天流衆国の物語

スズキマキ

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1章 ふしぎな電車

4 電車の行く手に

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運転手がいた。

前を向いているから解の目に顔は見えない。
解は運転席と客席を隔てるガラス窓をコツンコツンと叩いてみた。
運転手は無反応だ。解のうしろから手が伸びてきた。
見ると青年の手だ。解は振りむいた。
見あげると青年と目があった。
青年が言った。
「ええと、君、なんて呼べばいい?」
「小松解です。」
「解くん、ちょっとどいて、ぼくが呼びかけてみる。」
 それから青年は「あ、そうだ」と言い、

「ぼくは 宮崎結生みやざきゆう。」
 と自己紹介した。

「じゃあ宮崎さん、お願いします。」
「宮崎さんって呼ばれると変な感じがする。結生でいいし、ですますは要らないからね。」
結生はそう言って解と場所を変わり、解がコツンコツンと叩いた広いガラス窓を解よりずっと強く叩いた。

運転手は前を向いたままだ。

結生は運転手と目をあわせたいのか、彼の顔をどうにかのぞきこもうとガラス窓に顔を寄せた。
解は前を向いた。
運転手のことも気になるが、この電車、あるいは電車のようなものがどこへ向かって走っているのかも気になる。
解は目を見ひらいた。そして思わずつぶやいた。
「なんだ、あれ。」
「え? なに?」
結生が顔をあげた。さっと解の視線の先を追いかけた結生も目を大きく見ひらいた。
「うわっ。」
進行方向には木々が立ちならび、木々の枝に生い茂るのは、この時期にはまだ存在しないはずの大きくて平べったい葉だ。
葉の影が日の光をときどきさえぎり、光と影がまだらに混ざる。
だが二人がおどろいたのは、木々とはべつのものが見えたためだ。

木々の向こう、進行方向のずっと先のほうに、大きな岩があった。
まるで大昔の石器を地面に突き刺したようなかたちの岩だ。

岩の肌はところどころ、まるで削られたように、平面と平面が角度を変えて連なり、縦長の多角形を形成している。
ただし石器みたいなのはかたちだけだ。
サイズがとんでもなく大きい。
まわりに立つ木々よりもずっと、だ。もしもこの岩を解とママが暮らす東京都内のマンションのとなりに並べたら、この岩が三階建てのマンションの倍ほどもあるような高さだとわかるだろう。
「あんなの見たことない。ここ、どこなんだろう。」
結生がささやいた。
そしてそのときには解の視線が岩からべつのものに移動していた。。

岩の影に、だ。

午後の日ざしを受けて岩が影を作った。
ふつうは地面とか建物とかあるいは木とか、とにかく物体に影が差してはじめてそれが影だとわかる。
影が差す部分と差さない部分で色がちがって見えるからだ。
でもこの岩の影は空気の色を変えた。
日の光が岩を照らし、その反対側がどんどん濃くなる。
空気が暗くて濃い色になり、やがて、まるでその場所だけ空気が切り裂かれたかのように、まっ黒な空間に見えるようになった。
(あそこだけべつのなにかみたいだ。)
解は息をのんだ。

そのときには結生も解とおなじものに気づいたようだ。
結生の喉も解とおなじように鳴り、その音が解の耳にやけにはっきり響いた。
電車が、まっ黒で裂け目のような影に向かって走る。
スピードはまったく落ちないどころか、むしろ速まった。
車内がゆれて解はあわててガラス窓に身体をくっつけた。
それから影以外のものにも気づいた。
変なものがあることに気づいたのではなくてその逆だ。
「線がない。」
「線?」
 結生がたずねる。解は指でさして示した。
「電線っていうのかな。」
「架線か、ホントだ、ない。」
「どういうこと?」
解と結生のすぐ後ろで声がした。
いつの間にか数人がそばに立っている。
解や結生の動きを見て、進行方向を気にしはじめた人達だ。
高校生くらいの女の子が高い声をあげた。
「なにこれ、変だよ。」
女の子は岩の影、裂け目のような空気を指さした。
そのときには解はもうそのまっ黒な空間は見ていなかった。
解はふたたび運転手を見た。
運転手はさっきから変わらない。
あいかわらず進行方向を向き、そのため解たちからは顔が見えないままだ。

女の子の声に触発されて一両目の車内がザワザワと落ちつきをなくした。
大人が何人も進行方向へ向かってきた。
解はいそいで進行方向から見て横、つまり出入口のあたりへ移動した。
ついでに結生の腕を引っぱった。
結生も解につられて移動し、おかげで二人ともどうにかして進行方向めがけてやってくる大人の群れから離れることができた。

車両の前方に集まった人達から高い悲鳴があがった。

解は進行方向から二つ目のドアに身体をくっつけて電車の外を見た。
結生もそうした。
電車が岩の影に突っこんだ。
まるで、まっ黒な空気の裂け目に列車が入りこんでいくみたいだ。
車両の前方で、ある人は顔を手でおおいかくし、ある人は床に伏せるように腰をかがめた。
なにしろ電車が突っこんだ裂け目のような影はまっ黒で、とても異質なものに見えた。
もしかしたら空気に変なガスが混ざっているかもしれないし、それとも酸素がなくて息ができないかもしれない、そう考えた人達が身体を伏せた。
あるいはただ怖いから、身体を伏せた。
結生がそれを見て解の肩に手をかけた。
彼らとおなじように身体をかがめたほうがいいと判断したのだろう。

解は大人しく結生に従ったが、それはほんの少しの間だけだった。
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