7 / 112
1章 ふしぎな電車
6 待っていたのは
しおりを挟む
結生の頭が一瞬で下降した。
解の目には栗色の頭だけが見えるかっこうになった。
結生はすぐに振りむいた。
「大丈夫みたいだ。でもホントに高さがあるよ。」
解も結生とおなじようにした。
電車の床に腰かけるかたちになり、両足をぶらんと外へ出して一度ゆらし、それから勢いをつけて飛びおりた。
地面のやわらかい土が解の両足を受けとめた。
アスファルトやコンクリートよりもずっと衝撃が少なかったはずだ。
それでも足から腰へ、それから背中へ、着地した衝撃をズン、と感じた。
解と結生は振りむいて電車を見あげた。
降りてからあらためて見ると、電車の床の位置は地面よりずっと高く見えた。
開け放たれた電車の出入口に近づいてきた人が、困ったような迷うような顔で解と結生を見おろした。
やがて後ろの車両から音がした。
二両目、三両目、そして四両目のあちこちで車内から外へ出る人があらわれたのだ。
人々がまばらにパラパラと出てきた。
「わたしはイヤ。こんな、どこだかわからないのに外へ出るなんて。」
という声がした。女の声だ。かん高くて少しだけ舌足らずな声。
そりゃそうだ、と解は思った。そしてあることを考えついた。
解は結生に小声で語りかけた。
「ずっと乗ったままで降りないでがんばったら、あきらめて成田駅に電車が戻るってことはあるのかな。」
「うーん、どうだろう。」
結生が考えこむような顔になった。
「お年寄りも乗っているし、飛びおりるのがむずかしい人もいるかも。もし解くんの言うようにこのまま電車が戻るならーー」
「残念だが、それはあり得ない。」
だれかの声が解たちの会話をさえぎった。
解と結生はいそいで声のしたほうを見た。
フードを被った男が一人、そこに立っていた。
「君たちの力を借りたくてここまで来てもらったのだ。帰らせるわけにはいかない。」
男が微笑した。
「それに私の話を聞けば、君たちもここに留まる気になると思う。」
それはとてもよく響く声だった。低く、朗々として、よどみのない声だ。
解は小学校の演劇鑑賞会を思いだした。
五年生のときにどこかの劇団がやってきて学校の体育館で小学生を観客にして演劇をやったのだ。
たしか「飛ぶ教室」というタイトルの劇だったと解は記憶している。
舞台の上の役者がこういう声を出したよな、と思った。
暗記したセリフを一つもまちがえることなく読みあげるような声。
よく響く声が言葉をつづけた。
「この『電車』はみなさんが降りたら元の姿にもどる。そして二度と君たちのいた場所へ走ることはない。」
声のぬしは一目でふつうでないとわかる男だった。
姿勢がよくて堂々としている。
肩幅が広く首も太く、まるでヨーロッパの古い彫像のような容姿の男だ。
男の顔色は白くてほとんど血の気がないが、その顔色だって病気や弱さを感じさせず、むしろ大理石のような硬質な威厳をかもしだしている。
解の目の前にいるのはなんだか生身の人間ではなくて、彫像のモデルになるような神様とか歴史上の人物みたいな存在に見えた。
着ているものは解が生まれて初めて見る服装だ。
長い袖と長い裾の衣服はふしぎな色だった。
日ざしをあびて、それは灰色にも緑色にも青色にも見えた。
フードから裾までおなじ布だ。
そしてそのふしぎな色の服の胸元を留め金でとめてある。
留め金には銀色の丸いブローチが装飾としてくっついており、それが日ざしをあびてキラッと光った。
解はついそれに目をとめた。
美しい意匠がほどこされている。
二枚の翼が広がり、その中央に小さな黒い石がおさまっている。
つややかな石だ。
(エンブレムだ。)
と解は思った。なにかの紋章だ。
腰には黒っぽい革のベルト、それに同じ色の長い革靴と手袋をしている。
その衣装は男に神秘的な雰囲気を与えることに一役買っていた。
ただし解が考えたのはべつのことだった。
(この人は寒いんだろうか?)
男はフードをまぶかに被っていた。
そのため解の目には彼の髪の色は見えないが、目元と彫りの深い鼻やうすい唇はよく見えた。
男の目は、解には図書室の鉱物図鑑に写真が載っていた琥珀のように見えた。
よく澄んでいる。まるでなんでも見すかすような目だ。
実際にそういうことのできる男なのかもしれない。
解は黙ったまま頭だけを働かせた。
(肌がほとんど出てないのは寒いからなのか、それともべつの理由か、どうなんだろう?)
そのとき男が電車のなかに残っている人達に向かって声をはりあげた。
「さあ、みなさん出てきてもらおう。時間を置くとあなたがたの足元が崩れて危険だ。」
四両の車両のなかに向かって男の声はとてもよく通った。
さきほどの車内アナウンスよりもずっとよく聞こえる言葉だ。
それは聞く人の頭のなかに直接響くような言葉だった。やけに説得力があったのだ。
実際に危険が起こりそうな説得力と、親切そうな警告の気配と、それにどういうわけかこの声に従いたいと思わせる力づよさがあった。
男が語りかけたあと車内から下りてくる人達のスピードが明らかに上がった。
不意に、結生がくるりと男から背を向けて電車の後方へ早足で歩きだした。
解の目には栗色の頭だけが見えるかっこうになった。
結生はすぐに振りむいた。
「大丈夫みたいだ。でもホントに高さがあるよ。」
解も結生とおなじようにした。
電車の床に腰かけるかたちになり、両足をぶらんと外へ出して一度ゆらし、それから勢いをつけて飛びおりた。
地面のやわらかい土が解の両足を受けとめた。
アスファルトやコンクリートよりもずっと衝撃が少なかったはずだ。
それでも足から腰へ、それから背中へ、着地した衝撃をズン、と感じた。
解と結生は振りむいて電車を見あげた。
降りてからあらためて見ると、電車の床の位置は地面よりずっと高く見えた。
開け放たれた電車の出入口に近づいてきた人が、困ったような迷うような顔で解と結生を見おろした。
やがて後ろの車両から音がした。
二両目、三両目、そして四両目のあちこちで車内から外へ出る人があらわれたのだ。
人々がまばらにパラパラと出てきた。
「わたしはイヤ。こんな、どこだかわからないのに外へ出るなんて。」
という声がした。女の声だ。かん高くて少しだけ舌足らずな声。
そりゃそうだ、と解は思った。そしてあることを考えついた。
解は結生に小声で語りかけた。
「ずっと乗ったままで降りないでがんばったら、あきらめて成田駅に電車が戻るってことはあるのかな。」
「うーん、どうだろう。」
結生が考えこむような顔になった。
「お年寄りも乗っているし、飛びおりるのがむずかしい人もいるかも。もし解くんの言うようにこのまま電車が戻るならーー」
「残念だが、それはあり得ない。」
だれかの声が解たちの会話をさえぎった。
解と結生はいそいで声のしたほうを見た。
フードを被った男が一人、そこに立っていた。
「君たちの力を借りたくてここまで来てもらったのだ。帰らせるわけにはいかない。」
男が微笑した。
「それに私の話を聞けば、君たちもここに留まる気になると思う。」
それはとてもよく響く声だった。低く、朗々として、よどみのない声だ。
解は小学校の演劇鑑賞会を思いだした。
五年生のときにどこかの劇団がやってきて学校の体育館で小学生を観客にして演劇をやったのだ。
たしか「飛ぶ教室」というタイトルの劇だったと解は記憶している。
舞台の上の役者がこういう声を出したよな、と思った。
暗記したセリフを一つもまちがえることなく読みあげるような声。
よく響く声が言葉をつづけた。
「この『電車』はみなさんが降りたら元の姿にもどる。そして二度と君たちのいた場所へ走ることはない。」
声のぬしは一目でふつうでないとわかる男だった。
姿勢がよくて堂々としている。
肩幅が広く首も太く、まるでヨーロッパの古い彫像のような容姿の男だ。
男の顔色は白くてほとんど血の気がないが、その顔色だって病気や弱さを感じさせず、むしろ大理石のような硬質な威厳をかもしだしている。
解の目の前にいるのはなんだか生身の人間ではなくて、彫像のモデルになるような神様とか歴史上の人物みたいな存在に見えた。
着ているものは解が生まれて初めて見る服装だ。
長い袖と長い裾の衣服はふしぎな色だった。
日ざしをあびて、それは灰色にも緑色にも青色にも見えた。
フードから裾までおなじ布だ。
そしてそのふしぎな色の服の胸元を留め金でとめてある。
留め金には銀色の丸いブローチが装飾としてくっついており、それが日ざしをあびてキラッと光った。
解はついそれに目をとめた。
美しい意匠がほどこされている。
二枚の翼が広がり、その中央に小さな黒い石がおさまっている。
つややかな石だ。
(エンブレムだ。)
と解は思った。なにかの紋章だ。
腰には黒っぽい革のベルト、それに同じ色の長い革靴と手袋をしている。
その衣装は男に神秘的な雰囲気を与えることに一役買っていた。
ただし解が考えたのはべつのことだった。
(この人は寒いんだろうか?)
男はフードをまぶかに被っていた。
そのため解の目には彼の髪の色は見えないが、目元と彫りの深い鼻やうすい唇はよく見えた。
男の目は、解には図書室の鉱物図鑑に写真が載っていた琥珀のように見えた。
よく澄んでいる。まるでなんでも見すかすような目だ。
実際にそういうことのできる男なのかもしれない。
解は黙ったまま頭だけを働かせた。
(肌がほとんど出てないのは寒いからなのか、それともべつの理由か、どうなんだろう?)
そのとき男が電車のなかに残っている人達に向かって声をはりあげた。
「さあ、みなさん出てきてもらおう。時間を置くとあなたがたの足元が崩れて危険だ。」
四両の車両のなかに向かって男の声はとてもよく通った。
さきほどの車内アナウンスよりもずっとよく聞こえる言葉だ。
それは聞く人の頭のなかに直接響くような言葉だった。やけに説得力があったのだ。
実際に危険が起こりそうな説得力と、親切そうな警告の気配と、それにどういうわけかこの声に従いたいと思わせる力づよさがあった。
男が語りかけたあと車内から下りてくる人達のスピードが明らかに上がった。
不意に、結生がくるりと男から背を向けて電車の後方へ早足で歩きだした。
0
あなたにおすすめの小説
クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました
藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。
相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。
さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!?
「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」
星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。
「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」
「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」
ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や
帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……?
「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」
「お前のこと、誰にも渡したくない」
クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。
あだ名が242個ある男(実はこれ実話なんですよ25)
tomoharu
児童書・童話
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!数年後には大ヒット間違いなし!!
作品情報【伝説の物語(都道府県問題)】【伝説の話題(あだ名とコミュニケーションアプリ)】【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】【トモレオ突破椿】など
・【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。
小さい頃から今まで主人公である【紘】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね!
・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。
頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください!
特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します!
トランプ男と呼ばれている切札勝が、トランプゲームに例えて次々と問題を解決していく【トランプ男】シリーズも大人気!
人気者になるために、ウソばかりついて周りの人を誘導し、すべて自分のものにしようとするウソヒコをガチヒコが止める【嘘つきは、嘘治の始まり】というホラーサスペンスミステリー小説
ノースキャンプの見張り台
こいちろう
児童書・童話
時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。
進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。
赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
星降る夜に落ちた子
千東風子
児童書・童話
あたしは、いらなかった?
ねえ、お父さん、お母さん。
ずっと心で泣いている女の子がいました。
名前は世羅。
いつもいつも弟ばかり。
何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。
ハイキングなんて、来たくなかった!
世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。
世羅は滑るように落ち、気を失いました。
そして、目が覚めたらそこは。
住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる