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1章 ふしぎな電車
6 待っていたのは
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結生の頭が一瞬で下降した。
解の目には栗色の頭だけが見えるかっこうになった。
結生はすぐに振りむいた。
「大丈夫みたいだ。でもホントに高さがあるよ。」
解も結生とおなじようにした。
電車の床に腰かけるかたちになり、両足をぶらんと外へ出して一度ゆらし、それから勢いをつけて飛びおりた。
地面のやわらかい土が解の両足を受けとめた。
アスファルトやコンクリートよりもずっと衝撃が少なかったはずだ。
それでも足から腰へ、それから背中へ、着地した衝撃をズン、と感じた。
解と結生は振りむいて電車を見あげた。
降りてからあらためて見ると、電車の床の位置は地面よりずっと高く見えた。
開け放たれた電車の出入口に近づいてきた人が、困ったような迷うような顔で解と結生を見おろした。
やがて後ろの車両から音がした。
二両目、三両目、そして四両目のあちこちで車内から外へ出る人があらわれたのだ。
人々がまばらにパラパラと出てきた。
「わたしはイヤ。こんな、どこだかわからないのに外へ出るなんて。」
という声がした。女の声だ。かん高くて少しだけ舌足らずな声。
そりゃそうだ、と解は思った。そしてあることを考えついた。
解は結生に小声で語りかけた。
「ずっと乗ったままで降りないでがんばったら、あきらめて成田駅に電車が戻るってことはあるのかな。」
「うーん、どうだろう。」
結生が考えこむような顔になった。
「お年寄りも乗っているし、飛びおりるのがむずかしい人もいるかも。もし解くんの言うようにこのまま電車が戻るならーー」
「残念だが、それはあり得ない。」
だれかの声が解たちの会話をさえぎった。
解と結生はいそいで声のしたほうを見た。
フードを被った男が一人、そこに立っていた。
「君たちの力を借りたくてここまで来てもらったのだ。帰らせるわけにはいかない。」
男が微笑した。
「それに私の話を聞けば、君たちもここに留まる気になると思う。」
それはとてもよく響く声だった。低く、朗々として、よどみのない声だ。
解は小学校の演劇鑑賞会を思いだした。
五年生のときにどこかの劇団がやってきて学校の体育館で小学生を観客にして演劇をやったのだ。
たしか「飛ぶ教室」というタイトルの劇だったと解は記憶している。
舞台の上の役者がこういう声を出したよな、と思った。
暗記したセリフを一つもまちがえることなく読みあげるような声。
よく響く声が言葉をつづけた。
「この『電車』はみなさんが降りたら元の姿にもどる。そして二度と君たちのいた場所へ走ることはない。」
声のぬしは一目でふつうでないとわかる男だった。
姿勢がよくて堂々としている。
肩幅が広く首も太く、まるでヨーロッパの古い彫像のような容姿の男だ。
男の顔色は白くてほとんど血の気がないが、その顔色だって病気や弱さを感じさせず、むしろ大理石のような硬質な威厳をかもしだしている。
解の目の前にいるのはなんだか生身の人間ではなくて、彫像のモデルになるような神様とか歴史上の人物みたいな存在に見えた。
着ているものは解が生まれて初めて見る服装だ。
長い袖と長い裾の衣服はふしぎな色だった。
日ざしをあびて、それは灰色にも緑色にも青色にも見えた。
フードから裾までおなじ布だ。
そしてそのふしぎな色の服の胸元を留め金でとめてある。
留め金には銀色の丸いブローチが装飾としてくっついており、それが日ざしをあびてキラッと光った。
解はついそれに目をとめた。
美しい意匠がほどこされている。
二枚の翼が広がり、その中央に小さな黒い石がおさまっている。
つややかな石だ。
(エンブレムだ。)
と解は思った。なにかの紋章だ。
腰には黒っぽい革のベルト、それに同じ色の長い革靴と手袋をしている。
その衣装は男に神秘的な雰囲気を与えることに一役買っていた。
ただし解が考えたのはべつのことだった。
(この人は寒いんだろうか?)
男はフードをまぶかに被っていた。
そのため解の目には彼の髪の色は見えないが、目元と彫りの深い鼻やうすい唇はよく見えた。
男の目は、解には図書室の鉱物図鑑に写真が載っていた琥珀のように見えた。
よく澄んでいる。まるでなんでも見すかすような目だ。
実際にそういうことのできる男なのかもしれない。
解は黙ったまま頭だけを働かせた。
(肌がほとんど出てないのは寒いからなのか、それともべつの理由か、どうなんだろう?)
そのとき男が電車のなかに残っている人達に向かって声をはりあげた。
「さあ、みなさん出てきてもらおう。時間を置くとあなたがたの足元が崩れて危険だ。」
四両の車両のなかに向かって男の声はとてもよく通った。
さきほどの車内アナウンスよりもずっとよく聞こえる言葉だ。
それは聞く人の頭のなかに直接響くような言葉だった。やけに説得力があったのだ。
実際に危険が起こりそうな説得力と、親切そうな警告の気配と、それにどういうわけかこの声に従いたいと思わせる力づよさがあった。
男が語りかけたあと車内から下りてくる人達のスピードが明らかに上がった。
不意に、結生がくるりと男から背を向けて電車の後方へ早足で歩きだした。
解の目には栗色の頭だけが見えるかっこうになった。
結生はすぐに振りむいた。
「大丈夫みたいだ。でもホントに高さがあるよ。」
解も結生とおなじようにした。
電車の床に腰かけるかたちになり、両足をぶらんと外へ出して一度ゆらし、それから勢いをつけて飛びおりた。
地面のやわらかい土が解の両足を受けとめた。
アスファルトやコンクリートよりもずっと衝撃が少なかったはずだ。
それでも足から腰へ、それから背中へ、着地した衝撃をズン、と感じた。
解と結生は振りむいて電車を見あげた。
降りてからあらためて見ると、電車の床の位置は地面よりずっと高く見えた。
開け放たれた電車の出入口に近づいてきた人が、困ったような迷うような顔で解と結生を見おろした。
やがて後ろの車両から音がした。
二両目、三両目、そして四両目のあちこちで車内から外へ出る人があらわれたのだ。
人々がまばらにパラパラと出てきた。
「わたしはイヤ。こんな、どこだかわからないのに外へ出るなんて。」
という声がした。女の声だ。かん高くて少しだけ舌足らずな声。
そりゃそうだ、と解は思った。そしてあることを考えついた。
解は結生に小声で語りかけた。
「ずっと乗ったままで降りないでがんばったら、あきらめて成田駅に電車が戻るってことはあるのかな。」
「うーん、どうだろう。」
結生が考えこむような顔になった。
「お年寄りも乗っているし、飛びおりるのがむずかしい人もいるかも。もし解くんの言うようにこのまま電車が戻るならーー」
「残念だが、それはあり得ない。」
だれかの声が解たちの会話をさえぎった。
解と結生はいそいで声のしたほうを見た。
フードを被った男が一人、そこに立っていた。
「君たちの力を借りたくてここまで来てもらったのだ。帰らせるわけにはいかない。」
男が微笑した。
「それに私の話を聞けば、君たちもここに留まる気になると思う。」
それはとてもよく響く声だった。低く、朗々として、よどみのない声だ。
解は小学校の演劇鑑賞会を思いだした。
五年生のときにどこかの劇団がやってきて学校の体育館で小学生を観客にして演劇をやったのだ。
たしか「飛ぶ教室」というタイトルの劇だったと解は記憶している。
舞台の上の役者がこういう声を出したよな、と思った。
暗記したセリフを一つもまちがえることなく読みあげるような声。
よく響く声が言葉をつづけた。
「この『電車』はみなさんが降りたら元の姿にもどる。そして二度と君たちのいた場所へ走ることはない。」
声のぬしは一目でふつうでないとわかる男だった。
姿勢がよくて堂々としている。
肩幅が広く首も太く、まるでヨーロッパの古い彫像のような容姿の男だ。
男の顔色は白くてほとんど血の気がないが、その顔色だって病気や弱さを感じさせず、むしろ大理石のような硬質な威厳をかもしだしている。
解の目の前にいるのはなんだか生身の人間ではなくて、彫像のモデルになるような神様とか歴史上の人物みたいな存在に見えた。
着ているものは解が生まれて初めて見る服装だ。
長い袖と長い裾の衣服はふしぎな色だった。
日ざしをあびて、それは灰色にも緑色にも青色にも見えた。
フードから裾までおなじ布だ。
そしてそのふしぎな色の服の胸元を留め金でとめてある。
留め金には銀色の丸いブローチが装飾としてくっついており、それが日ざしをあびてキラッと光った。
解はついそれに目をとめた。
美しい意匠がほどこされている。
二枚の翼が広がり、その中央に小さな黒い石がおさまっている。
つややかな石だ。
(エンブレムだ。)
と解は思った。なにかの紋章だ。
腰には黒っぽい革のベルト、それに同じ色の長い革靴と手袋をしている。
その衣装は男に神秘的な雰囲気を与えることに一役買っていた。
ただし解が考えたのはべつのことだった。
(この人は寒いんだろうか?)
男はフードをまぶかに被っていた。
そのため解の目には彼の髪の色は見えないが、目元と彫りの深い鼻やうすい唇はよく見えた。
男の目は、解には図書室の鉱物図鑑に写真が載っていた琥珀のように見えた。
よく澄んでいる。まるでなんでも見すかすような目だ。
実際にそういうことのできる男なのかもしれない。
解は黙ったまま頭だけを働かせた。
(肌がほとんど出てないのは寒いからなのか、それともべつの理由か、どうなんだろう?)
そのとき男が電車のなかに残っている人達に向かって声をはりあげた。
「さあ、みなさん出てきてもらおう。時間を置くとあなたがたの足元が崩れて危険だ。」
四両の車両のなかに向かって男の声はとてもよく通った。
さきほどの車内アナウンスよりもずっとよく聞こえる言葉だ。
それは聞く人の頭のなかに直接響くような言葉だった。やけに説得力があったのだ。
実際に危険が起こりそうな説得力と、親切そうな警告の気配と、それにどういうわけかこの声に従いたいと思わせる力づよさがあった。
男が語りかけたあと車内から下りてくる人達のスピードが明らかに上がった。
不意に、結生がくるりと男から背を向けて電車の後方へ早足で歩きだした。
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