天流衆国の物語

スズキマキ

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1章 ふしぎな電車

11 変幻蚰蜒――カラジョル

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カク・シと呼ばれた男は無言だ。うなずくことさえしない。
まるで運転手なんか存在しないかのような態度だ。

運転手は電車だったモノの足から背中へよじ登った。
彼は一両目だった場所に腰かけて背中を丸め、それから電車だったやつ、今は青くて平べったくてゲジゲジのようなかたちに変化した生物へ、
変幻蚰蜒カラジョル、さあ行こう。」
と声をかけた。
たくさんの足が一斉に、でもバラバラにうごめいた。
カシャカシャカシャと音が鳴った。
足が線路の枕木を踏んで蹴って進みはじめた。
やがて青くて大きなゲジゲジ、カラジョルと呼ばれた変なやつは地面から離れた。
「飛んだ……。」
解の後ろでだれかが呆然とした声をあげた。
カラジョルは身体をうねらせて木立のてっぺんあたりの高さを飛翔して進んだ。
魚が水のなかで身体をうねらせるような姿だった。
人の声がとだえた。
乗客だった人達はみんな呆然と自分たちを運んだもの、電車だと思ったらまったくちがったもの、カラジョルをながめた。
解以外は。

解は(あっ。)と思った。

カラジョルの進む方向の下で、地面が裂けているのが見えた。
その裂け目はシェルギの後ろに伸び、地面のあちら側とこちら側を隔てていた。
裂け目の幅はごくわずかだった。
解の目には二十センチか三十センチか、ほんのそれくらいに見えた。
裂け目の長さは五メートルかそこら、と解はアタリをつけた。
ただし、深さはまったくわからなかった。
解にはとても深く感じられた。
もしあそこになにか落としたら拾えない、つまり人間の身長よりずっと深いのではないか。

カラジョルが飛翔して移動すると、線路の端っこがよく見えるようになった。
一定の間隔で並ぶ枕木が途切れ、二本のレールの先端がカーブを描いて上に曲がっている。
駅もホームもないけど、ここが終着点なんだ、と解は改めて思った。
(帰りたくても帰れないんだ。)
急にそのことが迫ってきた。
解の胸のあたりにきゅっと縮むような感覚がめばえた。
(ぼくら、これからどうなるんだろう。)
だが疑問に集中するような余裕はなかった。
解はシェルギがさっきよりも大きくなっていることに気づいた。
いつの間にか大人の背の高さを超え、それでも止まらずに成長をつづけている。
解はシェルギを見あげた。
まだ大きくなっている、と目で高さをはかった。
そしてやっぱり呼吸しているように見えると思った。
やがて人々の様子が変化しはじめた。
カラジョルの動きにあっけにとられたあとしばらくするとそのおどろきが少しずつおさまり、すると今度はべつの興奮がはじまった。
人々はざわめいた。
「選ばれたんだよ。」というだれかの声を解は聞いた。
だがざわめきはわずかの間のことだった。
カク・シが両手を広げて手のひらを下へ向けたのだ。
まるでオーケストラの指揮者が手ぶりで交響楽団を指揮するようなしぐさだった。
カク・シの手の動きが人々をしずめた。
人々の興奮はそのままに声や物音だけがサアーッと引いていった。
「みなさん、ありがとう。天流衆てんりゅうしゅうを代表して私からみなさんに感謝する。あなた方の決意が私達に強さを与えてくれることを、どうか胸にきざんでほしい。では、これから骨鉱山こつこうざんへ案内しよう。」
カク・シの身体が下降してかぎりなく地面に近づいた。
そして人々のなかへ分け入った。
人々はカク・シのために場所を空けた。
自然と道ができた。カク・シがその道を進む。

やがて彼は一人の女の前で停止した。
いちばんはじめに声をあげた女の人だ。
カク・シは彼女に向かって革の手袋に包まれた右手を差しだした。
「勇敢なお嬢さん、あなたから案内しよう。」
彼女の顔がかがやいた。
ただうれしいだけというより、もっとずっと強い感激の顔だ。
「あの、わたしは。」
彼女が思いきったようにカク・シに話しかけた。
「ここへ来られてよかったです。あなたに会えてよかったと思います、すごく、ホントに。」
気持ちのこもった声だ。
カク・シはうなずいてみせた。
「ありがとう、お嬢さん。私もあなたが来てくれてよかったと思う。」
彼女の顔がほころんだ。
解はその顔を見て少しばかりうらやましくなった。
アイドルに夢中な子がそのアイドルに出会って、そのうえ話しかけられたみたいだ、解はそう思った。
大げさにいえば「生きていてよかった」とでもいうような顔だし、おそらく大げさじゃなくて本当にそんな気持ちでいるんだろう、と解は彼女の気持ちを推測した。
そしてふと思った。
さっきのカク・シの話が終わった直後に解がいちばんに声をあげたら、いま感激でいっぱいになっているのは彼女じゃなくて解だろうか。
 解は一瞬、
(この場にいるだれよりも早くカク・シって人に気づいたのはぼくなんだぞ。)
と考えた。
そして自分の考えついたことがバカみたいに思えた。
いちばんはじめに気づいたって、それがどうだっていうんだ、とも思った。
解があれこれと、たぶん考えても仕方のないことを考える間にもことは進んだ。
カク・シが黒いデニムジャケットを着た女をずいぶん大きくなったシェルギのそばへ先導した。

ズン、と、その場にいる全員が気づくほどはっきりと地面がゆれた。
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