天流衆国の物語

スズキマキ

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3章 二つの誓約、ぜったいに

36 言葉

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解はたずねた。
天流衆てんしゅうしゅう国の約束事って、カク・シが口にした言葉ですか?」
結生が首をかしげた。
「なんだったかな、たしか『一人の王、二つの文字』という下りがあったね。」
レシャバールがうなずいた。
「創詩だな。若者よ、その後の言葉はわかるか?」
結生が眉根をよせて考える顔になった。
「ええと、たしか、『三つの信仰、四流派の使つかい、五つの亜陸ありく、六つの黄金』でしたか? アリクという言葉の意味がぼくにはわからないですけど。」
解は感心した。
一度きいただけの言葉をしっかり暗記できるなんてすごいなと思った。
レシャバールがうなずいた。
「そうだ。よく言えた。よいか、なんとしてでもここを出て、四流派の使のうち南流を統べる凱風ガイフウという者をさがして頼るのだ。カク・シと互角に渡りあえるのはおそらく凱風だけであろう。」
レシャバールが遠くを見る目つきになった。
「かなうことなら凱風に会って話がしたかった。わしとあいつは幼馴染でな。だが仕方ない。お前達からあの者によろしく伝えてくれ。さあ、よいか。」
レシャバールの目つきが変化した。
なつかしむ目からきびしい目に。
過去をしのぶことから、この先へ。
「儂がのこすのはたった一つの言葉だ。天流衆国のなかで、この言葉を口にできるのは儂一人だ。だが儂が死ねばべつの一人がこの言葉をになう。天流衆国ではいつでもどの時代でも一人だけがそれを担うのだ。」
レシャバールの声は決して大きくなかった。
それでも解の耳に彼の言葉がしっかりと届いた。

「カゼヒラクムスブトキ。」

レシャバールは解を見つめた。
「さあ、くり返してみよ。」
解はその通りにした。
「カ ヒ ク ス ト 。」
あれ? と解は首をかしげた。
自分の口から出た声に違和感をおぼえた。
もう一度おなじ言葉を口にしてみた。
だが結果はおなじだった。
解の口から出たのは、
「カ ヒ ク ス ト 。」
という声だった。
解自身はレシャバールとおなじ言葉を口にしたつもりなのに、実際に声になって出てくるのはとぎれとぎれなのだ。
解は困惑してレシャバールを見た。
だがレシャバールは満足げな顔でうなずいた。
レシャバールが今度は結生を見てうながした。
結生が口を動かした。
「 ゼ ラ ム ブ キ。」
結生もついさきほどの解とおなじ表情になった。
「あれ、変だな。 ゼ ラ ム ブ キ、 ゼ ラ ム ブ キ。」
レシャバールが言った。
「それでよいのだ。今度は二人で一緒に声を出してみよ。」

解と結生は目と目で合図し、同時に声を出した。
「カゼヒラクムスブトキ。」

解はあっと思った。
二人の声が合わさるとレシャバールの口から出たのとおなじ言葉になった。
レシャバールはうなずいた。
「遺言の立会人が二名必要なのはこのためだ。お前達の二つの声がそろうと一つの言葉をあらわすことができる。この言葉を一名で正しく口にできるのは儂だけ、そして儂が死ねばあとを継ぐ者だけだ。」
レシャバールは息をついだ。
苦し気に息を吸って吐き、そしてさらに言葉をつづけた。

「先代の遺言に立ちあったうちの一人は当時の儂よりはるかに年老いた意裁官だった。その者は儂にこの言葉を告げたのち、二十年ほど前に身が地についた。残るもう一人の立会人が凱風だ。つまり凱風もこの言葉を半分だけ知っているから、お前達の話を聞けば信じるだろう。よいか、これを凱風に伝えよ。凱風が次代の者とお前たち二人を引きあわせるはずだ。その次代の者がこの言葉を引きつぐであろう。さあ、誓うのだ、いまの言葉を必ず伝えると。」

「誓います。必ず伝えます。」
結生がこたえた。

それから解を見た。
レシャバールもだ。
解の足がふるえた。

解が誓うことをどれほど強くこのやつれた男が望んでいるか、そうすることでどれほど深く安堵するか、それが衰えきった男の身体にどう作用するか、そのことがひたひたと迫ってきて解を押しつぶしそうになった。
だが、そのとき一瞬、解は反対のことを考えた。
(もしかしたら逆のことが起きるかもしれない。この人の望みをかなえたら、元気になるかもしれない。)
解は思いきってレシャバールの手を握りかえした。
レシャバールがうなずいた。
解は唇を動かした。
かすれた声が解の口から出た。
「――誓います。」
レシャバールがほほえんだ。
男の手が二人の少年の手をにぎりしめた。
「礼を言う。よくここまで来てくれた。よくぞ儂を見つけだしてくれた。よくぞ……。」

レシャバールの手の力が次第に引いていった。

解の手の指先がふるえ、血の気が引いて一気に冷えた。
そのぶん解にはレシャバールの手があたたかく感じられた。
解は自分が一瞬期待したことが完全にまちがいだったことを理解した。
元気になるのとは真逆のことが進行した。
レシャバールは目を閉じた。
彼の手の力が完全に失われた。
解も結生も身じろぎ一つせず、レシャバールが呼吸を止めるのを見守った。
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