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第二十七話 『……ドンマイ、ユウト』
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「やっと出発か、今代の次期里長はのんびりした奴らだな」
森の奥から、優斗たち一行を眺めている黒装束の男が低い声を出した。 白銀の瞳には、軽視する色が滲んでいる。 しかし、男の後ろで、カラトスが男を見つめる白銀の瞳にも、軽蔑の色が混じっている事に気づいていない。
「ディプス、お前はドリュアス跡地に先回りしていろ。 私が彼らの後に着いて行く」
「へい、へい、分かったよ。 じゃ、ドリュアスで合流な」
カラトスは、無言で頷いた。 ディプスと呼ばれたエルフは、カラトスの返事を確認し、音もなく大木の枝に乗り移った。 黒いマントをはためかせ、森の奥へと消えていく。
カラトスは黒いフードを目深に被って顔を隠し、優斗たち一行が移動すると、気配を消して着いて行った。
◇
風神の牽く幌馬車が揺れて車輪の音が鳴り、オースターの森を抜けて真っすぐに西へ伸びる馬車道を進む。 幌馬車の前後には、戦士隊が一角馬に騎乗して隊列を組んで進む。
幌馬車には、優斗、華、仁奈の順で3人が並んで座り、クリストフ、ディノ、瑠衣の順で3人が向かいの座席に座っていた。 フィルとフィンは、優斗の頭の上、華の膝の上に、羽根の生えた銀色のスライムの姿で乗っている。 目の前で座るクリストフは、面白そうな視線をフィルに向けている。
「喋るスライムなんて、初めて見たな。 スライムは臆病な魔物だから、道端にいたりしないしな。 しかも、銀色で白い羽根まで生えてやがる。 しかも、人型を取るんだよな?」
「……」
フィルとフィンは、クリストフの興味深そうな視線を何食わぬ顔で受け止めていた。
「ええ、彼らは人の子供に変身するんですよ、しかも、ご飯も食べるんですよっ……クリストフさん!」
ディノが興奮気味に隣で座るクリストフに、フィルとフィンがどれだけ珍しいか語っていた。
「へぇ~、飯まで食うのか。 でも、人の子供の姿なら、前に見たな」
「本当に珍しいですよね」
最初はフィルに驚いていたディノだったが、ブートキャンプの1月で慣れた様だ。 じっと見つめていたクリストフが徐に、フィルに声を掛けた。
「お前らって、番なのか?」
「えっ、ぼくとフィンのこと?」
「そうだ」
クリストフの疑問に、優斗たちはフィルとフィンに訊いた事がなかったと、今更ながらに気づいた。
「そう言えば、俺も訊いた事なかった様な……?」
「わたしたちは、つがいじゃないわよ」
そう言うと、空気が破裂する軽い音を鳴らし、フィンが銀色のスライムから全身が銀色の美少女の姿へと変わった。 フィンは華の膝の上で、勝気な瞳を光らせて足を組み、銀色のワンピースの裾を揺らした。
「わたしたちは、元は1個の個体だったの。 2つに分裂して、わたしたちが生まれたのよ」
「そう、スライムはぶんれつしてふえるんだよ」
フィンとフィルの話す事実に、優斗たちは前世の事を思い出して納得し、瑠衣がボソッと呟いた。
「そっか、ゲームでも小説の中でも、そうだったしな。 全く気付かなかったけど」
「スライムで番だったら、キングスライムとクウィーンスライムがそうね。 増やす方法は通常のスライムと同じだけどね」
「ぼくたちも、キングスライムとクウィーンスライムには、あったことはないな」
「じゃ、また分裂したりするのか?」
「当分はないけど、多分ね」
フィンはあまり興味がないのか、優斗の質問に素っ気なく返事を返して来た。
「なんだ、番じゃねぇのか」
「……っそれは、残念です」
クリストフとディノが眉を下げて、とても残念そうに呟いた。 クリストフは人以外の幸せは、素直に祝福できる様だ。 優斗と瑠衣、仁奈、フィルとフィンの5人のクリストフを見つめる眼差しが、残念な子を見る眼差しへと変わる。
ただ1人、フィルとフィンの話にも反応を示さない華を、優斗は横目で見た。 華の視線は、クリストフの白銀の戦士隊の隊服へと注がれている。 何を妄想しているのか、煌めく瞳で見つめていた。
(……っ華)
華はクリストフを見ているのではなく、脳内で白銀の隊服を着た優斗の姿を妄想し、隊服のデザインを考えているのだ。 優斗たちは、今回は旅装を身に着けているので、華の妄想脳を刺激しなかった様だ。
華の考えている事は手に取る様に、分かってはいるが、クリストフの事を煌めく瞳で見て欲しくない。 優斗は、眉を寄せて頬を引き攣らせていた。
華の周囲で漂っている優斗の魔力に、嫉妬の感情が混じって揺らぎそうになった。
(我慢、我慢だ。 じゃないと、また虫除けスプレーが漏れだすっ)
『……ドンマイ、ユウト』
確実に華が作成する防具は戦士隊の隊服に似るだけでなく、優斗の防具だけは竜が巻き付いているだろう、と優斗だけでなく、一部始終を見ていた瑠衣と仁奈、フィルとフィンたちも思った。
風神が牽く幌馬車は、森を抜けて川辺の土手の道を進んでいた。
幌馬車の外で隊列を組んで騎乗している戦士隊は、南の里アウステルの戦士隊と本部の戦士隊で急遽、編成を組んだ混合部隊だ。 戦士隊には男女の差別はない。 男女比率は、ほぼ半々だ。
戦士隊の女性隊員の視線が幌馬車に乗っている優斗たちに向けられている。
瑠衣は女子隊員たちの秋波には気づいているが、油断なく視線を向けていた。 好奇心が浮かぶ眼差しを優斗と瑠衣へ注がれているが、優斗は全く気付いていない。 だが、隣に華が居るからだろう。
監視スキルの警戒の促しで、何故か女子隊員たちが小声で会話している内容が耳に飛び込んで来た。
『ねねっ、次期里長に嫁いだら、遊んで暮らせるよね?』
『えぇぇ、まぁ……そんな簡単には行かないと思うけど。 でも、もう正妻は決まっているし、双方の了解がないと駄目だよ』
『……いや、そもそも、次期里長ってグラディアス家の血を絶えさせない為に婿へ行くんでしょ? 他の婿をとっても、正妻以外の嫁を取らないんじゃない?』
『あ、そうか。 一夫多妻じゃなくて、一妻多夫の方ね』
夢見る女子隊員は、他の女子隊員の話が耳には入っていない様だ。
『じゃ、正妻に了解を取ればいいだけだよね? なら、取り入って仲良くなればいいだけじゃん』
『『えっ……いや、話、訊いてた?』』
夢見る少女の脳内は、裕福に暮らせる妄想で頭一杯になっている様だ。 会話が聞こえて来た優斗は、夢見る少女一瞥した後、瞳を呆れた様に細めた。
(……仕事しろよっ)
女子隊員たちの会話は、華たちには聞こえていないはずだが、優斗は心配気に隣で座る華を見た。 優斗と視線を合せて来た華は、にっこりと微笑む。 華はお人好しな所があるから、華が傷つかないか心配になった。 何処まで出しゃばれいいかも分からなかった。
(俺にも了承を取りに来るって事だから、俺が了承しなければいいだけだな。 でも、正直な話、あり得ないけど。 華がもし了承したら……すっごい傷つくな)
一瞬だけ、優斗と華の周囲で漂う優斗の魔力が、警戒心を混ぜて膨らんだ。
『……そんな事はないだろうけどさ、こういう事もあるだろうから、気を付けなね。 女性だけでなく、男にも気を付けないと。 何も結婚だけが目的じゃない奴もいるだろうからね』
監視スキルの指摘に、優斗は周囲の戦士隊を改めて眺めた。 皆が好奇心を混ぜた瞳を優斗たちに向けていた。 もしかしたら、戦士隊の中にカラトスの様の人間がいるかもしれないのだ。
(まさかっ……この中にいるかもしれない? カラトスみたいな奴が?)
『もしくは、仲間がね。 でも、カラトスだけでなく、警戒する事には越した事はないよ。 もっと次期里長だという自覚を持たないと』
(うっ、分かったよ……)
華は、自身の周囲で優斗の魔力が一瞬だけ不穏な気配を発して膨らんだ事に気づいていた。 監視スキルとの会話に夢中で周りが視えていない優斗を見つめ、相変わらずだな、と華の表情が柔らく緩んでいる。 半日進んだ距離で、優斗たち一行は昼休憩の為、川辺で休む事にした。
◇
音もなく、気配を消して優斗たち一行を大木の枝を渡って後を追う黒い人影。 優斗たちが川辺で休憩の為、準備している優斗たち一行を森の入り口のそばにある大木の枝の影に隠れ、カラトスはじっと優斗たちの動向を見つめている。 後をつけて来ていたカラトスは、口元に黒い笑みを浮かべる。
(人を操るには、邪な欲望が深ければ深い程、容易に操れる)
カラトスの影から黒いオーラが染み出し、優斗たち一行へと伸びていく。
伸びた黒い影には悪魔の気配はなく、黒い影は砂利の奥深くに潜っていき、誰にも気づかれずに優斗たちの休憩場所で拡がっていった。
◇
華は昼食準備を手伝っていた。 生活魔法で出した水を使って野菜を洗い、一口大に切ると、戦士隊の隊員が熾した火に鍋をかける。 野菜と鶏肉を炒め、水を注ぎ入れ、具材に火を通す。 具材が柔らかくなってから、特製キノコスープの素を入れる。
キノコスープを煮込んでいる姿を、女性隊員たちが興味深そうな表情で見つめる視線が華につきささる。
戦士隊では、作業分担が明文化されている。 食事の準備やテントの設営は術者たちが担う。 戦士は周囲の警戒、森へ火を熾す為の薪を拾いに行く。 夜警は術者と戦士の2人一組で行う。
今日の野営はもう少し行った場所に見晴らしのいい草原があるそうで、そちらで野営をする計画の様だ。
そばには銀色の美少女に姿を変えたフィンが居て、ハナを手伝いながら、女性隊員たちを凝視していた。 女性隊員たちの好奇な眼差しが可笑しかったのか、華は小さく笑った。
「そんなに次期里長が、料理する所が珍しい?」
「あ、いえ」
「そのような事は……」
言い淀む女性隊員の中、1人の女性隊員が気軽な感じで華に声を掛けて来た。
「エレクトラアハナ様は、お料理が出来るんですね。 凄いです。 私は全然ダメですけど、貴族の令嬢たちも全然出来ないと思ってました」
彼女が話し出すと、華の周囲で漂っている優斗の魔力に警戒の気配が混じった。
優斗のスキル越しの視線が華の背中に突き刺さり、優斗が視ている事に気づいた華が僅かに瞳を細めた。 女性隊員と視線を合すと、華は笑みを顔に張り付けた。 彼女との間に、華が一枚の壁を心の中で張った事に、彼女も女性隊員たちには全く気付けていなかった。
(うん、優斗の不穏な気配はちょっとだけ便利かも……折角の同年代の女の子たちだから、純粋に仲良くなりたいのにな。 でも、何か裏があるんなら……仕方ないよね)
何にも邪気はありませんという笑みを浮かべる女性隊員が、優斗の不穏な魔力のお陰で余計に怪しく見える。 突然、フィンから念話が送られて来た。
『ねぇ、ハナ? ユウトの魔力に警戒心がもの凄く混じってるんだけど……っ』
『……っうん、すっごい背中に視線も感じてる』
小さく息を吐いたフィンの呆れたような念話が届いた。
『これだけ警戒してるんだから、彼女に何かあるんでしょうね。 一応、気を付けましょう』
『うん、そうね』
華に気軽に声を掛けて来たのは、夢見る女性隊員だ。 早速、華に取り入ろうと近づいて来たようだ。 華たちが食事の準備をしている場所にも、カラトスの黒い影は迫っていた。
カラトスの黒い影は、邪な心を持っている者にしか、反応を示さない。 優斗の魔力は華への悪意と悪魔には反応をするが、両方の気配がしない物には気づけなかった。
◇
遠くで野生動物の動く気配がし、鳴き声が聞こえ、森の深い濃い匂いが周囲で漂っていた。 旅装姿の優斗は、森へ薪を取りに行っていた。 野営する場所までは、まだ距離もあるが、今夜の分も先に集めておこうという話になった。
優斗は薪を拾いながら、大きく息を吐き出した。
(華に上手く伝わったみたいだ)
脳内では、華がフィンと女性隊員たちが食事の準備をしている姿がモニター画面に映し出されていた。 要注意人物と一緒にだ。 華のそばに、取り入ると言っていた女性隊員がいる事に気づいた優斗は、魔力に警戒心を混ぜて華の周囲で漂わせたのだ。 上手く華に警戒するように促せた様だ。
『ハナは、相手の悪意とかを気にしないで、気軽に話しかけるからね。 こちらが気を付てあげないと』
(ああ、そうだな)
背後から草地の葉を踏みしめる音が耳に届く。
「ユウトっ! いっぱい薪、拾って来たよっ! これだけ沢山あれば、ご飯もいっぱい作れるね」
「ああ、ありがとう、フィル」
フィルが拾って来てくれた薪を拾い昼食が準備されているだろう川辺に戻って行った。
川辺に戻るとすっかり準備が出来ている昼食の輪に加わった。 華の隣を選んで座り、優斗たちの周りに集まった戦士隊へ向けて、華と同じように張り付けた笑みを浮かべた。
(華、ごめんね。 同年代の友達が欲しいかもしれないけど、俺たちはそうもいかない様だ)
何を考えているか分からない戦士隊たちから華を守る為に、優斗の魔力から警戒の色が混ぜられた。 監視スキルの少し呆れた声が響く。
『虫除けスプレーが漏れない様に気を付けなね』
(分かってるよ。 流石に毒を含んだスプレーは噴射されないだろう)
虫除けスプレースキルは、新しく加わった優斗のスキルだ。 虫除けスプレーは優斗の感情の起伏で噴射される種類が変わる。 そして、色々なパージョンあると監視スキルは言った。
『睡眠のスプレー、痺れが起きるスプレー、身体が動かなくなるスプレー、気絶させるスプレー、毒が含まれた殺傷能力のある殺虫剤スプレー、この5種類だね。 毒のスプレーは、流石にどうにもならなくなった時の最終手段だよね。 優斗の感情の揺れでどれかが噴射されるから、本当に気を付けてね』
(俺、あの時、ここまでの事を思ってなかったと思うんだけど……まさかとは思うけど、本当に殺虫剤とか思い浮かべたのかっ)
『ドンマイ、ユウト』
あの時とは、華のお見合いで華の取り巻きをしていた子息に『虫除けスプレー噴射したい』と思った時だ。 虫除けスプレーのスキル内容に、優斗の精神が削られたのは言うまでもない。
森の奥から、優斗たち一行を眺めている黒装束の男が低い声を出した。 白銀の瞳には、軽視する色が滲んでいる。 しかし、男の後ろで、カラトスが男を見つめる白銀の瞳にも、軽蔑の色が混じっている事に気づいていない。
「ディプス、お前はドリュアス跡地に先回りしていろ。 私が彼らの後に着いて行く」
「へい、へい、分かったよ。 じゃ、ドリュアスで合流な」
カラトスは、無言で頷いた。 ディプスと呼ばれたエルフは、カラトスの返事を確認し、音もなく大木の枝に乗り移った。 黒いマントをはためかせ、森の奥へと消えていく。
カラトスは黒いフードを目深に被って顔を隠し、優斗たち一行が移動すると、気配を消して着いて行った。
◇
風神の牽く幌馬車が揺れて車輪の音が鳴り、オースターの森を抜けて真っすぐに西へ伸びる馬車道を進む。 幌馬車の前後には、戦士隊が一角馬に騎乗して隊列を組んで進む。
幌馬車には、優斗、華、仁奈の順で3人が並んで座り、クリストフ、ディノ、瑠衣の順で3人が向かいの座席に座っていた。 フィルとフィンは、優斗の頭の上、華の膝の上に、羽根の生えた銀色のスライムの姿で乗っている。 目の前で座るクリストフは、面白そうな視線をフィルに向けている。
「喋るスライムなんて、初めて見たな。 スライムは臆病な魔物だから、道端にいたりしないしな。 しかも、銀色で白い羽根まで生えてやがる。 しかも、人型を取るんだよな?」
「……」
フィルとフィンは、クリストフの興味深そうな視線を何食わぬ顔で受け止めていた。
「ええ、彼らは人の子供に変身するんですよ、しかも、ご飯も食べるんですよっ……クリストフさん!」
ディノが興奮気味に隣で座るクリストフに、フィルとフィンがどれだけ珍しいか語っていた。
「へぇ~、飯まで食うのか。 でも、人の子供の姿なら、前に見たな」
「本当に珍しいですよね」
最初はフィルに驚いていたディノだったが、ブートキャンプの1月で慣れた様だ。 じっと見つめていたクリストフが徐に、フィルに声を掛けた。
「お前らって、番なのか?」
「えっ、ぼくとフィンのこと?」
「そうだ」
クリストフの疑問に、優斗たちはフィルとフィンに訊いた事がなかったと、今更ながらに気づいた。
「そう言えば、俺も訊いた事なかった様な……?」
「わたしたちは、つがいじゃないわよ」
そう言うと、空気が破裂する軽い音を鳴らし、フィンが銀色のスライムから全身が銀色の美少女の姿へと変わった。 フィンは華の膝の上で、勝気な瞳を光らせて足を組み、銀色のワンピースの裾を揺らした。
「わたしたちは、元は1個の個体だったの。 2つに分裂して、わたしたちが生まれたのよ」
「そう、スライムはぶんれつしてふえるんだよ」
フィンとフィルの話す事実に、優斗たちは前世の事を思い出して納得し、瑠衣がボソッと呟いた。
「そっか、ゲームでも小説の中でも、そうだったしな。 全く気付かなかったけど」
「スライムで番だったら、キングスライムとクウィーンスライムがそうね。 増やす方法は通常のスライムと同じだけどね」
「ぼくたちも、キングスライムとクウィーンスライムには、あったことはないな」
「じゃ、また分裂したりするのか?」
「当分はないけど、多分ね」
フィンはあまり興味がないのか、優斗の質問に素っ気なく返事を返して来た。
「なんだ、番じゃねぇのか」
「……っそれは、残念です」
クリストフとディノが眉を下げて、とても残念そうに呟いた。 クリストフは人以外の幸せは、素直に祝福できる様だ。 優斗と瑠衣、仁奈、フィルとフィンの5人のクリストフを見つめる眼差しが、残念な子を見る眼差しへと変わる。
ただ1人、フィルとフィンの話にも反応を示さない華を、優斗は横目で見た。 華の視線は、クリストフの白銀の戦士隊の隊服へと注がれている。 何を妄想しているのか、煌めく瞳で見つめていた。
(……っ華)
華はクリストフを見ているのではなく、脳内で白銀の隊服を着た優斗の姿を妄想し、隊服のデザインを考えているのだ。 優斗たちは、今回は旅装を身に着けているので、華の妄想脳を刺激しなかった様だ。
華の考えている事は手に取る様に、分かってはいるが、クリストフの事を煌めく瞳で見て欲しくない。 優斗は、眉を寄せて頬を引き攣らせていた。
華の周囲で漂っている優斗の魔力に、嫉妬の感情が混じって揺らぎそうになった。
(我慢、我慢だ。 じゃないと、また虫除けスプレーが漏れだすっ)
『……ドンマイ、ユウト』
確実に華が作成する防具は戦士隊の隊服に似るだけでなく、優斗の防具だけは竜が巻き付いているだろう、と優斗だけでなく、一部始終を見ていた瑠衣と仁奈、フィルとフィンたちも思った。
風神が牽く幌馬車は、森を抜けて川辺の土手の道を進んでいた。
幌馬車の外で隊列を組んで騎乗している戦士隊は、南の里アウステルの戦士隊と本部の戦士隊で急遽、編成を組んだ混合部隊だ。 戦士隊には男女の差別はない。 男女比率は、ほぼ半々だ。
戦士隊の女性隊員の視線が幌馬車に乗っている優斗たちに向けられている。
瑠衣は女子隊員たちの秋波には気づいているが、油断なく視線を向けていた。 好奇心が浮かぶ眼差しを優斗と瑠衣へ注がれているが、優斗は全く気付いていない。 だが、隣に華が居るからだろう。
監視スキルの警戒の促しで、何故か女子隊員たちが小声で会話している内容が耳に飛び込んで来た。
『ねねっ、次期里長に嫁いだら、遊んで暮らせるよね?』
『えぇぇ、まぁ……そんな簡単には行かないと思うけど。 でも、もう正妻は決まっているし、双方の了解がないと駄目だよ』
『……いや、そもそも、次期里長ってグラディアス家の血を絶えさせない為に婿へ行くんでしょ? 他の婿をとっても、正妻以外の嫁を取らないんじゃない?』
『あ、そうか。 一夫多妻じゃなくて、一妻多夫の方ね』
夢見る女子隊員は、他の女子隊員の話が耳には入っていない様だ。
『じゃ、正妻に了解を取ればいいだけだよね? なら、取り入って仲良くなればいいだけじゃん』
『『えっ……いや、話、訊いてた?』』
夢見る少女の脳内は、裕福に暮らせる妄想で頭一杯になっている様だ。 会話が聞こえて来た優斗は、夢見る少女一瞥した後、瞳を呆れた様に細めた。
(……仕事しろよっ)
女子隊員たちの会話は、華たちには聞こえていないはずだが、優斗は心配気に隣で座る華を見た。 優斗と視線を合せて来た華は、にっこりと微笑む。 華はお人好しな所があるから、華が傷つかないか心配になった。 何処まで出しゃばれいいかも分からなかった。
(俺にも了承を取りに来るって事だから、俺が了承しなければいいだけだな。 でも、正直な話、あり得ないけど。 華がもし了承したら……すっごい傷つくな)
一瞬だけ、優斗と華の周囲で漂う優斗の魔力が、警戒心を混ぜて膨らんだ。
『……そんな事はないだろうけどさ、こういう事もあるだろうから、気を付けなね。 女性だけでなく、男にも気を付けないと。 何も結婚だけが目的じゃない奴もいるだろうからね』
監視スキルの指摘に、優斗は周囲の戦士隊を改めて眺めた。 皆が好奇心を混ぜた瞳を優斗たちに向けていた。 もしかしたら、戦士隊の中にカラトスの様の人間がいるかもしれないのだ。
(まさかっ……この中にいるかもしれない? カラトスみたいな奴が?)
『もしくは、仲間がね。 でも、カラトスだけでなく、警戒する事には越した事はないよ。 もっと次期里長だという自覚を持たないと』
(うっ、分かったよ……)
華は、自身の周囲で優斗の魔力が一瞬だけ不穏な気配を発して膨らんだ事に気づいていた。 監視スキルとの会話に夢中で周りが視えていない優斗を見つめ、相変わらずだな、と華の表情が柔らく緩んでいる。 半日進んだ距離で、優斗たち一行は昼休憩の為、川辺で休む事にした。
◇
音もなく、気配を消して優斗たち一行を大木の枝を渡って後を追う黒い人影。 優斗たちが川辺で休憩の為、準備している優斗たち一行を森の入り口のそばにある大木の枝の影に隠れ、カラトスはじっと優斗たちの動向を見つめている。 後をつけて来ていたカラトスは、口元に黒い笑みを浮かべる。
(人を操るには、邪な欲望が深ければ深い程、容易に操れる)
カラトスの影から黒いオーラが染み出し、優斗たち一行へと伸びていく。
伸びた黒い影には悪魔の気配はなく、黒い影は砂利の奥深くに潜っていき、誰にも気づかれずに優斗たちの休憩場所で拡がっていった。
◇
華は昼食準備を手伝っていた。 生活魔法で出した水を使って野菜を洗い、一口大に切ると、戦士隊の隊員が熾した火に鍋をかける。 野菜と鶏肉を炒め、水を注ぎ入れ、具材に火を通す。 具材が柔らかくなってから、特製キノコスープの素を入れる。
キノコスープを煮込んでいる姿を、女性隊員たちが興味深そうな表情で見つめる視線が華につきささる。
戦士隊では、作業分担が明文化されている。 食事の準備やテントの設営は術者たちが担う。 戦士は周囲の警戒、森へ火を熾す為の薪を拾いに行く。 夜警は術者と戦士の2人一組で行う。
今日の野営はもう少し行った場所に見晴らしのいい草原があるそうで、そちらで野営をする計画の様だ。
そばには銀色の美少女に姿を変えたフィンが居て、ハナを手伝いながら、女性隊員たちを凝視していた。 女性隊員たちの好奇な眼差しが可笑しかったのか、華は小さく笑った。
「そんなに次期里長が、料理する所が珍しい?」
「あ、いえ」
「そのような事は……」
言い淀む女性隊員の中、1人の女性隊員が気軽な感じで華に声を掛けて来た。
「エレクトラアハナ様は、お料理が出来るんですね。 凄いです。 私は全然ダメですけど、貴族の令嬢たちも全然出来ないと思ってました」
彼女が話し出すと、華の周囲で漂っている優斗の魔力に警戒の気配が混じった。
優斗のスキル越しの視線が華の背中に突き刺さり、優斗が視ている事に気づいた華が僅かに瞳を細めた。 女性隊員と視線を合すと、華は笑みを顔に張り付けた。 彼女との間に、華が一枚の壁を心の中で張った事に、彼女も女性隊員たちには全く気付けていなかった。
(うん、優斗の不穏な気配はちょっとだけ便利かも……折角の同年代の女の子たちだから、純粋に仲良くなりたいのにな。 でも、何か裏があるんなら……仕方ないよね)
何にも邪気はありませんという笑みを浮かべる女性隊員が、優斗の不穏な魔力のお陰で余計に怪しく見える。 突然、フィンから念話が送られて来た。
『ねぇ、ハナ? ユウトの魔力に警戒心がもの凄く混じってるんだけど……っ』
『……っうん、すっごい背中に視線も感じてる』
小さく息を吐いたフィンの呆れたような念話が届いた。
『これだけ警戒してるんだから、彼女に何かあるんでしょうね。 一応、気を付けましょう』
『うん、そうね』
華に気軽に声を掛けて来たのは、夢見る女性隊員だ。 早速、華に取り入ろうと近づいて来たようだ。 華たちが食事の準備をしている場所にも、カラトスの黒い影は迫っていた。
カラトスの黒い影は、邪な心を持っている者にしか、反応を示さない。 優斗の魔力は華への悪意と悪魔には反応をするが、両方の気配がしない物には気づけなかった。
◇
遠くで野生動物の動く気配がし、鳴き声が聞こえ、森の深い濃い匂いが周囲で漂っていた。 旅装姿の優斗は、森へ薪を取りに行っていた。 野営する場所までは、まだ距離もあるが、今夜の分も先に集めておこうという話になった。
優斗は薪を拾いながら、大きく息を吐き出した。
(華に上手く伝わったみたいだ)
脳内では、華がフィンと女性隊員たちが食事の準備をしている姿がモニター画面に映し出されていた。 要注意人物と一緒にだ。 華のそばに、取り入ると言っていた女性隊員がいる事に気づいた優斗は、魔力に警戒心を混ぜて華の周囲で漂わせたのだ。 上手く華に警戒するように促せた様だ。
『ハナは、相手の悪意とかを気にしないで、気軽に話しかけるからね。 こちらが気を付てあげないと』
(ああ、そうだな)
背後から草地の葉を踏みしめる音が耳に届く。
「ユウトっ! いっぱい薪、拾って来たよっ! これだけ沢山あれば、ご飯もいっぱい作れるね」
「ああ、ありがとう、フィル」
フィルが拾って来てくれた薪を拾い昼食が準備されているだろう川辺に戻って行った。
川辺に戻るとすっかり準備が出来ている昼食の輪に加わった。 華の隣を選んで座り、優斗たちの周りに集まった戦士隊へ向けて、華と同じように張り付けた笑みを浮かべた。
(華、ごめんね。 同年代の友達が欲しいかもしれないけど、俺たちはそうもいかない様だ)
何を考えているか分からない戦士隊たちから華を守る為に、優斗の魔力から警戒の色が混ぜられた。 監視スキルの少し呆れた声が響く。
『虫除けスプレーが漏れない様に気を付けなね』
(分かってるよ。 流石に毒を含んだスプレーは噴射されないだろう)
虫除けスプレースキルは、新しく加わった優斗のスキルだ。 虫除けスプレーは優斗の感情の起伏で噴射される種類が変わる。 そして、色々なパージョンあると監視スキルは言った。
『睡眠のスプレー、痺れが起きるスプレー、身体が動かなくなるスプレー、気絶させるスプレー、毒が含まれた殺傷能力のある殺虫剤スプレー、この5種類だね。 毒のスプレーは、流石にどうにもならなくなった時の最終手段だよね。 優斗の感情の揺れでどれかが噴射されるから、本当に気を付けてね』
(俺、あの時、ここまでの事を思ってなかったと思うんだけど……まさかとは思うけど、本当に殺虫剤とか思い浮かべたのかっ)
『ドンマイ、ユウト』
あの時とは、華のお見合いで華の取り巻きをしていた子息に『虫除けスプレー噴射したい』と思った時だ。 虫除けスプレーのスキル内容に、優斗の精神が削られたのは言うまでもない。
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