天流衆国の物語

スズキマキ

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1章 ふしぎな電車

3 ますますおかしい

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だがとにかく通話は切れてしまった。

自分で操作したわけでもないのに切れてしまったことに、解は不自然さを感じたが、とはいえ解がこのスマートフォンを使うのはこの日が初めてだった。
小学校を卒業して中学生になる解への、ママからのプレゼントだ。
不慣れなせいでうっかり画面を押してしまっただけかもしれない、と解は考えた。

電車の扉が閉まった。
シュウウウ、と空気が流れる音と気配がした。
ほどなく、ガタン、と車内全体がゆれた。
電車が動きはじめたのだ。

(アナウンスがないぞ。)
と解は思った。

解は座席にもどり、向かいに腰かけた青年をチラッと見た。
青年が車内のあちこちに視線を向け、小さく首をかしげた。
解も彼とおなじように視線を移動させた。
五人の高校生グループはドア付近に立っている。
女性の三人グループが解たちと通路をはさんだ向こう側の座席に座っている。
さらにそのとなりに年輩の男性が三人腰かけており、そのまた奥にベビーカーが見えた。
解が見たところ、この電車にもっとも違和感をおぼえたような表情をしているのは解の向かいに腰かけた青年だ。
解は思いきって声をかけた。

「アナウンス、なかったですよね。」

解はすごく人懐こいという性格じゃないから、いつもなら、たまたま向かいあわせの座席に座ったというだけでは初対面の人に自分のほうから話しかけたりしない。
でもこのときは電車の違和感について声に出してみたかったし、それに目の前の青年はおだやかな雰囲気で、話しかけても大丈夫なように感じた。
青年が少しばかりビックリしたような顔になって解を見た。
そしてコクンとうなずいた。
「うん、なかったね。」
「この電車、ちょっと変わってますね。」
解はさらに言葉をつづけた。
二言目を声に出すのはさらに思いきりが必要だった。
そんなのは解の気のせいだと思われるかもしれないからだ。

でも青年はもう一度うなずいた。
「そうだね、なんだか、うん、変かもしれないね。」
青年のほうも思いきって声に出してみたという様子だ。

彼はふたたび車内に視線をなげかけ、それから言葉をつづけた。
「だれも気にしてないみたいだけど。そうでなければ、だれも気づいてないのかもしれない。」
「気づかないなんてこと、あるのかな。」
解は唇をとがらせた。
もしかしたら青年の言葉通り、電車がちょっとばかり変なことに気づかない乗客がいたかもしれない。
だとしてもそれはしばらくのあいだだけのことだった。
やがて車内のあちこちでそわそわした気配がめばえた。
そしてやはりアナウンスはないままだ。
いや、それどころか電車が停車しなかった。
成田駅のすぐ次の駅は久住駅で、駅から駅まで十分以内に到着するはずなのに、十分たっても十五分たっても電車は走りつづけた。
二十分に近づくとさすがに車内にざわめきが生まれた。
「ねえ。」
「あれ? どうしたんだろう。」
「なんだ?」
連れのいる者は連れだった者同士で言葉をかわし、一人きりで乗りこんだ者は落ちつきの減った視線をあちこちにキョロキョロと向けはじめた。
解のななめ向かいの青年が彼自身の前髪にふれて目を細めた。
「チラチラする。」
「まぶしいですか。」
解は質問した。
青年があいまいにうなずく。
「まぶしいけど、ずっとじゃない。まぶしかったりまぶしくなかったりする。」
青年が窓に視線を向けた。解もそうした。

電車のすぐそばに立ちならぶ木々の枝が見えた。
青々した葉が茂っていた。

青年がつぶやいた。
「あの木、変だ。」
「もう葉っぱが生えてるのが?」
解はたずねた。三月は新緑の季節には早いよな、と思う。
青年がハッとした顔になった。
「本当だね、君にいま言われて気づいたよ。たしかに季節的に変だよね、よく気づいたね。でもぼくが言いたいのはそうじゃないんだ。ええと、君はこの近くの人? この電車に毎日乗っている?」
「ぼくは親戚の家へ行くところです。成田線は年に二回くらい乗ります。」
「年に二回か。ねえ、このあたりの景色に見おぼえがある? 成田から久住までのあいだって線路のそばにこんなにたくさんの木は生えてないはずだよ。」
その言葉をきいたとたん、解は窓に手をかけた。
開けようとしたが開かない。
解はぴょこんとはねるようにして座席から立ちあがり、早足で歩きはじめた。
電車の進行方向に向かって進んだ。
解のあとを青年が追ってきた。
解は車両の連結部分にたどりつくと扉を開けた。
アコーディオンのような接続部分からなにかのにおいがした。
革靴みたいなにおいだと解は思った。
それに加えて一瞬だけ、芝生のようなにおいもした。
革はともかく、なぜ芝生みたいなにおいがするんだろう、どこに芝なんかあるんだ、と解はふと気になった。
でもそれは一瞬だけで、その疑問は先を急ぐことでうやむやになってしまった。

つぎの車両の扉を開けると、その車両の乗客たちがサッと解を見た。
解はふだん目立つほうではないから、というかぜんぜん目立たないタイプだから、自分に集まる視線は居心地が悪かった。
でもそんなのはどうでもいいことだと思いなおした。
解はさらに足を進めて一番前の車両にたどりつき、運転席を見た。
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