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第四十五話 『ユウトっ、悪魔が逃げるっ』
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「そう、パレストラはエレクトラに捕まっていたの?」
「はい、ティオス様。 先程、マリウス様から報告が入り、今から連れ戻しに向かうそうです」
「分かった。 マリウスなら大丈夫だと思うけれど、一応、カラトスとディプスにマリウスの方へ向かってって言っておいてくれる」
「承知いたしました」
◇
『ユウト、ここから出たら直ぐに氷を出せるようにしていてっ』
脳内で響く監視スキルの声に、優斗の眉が歪む。 マリウスが待ち構えている事から、炎系の罠が仕掛けられている事は容易に想像が出来る。 そっと木製短刀を取り出すと、懐へ仕舞った。
靄から出る直前、直ぐに取り出せるよう短刀の柄を握りしめる。
「皆、俺が一番先に出るっ」
黙って歩いていた一同は、優斗の有無を言わせない迫力に喉を上下に鳴らした。
「分かった」
皆が息を呑む中、クリストフの声だけが後ろから届いた。 背中の裾を華が掴み、不安そうな表情が脳内のモニター画面に映し出される。 振り返って華に笑顔で大丈夫だと伝えた。 華は眉尻を下げて笑みを浮かべただけだった。
出口である光の中へ一歩足を踏み出す。
握りしめていた木製短刀を取り出して、後ろから着いて来ている皆に頷くと、皆も覚悟を決めたのか頷き返して来た。
光の中から飛び出すと同時に、優斗は2本の氷の短刀を振り上げた。
靄の中から出ると、外の空気は熱く、あちらこちらで煙が立ち上っていた。
結界の入り口前は火の海に囲まれていた。 上空にいくつもの氷の棘を作り出し、氷の短刀を振り下ろす。
同時に耳元でトプンと水音が落ちる。
一瞬にして空気中の水分が凍結し、靄から出て来た優斗たちの周囲に氷の壁を作り出した。
「あっ! それっ、私の役目だったのにっ……」
背後で仁奈の不満の声が届く。
優斗は軽く顔を振って『悪いっ』と眉を八の字にして頭を下げた。
氷の棘と氷の壁のおかげで、火の海と化していた結界の入り口の火は消され、森林は煙と蒸気が充満し、徐々に視界が悪くなっていく。
(なんで俺たちが出てくるタイミングが分かったんだっ? それか……ずっと入り口を燃やしてたのかっ?!)
『ユウト、来るよっ!!』
煙と蒸気が充満する中、軽く草地を蹴る音が小さく鳴り、大きく空気が動いた。
早くて重い空気を切り裂く音が鳴り、風圧で煙と蒸気が一瞬で霧散する。
視界にマリウスの姿を捕らえた。
皆がマリウスの攻撃に反応して、各々の武器を構えた。 一番前で木製短刀を構えていた優斗に大剣が振り下ろされる。
視界の下の方で銀色の足跡が現れ、踏み込んで踏ん張った。 剣筋が見えないマリウスの大剣を受け止める。
クロスした短刀と大剣がぶつかる高い音を鳴らす。 金属が擦れる音を鳴らし、徐々に後ろへ下がっていく。
草地が削られ、足跡が伸びていく。
「……っ重いっ」
近距離にあるマリウスの顔は感情がなく、何を考えているのか読み取れない。
両手で握られた大剣に力が入れられ、更に重くなった。 短刀と大剣が擦られ、悲鳴のような音を鳴らす。
(……っこれ以上は、抑えてられないっ)
白銀の瞳に魔力を宿し、魔力が全身から溢れ出す。 同時にマリウスからも魔力が放たれ、優斗の魔力とマリウスの魔力がぶつかる。
火花が散らされて、押し合いが始まる。
(押し負けたら、後ろへ吹き飛ばされるっ)
脳内で流れる華の映像を見つめ、優斗は口元に笑みを零した。
作戦ではパレストラを囮に使うはずだったが、2人の迫力に押され、参戦する隙がなく、皆は武器を構えているだけだった。
特にマウリスの大剣から噴き出す炎は、見た目からして恐ろしく、恐怖心を煽る。
華の周囲で魔法陣が広がり、光の粒が球体の結界を作り出していく。
脳内で監視スキルの声が響く。
『ハナの周囲で虫除け結界が発動されました。 最大限に強化されました』
事務的な報告の後、『虫除けスプレーが使えるよ』と、楽しそうな監視スキルの声が脳内で続く。 『虫除けスプレー』の言葉に、優斗の表情が一瞬で無に帰る。
(そうか……スプレーは結界が発動してないと、使えないのか……華には結界をずっと維持してもらわないと駄目だな)
頭の上へ弾力のある感触が乗ると、優斗へ魔力が注がれていく。 フィルの魔力が足され、マリウスの魔力を上回った。
優斗の魔力がマリウスの魔力を飲み込み、2人の魔力は身体に収まった。
「むんっ!」
フィルから光が放たれ、マリウスの眉間が僅かに歪んだ。 少しの隙を見逃さず、優斗は一旦、マリウスから距離を取った。
「ありがとうっ、助かったよ、フィル」
「やっぱりぼくがいないと、だめだよね、ユウトは」
小さく息を吐きだした後、フィルに指示を出した。 フィルはご機嫌で返事を返して来た。 武器を構えてマリウスと向き合った後、別の楽しそうな声が聞こえて来た。
「よう! マリウスだけずるいじゃん、自分だけ楽しい思いしてるなんてさ」
声が聞こえた方へ視線をやった優斗とクリストフたちは、皆揃って『げっ』と呟いた。
◇
少し前の事。
「何っ、パレストラがエレクトラアハナ様たちに捕まってただとっ?! 次期里長たちは、エルフの里を出てたんじゃなかったのか? いつの間に戻って来てたんだっ?」
「……それは分からない。 しかし、パレストラと一緒に消えたのは確かだ。 で、マリウスがパレストラの居所を探し出し、今はそちらに向かっているそうだ」
通信用の鏡型の魔道具を黒装束の懐へ仕舞うと、カラトスはディプスの方へ視線だけを向けた。 報告を聞いたディプスは、眉を跳ね上げ驚いた表情をしたが、直ぐにがっくりと肩を落とした。
華を探しながら森の中を草木をかき分け進み、エルフの里の出入り口まで来ていた。 華と優斗がエルフの里へ出た事は分かっていたので、外に捜索範囲を広げる為にエルフの里を出ようとしていた。
「なんだよっ、あいつらにやられたんじゃなかったのか?」
「パレストラは倒されたと言っていた……いや、きっと悪魔は抜かれたはずだ。 浄化の光が見えたという報告もあったからな」
「なるほど。 で、マリウスがパレストラの居所を見つけて、エレクトラアハナ様に辿り着いたと」
「そういう事だ」
「マリウスが報告して来たという事は、マリウスの悪魔は抜かれてないな。 もう、黒装束の付与は効かないと思った方がいいぞ。 あいつの悪魔が一番、強いから心配はないけど……」
「ああ、エレクトラアハナ様が作ってくれた黒装束だが、付与は違うからな。 きっと何か魔道具を発明されて、黒い心臓の位置が分かったんだ……」
「で、ティオスはマリウスに合流しろって?」
「ああ、今度こそエレクトラアハナ様を連れ帰るようにとの事だ」
「了解っ! 行くぞ、カラトス」
ディプスに頷くと、2人は足音を鳴らさずに森を走り抜けて行った。
◇
足音や物音をさせずに近づいて来てたのは、ディプスとカラトスだった。
マリウスの魔力が大きかったのと、黒装束に付与されている魔力感知防止の所為で、カラトスたちが近づいて来ている事に全く気付いていなかった。
(最悪だっ! 3人も揃うなんてっ……)
金属が擦れるような音を鳴らし、6本の爪を光らせてクリストフが前へ出る。
「お前の相手は俺がしよう、カラトスっ! ルイとお嬢は、ディプスだっ! 戦士隊はチームで別れてフォローっ!」
「はいっ!」
「……手分けするしかないかっ」
瑠衣と仁奈、戦士隊たちは直ぐに、クリストフの指示に従って動く。 クリストフたちの事は、とりあえず置いておくとして、目の前のマリウスに集中する。
「俺は全員を相手にしてもいいぜ。 誰が来ても俺が勝つしなっ」
「油断するな、ディプス。 彼らはパレストラの悪魔を抜いたんだからな」
「分かってるって」
相手は誰でもお構いなしにかかってきそうなディプスに対応する為、全方向からの攻撃を防ぐ様に短刀を構えた。
「先手必勝っ」
優斗はマリウスへ向かって走り出し、懐へ入る為に、低い姿勢になる。 目の前の草地に銀色の足跡が輝き、最善のポジションを教えてくれる。
(まずは懐へ入って、魔道具を発動させるっ)
周囲では、他の皆の戦いが始まっていた。 周囲で戦いの騒音が鳴り、戦士隊たちの怒号や悲鳴が響く。 カラトスたちは、配下になった本部の戦士隊たちも連れて来ていた。
『ユウト、ハナの魔道具を発動させないとっ』
「ああ、分かってるっ」
優斗の手袋が発動される。 触れた物の付与されている能力を無効化が出来る。
悪魔を抜くには、黒い心臓が見えないとお話にならない。 マリウスから放たれる炎の刃を交わして近づくが、マリウスに触れる事は出来ない。 優斗たちが何らかの方法で黒装束の付与を無効化している事に気づいているのか、マリウスがあからさまに優斗から距離を取り始めた。
「ちっ……」
思わず、優斗から舌打ちが出た。
『彼、勘づいてるのかもっ』
「ああ、全く近づけないっ」
「どうするの? ユウトっ」
マリウスの掌から黒い炎が飛び出し、よく練られた黒い炎弾が出来上がる。
一瞬で作られた高クオリティーの黒い炎弾に、優斗の身体が無意識に後ろへ下がった。
マリウスから黒い炎弾が放たれ、大剣からも黒い炎の刃が放たれる。 熱い空気と風圧、黒い炎弾と黒い炎の刃がぶつかる。
2つの黒い炎は形を変えて練り合わされていく。 黒い炎の塊が1つになって巨大化して優斗の方へ向かってくる。
トプンと耳元で水音が鳴らされる。
まるで耳が詰まった時の様な感覚がした後、無意識に周囲で氷の壁を作り出していた。 氷の壁と、徐々に大きくなっていく黒い炎の塊がぶつかり、黒い炎は削られていった。
小さくなった黒い炎の塊を難なく氷の刃で切り裂いて消滅させた。
『ユウトっ!』
監視スキルの焦った様な音が混じった叫び声を脳内で聞いたが、一歩遅かった。
腹にマリウスの大剣が当たり、咄嗟に後ろへ飛んだが、優斗は森林へ飛ばされていた。
背中と腹に激痛が走ったが、腹は切れていない。 背中を強く打った事で、一瞬だけ息が止まり、咳き込んだ。
「……っ痛っ」
黒い炎に気を取られすぎて、マリウスが近づいて来ている事に全く気付かなかった。
(飛ばされる時に、手を伸ばして身体に触れとくんだったっ)
しばらく起き上がれない優斗は、近づいて来たマリウスを見上げ、鋭く睨みつけた。 マリウスは優斗の胸元を掴んで起き上がらせ、持ち上げる。 必然的に首が締まり、息が苦しくなる。
優斗は自然とマリウスの手首を両手で掴んだ。 魔道具の手袋をした手で。
「パレストラは何処だ……あいつの悪魔を抜いたのか。 あいつには悪魔が必要だった事を知っているのか」
(パレストラに悪魔が必要?)
「ど、どうい、いう事だっ……」
優斗は息を切らしながらもマリウスに問いかけた。
「パレストラは妹に勝たなければならない。 妹に勝つには悪魔が必要だっ」
「……っはなっ、か、彼女には……もう、悪魔は必要ないっ」
「ユウトっ!!」
「優斗っ!」
フィルと華の焦った様な声が耳に届き、脳内のモニター画面で華の声が響く。
フィルは、頭の上から触手の様な物を伸ばし、マリウスの手を外そうと巻き付いていた。
(っくそっ、めっちゃくちゃ強いっ、手が全然、外れないっ)
空気が大きく動く気配と、大剣を振り下ろす音が鳴らされ、マリウスの頭上で大剣の刃が光った。
『今だっ、ユウト』
白銀の瞳に魔力が宿り、黒い心臓を探す。 黒い心臓は肺の少し上の位置にあった。 しかし、黒い心臓を突き刺すには遠すぎる。
頭に振り下ろされた大剣を、マリウスは片手で難なく受け止め、背後を振り返っている。
マリウスに一撃を放ったのは、パレストラだった。 大剣を受け止められたパレストラは大きく息を吐いていた。
まだ、完全に回復していないのだろう。 肩を大きく上下に揺らしている。
「……パレストラ。 もう、悪魔は必要ないのか?」
「ああ、必要ないっ! 私はエニュオス家を出るっ、跡目もいらないっ」
「そうか……」
突然、手を離された優斗は、落ちて草地に叩きつけられた。 2度目の衝撃でまた、息が詰まり、再び咳き込んでしまう。
優斗の側に華が駆け寄り、治癒魔法を掛ける。
マリウスは優斗と華を無視してパレストラと向き合っていた。 今から何が起こるのか分からない。
優斗は華を背で庇い、フィンは巨大化して2人とフィルを包み込んだ。 マリウスとパレストラの様子を見ていると、マリウスが突然、小さく呻き声を上げた。
周囲に響き渡った悪魔の囁きに、皆が動きを止めた。
マリウスは自身の黒い心臓を大剣で突き刺し、悪魔を引っ張り出した。
信じられない光景に優斗たちは固まり、誰も動けなかった。 ディプスやカラトスさえも、驚きで攻撃の手を止めていた。
悪魔が抜けた衝撃でマリウスは倒れ、悪魔が大剣から離れようとしていた。
『ユウトっ、悪魔が逃げるっ』
「不味いっ!」
「優斗、治療がまだ……」
「大丈夫だ、華はマリウスの浄化を頼むっ」
「分かったわっ」
優斗は治癒の途中だったが、フィンから抜け出し、悪魔にとどめを刺しに行った。
氷を纏わせた木製短刀で突き刺し、凍結魔法を放つ。 悪魔は音を鳴らして凍り付き、囁き声も聞こえなくなった。
マリウスの浄化の後で、悪魔の浄化をするとして、残っている2人を相手にしないといけない。
(マリウスに後で話を聞かないと……後は)
またもや、優斗が倒した訳ではなく、2人目の悪魔の浄化に成功してしまった。
釈然としなかったが、マリウスが倒されたにもかかわらず、不敵な笑みを浮かべるディプスの方へ視線を向けた。
「はい、ティオス様。 先程、マリウス様から報告が入り、今から連れ戻しに向かうそうです」
「分かった。 マリウスなら大丈夫だと思うけれど、一応、カラトスとディプスにマリウスの方へ向かってって言っておいてくれる」
「承知いたしました」
◇
『ユウト、ここから出たら直ぐに氷を出せるようにしていてっ』
脳内で響く監視スキルの声に、優斗の眉が歪む。 マリウスが待ち構えている事から、炎系の罠が仕掛けられている事は容易に想像が出来る。 そっと木製短刀を取り出すと、懐へ仕舞った。
靄から出る直前、直ぐに取り出せるよう短刀の柄を握りしめる。
「皆、俺が一番先に出るっ」
黙って歩いていた一同は、優斗の有無を言わせない迫力に喉を上下に鳴らした。
「分かった」
皆が息を呑む中、クリストフの声だけが後ろから届いた。 背中の裾を華が掴み、不安そうな表情が脳内のモニター画面に映し出される。 振り返って華に笑顔で大丈夫だと伝えた。 華は眉尻を下げて笑みを浮かべただけだった。
出口である光の中へ一歩足を踏み出す。
握りしめていた木製短刀を取り出して、後ろから着いて来ている皆に頷くと、皆も覚悟を決めたのか頷き返して来た。
光の中から飛び出すと同時に、優斗は2本の氷の短刀を振り上げた。
靄の中から出ると、外の空気は熱く、あちらこちらで煙が立ち上っていた。
結界の入り口前は火の海に囲まれていた。 上空にいくつもの氷の棘を作り出し、氷の短刀を振り下ろす。
同時に耳元でトプンと水音が落ちる。
一瞬にして空気中の水分が凍結し、靄から出て来た優斗たちの周囲に氷の壁を作り出した。
「あっ! それっ、私の役目だったのにっ……」
背後で仁奈の不満の声が届く。
優斗は軽く顔を振って『悪いっ』と眉を八の字にして頭を下げた。
氷の棘と氷の壁のおかげで、火の海と化していた結界の入り口の火は消され、森林は煙と蒸気が充満し、徐々に視界が悪くなっていく。
(なんで俺たちが出てくるタイミングが分かったんだっ? それか……ずっと入り口を燃やしてたのかっ?!)
『ユウト、来るよっ!!』
煙と蒸気が充満する中、軽く草地を蹴る音が小さく鳴り、大きく空気が動いた。
早くて重い空気を切り裂く音が鳴り、風圧で煙と蒸気が一瞬で霧散する。
視界にマリウスの姿を捕らえた。
皆がマリウスの攻撃に反応して、各々の武器を構えた。 一番前で木製短刀を構えていた優斗に大剣が振り下ろされる。
視界の下の方で銀色の足跡が現れ、踏み込んで踏ん張った。 剣筋が見えないマリウスの大剣を受け止める。
クロスした短刀と大剣がぶつかる高い音を鳴らす。 金属が擦れる音を鳴らし、徐々に後ろへ下がっていく。
草地が削られ、足跡が伸びていく。
「……っ重いっ」
近距離にあるマリウスの顔は感情がなく、何を考えているのか読み取れない。
両手で握られた大剣に力が入れられ、更に重くなった。 短刀と大剣が擦られ、悲鳴のような音を鳴らす。
(……っこれ以上は、抑えてられないっ)
白銀の瞳に魔力を宿し、魔力が全身から溢れ出す。 同時にマリウスからも魔力が放たれ、優斗の魔力とマリウスの魔力がぶつかる。
火花が散らされて、押し合いが始まる。
(押し負けたら、後ろへ吹き飛ばされるっ)
脳内で流れる華の映像を見つめ、優斗は口元に笑みを零した。
作戦ではパレストラを囮に使うはずだったが、2人の迫力に押され、参戦する隙がなく、皆は武器を構えているだけだった。
特にマウリスの大剣から噴き出す炎は、見た目からして恐ろしく、恐怖心を煽る。
華の周囲で魔法陣が広がり、光の粒が球体の結界を作り出していく。
脳内で監視スキルの声が響く。
『ハナの周囲で虫除け結界が発動されました。 最大限に強化されました』
事務的な報告の後、『虫除けスプレーが使えるよ』と、楽しそうな監視スキルの声が脳内で続く。 『虫除けスプレー』の言葉に、優斗の表情が一瞬で無に帰る。
(そうか……スプレーは結界が発動してないと、使えないのか……華には結界をずっと維持してもらわないと駄目だな)
頭の上へ弾力のある感触が乗ると、優斗へ魔力が注がれていく。 フィルの魔力が足され、マリウスの魔力を上回った。
優斗の魔力がマリウスの魔力を飲み込み、2人の魔力は身体に収まった。
「むんっ!」
フィルから光が放たれ、マリウスの眉間が僅かに歪んだ。 少しの隙を見逃さず、優斗は一旦、マリウスから距離を取った。
「ありがとうっ、助かったよ、フィル」
「やっぱりぼくがいないと、だめだよね、ユウトは」
小さく息を吐きだした後、フィルに指示を出した。 フィルはご機嫌で返事を返して来た。 武器を構えてマリウスと向き合った後、別の楽しそうな声が聞こえて来た。
「よう! マリウスだけずるいじゃん、自分だけ楽しい思いしてるなんてさ」
声が聞こえた方へ視線をやった優斗とクリストフたちは、皆揃って『げっ』と呟いた。
◇
少し前の事。
「何っ、パレストラがエレクトラアハナ様たちに捕まってただとっ?! 次期里長たちは、エルフの里を出てたんじゃなかったのか? いつの間に戻って来てたんだっ?」
「……それは分からない。 しかし、パレストラと一緒に消えたのは確かだ。 で、マリウスがパレストラの居所を探し出し、今はそちらに向かっているそうだ」
通信用の鏡型の魔道具を黒装束の懐へ仕舞うと、カラトスはディプスの方へ視線だけを向けた。 報告を聞いたディプスは、眉を跳ね上げ驚いた表情をしたが、直ぐにがっくりと肩を落とした。
華を探しながら森の中を草木をかき分け進み、エルフの里の出入り口まで来ていた。 華と優斗がエルフの里へ出た事は分かっていたので、外に捜索範囲を広げる為にエルフの里を出ようとしていた。
「なんだよっ、あいつらにやられたんじゃなかったのか?」
「パレストラは倒されたと言っていた……いや、きっと悪魔は抜かれたはずだ。 浄化の光が見えたという報告もあったからな」
「なるほど。 で、マリウスがパレストラの居所を見つけて、エレクトラアハナ様に辿り着いたと」
「そういう事だ」
「マリウスが報告して来たという事は、マリウスの悪魔は抜かれてないな。 もう、黒装束の付与は効かないと思った方がいいぞ。 あいつの悪魔が一番、強いから心配はないけど……」
「ああ、エレクトラアハナ様が作ってくれた黒装束だが、付与は違うからな。 きっと何か魔道具を発明されて、黒い心臓の位置が分かったんだ……」
「で、ティオスはマリウスに合流しろって?」
「ああ、今度こそエレクトラアハナ様を連れ帰るようにとの事だ」
「了解っ! 行くぞ、カラトス」
ディプスに頷くと、2人は足音を鳴らさずに森を走り抜けて行った。
◇
足音や物音をさせずに近づいて来てたのは、ディプスとカラトスだった。
マリウスの魔力が大きかったのと、黒装束に付与されている魔力感知防止の所為で、カラトスたちが近づいて来ている事に全く気付いていなかった。
(最悪だっ! 3人も揃うなんてっ……)
金属が擦れるような音を鳴らし、6本の爪を光らせてクリストフが前へ出る。
「お前の相手は俺がしよう、カラトスっ! ルイとお嬢は、ディプスだっ! 戦士隊はチームで別れてフォローっ!」
「はいっ!」
「……手分けするしかないかっ」
瑠衣と仁奈、戦士隊たちは直ぐに、クリストフの指示に従って動く。 クリストフたちの事は、とりあえず置いておくとして、目の前のマリウスに集中する。
「俺は全員を相手にしてもいいぜ。 誰が来ても俺が勝つしなっ」
「油断するな、ディプス。 彼らはパレストラの悪魔を抜いたんだからな」
「分かってるって」
相手は誰でもお構いなしにかかってきそうなディプスに対応する為、全方向からの攻撃を防ぐ様に短刀を構えた。
「先手必勝っ」
優斗はマリウスへ向かって走り出し、懐へ入る為に、低い姿勢になる。 目の前の草地に銀色の足跡が輝き、最善のポジションを教えてくれる。
(まずは懐へ入って、魔道具を発動させるっ)
周囲では、他の皆の戦いが始まっていた。 周囲で戦いの騒音が鳴り、戦士隊たちの怒号や悲鳴が響く。 カラトスたちは、配下になった本部の戦士隊たちも連れて来ていた。
『ユウト、ハナの魔道具を発動させないとっ』
「ああ、分かってるっ」
優斗の手袋が発動される。 触れた物の付与されている能力を無効化が出来る。
悪魔を抜くには、黒い心臓が見えないとお話にならない。 マリウスから放たれる炎の刃を交わして近づくが、マリウスに触れる事は出来ない。 優斗たちが何らかの方法で黒装束の付与を無効化している事に気づいているのか、マリウスがあからさまに優斗から距離を取り始めた。
「ちっ……」
思わず、優斗から舌打ちが出た。
『彼、勘づいてるのかもっ』
「ああ、全く近づけないっ」
「どうするの? ユウトっ」
マリウスの掌から黒い炎が飛び出し、よく練られた黒い炎弾が出来上がる。
一瞬で作られた高クオリティーの黒い炎弾に、優斗の身体が無意識に後ろへ下がった。
マリウスから黒い炎弾が放たれ、大剣からも黒い炎の刃が放たれる。 熱い空気と風圧、黒い炎弾と黒い炎の刃がぶつかる。
2つの黒い炎は形を変えて練り合わされていく。 黒い炎の塊が1つになって巨大化して優斗の方へ向かってくる。
トプンと耳元で水音が鳴らされる。
まるで耳が詰まった時の様な感覚がした後、無意識に周囲で氷の壁を作り出していた。 氷の壁と、徐々に大きくなっていく黒い炎の塊がぶつかり、黒い炎は削られていった。
小さくなった黒い炎の塊を難なく氷の刃で切り裂いて消滅させた。
『ユウトっ!』
監視スキルの焦った様な音が混じった叫び声を脳内で聞いたが、一歩遅かった。
腹にマリウスの大剣が当たり、咄嗟に後ろへ飛んだが、優斗は森林へ飛ばされていた。
背中と腹に激痛が走ったが、腹は切れていない。 背中を強く打った事で、一瞬だけ息が止まり、咳き込んだ。
「……っ痛っ」
黒い炎に気を取られすぎて、マリウスが近づいて来ている事に全く気付かなかった。
(飛ばされる時に、手を伸ばして身体に触れとくんだったっ)
しばらく起き上がれない優斗は、近づいて来たマリウスを見上げ、鋭く睨みつけた。 マリウスは優斗の胸元を掴んで起き上がらせ、持ち上げる。 必然的に首が締まり、息が苦しくなる。
優斗は自然とマリウスの手首を両手で掴んだ。 魔道具の手袋をした手で。
「パレストラは何処だ……あいつの悪魔を抜いたのか。 あいつには悪魔が必要だった事を知っているのか」
(パレストラに悪魔が必要?)
「ど、どうい、いう事だっ……」
優斗は息を切らしながらもマリウスに問いかけた。
「パレストラは妹に勝たなければならない。 妹に勝つには悪魔が必要だっ」
「……っはなっ、か、彼女には……もう、悪魔は必要ないっ」
「ユウトっ!!」
「優斗っ!」
フィルと華の焦った様な声が耳に届き、脳内のモニター画面で華の声が響く。
フィルは、頭の上から触手の様な物を伸ばし、マリウスの手を外そうと巻き付いていた。
(っくそっ、めっちゃくちゃ強いっ、手が全然、外れないっ)
空気が大きく動く気配と、大剣を振り下ろす音が鳴らされ、マリウスの頭上で大剣の刃が光った。
『今だっ、ユウト』
白銀の瞳に魔力が宿り、黒い心臓を探す。 黒い心臓は肺の少し上の位置にあった。 しかし、黒い心臓を突き刺すには遠すぎる。
頭に振り下ろされた大剣を、マリウスは片手で難なく受け止め、背後を振り返っている。
マリウスに一撃を放ったのは、パレストラだった。 大剣を受け止められたパレストラは大きく息を吐いていた。
まだ、完全に回復していないのだろう。 肩を大きく上下に揺らしている。
「……パレストラ。 もう、悪魔は必要ないのか?」
「ああ、必要ないっ! 私はエニュオス家を出るっ、跡目もいらないっ」
「そうか……」
突然、手を離された優斗は、落ちて草地に叩きつけられた。 2度目の衝撃でまた、息が詰まり、再び咳き込んでしまう。
優斗の側に華が駆け寄り、治癒魔法を掛ける。
マリウスは優斗と華を無視してパレストラと向き合っていた。 今から何が起こるのか分からない。
優斗は華を背で庇い、フィンは巨大化して2人とフィルを包み込んだ。 マリウスとパレストラの様子を見ていると、マリウスが突然、小さく呻き声を上げた。
周囲に響き渡った悪魔の囁きに、皆が動きを止めた。
マリウスは自身の黒い心臓を大剣で突き刺し、悪魔を引っ張り出した。
信じられない光景に優斗たちは固まり、誰も動けなかった。 ディプスやカラトスさえも、驚きで攻撃の手を止めていた。
悪魔が抜けた衝撃でマリウスは倒れ、悪魔が大剣から離れようとしていた。
『ユウトっ、悪魔が逃げるっ』
「不味いっ!」
「優斗、治療がまだ……」
「大丈夫だ、華はマリウスの浄化を頼むっ」
「分かったわっ」
優斗は治癒の途中だったが、フィンから抜け出し、悪魔にとどめを刺しに行った。
氷を纏わせた木製短刀で突き刺し、凍結魔法を放つ。 悪魔は音を鳴らして凍り付き、囁き声も聞こえなくなった。
マリウスの浄化の後で、悪魔の浄化をするとして、残っている2人を相手にしないといけない。
(マリウスに後で話を聞かないと……後は)
またもや、優斗が倒した訳ではなく、2人目の悪魔の浄化に成功してしまった。
釈然としなかったが、マリウスが倒されたにもかかわらず、不敵な笑みを浮かべるディプスの方へ視線を向けた。
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