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1章 ふしぎな電車
12 影のなかへ
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シェルギが成長を止めた。
結生がつぶやいた。
「あの影だ……。」
解が余計なことを考えている間に変化が起きていた。
そのことに気づいたのは結生だけではなかったようで、人々がどよめく声がわきおこった。それで解も変化に気づいた。
日ざしがシェルギを照らすのと反対側の、空気の色が変わった。
暗く、濃く、影が空気に色をつけた。
カク・シがジーンズの彼女に話しかけた。
「さあ、行きなさい。向こう側で人が待機している。行けばその者が案内するから、安心しなさい。」
「はい!」
女の人がはきはきと返事をした。
彼女は足を踏みだし、シェルギの影のなかへ入っていった。
進むにつれて彼女の後ろ姿はまっ黒な影と同化した。
暗闇に吸いこまれたような光景だった。
ほどなくして彼女の姿が完全に消えた。
解は地面にさっと視線を走らせた。
(あっ、ない。)
解は目を丸くした。
さっき地面に見えた五メートルほどの裂け目が消えている。
解はますます目をこらした。
(いや、ちがう、少しだけあるぞ。)
解の目にはその裂け目がサッと動いたように見えた。
まるで解の目から姿をかくすようにして、シェルギの背後に消えたように見えたのだ。
とにかくその場からは見えなくなった。
解は混乱した。
地面はまだ少しゆれている。
もしかしたら地面と地面がくっついて裂け目がなくなったのだろうか、それともシェルギの背後に移動しただけだろうか。
解はそのことをだれかに話すかどうか迷った。
顔をあげてキョロキョロと身まわすと少し離れた場所に結生がいた。
解は結生に近づいた。
結生に声をかける前に解はもう一度地面を見た。
裂け目は完全に見えなくなっていた。
解は口を開くのを止めた。
その間に、自然に行列が生まれた。
カク・シのそばに人々が並んだ。
カク・シは一人一人と言葉をかわし、あるときには肩や腕に手をおいて力づけた。
なにかをたずねる人にはていねいに答えた。
興奮しながらもゆったりするという、独特な時間が流れた。
解はカク・シに視線を投げかけてこっそり観察した。
(地面に足は着かないけど、人にふれることはできるんだな。)
と解は思った。
そのとき結生が解に向かって言った。
「ねえ解くん、最後尾まで待って一緒に行かないか。あの小さい子とママも一緒に。」
解はうなずいた。
「うん、そうだね。そうしよう。」
一緒に、と言われて解はうれしかった。
でもそのことを素直に口にするのが恥ずかしくて、解はただコクコクと何度かうなずいてみせるだけにした。
解と結生は母娘のそばへ移動した。
女の子が結生を見てニコッとわらった。
そして自分を指さしてみせた。
「 絵夢 !」
「絵夢ちゃんか、ぼくは結生。こっちのおにいちゃんは解くん。」
「さっきはありがとう。杉野といいます。」
母親が名乗った。一緒に行こうという結生の提案に杉野さんが笑顔でうなずいた。
電車四両ぶんに乗りあわせた人間の数は、百人を少しだけ超えるくらいだった。
それだけの人数が一列に並び、カク・シに見送られて一人ずつ進んだ。
解はふと、内心で本当はカク・シの話に賛同しなかった人もいるのかな、と考えた。
そして自分はどうだろうかとも考えた。
実は、積極的に反対する理由が、解にはない。
なにしろ春休みだ。
一日か二日を予定外にすごしたところで大したことでもない。
解は解のママと佐原で待っているはずのおじいちゃんとおばあちゃんの顔を思いうかべた。
本当ならとっくに佐原に到着していたはずだ。
予定からどれほど時間がすぎたらあの人たちはおかしいと気づくのだろう、と解は考えた。
日頃は忙しくて解にあまりかまわずにいる解のママにだって、さすがに心配するだろう。
とはいえたったの一日か二日だとも思えた。
解にとっても解の家族にとっても最中はひどく長い時間に感じるかもしれないけれど、終わってみればせいぜい二日、そういう話になるはずだ。
解は佐原の家にいる白い犬のことも思いだした。
秋田犬のタロウ。
あの家へ遊びにいくときのいちばんの楽しみが、会うたびにちぎれそうなほど尻尾を振って解に飛びつき手や顔をベロベロ舐めて歓迎してくれるタロウだ。
思いだしたとたんに解は、東京の住まいを発ったときや電車のなかで乗りすごさないように気を張りながら座っていたときよりずっと、タロウに会いたいなと思った。
身体ぜんぶを使って解のことを好きだと教えてくれるタロウに会いたかった。
そう思ったとき、解は自分が不安を感じていることに気づいた。
(もう会えなかったらどうしよう、そう思うから会いたくなったんだ。)
そしてそのとき、
「さあ、行きなさい。」
という声によって解の考えは中断された。
見るといつの間にか目の前にカク・シがいた。
カク・シが服の上から解の腕にふれた。
はげますような、力づけるようなしぐさだった。
解はいちばんはじめにシェルギの影に入った黒いデニムジャケットの彼女の顔を思いうかべた。
感激した顔をだ。
解には感激は生まれなかった、
それどころか、一瞬、
(勝手にさわらないでほしい。)
とさえ思ってしまった。
想像するのと実際とはずいぶんちがうぞ、と解は思った。
結生がつぶやいた。
「あの影だ……。」
解が余計なことを考えている間に変化が起きていた。
そのことに気づいたのは結生だけではなかったようで、人々がどよめく声がわきおこった。それで解も変化に気づいた。
日ざしがシェルギを照らすのと反対側の、空気の色が変わった。
暗く、濃く、影が空気に色をつけた。
カク・シがジーンズの彼女に話しかけた。
「さあ、行きなさい。向こう側で人が待機している。行けばその者が案内するから、安心しなさい。」
「はい!」
女の人がはきはきと返事をした。
彼女は足を踏みだし、シェルギの影のなかへ入っていった。
進むにつれて彼女の後ろ姿はまっ黒な影と同化した。
暗闇に吸いこまれたような光景だった。
ほどなくして彼女の姿が完全に消えた。
解は地面にさっと視線を走らせた。
(あっ、ない。)
解は目を丸くした。
さっき地面に見えた五メートルほどの裂け目が消えている。
解はますます目をこらした。
(いや、ちがう、少しだけあるぞ。)
解の目にはその裂け目がサッと動いたように見えた。
まるで解の目から姿をかくすようにして、シェルギの背後に消えたように見えたのだ。
とにかくその場からは見えなくなった。
解は混乱した。
地面はまだ少しゆれている。
もしかしたら地面と地面がくっついて裂け目がなくなったのだろうか、それともシェルギの背後に移動しただけだろうか。
解はそのことをだれかに話すかどうか迷った。
顔をあげてキョロキョロと身まわすと少し離れた場所に結生がいた。
解は結生に近づいた。
結生に声をかける前に解はもう一度地面を見た。
裂け目は完全に見えなくなっていた。
解は口を開くのを止めた。
その間に、自然に行列が生まれた。
カク・シのそばに人々が並んだ。
カク・シは一人一人と言葉をかわし、あるときには肩や腕に手をおいて力づけた。
なにかをたずねる人にはていねいに答えた。
興奮しながらもゆったりするという、独特な時間が流れた。
解はカク・シに視線を投げかけてこっそり観察した。
(地面に足は着かないけど、人にふれることはできるんだな。)
と解は思った。
そのとき結生が解に向かって言った。
「ねえ解くん、最後尾まで待って一緒に行かないか。あの小さい子とママも一緒に。」
解はうなずいた。
「うん、そうだね。そうしよう。」
一緒に、と言われて解はうれしかった。
でもそのことを素直に口にするのが恥ずかしくて、解はただコクコクと何度かうなずいてみせるだけにした。
解と結生は母娘のそばへ移動した。
女の子が結生を見てニコッとわらった。
そして自分を指さしてみせた。
「 絵夢 !」
「絵夢ちゃんか、ぼくは結生。こっちのおにいちゃんは解くん。」
「さっきはありがとう。杉野といいます。」
母親が名乗った。一緒に行こうという結生の提案に杉野さんが笑顔でうなずいた。
電車四両ぶんに乗りあわせた人間の数は、百人を少しだけ超えるくらいだった。
それだけの人数が一列に並び、カク・シに見送られて一人ずつ進んだ。
解はふと、内心で本当はカク・シの話に賛同しなかった人もいるのかな、と考えた。
そして自分はどうだろうかとも考えた。
実は、積極的に反対する理由が、解にはない。
なにしろ春休みだ。
一日か二日を予定外にすごしたところで大したことでもない。
解は解のママと佐原で待っているはずのおじいちゃんとおばあちゃんの顔を思いうかべた。
本当ならとっくに佐原に到着していたはずだ。
予定からどれほど時間がすぎたらあの人たちはおかしいと気づくのだろう、と解は考えた。
日頃は忙しくて解にあまりかまわずにいる解のママにだって、さすがに心配するだろう。
とはいえたったの一日か二日だとも思えた。
解にとっても解の家族にとっても最中はひどく長い時間に感じるかもしれないけれど、終わってみればせいぜい二日、そういう話になるはずだ。
解は佐原の家にいる白い犬のことも思いだした。
秋田犬のタロウ。
あの家へ遊びにいくときのいちばんの楽しみが、会うたびにちぎれそうなほど尻尾を振って解に飛びつき手や顔をベロベロ舐めて歓迎してくれるタロウだ。
思いだしたとたんに解は、東京の住まいを発ったときや電車のなかで乗りすごさないように気を張りながら座っていたときよりずっと、タロウに会いたいなと思った。
身体ぜんぶを使って解のことを好きだと教えてくれるタロウに会いたかった。
そう思ったとき、解は自分が不安を感じていることに気づいた。
(もう会えなかったらどうしよう、そう思うから会いたくなったんだ。)
そしてそのとき、
「さあ、行きなさい。」
という声によって解の考えは中断された。
見るといつの間にか目の前にカク・シがいた。
カク・シが服の上から解の腕にふれた。
はげますような、力づけるようなしぐさだった。
解はいちばんはじめにシェルギの影に入った黒いデニムジャケットの彼女の顔を思いうかべた。
感激した顔をだ。
解には感激は生まれなかった、
それどころか、一瞬、
(勝手にさわらないでほしい。)
とさえ思ってしまった。
想像するのと実際とはずいぶんちがうぞ、と解は思った。
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