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第十五話 『魔族とは、悪魔に魅入られた者が闇落ちした姿である』
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魔族とは、悪魔に魅入られた者が闇落ちした姿である。 悪魔は人の弱い心の隙をつき、憑りついて不安を煽り、徐々に心の中に侵食していく。 悪魔の心の浸食が進むと、魔族は魔王候補へと成長し、己に従順な魔族を増やして大勢の魔族を従え、いずれは魔王となる。
◇
「おい、大丈夫か、優斗? やれるか?」
深く息を吐き出した後、優斗は力強く頷いた。 瞳には迷いはなかった。
前世でも、同級生や訳あり魔族とは、何度も闘って来た。
「ああ、大丈夫だ。 殺るしかなかった前世の時よりマシだろう? 悪魔を剥がして浄化すれば、エカテリー二の心が壊れる事はないんだからっ」
「そうだな」
優斗の意見に瑠衣も力強く頷く。
目の前で不敵に嗤うエカテリー二からは、禍々しい黒い魔力が染み出していた。
深緑のマントが、全身から溢れ出る魔力ではためく。 エカテリー二は、何も言わず、行き成り攻撃を仕掛けて来た。
草原の四方八方で魔法陣が描かれ、黒い水が沸き上がる。
渦を巻いた黒い水が優斗たち目掛けて放たれる。 全員が驚きで白銀の瞳を見開いた。
「えっ、術者って攻撃魔法、使えたか?」
「む、無理だと思うよっ」
瑠衣の投げかけた言葉に、フィルの自信無げな声が続く。 そんな事を言っている間に、渦を巻いた黒い水が激流の音を鳴らして襲い掛かる。 黒い水が渦を巻いてうねりながら、徐々に黒い水竜へと形を変え、身体をよじりながら突っ込んで来る。
固まっていた優斗たちは、慌てて黒い水竜を避ける為に四方へ散った。
フィルが銀色のスライムに姿を変え、優斗の頭の上へ飛び乗り、小刻みに白い羽根を鳴らした。
「はねがぬれるっ! ユウト、やっぱりあのこ、まぞくになったんだ。 ちょっとだけ、あぶないきがしたんだよね」
「気づいてたなら、もっと早く教えてくれよ、フィル! 知っていたら何とかできたかもしれないのにっ」
「む、だって、ハナのライバルだし。 ユウトとあんまりなかよくなってほしくなかったんだもん」
優斗は小さく息を吐き出す。 今後の為にもフィルを窘める事にした。
「もんってっ……そういう問題じゃないんだけどな」
「それに、かくじつにやみにおちるかは、わからないし」
「それでもおかしいと思ったら、今度から絶対に教えてくれ。 魔族になる前にな」
「……わかった」
『ふむ、術者は基本、水魔法を元にしているから。 水魔法の攻撃は、悪魔を取り入れた事で手に入れたんだろうね。 早く、悪魔を剥がして浄化した方がいいよ。 どんどん悪魔の浸食が進むと彼女ごと悪魔を退治しないとならない』
監視スキルの声に、溜め息で返事を返した。 周囲を見回し、瑠衣たちの位置を確認した。
「ディノ! キャンプ場に戻って、クリストフ教官とカラトス教官に『災害』の事を知らせてくれっ!」
「知らせなくても、これだけの禍々しい魔力が放たれていたら、もう気づいていると思いますっ! 本部にも教官たちから連絡がいってるはずですっ! 直ぐに応援が来るはずっ」
激流の音が四方から轟音となって響く。
皆の声が激流の音で遮れ、途切れてしまった。 絶え間なく、黒い水竜の攻撃を仕掛けて来るエカテリー二へ視線を向ける。
エカテリー二の白銀の瞳に、徐々に狂気が混じっていく。
(急がないとっ、直ぐにでも浄化が必要だっ! 教官たちと本部の応援を待ってる時間はないっ)
「……っ、ディノは出来るだけ離れていてくれっ! 俺たちで悪魔を剥がしてみるっ!」
「……ま、待ってっ、……! っ!!」
渦巻く暴風とうねる激流の音がぶつかり合い、不協和音を鳴らす。
全ての音が聞こえなくなり、ディノの後に続く言葉も、優斗の耳には届かなかった。 目の前に居たディノの姿が消え、瞳を大きく見開いた。 猛スピードで後方へ飛ばされるはためく深緑のマントが視界を横切った。 瑠衣の風魔法がショートボウガンから放たれ、強風でディノを後方へ吹き飛ばしたのだ。
直後に、草地に激流が落ちてくる轟音が鳴り響く。
今までディノが立っていた場所が、黒い水竜が突っ込んだ事で抉れて陥没し、黒い瘴気を上げていた。
全員の瞳に、恐怖が滲む。
「「ディノ! 大丈夫かっ?!」」
「うわぁ、ディノがふっとんだぁっ?!」
「ディノ、大丈夫?!」
優斗と瑠衣の声が揃い、フィルが驚きの声を上げ、仁奈が心配気な声を出した。
全員の視線が、ディノが飛んで行った森の入り口に集中した。 草叢に仰向けで突っ込んだディノの両足だけが飛び出していて、声もなく片手を上げ、振るだけで無事な事を伝えて来た。
「風神っ! ディノの護衛を頼むっ!」
瑠衣の指示に風神は無言で頷くと、ディノの場所まで駆けて行った。
雷撃と黒いオーラが衝突して火花を散らす音が上空で轟く。
衝突音に優斗たちが上空を振り仰ぐ。
隙をついた仁奈の雷の鎖は、簡単に黒いオーラが弾き飛ばした。 仁奈が驚いた表情を浮かべている。 先程、監視スキルが言っていた事を思い出した優斗はハッとして目を見開いた。
(水魔法かっ、もしかしたらっ)
無数の黒い水刃が優斗たちを襲う。
優斗は黒い水刃を見据えると、ドクンと心臓が大きく鳴った。 氷の木製短刀をクロスに構えてガードする。 黒い水刃を水分だと認識して、飛んできた黒い水刃を氷の木製短刀で受け止める。
トプンと耳元で水音が落ちる。
氷の木製短刀に触れた瞬間、黒い水刃は一瞬で凍りついて草地に落ちると砕け散った。
『そうだよ。 もっと、集中して。 周囲の水分を感じ取るんだ。 やっぱり、ユウトには実戦が効くようだね』
監視スキルの声のアドバイス通り、無数に飛び交う黒い水刃を水分として感じ取る。
トプンと水音が耳元で聞こえる。
逆手で握った2本の氷の木製短刀で、黒い水刃を左右に撥ねかえしながら、真っ直ぐにエカテリーニ向かって駆け抜ける。
氷の木製短刀に触れた黒い水刃は、一瞬で凍りついて草地に落ちていく。
凍り付いた黒い水刃は、氷の欠片となってキラキラと舞い、草地へと散らばっていった。
砕け散った自身が放った黒い水刃を無表情で見つめるエカテリー二、何を考えているのか全く読めなかった。 向かって来る優斗に気づくと、エカテリー二の魔力が膨らんだ。
優斗の白銀の瞳に力が宿り、トプンと耳元で水音が鳴る。
水音が鳴った瞬間、周囲に優斗の魔力が放たれ、身体から花びらが散る。
2本の氷の木製短刀を振り上げ、頭の中で浮かんだ言葉を心の中で叫ぶ。
『全てを凍り尽くせ!!』
音を立てて、空気中の水分が全て凍結され、無数の氷の飛礫が出来上がる。
エカテリー二が再び放とうとしていた無数の黒い水刃が形成される前に、2本の氷の木製短刀を振り下ろし、出来上がった無数の氷の飛礫をぶつけた。
形が成せなかった無数の黒い水が一瞬で凍りついていく。
大量の水が凍って砕けて草地に散らばる音が草原に響き渡った。
今の隙に、エカテリー二までに届く銀色の足跡を空中につける。 輝く足跡を踏んで跳躍しながら駆け上がり、エカテリー二に近づき、目の前で2本の強化した木製短刀を構えた。
エカテリー二の黒い心臓を探して胸の辺りに視線をやり、見つけた黒い心臓目掛けて木製短刀を振り上げた。
瞬間、無表情だったエカテリー二の白銀の瞳に感情が戻り、目元で涙が滲む。
エカテリー二の涙に優斗は躊躇した。
振り上げた両手が金縛りにあったような衝撃を受けて止まる。
ニヤリと嗤ったエカテリー二の足が優斗の腹を蹴り上げる。 深緑のマントのフードから『してやったり』と悪魔の顔が覗く。
空中へ蹴り出された優斗の身体が宙に浮く。
頭の上に乗っていたフィルが、蹴り飛ばされた事で下へ落ちていき、草地で跳ねて1回転して姿を変えるのが視界に映った。
空中でジャンプしたエカテリー二の右手に、渦を巻く黒い水が纏っていく。
優斗の頭に狙いを定めていていた。
空中で避けきれない優斗は、条件反射で瞳を強く閉じた。 瑠衣と仁奈、フィルの3人が優斗の名前を叫ぶ声が揃う。
「「優斗っ!」」
「ユウトっ!」
頭に痛みが来るだろうと思った瞬間、肩を支える手の感触と、目の前で空気が震える衝撃を受ける。
閉じた目蓋を開けて視界に飛び込んで来た光景は、3本の爪の雷撃が渦巻く黒い水を切り裂く光景だった。
振り仰ぐと、クリストフの険しい顔が直ぐそばにあった。 軽く抱き上げられ、優斗が作り出した銀色の足跡を踏んで、跳躍しながら地上へ降りて行く。
白いマントが吹き上げる風で煽られてはためく。
こんな状況なのに優斗は、『俺の銀色の足跡、他の人も踏めるのか?』、と思っていた。 律儀にも、監視スキルから『ユウトを抱き上げてるからだよ』という返事が返って来た。
監視スキルの答えに固まっていると、地上に着いた様だ。 クリストフは、瑠衣たちのそばに優斗を下ろすと、キッと睨みつけて開口一番、大きな声で怒鳴った。
「馬鹿野郎っ! なんで、勝手に動いてんだっ! お前らはまだ、ひよっこなんだっ! 俺らが来るのを待ってろよ!」
「あっ! クリストフ教官っ、後ろっ……っ」
瑠衣がクリストフの背後を指さしながら叫んだ。 怒鳴っているクリストフの真横を黒い水竜が突っ込んで来る。 何度目かの、全員が一斉に四方へ散る。 説教は一時中断された。
上空で不敵な笑い声が響き渡る。
空中でクスクスと嗤いながら、エカテリー二が地上へ降りて来る。 3本の爪が取り付けられたグローブを両手に付けたクリストフが拳を構える。 隣に立った優斗も2本の木製短刀を逆手で構えた。
後ろで瑠衣と仁奈もそれぞれの武器を構える。 そして、クリストフの問いかけに、優斗たちは眉を寄せた。
クリストフは真剣な表情で優斗、瑠衣、仁奈を1人1人を見つめている。
クリストフの質問に優斗は真剣な瞳で即答した。
「お前ら、覚悟は決まってるか? 悪魔を剥がせなかった場合、エカテリー二をやらないといけないんだ。 お前ら、エカテリー二とあんまり仲良くなかっただろう?」
「大丈夫です。 絶対に悪魔を剥がして、エカテリー二を魔族にはしない!」
『へぇ~、彼はよく見てるね』
監視スキルの声に、心の中で頷いた。
瑠衣と仁奈も、優斗に同意して力強く頷いてみせた。 ディノは後方で風神に守られ、不安げな表情を浮かべていた。
優斗たちの覚悟を確認すると、クリストフが素早く指示を出した。
「そうか、分かった。 よし、俺とユウトの武器は前衛向きだな。 二人同時で突っ込むぞ。 ルイ、俺たちが悪魔を剥がす。 お前は止めを刺せ。 ニーナは俺たちのフォローだ」
「「「はい」」」
「ディノ! お前は引き続き、そこで隠れてろっ! 悪魔を引き剥がした後の浄化は頼んだぞっ! カラトスが来るまで、お前の拙い浄化でも大分マシだろう」
「……はいっ」
「風神、引き続きディノの護衛、頼んだぞ!」
「ブルルルっ」
風神が力強く返事をし、ディノが弱々しく返事をした。 背後でショートボウガンを装着する音が耳に届く。 仁奈の竪琴の音色が鳴り響き、第二戦目が開始された。
◇
優斗たちがエカテリー二を相手にしていた頃、本部へ『災害』が発生したと知らせが届いていた。
首都ユスティティアで秘術の修行をしていた華の元へも届いた。 エルフの里で一番大きなツリーハウス、2段目の多目的室が作られている大きなログハウスの廊下を、秘術の修行場所である魔術塔へ移動する為、華は他の術者と歩いていた。
数人の戦士隊が急ぎ足で通り過ぎる時、小声で会話をしている内容が聞こえてきた。
「南の里アウステルのキャンプ場で『災害』が起こったと報告があったって?」
「今って、全里で新成人たちのブートキャンプが行われてる時じゃないかっ」
「ああ、『災害』を起こしたのは、テスモポロス家のお嬢様らしいぞ」
「それに、次期里長も参加してるんじゃなかったか?」
「……あぁ、次期里長は慣例なら首都でブートキャンプなのに、直前になって変えられたんだったな」
「えぇぇ、本当か?」
「上が言ってたし、確かだ。 こっちには参加してないしな」
慌てて対策会議に参加する戦士隊には、通り過ぎる華たちの事は視界に入らなかった様だ。 会話が聞こえた華は、通り過ぎた戦士隊を振り返って立ち止まった。
華の隣で一緒に歩いていた従弟イグナティオス・ファウヌスも足を止めた。
従弟は華の事を『エレクトラ』という愛称で呼ぶ。
「エレクトラ?」
(『災害』? 魔族が生まれたの? 南の里アウステル? そこって、優斗たちが参加してる所じゃないっ! しかも、直前に変えられたって……まさかっ……)
肩から下げた鞄の中には、フィンが入っていた。 フィルから『災害』があったと連絡が入り、急いで小声で華へ伝えられた。 華は踵を返して出口へ向かう。
「エレクトラ?! 何処へ行くの? 授業が始まるよっ!」
「ティオス、ごめん。 私、行かないと」
「えっ、どこに?」
「優斗の所へ! 今、直ぐにっ!」
「えっ、エレクトラ?!」
駆け出した華は、従弟の制止を振り切って急いだ。 第六感が華を突き動かす。
一刻も早く、優斗の元へと。
首都ユスティティアのツリーハウスを出ると、フィンが鞄から抜け出し、2メートル強の大きさに変わり、華を乗せて走り出した。
正しくは、飛び跳ねながら前へ進んだ。
(直前に変えられるなんてっ、しかも、『災害』が起こったっ! もしかしたら、優斗。 誰かに命を狙われてるかも知れないっ)
「フィン、急いでっ、お願いっ」
「わかったわ、しっかりつかまってね」
「うん!!」
止める守衛や戦士隊を無視して、南の里アウステルへ向けて、華とフィンは森の中を駆け抜けて行った。
◇
「おい、大丈夫か、優斗? やれるか?」
深く息を吐き出した後、優斗は力強く頷いた。 瞳には迷いはなかった。
前世でも、同級生や訳あり魔族とは、何度も闘って来た。
「ああ、大丈夫だ。 殺るしかなかった前世の時よりマシだろう? 悪魔を剥がして浄化すれば、エカテリー二の心が壊れる事はないんだからっ」
「そうだな」
優斗の意見に瑠衣も力強く頷く。
目の前で不敵に嗤うエカテリー二からは、禍々しい黒い魔力が染み出していた。
深緑のマントが、全身から溢れ出る魔力ではためく。 エカテリー二は、何も言わず、行き成り攻撃を仕掛けて来た。
草原の四方八方で魔法陣が描かれ、黒い水が沸き上がる。
渦を巻いた黒い水が優斗たち目掛けて放たれる。 全員が驚きで白銀の瞳を見開いた。
「えっ、術者って攻撃魔法、使えたか?」
「む、無理だと思うよっ」
瑠衣の投げかけた言葉に、フィルの自信無げな声が続く。 そんな事を言っている間に、渦を巻いた黒い水が激流の音を鳴らして襲い掛かる。 黒い水が渦を巻いてうねりながら、徐々に黒い水竜へと形を変え、身体をよじりながら突っ込んで来る。
固まっていた優斗たちは、慌てて黒い水竜を避ける為に四方へ散った。
フィルが銀色のスライムに姿を変え、優斗の頭の上へ飛び乗り、小刻みに白い羽根を鳴らした。
「はねがぬれるっ! ユウト、やっぱりあのこ、まぞくになったんだ。 ちょっとだけ、あぶないきがしたんだよね」
「気づいてたなら、もっと早く教えてくれよ、フィル! 知っていたら何とかできたかもしれないのにっ」
「む、だって、ハナのライバルだし。 ユウトとあんまりなかよくなってほしくなかったんだもん」
優斗は小さく息を吐き出す。 今後の為にもフィルを窘める事にした。
「もんってっ……そういう問題じゃないんだけどな」
「それに、かくじつにやみにおちるかは、わからないし」
「それでもおかしいと思ったら、今度から絶対に教えてくれ。 魔族になる前にな」
「……わかった」
『ふむ、術者は基本、水魔法を元にしているから。 水魔法の攻撃は、悪魔を取り入れた事で手に入れたんだろうね。 早く、悪魔を剥がして浄化した方がいいよ。 どんどん悪魔の浸食が進むと彼女ごと悪魔を退治しないとならない』
監視スキルの声に、溜め息で返事を返した。 周囲を見回し、瑠衣たちの位置を確認した。
「ディノ! キャンプ場に戻って、クリストフ教官とカラトス教官に『災害』の事を知らせてくれっ!」
「知らせなくても、これだけの禍々しい魔力が放たれていたら、もう気づいていると思いますっ! 本部にも教官たちから連絡がいってるはずですっ! 直ぐに応援が来るはずっ」
激流の音が四方から轟音となって響く。
皆の声が激流の音で遮れ、途切れてしまった。 絶え間なく、黒い水竜の攻撃を仕掛けて来るエカテリー二へ視線を向ける。
エカテリー二の白銀の瞳に、徐々に狂気が混じっていく。
(急がないとっ、直ぐにでも浄化が必要だっ! 教官たちと本部の応援を待ってる時間はないっ)
「……っ、ディノは出来るだけ離れていてくれっ! 俺たちで悪魔を剥がしてみるっ!」
「……ま、待ってっ、……! っ!!」
渦巻く暴風とうねる激流の音がぶつかり合い、不協和音を鳴らす。
全ての音が聞こえなくなり、ディノの後に続く言葉も、優斗の耳には届かなかった。 目の前に居たディノの姿が消え、瞳を大きく見開いた。 猛スピードで後方へ飛ばされるはためく深緑のマントが視界を横切った。 瑠衣の風魔法がショートボウガンから放たれ、強風でディノを後方へ吹き飛ばしたのだ。
直後に、草地に激流が落ちてくる轟音が鳴り響く。
今までディノが立っていた場所が、黒い水竜が突っ込んだ事で抉れて陥没し、黒い瘴気を上げていた。
全員の瞳に、恐怖が滲む。
「「ディノ! 大丈夫かっ?!」」
「うわぁ、ディノがふっとんだぁっ?!」
「ディノ、大丈夫?!」
優斗と瑠衣の声が揃い、フィルが驚きの声を上げ、仁奈が心配気な声を出した。
全員の視線が、ディノが飛んで行った森の入り口に集中した。 草叢に仰向けで突っ込んだディノの両足だけが飛び出していて、声もなく片手を上げ、振るだけで無事な事を伝えて来た。
「風神っ! ディノの護衛を頼むっ!」
瑠衣の指示に風神は無言で頷くと、ディノの場所まで駆けて行った。
雷撃と黒いオーラが衝突して火花を散らす音が上空で轟く。
衝突音に優斗たちが上空を振り仰ぐ。
隙をついた仁奈の雷の鎖は、簡単に黒いオーラが弾き飛ばした。 仁奈が驚いた表情を浮かべている。 先程、監視スキルが言っていた事を思い出した優斗はハッとして目を見開いた。
(水魔法かっ、もしかしたらっ)
無数の黒い水刃が優斗たちを襲う。
優斗は黒い水刃を見据えると、ドクンと心臓が大きく鳴った。 氷の木製短刀をクロスに構えてガードする。 黒い水刃を水分だと認識して、飛んできた黒い水刃を氷の木製短刀で受け止める。
トプンと耳元で水音が落ちる。
氷の木製短刀に触れた瞬間、黒い水刃は一瞬で凍りついて草地に落ちると砕け散った。
『そうだよ。 もっと、集中して。 周囲の水分を感じ取るんだ。 やっぱり、ユウトには実戦が効くようだね』
監視スキルの声のアドバイス通り、無数に飛び交う黒い水刃を水分として感じ取る。
トプンと水音が耳元で聞こえる。
逆手で握った2本の氷の木製短刀で、黒い水刃を左右に撥ねかえしながら、真っ直ぐにエカテリーニ向かって駆け抜ける。
氷の木製短刀に触れた黒い水刃は、一瞬で凍りついて草地に落ちていく。
凍り付いた黒い水刃は、氷の欠片となってキラキラと舞い、草地へと散らばっていった。
砕け散った自身が放った黒い水刃を無表情で見つめるエカテリー二、何を考えているのか全く読めなかった。 向かって来る優斗に気づくと、エカテリー二の魔力が膨らんだ。
優斗の白銀の瞳に力が宿り、トプンと耳元で水音が鳴る。
水音が鳴った瞬間、周囲に優斗の魔力が放たれ、身体から花びらが散る。
2本の氷の木製短刀を振り上げ、頭の中で浮かんだ言葉を心の中で叫ぶ。
『全てを凍り尽くせ!!』
音を立てて、空気中の水分が全て凍結され、無数の氷の飛礫が出来上がる。
エカテリー二が再び放とうとしていた無数の黒い水刃が形成される前に、2本の氷の木製短刀を振り下ろし、出来上がった無数の氷の飛礫をぶつけた。
形が成せなかった無数の黒い水が一瞬で凍りついていく。
大量の水が凍って砕けて草地に散らばる音が草原に響き渡った。
今の隙に、エカテリー二までに届く銀色の足跡を空中につける。 輝く足跡を踏んで跳躍しながら駆け上がり、エカテリー二に近づき、目の前で2本の強化した木製短刀を構えた。
エカテリー二の黒い心臓を探して胸の辺りに視線をやり、見つけた黒い心臓目掛けて木製短刀を振り上げた。
瞬間、無表情だったエカテリー二の白銀の瞳に感情が戻り、目元で涙が滲む。
エカテリー二の涙に優斗は躊躇した。
振り上げた両手が金縛りにあったような衝撃を受けて止まる。
ニヤリと嗤ったエカテリー二の足が優斗の腹を蹴り上げる。 深緑のマントのフードから『してやったり』と悪魔の顔が覗く。
空中へ蹴り出された優斗の身体が宙に浮く。
頭の上に乗っていたフィルが、蹴り飛ばされた事で下へ落ちていき、草地で跳ねて1回転して姿を変えるのが視界に映った。
空中でジャンプしたエカテリー二の右手に、渦を巻く黒い水が纏っていく。
優斗の頭に狙いを定めていていた。
空中で避けきれない優斗は、条件反射で瞳を強く閉じた。 瑠衣と仁奈、フィルの3人が優斗の名前を叫ぶ声が揃う。
「「優斗っ!」」
「ユウトっ!」
頭に痛みが来るだろうと思った瞬間、肩を支える手の感触と、目の前で空気が震える衝撃を受ける。
閉じた目蓋を開けて視界に飛び込んで来た光景は、3本の爪の雷撃が渦巻く黒い水を切り裂く光景だった。
振り仰ぐと、クリストフの険しい顔が直ぐそばにあった。 軽く抱き上げられ、優斗が作り出した銀色の足跡を踏んで、跳躍しながら地上へ降りて行く。
白いマントが吹き上げる風で煽られてはためく。
こんな状況なのに優斗は、『俺の銀色の足跡、他の人も踏めるのか?』、と思っていた。 律儀にも、監視スキルから『ユウトを抱き上げてるからだよ』という返事が返って来た。
監視スキルの答えに固まっていると、地上に着いた様だ。 クリストフは、瑠衣たちのそばに優斗を下ろすと、キッと睨みつけて開口一番、大きな声で怒鳴った。
「馬鹿野郎っ! なんで、勝手に動いてんだっ! お前らはまだ、ひよっこなんだっ! 俺らが来るのを待ってろよ!」
「あっ! クリストフ教官っ、後ろっ……っ」
瑠衣がクリストフの背後を指さしながら叫んだ。 怒鳴っているクリストフの真横を黒い水竜が突っ込んで来る。 何度目かの、全員が一斉に四方へ散る。 説教は一時中断された。
上空で不敵な笑い声が響き渡る。
空中でクスクスと嗤いながら、エカテリー二が地上へ降りて来る。 3本の爪が取り付けられたグローブを両手に付けたクリストフが拳を構える。 隣に立った優斗も2本の木製短刀を逆手で構えた。
後ろで瑠衣と仁奈もそれぞれの武器を構える。 そして、クリストフの問いかけに、優斗たちは眉を寄せた。
クリストフは真剣な表情で優斗、瑠衣、仁奈を1人1人を見つめている。
クリストフの質問に優斗は真剣な瞳で即答した。
「お前ら、覚悟は決まってるか? 悪魔を剥がせなかった場合、エカテリー二をやらないといけないんだ。 お前ら、エカテリー二とあんまり仲良くなかっただろう?」
「大丈夫です。 絶対に悪魔を剥がして、エカテリー二を魔族にはしない!」
『へぇ~、彼はよく見てるね』
監視スキルの声に、心の中で頷いた。
瑠衣と仁奈も、優斗に同意して力強く頷いてみせた。 ディノは後方で風神に守られ、不安げな表情を浮かべていた。
優斗たちの覚悟を確認すると、クリストフが素早く指示を出した。
「そうか、分かった。 よし、俺とユウトの武器は前衛向きだな。 二人同時で突っ込むぞ。 ルイ、俺たちが悪魔を剥がす。 お前は止めを刺せ。 ニーナは俺たちのフォローだ」
「「「はい」」」
「ディノ! お前は引き続き、そこで隠れてろっ! 悪魔を引き剥がした後の浄化は頼んだぞっ! カラトスが来るまで、お前の拙い浄化でも大分マシだろう」
「……はいっ」
「風神、引き続きディノの護衛、頼んだぞ!」
「ブルルルっ」
風神が力強く返事をし、ディノが弱々しく返事をした。 背後でショートボウガンを装着する音が耳に届く。 仁奈の竪琴の音色が鳴り響き、第二戦目が開始された。
◇
優斗たちがエカテリー二を相手にしていた頃、本部へ『災害』が発生したと知らせが届いていた。
首都ユスティティアで秘術の修行をしていた華の元へも届いた。 エルフの里で一番大きなツリーハウス、2段目の多目的室が作られている大きなログハウスの廊下を、秘術の修行場所である魔術塔へ移動する為、華は他の術者と歩いていた。
数人の戦士隊が急ぎ足で通り過ぎる時、小声で会話をしている内容が聞こえてきた。
「南の里アウステルのキャンプ場で『災害』が起こったと報告があったって?」
「今って、全里で新成人たちのブートキャンプが行われてる時じゃないかっ」
「ああ、『災害』を起こしたのは、テスモポロス家のお嬢様らしいぞ」
「それに、次期里長も参加してるんじゃなかったか?」
「……あぁ、次期里長は慣例なら首都でブートキャンプなのに、直前になって変えられたんだったな」
「えぇぇ、本当か?」
「上が言ってたし、確かだ。 こっちには参加してないしな」
慌てて対策会議に参加する戦士隊には、通り過ぎる華たちの事は視界に入らなかった様だ。 会話が聞こえた華は、通り過ぎた戦士隊を振り返って立ち止まった。
華の隣で一緒に歩いていた従弟イグナティオス・ファウヌスも足を止めた。
従弟は華の事を『エレクトラ』という愛称で呼ぶ。
「エレクトラ?」
(『災害』? 魔族が生まれたの? 南の里アウステル? そこって、優斗たちが参加してる所じゃないっ! しかも、直前に変えられたって……まさかっ……)
肩から下げた鞄の中には、フィンが入っていた。 フィルから『災害』があったと連絡が入り、急いで小声で華へ伝えられた。 華は踵を返して出口へ向かう。
「エレクトラ?! 何処へ行くの? 授業が始まるよっ!」
「ティオス、ごめん。 私、行かないと」
「えっ、どこに?」
「優斗の所へ! 今、直ぐにっ!」
「えっ、エレクトラ?!」
駆け出した華は、従弟の制止を振り切って急いだ。 第六感が華を突き動かす。
一刻も早く、優斗の元へと。
首都ユスティティアのツリーハウスを出ると、フィンが鞄から抜け出し、2メートル強の大きさに変わり、華を乗せて走り出した。
正しくは、飛び跳ねながら前へ進んだ。
(直前に変えられるなんてっ、しかも、『災害』が起こったっ! もしかしたら、優斗。 誰かに命を狙われてるかも知れないっ)
「フィン、急いでっ、お願いっ」
「わかったわ、しっかりつかまってね」
「うん!!」
止める守衛や戦士隊を無視して、南の里アウステルへ向けて、華とフィンは森の中を駆け抜けて行った。
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※恋愛系、女主人公で書くのが初めてです。変な表現などがあったらコメント、感想で教えてください。
※全60話程度で完結の予定です。
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※小説家になろうにも投稿
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