8 / 112
1章 ふしぎな電車
7 はじめて聞く言葉
しおりを挟む
解はいそいで結生の後を追った。
「どうしたの?」
「ぼくらが駅から乗りこんだ車両、いちばん後ろだった。」
「うん。」
「あそこでたしかベビーカーを見たよ。」
「あ。」
解もそれを思いだした。
解と結生は四両目に近づいた。
電車のなかから次々に人が降りてきた。
たいていの人は解や結生とおなじようにいったん床に腰をおろし、膝から先をぶらりと車内から外へ出してはずみをつけて外へ向かって飛びおりた。
お年寄りのなかには先に降りた人の手に支えられ、なかば抱えられるようにして降りる人もいた。
解がはじめに見かけた高校生五人の姿があった。
彼らは床へ腰をおろさずに両足を深く曲げ、しゃがむような姿勢になり勢いをつけて飛びおりた。
元気のいいジャンプだ。身体を動かすことに自信があるようだ。
最後にベビーカーと若い母親が残った。
結生が両手を差しだして母親に声をかけた。
「どうぞ。」
若い母親が結生の言葉にニコッとわらった。
丸っこい輪郭の顔と身体つきの女の人だ。
結生の言葉と態度はやわらかくて落ちついていると解は思った。
信頼に足る人物に見えるのだ。
母親もそう判断したようで、彼女はベビーカーから小さな子どもを抱きあげると、結生に向かって言った。
「ありがとう、助かります。先にベビーカーをお願い。」
結生がうなずき、結生のほかに高校生のうちの一人が結生に手を貸して、二人がかりでベビーカーを地面へおろした。
そのあとふたたび結生が車内へ向かって手をのばし、今度は小さな子を抱きとめた。
三歳くらいの女の子だ。フワフワした髪の毛をしている。
女の子はおとなしく結生の腕のなかに移動した。
「すぐにママも来るからね。」
結生が小さな子に向かってささやいた。
最後に若い母親が高校生の手を借りながら電車から降りて、すぐに女の子を抱っこした。
彼女は結生や高校生に向かって、
「ありがとう。」
とはっきりした声で礼を言った。
ふしぎな電車に乗りあわせた人々のうち、この母親が車内から降りた最後の一人だった。
そして乗客の全員が地面に降りたのを見はからったかのようなタイミングで、彫像のような男の声があたりに響いた。
「さて、みなさん。まずはよく来てくれた。いきなりのことでさぞおどろいたと思うが、厚く礼を述べよう。さて、私はカク・シという。お見知りおきを。」
電車から降りた人々がいっせいにカク・シと名乗った男に視線を向けた。
カク・シはとりたてて指示を出さなかったが、後ろの車両に乗っていた人達が先頭車両の近くまで移動をはじめた。
まるでカク・シの声と姿に引きよせられるような動きだ。
その場がいきなり舞台になったーー解はそう感じた。
おなじ野原に立ちながらカク・シ一人が舞台の上に立ち、その他の人たち、電車の乗客だった人達が舞台の下の観客になった。
解もそのうちの一人だ。他の人にまぎれた。
カク・シはあたりを一望した。
彼に熱心な視線を向ける人達を琥珀色の目がゆっくりと見わたしたが、実際のところカク・シの視線はだれの顔にも留まらないで素通りした。
観客と化した人達はカク・シの顔を、わけても目を、熱心に見た。素通りした視線を今度は留めてほしいと無意識に願っているのかもしれない。
初めて出会ったカク・シという男がただ者でないと、ほとんどの人間が一瞬で認めたようだった。
解はカク・シの顔だけでなく身体ぜんぶを上から下まで、隅から隅まで、じっくり見た。
(この人は何者だろう?)という好奇心でいっぱいだった。
その好奇心のなかにはそれなりの割合で警戒心が混ざっている。
解は自分でそれをふしぎに感じた。
(なんでぼくはこの人に油断しちゃダメだと思うんだろう?)
それが謎だったから、ことのほか解は注意深くカク・シを見つめた。
離れて見るだけでは足りずに解はふたたびカク・シのそばへ近づいた。
そして気づいた。
解は目を丸くした。
はじめ気のせいか、それとも自分の見まちがいかと思ったくらいだ。
カク・シの足がほんのわずか宙に浮いている。
解は何度も見直したが、十二歳の少年の目にうつる光景はおなじだった。
黒っぽい革靴を履いた二つの足は地面を踏まず、わずかに土から離れている。
カク・シはいっそう大きな声を出した。
「私たちはあなた方を地徒人と呼び習わしている。そして自分たちのことを天流衆と呼ぶ。地徒人よ、よく来てくれた。」
「アダヒト? テンリュウシュウ? どういう意味だろう?」
解のすぐ後ろでつぶやく声が聞こえた。解は振りむいた。
結生が立っていた。
いつの間にか結生もカク・シの姿がよく見える位置まで移動していた。
解は小声でささやいた。
「なんだろうね。」
どうしてぼくらはヒソヒソと話しているのかな、と解は思った。
もう少し大きな声、少なくともふつうの声で会話したっていいのに。
カク・シがひときわ力のこもった声をあげた。
「あなた方の力を貸りたい。なぜなら、いま天流衆国は危機に瀕しているからだ。」
カク・シは、ふわりと高く浮いてみせた。
乗客だった人々の口からどよめきがもれた。
「どうしたの?」
「ぼくらが駅から乗りこんだ車両、いちばん後ろだった。」
「うん。」
「あそこでたしかベビーカーを見たよ。」
「あ。」
解もそれを思いだした。
解と結生は四両目に近づいた。
電車のなかから次々に人が降りてきた。
たいていの人は解や結生とおなじようにいったん床に腰をおろし、膝から先をぶらりと車内から外へ出してはずみをつけて外へ向かって飛びおりた。
お年寄りのなかには先に降りた人の手に支えられ、なかば抱えられるようにして降りる人もいた。
解がはじめに見かけた高校生五人の姿があった。
彼らは床へ腰をおろさずに両足を深く曲げ、しゃがむような姿勢になり勢いをつけて飛びおりた。
元気のいいジャンプだ。身体を動かすことに自信があるようだ。
最後にベビーカーと若い母親が残った。
結生が両手を差しだして母親に声をかけた。
「どうぞ。」
若い母親が結生の言葉にニコッとわらった。
丸っこい輪郭の顔と身体つきの女の人だ。
結生の言葉と態度はやわらかくて落ちついていると解は思った。
信頼に足る人物に見えるのだ。
母親もそう判断したようで、彼女はベビーカーから小さな子どもを抱きあげると、結生に向かって言った。
「ありがとう、助かります。先にベビーカーをお願い。」
結生がうなずき、結生のほかに高校生のうちの一人が結生に手を貸して、二人がかりでベビーカーを地面へおろした。
そのあとふたたび結生が車内へ向かって手をのばし、今度は小さな子を抱きとめた。
三歳くらいの女の子だ。フワフワした髪の毛をしている。
女の子はおとなしく結生の腕のなかに移動した。
「すぐにママも来るからね。」
結生が小さな子に向かってささやいた。
最後に若い母親が高校生の手を借りながら電車から降りて、すぐに女の子を抱っこした。
彼女は結生や高校生に向かって、
「ありがとう。」
とはっきりした声で礼を言った。
ふしぎな電車に乗りあわせた人々のうち、この母親が車内から降りた最後の一人だった。
そして乗客の全員が地面に降りたのを見はからったかのようなタイミングで、彫像のような男の声があたりに響いた。
「さて、みなさん。まずはよく来てくれた。いきなりのことでさぞおどろいたと思うが、厚く礼を述べよう。さて、私はカク・シという。お見知りおきを。」
電車から降りた人々がいっせいにカク・シと名乗った男に視線を向けた。
カク・シはとりたてて指示を出さなかったが、後ろの車両に乗っていた人達が先頭車両の近くまで移動をはじめた。
まるでカク・シの声と姿に引きよせられるような動きだ。
その場がいきなり舞台になったーー解はそう感じた。
おなじ野原に立ちながらカク・シ一人が舞台の上に立ち、その他の人たち、電車の乗客だった人達が舞台の下の観客になった。
解もそのうちの一人だ。他の人にまぎれた。
カク・シはあたりを一望した。
彼に熱心な視線を向ける人達を琥珀色の目がゆっくりと見わたしたが、実際のところカク・シの視線はだれの顔にも留まらないで素通りした。
観客と化した人達はカク・シの顔を、わけても目を、熱心に見た。素通りした視線を今度は留めてほしいと無意識に願っているのかもしれない。
初めて出会ったカク・シという男がただ者でないと、ほとんどの人間が一瞬で認めたようだった。
解はカク・シの顔だけでなく身体ぜんぶを上から下まで、隅から隅まで、じっくり見た。
(この人は何者だろう?)という好奇心でいっぱいだった。
その好奇心のなかにはそれなりの割合で警戒心が混ざっている。
解は自分でそれをふしぎに感じた。
(なんでぼくはこの人に油断しちゃダメだと思うんだろう?)
それが謎だったから、ことのほか解は注意深くカク・シを見つめた。
離れて見るだけでは足りずに解はふたたびカク・シのそばへ近づいた。
そして気づいた。
解は目を丸くした。
はじめ気のせいか、それとも自分の見まちがいかと思ったくらいだ。
カク・シの足がほんのわずか宙に浮いている。
解は何度も見直したが、十二歳の少年の目にうつる光景はおなじだった。
黒っぽい革靴を履いた二つの足は地面を踏まず、わずかに土から離れている。
カク・シはいっそう大きな声を出した。
「私たちはあなた方を地徒人と呼び習わしている。そして自分たちのことを天流衆と呼ぶ。地徒人よ、よく来てくれた。」
「アダヒト? テンリュウシュウ? どういう意味だろう?」
解のすぐ後ろでつぶやく声が聞こえた。解は振りむいた。
結生が立っていた。
いつの間にか結生もカク・シの姿がよく見える位置まで移動していた。
解は小声でささやいた。
「なんだろうね。」
どうしてぼくらはヒソヒソと話しているのかな、と解は思った。
もう少し大きな声、少なくともふつうの声で会話したっていいのに。
カク・シがひときわ力のこもった声をあげた。
「あなた方の力を貸りたい。なぜなら、いま天流衆国は危機に瀕しているからだ。」
カク・シは、ふわりと高く浮いてみせた。
乗客だった人々の口からどよめきがもれた。
0
あなたにおすすめの小説
「いっすん坊」てなんなんだ
こいちろう
児童書・童話
ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。
自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・
クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました
藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。
相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。
さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!?
「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」
星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。
「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」
「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」
ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や
帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……?
「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」
「お前のこと、誰にも渡したくない」
クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
少年騎士
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。
村から追い出された変わり者の僕は、なぜかみんなの人気者になりました~異種族わちゃわちゃ冒険ものがたり~
楓乃めーぷる
児童書・童話
グラム村で変わり者扱いされていた少年フィロは村長の家で小間使いとして、生まれてから10年間馬小屋で暮らしてきた。フィロには生き物たちの言葉が分かるという不思議な力があった。そのせいで同年代の子どもたちにも仲良くしてもらえず、友達は森で助けた赤い鳥のポイと馬小屋の馬と村で飼われている鶏くらいだ。
いつもと変わらない日々を送っていたフィロだったが、ある日村に黒くて大きなドラゴンがやってくる。ドラゴンは怒り村人たちでは歯が立たない。石を投げつけて何とか追い返そうとするが、必死に何かを訴えている.
気になったフィロが村長に申し出てドラゴンの話を聞くと、ドラゴンの巣を荒らした者が村にいることが分かる。ドラゴンは知らぬふりをする村人たちの態度に怒り、炎を噴いて暴れまわる。フィロの必死の説得に漸く耳を傾けて大人しくなるドラゴンだったが、フィロとドラゴンを見た村人たちは、フィロこそドラゴンを招き入れた張本人であり実は魔物の生まれ変わりだったのだと決めつけてフィロを村を追い出してしまう。
途方に暮れるフィロを見たドラゴンは、フィロに謝ってくるのだがその姿がみるみる美しい黒髪の女性へと変化して……。
「ドラゴンがお姉さんになった?」
「フィロ、これから私と一緒に旅をしよう」
変わり者の少年フィロと異種族の仲間たちが繰り広げる、自分探しと人助けの冒険ものがたり。
・毎日7時投稿予定です。間に合わない場合は別の時間や次の日になる場合もあります。
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
ノースキャンプの見張り台
こいちろう
児童書・童話
時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。
進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。
赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる