6 / 112
1章 ふしぎな電車
5 到着
しおりを挟む
数秒すると解はささやいた。
「たぶん大丈夫だと思う。」
「危険かもしれないだろう。」
「だって運転手さんが平気そうだから。」
解は言った。
結生が「あっ。」という顔になった。
さっきからずっと前方を向いて顔の見えない運転手は、解の言葉通り、ずっと変わらない姿勢のままだ。
解はつぶやいた。
「それよりもこの電車はどこへ行くんだろ。」
一両目の車両にいる人達のほとんどが岩の影でできたまっ黒な、裂け目のような、トンネルのような空間をおそれて顔や身体を伏せるあいだ、その岩をいちばんはじめに見つけた二人は窓にぴったり体と顔をくっつけて前を向き目をこらした。
窓ガラスの外が暗くなった。
まるで本物のトンネルを通り抜けるときのような暗さだ。
日ざしがとぎれて電車のなかも夜のようになった。
天井のライトが車内を照らし、窓ガラスがすべて黒く変化する。
窓の外にはただ闇が見えるだけだ。
光が減ると明るいときよりもガタンゴトンというゆれと音を大きく感じる。
電車の動きにあわせて解と結生の身体がゆれた。
だれも一言も発しない。その場にいる全員が息をひそめた。
何事もないように願い、なにかあったらどうしようと身体をこわばらせる人達によって空気が張りつめた。
ほどなくして電車は影を抜けた。
ふたたび車内に日がさす。
結局のところ解が予測したとおりで、岩の影になった空間には変なガスもなかったし酸素がなくて呼吸ができないということもなかった。
ホッとしたのか、結生がハ、と息を一つ吐きだした。
解は暗いときよりさらに窓の外を見ることに集中した。
あたりには次に到着するはずの駅舎も、線路のまわりに見えるはずの家も店も、電柱も車も、田畑もなかった。
そこは草原だった。まばらに木が立っていた。
「あ。」
結生がつぶやき、その小声とほとんど同時に電車が一層大きくゆれた。
「ーー止まる。」
ガタン、ゴトン、ガタン、とゆっくり何度か前後に車体がゆれた。
電車が止まった。
シュウウウ、と電車のどこかが空気を吐きだす音がする。
車内は一瞬シン、としずまりかえった。
そしてそのとき、まるで静寂を見はからったかのようなタイミングで車内アナウンスが響いた。
『長らくご乗車いただきまして、ありがとうございました。』
車内の人達は一様にハッとした顔になった。
そのうち半数ほどの人はとっさに上を向いてスピーカーの位置をたしかめようとしたり、落ちつきなくキョロキョロとあたりを見まわした。
残り半数の人たちは電車のいちばん前、つまり運転席を見た。
解と結生もだ。
いつの間にか運転手が回れ右して客席のほうを向いて立っていた。
制帽をかぶり、マイクを口元にあてている。
とりたてて特徴のない、どこにでもいそうなおじさんというのが運転手に対して解が抱いた印象だ。
『これよりドアを開けます。ここにはホームがございません、くりかえします、ここにはホームがございません。ドアの外はすぐ地面になります。高低差がございますのでドア付近にお立ちのお客様は一度ドアから離れてください。くりかえしご案内いたします、危険ですのでドア付近のお客様は大至急、距離をとってください。』
解と結生はあわててアナウンスに従った。
プシュウーッと音がした。
電車のすべての扉が同時に開いた。
扉の外は野原だった。
たくさんのやわらかそうな草が地面を覆いつくしている。
あざやかな緑の、初夏の草だ。
青臭いにおいがむうっと鼻につく。どこかからチチチチ、と小鳥のさえずる声がする。
そして小鳥の鳴き声を車内アナウンスがかき消した。
『お足元にじゅうぶんお気をつけになって、みなさま、電車をお降りください。ここがどこか、この先なにをしていただくか、外で待つ 御方がみなさまにご説明なさいます。どうぞくれぐれも、お足元に気をつけてお降りください。本日はありがとうございました。』
背後でだれか大人の声がした。年寄りの声だ。
「敬語が。」とかなんとか、つぶやきが聞こえた。
どうもいまのアナウンスに変なところがあったようだが、解にはどこが変なのかはっきりとは理解できなかった。
だって変というなら全部が変なのだ。
解は運転手を見た。ふつうのおじさんと目があった。
運転手は解が自分を見ていることに気づいたのか、解に向かって帽子のひさしに手を当ててみせた。
解と目があっても彼の表情はとりたてて動いたりしなかった。
ただ小さなしぐさをしただけだ。その様子を見ただけでは、これからなにが起きるのかを予測することはできなかった。
ノーヒントだ、と解は思った。
外に何者がいるのか、どんなことが待ちうけているのか、一つもわからない。
カツン、と音がした。
解は運転手から視線をはずして音のしたほうを見た。
結生が開いた出入口に足をかけ、腰を下ろして床に手をかけているところだった。
「行くの?」
解は結生にたずねた。
結生が、
「うん。」
という返事をするのと同時に飛びおりた。
「たぶん大丈夫だと思う。」
「危険かもしれないだろう。」
「だって運転手さんが平気そうだから。」
解は言った。
結生が「あっ。」という顔になった。
さっきからずっと前方を向いて顔の見えない運転手は、解の言葉通り、ずっと変わらない姿勢のままだ。
解はつぶやいた。
「それよりもこの電車はどこへ行くんだろ。」
一両目の車両にいる人達のほとんどが岩の影でできたまっ黒な、裂け目のような、トンネルのような空間をおそれて顔や身体を伏せるあいだ、その岩をいちばんはじめに見つけた二人は窓にぴったり体と顔をくっつけて前を向き目をこらした。
窓ガラスの外が暗くなった。
まるで本物のトンネルを通り抜けるときのような暗さだ。
日ざしがとぎれて電車のなかも夜のようになった。
天井のライトが車内を照らし、窓ガラスがすべて黒く変化する。
窓の外にはただ闇が見えるだけだ。
光が減ると明るいときよりもガタンゴトンというゆれと音を大きく感じる。
電車の動きにあわせて解と結生の身体がゆれた。
だれも一言も発しない。その場にいる全員が息をひそめた。
何事もないように願い、なにかあったらどうしようと身体をこわばらせる人達によって空気が張りつめた。
ほどなくして電車は影を抜けた。
ふたたび車内に日がさす。
結局のところ解が予測したとおりで、岩の影になった空間には変なガスもなかったし酸素がなくて呼吸ができないということもなかった。
ホッとしたのか、結生がハ、と息を一つ吐きだした。
解は暗いときよりさらに窓の外を見ることに集中した。
あたりには次に到着するはずの駅舎も、線路のまわりに見えるはずの家も店も、電柱も車も、田畑もなかった。
そこは草原だった。まばらに木が立っていた。
「あ。」
結生がつぶやき、その小声とほとんど同時に電車が一層大きくゆれた。
「ーー止まる。」
ガタン、ゴトン、ガタン、とゆっくり何度か前後に車体がゆれた。
電車が止まった。
シュウウウ、と電車のどこかが空気を吐きだす音がする。
車内は一瞬シン、としずまりかえった。
そしてそのとき、まるで静寂を見はからったかのようなタイミングで車内アナウンスが響いた。
『長らくご乗車いただきまして、ありがとうございました。』
車内の人達は一様にハッとした顔になった。
そのうち半数ほどの人はとっさに上を向いてスピーカーの位置をたしかめようとしたり、落ちつきなくキョロキョロとあたりを見まわした。
残り半数の人たちは電車のいちばん前、つまり運転席を見た。
解と結生もだ。
いつの間にか運転手が回れ右して客席のほうを向いて立っていた。
制帽をかぶり、マイクを口元にあてている。
とりたてて特徴のない、どこにでもいそうなおじさんというのが運転手に対して解が抱いた印象だ。
『これよりドアを開けます。ここにはホームがございません、くりかえします、ここにはホームがございません。ドアの外はすぐ地面になります。高低差がございますのでドア付近にお立ちのお客様は一度ドアから離れてください。くりかえしご案内いたします、危険ですのでドア付近のお客様は大至急、距離をとってください。』
解と結生はあわててアナウンスに従った。
プシュウーッと音がした。
電車のすべての扉が同時に開いた。
扉の外は野原だった。
たくさんのやわらかそうな草が地面を覆いつくしている。
あざやかな緑の、初夏の草だ。
青臭いにおいがむうっと鼻につく。どこかからチチチチ、と小鳥のさえずる声がする。
そして小鳥の鳴き声を車内アナウンスがかき消した。
『お足元にじゅうぶんお気をつけになって、みなさま、電車をお降りください。ここがどこか、この先なにをしていただくか、外で待つ 御方がみなさまにご説明なさいます。どうぞくれぐれも、お足元に気をつけてお降りください。本日はありがとうございました。』
背後でだれか大人の声がした。年寄りの声だ。
「敬語が。」とかなんとか、つぶやきが聞こえた。
どうもいまのアナウンスに変なところがあったようだが、解にはどこが変なのかはっきりとは理解できなかった。
だって変というなら全部が変なのだ。
解は運転手を見た。ふつうのおじさんと目があった。
運転手は解が自分を見ていることに気づいたのか、解に向かって帽子のひさしに手を当ててみせた。
解と目があっても彼の表情はとりたてて動いたりしなかった。
ただ小さなしぐさをしただけだ。その様子を見ただけでは、これからなにが起きるのかを予測することはできなかった。
ノーヒントだ、と解は思った。
外に何者がいるのか、どんなことが待ちうけているのか、一つもわからない。
カツン、と音がした。
解は運転手から視線をはずして音のしたほうを見た。
結生が開いた出入口に足をかけ、腰を下ろして床に手をかけているところだった。
「行くの?」
解は結生にたずねた。
結生が、
「うん。」
という返事をするのと同時に飛びおりた。
0
あなたにおすすめの小説
「いっすん坊」てなんなんだ
こいちろう
児童書・童話
ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。
自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました
藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。
相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。
さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!?
「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」
星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。
「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」
「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」
ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や
帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……?
「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」
「お前のこと、誰にも渡したくない」
クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。
少年騎士
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。
村から追い出された変わり者の僕は、なぜかみんなの人気者になりました~異種族わちゃわちゃ冒険ものがたり~
楓乃めーぷる
児童書・童話
グラム村で変わり者扱いされていた少年フィロは村長の家で小間使いとして、生まれてから10年間馬小屋で暮らしてきた。フィロには生き物たちの言葉が分かるという不思議な力があった。そのせいで同年代の子どもたちにも仲良くしてもらえず、友達は森で助けた赤い鳥のポイと馬小屋の馬と村で飼われている鶏くらいだ。
いつもと変わらない日々を送っていたフィロだったが、ある日村に黒くて大きなドラゴンがやってくる。ドラゴンは怒り村人たちでは歯が立たない。石を投げつけて何とか追い返そうとするが、必死に何かを訴えている.
気になったフィロが村長に申し出てドラゴンの話を聞くと、ドラゴンの巣を荒らした者が村にいることが分かる。ドラゴンは知らぬふりをする村人たちの態度に怒り、炎を噴いて暴れまわる。フィロの必死の説得に漸く耳を傾けて大人しくなるドラゴンだったが、フィロとドラゴンを見た村人たちは、フィロこそドラゴンを招き入れた張本人であり実は魔物の生まれ変わりだったのだと決めつけてフィロを村を追い出してしまう。
途方に暮れるフィロを見たドラゴンは、フィロに謝ってくるのだがその姿がみるみる美しい黒髪の女性へと変化して……。
「ドラゴンがお姉さんになった?」
「フィロ、これから私と一緒に旅をしよう」
変わり者の少年フィロと異種族の仲間たちが繰り広げる、自分探しと人助けの冒険ものがたり。
・毎日7時投稿予定です。間に合わない場合は別の時間や次の日になる場合もあります。
ノースキャンプの見張り台
こいちろう
児童書・童話
時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。
進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。
赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる