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1章 ふしぎな電車
5 到着
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数秒すると解はささやいた。
「たぶん大丈夫だと思う。」
「危険かもしれないだろう。」
「だって運転手さんが平気そうだから。」
解は言った。
結生が「あっ。」という顔になった。
さっきからずっと前方を向いて顔の見えない運転手は、解の言葉通り、ずっと変わらない姿勢のままだ。
解はつぶやいた。
「それよりもこの電車はどこへ行くんだろ。」
一両目の車両にいる人達のほとんどが岩の影でできたまっ黒な、裂け目のような、トンネルのような空間をおそれて顔や身体を伏せるあいだ、その岩をいちばんはじめに見つけた二人は窓にぴったり体と顔をくっつけて前を向き目をこらした。
窓ガラスの外が暗くなった。
まるで本物のトンネルを通り抜けるときのような暗さだ。
日ざしがとぎれて電車のなかも夜のようになった。
天井のライトが車内を照らし、窓ガラスがすべて黒く変化する。
窓の外にはただ闇が見えるだけだ。
光が減ると明るいときよりもガタンゴトンというゆれと音を大きく感じる。
電車の動きにあわせて解と結生の身体がゆれた。
だれも一言も発しない。その場にいる全員が息をひそめた。
何事もないように願い、なにかあったらどうしようと身体をこわばらせる人達によって空気が張りつめた。
ほどなくして電車は影を抜けた。
ふたたび車内に日がさす。
結局のところ解が予測したとおりで、岩の影になった空間には変なガスもなかったし酸素がなくて呼吸ができないということもなかった。
ホッとしたのか、結生がハ、と息を一つ吐きだした。
解は暗いときよりさらに窓の外を見ることに集中した。
あたりには次に到着するはずの駅舎も、線路のまわりに見えるはずの家も店も、電柱も車も、田畑もなかった。
そこは草原だった。まばらに木が立っていた。
「あ。」
結生がつぶやき、その小声とほとんど同時に電車が一層大きくゆれた。
「ーー止まる。」
ガタン、ゴトン、ガタン、とゆっくり何度か前後に車体がゆれた。
電車が止まった。
シュウウウ、と電車のどこかが空気を吐きだす音がする。
車内は一瞬シン、としずまりかえった。
そしてそのとき、まるで静寂を見はからったかのようなタイミングで車内アナウンスが響いた。
『長らくご乗車いただきまして、ありがとうございました。』
車内の人達は一様にハッとした顔になった。
そのうち半数ほどの人はとっさに上を向いてスピーカーの位置をたしかめようとしたり、落ちつきなくキョロキョロとあたりを見まわした。
残り半数の人たちは電車のいちばん前、つまり運転席を見た。
解と結生もだ。
いつの間にか運転手が回れ右して客席のほうを向いて立っていた。
制帽をかぶり、マイクを口元にあてている。
とりたてて特徴のない、どこにでもいそうなおじさんというのが運転手に対して解が抱いた印象だ。
『これよりドアを開けます。ここにはホームがございません、くりかえします、ここにはホームがございません。ドアの外はすぐ地面になります。高低差がございますのでドア付近にお立ちのお客様は一度ドアから離れてください。くりかえしご案内いたします、危険ですのでドア付近のお客様は大至急、距離をとってください。』
解と結生はあわててアナウンスに従った。
プシュウーッと音がした。
電車のすべての扉が同時に開いた。
扉の外は野原だった。
たくさんのやわらかそうな草が地面を覆いつくしている。
あざやかな緑の、初夏の草だ。
青臭いにおいがむうっと鼻につく。どこかからチチチチ、と小鳥のさえずる声がする。
そして小鳥の鳴き声を車内アナウンスがかき消した。
『お足元にじゅうぶんお気をつけになって、みなさま、電車をお降りください。ここがどこか、この先なにをしていただくか、外で待つ 御方がみなさまにご説明なさいます。どうぞくれぐれも、お足元に気をつけてお降りください。本日はありがとうございました。』
背後でだれか大人の声がした。年寄りの声だ。
「敬語が。」とかなんとか、つぶやきが聞こえた。
どうもいまのアナウンスに変なところがあったようだが、解にはどこが変なのかはっきりとは理解できなかった。
だって変というなら全部が変なのだ。
解は運転手を見た。ふつうのおじさんと目があった。
運転手は解が自分を見ていることに気づいたのか、解に向かって帽子のひさしに手を当ててみせた。
解と目があっても彼の表情はとりたてて動いたりしなかった。
ただ小さなしぐさをしただけだ。その様子を見ただけでは、これからなにが起きるのかを予測することはできなかった。
ノーヒントだ、と解は思った。
外に何者がいるのか、どんなことが待ちうけているのか、一つもわからない。
カツン、と音がした。
解は運転手から視線をはずして音のしたほうを見た。
結生が開いた出入口に足をかけ、腰を下ろして床に手をかけているところだった。
「行くの?」
解は結生にたずねた。
結生が、
「うん。」
という返事をするのと同時に飛びおりた。
「たぶん大丈夫だと思う。」
「危険かもしれないだろう。」
「だって運転手さんが平気そうだから。」
解は言った。
結生が「あっ。」という顔になった。
さっきからずっと前方を向いて顔の見えない運転手は、解の言葉通り、ずっと変わらない姿勢のままだ。
解はつぶやいた。
「それよりもこの電車はどこへ行くんだろ。」
一両目の車両にいる人達のほとんどが岩の影でできたまっ黒な、裂け目のような、トンネルのような空間をおそれて顔や身体を伏せるあいだ、その岩をいちばんはじめに見つけた二人は窓にぴったり体と顔をくっつけて前を向き目をこらした。
窓ガラスの外が暗くなった。
まるで本物のトンネルを通り抜けるときのような暗さだ。
日ざしがとぎれて電車のなかも夜のようになった。
天井のライトが車内を照らし、窓ガラスがすべて黒く変化する。
窓の外にはただ闇が見えるだけだ。
光が減ると明るいときよりもガタンゴトンというゆれと音を大きく感じる。
電車の動きにあわせて解と結生の身体がゆれた。
だれも一言も発しない。その場にいる全員が息をひそめた。
何事もないように願い、なにかあったらどうしようと身体をこわばらせる人達によって空気が張りつめた。
ほどなくして電車は影を抜けた。
ふたたび車内に日がさす。
結局のところ解が予測したとおりで、岩の影になった空間には変なガスもなかったし酸素がなくて呼吸ができないということもなかった。
ホッとしたのか、結生がハ、と息を一つ吐きだした。
解は暗いときよりさらに窓の外を見ることに集中した。
あたりには次に到着するはずの駅舎も、線路のまわりに見えるはずの家も店も、電柱も車も、田畑もなかった。
そこは草原だった。まばらに木が立っていた。
「あ。」
結生がつぶやき、その小声とほとんど同時に電車が一層大きくゆれた。
「ーー止まる。」
ガタン、ゴトン、ガタン、とゆっくり何度か前後に車体がゆれた。
電車が止まった。
シュウウウ、と電車のどこかが空気を吐きだす音がする。
車内は一瞬シン、としずまりかえった。
そしてそのとき、まるで静寂を見はからったかのようなタイミングで車内アナウンスが響いた。
『長らくご乗車いただきまして、ありがとうございました。』
車内の人達は一様にハッとした顔になった。
そのうち半数ほどの人はとっさに上を向いてスピーカーの位置をたしかめようとしたり、落ちつきなくキョロキョロとあたりを見まわした。
残り半数の人たちは電車のいちばん前、つまり運転席を見た。
解と結生もだ。
いつの間にか運転手が回れ右して客席のほうを向いて立っていた。
制帽をかぶり、マイクを口元にあてている。
とりたてて特徴のない、どこにでもいそうなおじさんというのが運転手に対して解が抱いた印象だ。
『これよりドアを開けます。ここにはホームがございません、くりかえします、ここにはホームがございません。ドアの外はすぐ地面になります。高低差がございますのでドア付近にお立ちのお客様は一度ドアから離れてください。くりかえしご案内いたします、危険ですのでドア付近のお客様は大至急、距離をとってください。』
解と結生はあわててアナウンスに従った。
プシュウーッと音がした。
電車のすべての扉が同時に開いた。
扉の外は野原だった。
たくさんのやわらかそうな草が地面を覆いつくしている。
あざやかな緑の、初夏の草だ。
青臭いにおいがむうっと鼻につく。どこかからチチチチ、と小鳥のさえずる声がする。
そして小鳥の鳴き声を車内アナウンスがかき消した。
『お足元にじゅうぶんお気をつけになって、みなさま、電車をお降りください。ここがどこか、この先なにをしていただくか、外で待つ 御方がみなさまにご説明なさいます。どうぞくれぐれも、お足元に気をつけてお降りください。本日はありがとうございました。』
背後でだれか大人の声がした。年寄りの声だ。
「敬語が。」とかなんとか、つぶやきが聞こえた。
どうもいまのアナウンスに変なところがあったようだが、解にはどこが変なのかはっきりとは理解できなかった。
だって変というなら全部が変なのだ。
解は運転手を見た。ふつうのおじさんと目があった。
運転手は解が自分を見ていることに気づいたのか、解に向かって帽子のひさしに手を当ててみせた。
解と目があっても彼の表情はとりたてて動いたりしなかった。
ただ小さなしぐさをしただけだ。その様子を見ただけでは、これからなにが起きるのかを予測することはできなかった。
ノーヒントだ、と解は思った。
外に何者がいるのか、どんなことが待ちうけているのか、一つもわからない。
カツン、と音がした。
解は運転手から視線をはずして音のしたほうを見た。
結生が開いた出入口に足をかけ、腰を下ろして床に手をかけているところだった。
「行くの?」
解は結生にたずねた。
結生が、
「うん。」
という返事をするのと同時に飛びおりた。
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