大鎌を振ったが、悪魔の手に瑠衣の矢が突き刺さる。

 「ちっ」、と悔しそうに舌打ちした悪魔は、大鎌を瑠衣の方へ向けた。 大鎌を振り下ろし、禍々しい黒いオーラが瑠衣に向かって放たれた。

 背を見せた悪魔、二本の短刀を悪魔の頭上へ振り下ろす。 だが、大きな音を立てて優斗の攻撃は弾かれてしまった。

 白銀の瞳を見開き、驚きを隠せない。

 結界が張られているのかっ?! 全然、見えないし、気づかなかったっ!

 監視スキルも事態に気づかなかった為、同様に驚いている感覚が優斗に伝わった。

 瑠衣への攻撃を防げず、優斗の顔が不安に歪む。

 「瑠衣っ!」親友の名前を叫びながら、後ろへ飛んで悪魔から距離を取る。

 瑠衣は黒いオーラに纏わり付かれていたが、エルフの血が弾き返していた。

 無事な様子にホッと安堵の息を吐いた。

 「優斗、大丈夫だっ」

 悪魔を間に挟み、瑠衣が返事を返して来た。

 『やっぱり簡単には倒せなさそうだねっ』
 (ああ、結界は簡単に割れたけど……多分、全力じゃないっ)
 『うん、そうだよね。 ずっとダークエルフの草原を守って来たんだから、あんな簡単に壊れるはずがないっ』
 (後、あいつの身体、フィットした結界でも張ってるのかっ?)
 『……っ』

 瑠衣と離れてしまい、容易に作戦を話させない。 瑠衣に聞こえる話は、悪魔にも聞こえている。

 【流石、エルフか……我がオーラを弾くとは、意外にも心が強いんだな】

 優斗と瑠衣は悪魔の声には答えなかった。 悪魔と話す事はしない方がいい。

 いつの間にか心を取り込まれている事があると、聞いた事がある。

 (どうしたらいい?)、と監視スキルに問い掛けるが返事はなく、監視スキルが焦っている感覚しか感じなかった。

 【ふむ】、と小さく息を吐いたかと思った瞬間、悪魔は瑠衣の方へ猛スピードで移動した。 瑠衣は驚きの表情をしていたが、悪魔の動きを見ていた瑠衣は危な気に振り下ろされた大鎌を避けた。

 「ユウトっ! あくまのくろいしんぞうをさがさないとっ!」

 頭上から落ちて来たフィルの声にハッとした優斗は、背中を見せている悪魔の黒い心臓を探す。

 暫くじっと悪魔を見ていたら、薄っすらと黒い心臓を視界に捉えた。

 悪魔の黒い心臓は腹の位置にあった。 

 悪魔の攻撃を避けながら遠くに離れた瑠衣にどうやって知らせるかだ。

 「ユウト、ボクにまかせて。 フウジンにでんごんをたのよ」
 「そうか、フィルたちは念話が出来るんだったな」
 「うん、フウジンからルイにつたえてもらおう」

 頷いた優斗は、念話で黒い心臓の位置をフィルに伝えた。 暫くすると、瑠衣に伝わったのか、顎を引いて小さく頷いた。

 前と後ろから同時に攻撃しようと、アイコンタクトだけで伝えた。 草地に銀色の足跡を敷き、悪魔まで伸ばす。

 銀色の足跡を踏んで駆けた出した。

 優斗の足音は吸収され、周囲には全く聞こえていなかった。 悪魔は優斗が近づいている事に気づいていない様に見えた。

 二人はタイミングを合わせ、瑠衣がボーガンを構えて風魔法を放つ。 悪魔を閉じ込める風魔法だ。

 同時に、優斗は二本の短刀に魔力を流して、氷を纏わせる。

 悪魔を閉じ込めて動きを封じ、氷を纏った二本の短刀が黒い心臓を刺したかと思われた。 だが、悪魔の周囲に猛スピードで結界が形成された。 既に踏み込んでいた優斗は結界に恥飛ばされた。

 離れていた瑠衣にも衝撃波が伝わった。

 弾き飛ばされた優斗は、自身の銀色の影に助けられた。 背中が影にぶつかった時、全ての衝撃を影が吸収して優斗を受け止めた。 思わず、銀色の影にお礼が口をついて出た。

 「ありがとう、助かった」

 当たり前だが銀色の影は何も言わない。 

 役目を終えると、銀色のかげは跡形もなく消えた。 いつも思うが、彼らは何なのだろうと。 自身のスキルなのに、未だに分からない事がある。

 瑠衣にも衝撃波が向かった事を思い出し、直ぐに瑠衣の方へ視線を向けた。

 瑠衣と『大丈夫だ』とアイコンタクトを送る。 瑠衣も大丈夫の様だ。

 安心したのも束の間、悪魔が次に狙ったのは優斗だった。 大鎌を振り優斗を襲う。 短刀を構えた優斗は、既に反撃する為、動きを見ていた。 悪魔の大鎌を受けて弾き返して応戦する。

 悪魔の背中越しに瑠衣がボーガンを放つ姿が見える。

 しかし、黒い心臓に向かって放たれた瑠衣の攻撃は、悉く黒いオーラに弾き返された。 暫く悪魔との応戦が繰り返され、優斗は徐々に後ろへ下がっていた。

 「……っ」白銀の瞳を細め、眉を顰める。

 『……ユウト、どうにかしてルクスを目覚めさせられないかな?』
 (どういう事?)

 監視スキルの意図が見えない。

 (もう、ルクスは悪魔に乗っ取られて、自我はないんじゃないか?)
 『いや、もしかしたらまだ残ってるかもしれない……希望的観測だけどね……』

 (だとしたら)、優斗は大鎌を振る悪魔の方へ視線を向ける。 悪魔の所為で顔が歪んでしまっているルクスへ声を掛けた。

 「ルクスさんっ! 聞こえますか?! もし、まだ自我が残っているのなら、悪魔を抑えてくれっ!」

 他力本願ではあるが、中からルクスの自我が悪魔を抑えてくれるなら、悪魔を黒い心臓から剥がす事が容易になる。

 「ルクスさんっ!!」

 優斗の呼びかけに、悪魔が可笑しそうに笑い出した。

 【無駄だ小僧、此奴の精神は我が食ったからなっ!】
 
 「……っ」

 悪魔の笑い声が草原に響き渡り、禍々しい笑い声に離れて浄化していた華も顔を上げた。 心配そうな華の様子がモニター画面に映し出されていた。

 いつの間にか、優斗達が戦いに夢中になっていた間に、エトは華の結界の中へ運ばれていた様だ。

 『いつの間に……気づかなかったよっ』
 (うん……)
 (ボクはみてたよ。 エウロスとカークスがつれていってた)

 (……そうか)、と頭上からフィルの声が聞こえ、教えて欲しかった、と内心で呟いた。

 華はエトの浄化をしていたが、彼女のグレーの瞳は抜け殻の様に虚だった。

 彼女の精神は壊れたままだろう。 悪魔に取り憑かれていた年月が長すぎる。 

 しかし、ダークエルフとして人生を終える事は喜ばしい事だろう。

 大鎌と二本の短刀の打ち合う音が草原で鳴り、優斗は反撃に魔力を込めた。

 悪魔を吹き飛ばすつもりが、大きく身体を揺らした悪魔は足に力を入れて踏ん張った。

 (くそっ! このままじゃ、ジリ貧になるだけだ……何とかして黒い心臓に一撃でも入れないとっ)

 ◇

 優斗がルクスの中の悪魔と戦っている頃、戦いの場から離れたユウェンは、ダークエルフの草原を見渡せる場所へ来ていた。 仁奈たちが向かった安全地帯とは別の場所で、鉢合わせする事はない。

 仁奈たちと鉢合わせしたとして、ユウェンには戦える能力がなかった。 彼の能力は、自身が望む物の具現化だ。

 彼は欲しい物を具現化出来る能力を持つ、剣や家、宝石に魔法石、全て本物だ。

 彼の能力を使えば、商人にも戦士隊にも入隊出来るし、宝石商にもなれた。

 しかし、彼は能力をダークエルフの草原の為に使っていた。 ルクスの臣下を選んだのだ。

 「ルクス……」

 臣下になる前、二人は幼馴染みで親友だった。 ユウェンに民を逃せ、と指示を出したのはルクスだった。 エトに操られていたダークエルフの民たちが、華の浄化に寄って助かった様だ。 

 しかし、長年の間悪魔を取り込んでいたエトの様子は良くない。 遠くから見ていても、エトが人らしい精神を持っているか怪しい程、グレーの瞳は虚だった。

 「……っエト」

 ルクスが言っていた言葉を思い出す。

 自身が死んだ後、取り込んだ悪魔をどうするか考えているのかという質問だ。

 自身が死んだ後、惨状は容易に想像が出来る。 今、優斗たちに悪魔を浄化してもらった方がいいに決まっている。

 だが、虚なエトを眺め、ユウェンは身体を震わせた。 自身もエトの様になる事が怖くて仕方がない。

 優斗と戦っている悪魔化したルクスに視線を移す。 自身が剣を手にしたとしてもルクスの悪魔には勝てない。

 ユウェンの頭の中で悪魔の声が響く。

 【我なら力を与えられるぞ、我に身体を渡せっ!】

 低くて禍々しい声が、ユウェンの身体を震わせる。 黒いオーラが身体に纏わりつき、ユウェンの精神を攻撃する。 

 ダークエルフの血で悪魔の声を退け、叫び声を上げたユウェンは森の中へと駆け出して行った。
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