天流衆国の物語

スズキマキ

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3章 二つの誓約、ぜったいに

37 本当の出発

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天流衆てんしゅうしゅうのお弔いの方法を聞いておけばよかった。」
解はつぶやいた。
結生が首を横に振った。
「この人にはそれよりも先にぼくらに伝える話があったんだよ。」
「そうだけど。」

二人はレシャバールの片手を胸につけた。
それが正しいのかどうか二人にはわからない。
が、カク・シが他人をあざむくとか嘲弄のためとはいえ礼を示すときにそういうしぐさをしたので、天流衆国ではこれがたとえば仏教で両手を合わせるとかキリスト教で手を組むとか、そういうしぐさに近いのだろうとあたりをつけた。
花があれば供えたいところだが、あいにくここはそういう場所ではなかった。
解と結生はひざをついてレシャバールの亡骸に手を合わせた。

結生が先に立ちあがった。
「行こう、解くん。」
「うん。」
解も立ちあがり、骨の灯りを手にした。そして、
「タン、君が入ってきたところまで案内してくれ。」
とタンに声をかけた。
タンがのそのそと動きだした。
ほとんど透けることがなくなったタンの殻を見て、解の目にじわっと涙がにじんだ。
レシャバールと話をしたのはほんの短い時間だったのに、彼に出会う前と後とでいろんなことが変わってしまったように感じた。

(ここから出るんだ。ぜったいに。)
解はそう思った。
暗い土の中から出て自由になりたい、そう考えたときとは願いの重みがちがう。

タンを先頭に解と結生はまがりくねった狭い穴のなかを進んだ。
日のささない地中では時間の感覚がおぼつかない。ただ、タンがときどき、
「つかれタ。」
といって足をしまうので、そのたびに休息をとった。
解と結生は少しずつ水筒から水を飲んだ。
やがて空腹で解の腹がキュッと痛んだ。
三度目にタンが殻のなかへ足をしまいこんだときに解と結生は杉野さんが持たせてくれた食事を口にした。
そしてまた歩いた。

あとどれくらい歩けばいいのだろう、と解が思ったそのとき、前方に小さな光が見えた。

解はドキッとした。
まただれかいるのだろうかと警戒した。
が、タンがその光を指さした。
「あそコ。タン、あそこからきタ。」

解と結生は顔を見あわせた。
三者の足どりが自然と速まった。
解はごくりと息を飲んだ。心臓がドキドキと早く鳴った。
小さな光はしだいに大きくなり、やがてそこが外につづく穴だということがはっきりした。
解はつぶやいた。
「もうすぐだ。」
「うん、解くん、あそこまで行けば――。」
解に向かって返事をしたそのとき、結生がハッとした顔になった。
出口からさしこむ光のおかげで、結生の表情がいきなり固くなったのが、解の目にしっかりと見えた。

結生がズボンのポケットから伝話貝スホベイを取りだした。
解は(あっ!)と思った。
伝話貝スホベイが殻から姿をあらわして人の口のかたちになった。

『宮崎! てめえどこにいる!』
大河内の声だ。
結生はサッと解に視線を走らせた。
解はいそいではげしく首を横に振った。
話をしなくていい、なんならその伝話貝スホベイをここへ捨ててしまってもいいくらいだと思った。
そしてその瞬間に解の頭のなかに杉野母娘の顔が浮かんだ。
しまった、と解は思った。
そしてまるで解の考えたことをそのままなぞるみたいに、大河内の吠えるような声を伝話貝スホベイが伝えた。
『杉野たちがどうなってもいいのか! 宮崎、お前が出なければこいつらをメチャクチャにぶんなぐるぞ!』
伝話貝スホベイの口から変な音が聞こえた。
そしてすぐに、
『止めてください! 乱暴しないで!』
という杉野さんの声もだ。
結生の顔がゆがんだ。結生は声をあげた。
「大河内さん、宮崎です。」
『おう、やっと出やがったな。てめえいまどこにいる?』
「ここがどこかわかりませんよ。無茶苦茶に歩いたんですから。」
『ふん、あのガキはどうした?』
ぼくのことだ、と解は思った。
結生はまっすぐに顔を上げて口を動かした。
解のことをこれっぽっちも見なかった。
「途中で、はぐれました。」
解はハッとした。
結生は言葉をつづけた。
「暗い道だったので気づいたときには離ればなれになってしまいました。どれくらい離れたのかわかりません。がんばって探せば見つかるかもしれません。」
『――フン。』
大河内が返事をするのに少しだけ間があった。
おそらく結生の言葉について考えたのだろう。
大河内の、どことなく笑みを含んだ声が伝話貝スホベイから聞こえた。
『あのガキ、あのクソッたれのチビ、はぐれたってのか。骨鉱山こつこうざんがどれだけ広いか今ごろ身に染みていやがるな。おい宮崎、出口を探して行方不明になった人間が今までどれだけいると思う?』
「さあ、わかりません。たくさんいるんですか?」
『お前がライトを持ってりゃ、そのへんで死体を見つけたかもな。』
解はあることを思いだした。
骨鉱山の狭くて真っ暗な坑道で、ときどき腐ったようないやなにおいをかいだことだ。
(あのにおいはもしかしてーー)
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