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3章 二つの誓約、ぜったいに
39 外へ
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解はその骨のそばまで小走りで近づいた。
骨鉱山のなかで散々手にした、あるいは踏みつけた骨だ。
解はそのうちの一つを持ちあげて日にかざしてみた。
まぶしい日の光の下では、骨が緑色に光る様子はなかった。
少しばかり赤みがかった灰色の骨だ。
タンが胸をはった。
「タン、ここで生まれタ。」
「えっ、どういうこと、ここ?」
「こコ。」
タンがうなずいた。
解はしばらくバカみたいに立ちつくしたままでいた。
骨を見た。それから考えた。
(もしかしてこの骨にも蘇石骨があったのか。この、なんだか知らない動物が死んじゃって、蘇石骨があらわになって、それでタンが生まれたってことか。)
そこまで考えて解は呆然とした。
「じゃあタンはもしかして、この場所からさっきの骨鉱山までの範囲しか知らないってこと? どこか人のいる場所のことは? 知らないのか?」
「タン、にんげンきらイ。」
(どうしよう。)という一つの言葉が解の頭のなかに浮かぶまで、けっこうな間が必要だった。
解はかなり長いあいだ頭のなかが真っ白なまま立ちつくした。
外に出ればタンが天流衆のだれかがいる場所へ案内してくれるのだと、勝手に信じこんでいた。
実際はぜんぜんちがった。
解はあたりを見まわした。
小川、草や木、遠くに見える山。
人の気配なんかこれっぽっちも感じない。
しかもまったく知らない場所だ。
生まれてはじめて訪れたどころか、日本ですらないのだ。
土地勘が働くどころの話じゃないぞ、と解は考えた。
解は、その場にへたりこみたいくらいガッカリした。
だからといって解は本当に座りこんだりはしなかった。
約束があるのだ。
レシャバールとの約束、それに結生との約束。
解はまず小川に近づいた。
川の水はキレイなものに見えた。
解は身体をかがめて川に手を浸した。
冷たい水だ。
手ですくってそうっと一口飲んでみた。
喉を通るといっそう冷たい。
でも飲める水だ。
解は水筒を取りだして水を詰めた。
ふと伝話貝ごしに聞いた大河内の言葉が浮かんだ。
『腹をすかせて喉が渇いてすぐにくたばる。いい気味だ。』
解は大河内に向かって、ぼくは水を飲んだぞ、と言いたくなった。
少なくとも今日や明日は喉が渇いて死ぬなんてことはないぞ、と思った。
それから解は、骨鉱山のなかでカラジョルが運んだ水のことを思いだそうとした。
あの水といま飲んだ水では味がちがうのかどうか、もしかしておなじ水源だろうか、そういうことを考えようとした。
それから解はハッとした。
「そうだ、カラジョル!」
「カラジョル、きらイ。」
タンが反射的に言った。
解はタンへ向き合った。
「そのカラジョルだよ、ねえタン、君はカラジョルにどこで会ったんだ? さっきの骨鉱山のなか?」
「ちがウ。」
「じゃあ――。」
解はドキドキした。
「このあたり?」
タンはうなずいた。
そして小川の反対側の岸を指さした。
「カラジョル、あっちからきタ。タン、にげタ。」
解はレシャバールの言葉を思いだした。
『一匹のカラジョルと一匹の雑夙ではどちらが有用か、言うまでもなかろう。』
そして彼は、
『雑夙だ。蘇石骨のまわりで勝手に育つ野生だ』
とも言った。雑夙は野生で、カラジョルはちがう。
雑夙は勝手に育つけど、カラジョルは、おそらく人間が育てるんだと解は考えた。
カラジョルがいたという方角へ進めば人間がいるかもしれない。
解はごくんと唾を飲み、それから、
「行こう、タン。」
と声をかけた。
解はまず裸足になった。
脱いだ靴下を丸めてスニーカーと一緒にリュックサックのサイドポケットに突っこむと、ズボンの裾をまくりあげた。
それから川の水に足を浸した。飲んだときよりいっそう冷たく感じた。
川底のヌルヌルした石の感触を足の裏でたしかめ、転ばないように気をつけながら、解は一歩一歩足を進めた。
小川は浅瀬だった。
それでも解の足はところどころでズボッと深みにはまった。
ときどきよろけたが、解は小川を渡りきった。
後ろを振りかえるとタンが元の位置にいる。
「タン! おいでよ!」
解は声をあげた。
タンが、解の位置からは聞こえるか聞こえないかという声を出した。
「めんどウ」
「あのねえ。」
解はウンザリした。
そしてふと考えた。
タンがこの先の道を知らないなら、この先タンと一緒に行く必要はあるのだろうか。
道案内にはならないのだ。
タンだって知らない場所へ行くのは乗り気じゃないのだ。
「タンはここに残る? 君がそうするならぼくは一人で行くけど。」
「はみがきコ。」
タンの言葉に、解は思わず言った。
「なんだよ、こんなときに。歯磨き粉、歯磨き粉ってバカみたいだ。」
タンが怒った声をあげた。
「はみがきコ。タン、あんないしタ。おまエ、やくそくしタ。」
解は腹が立ってきた。
約束、約束、約束、まるで解がだれかとの約束のためだけに存在しているみたいだ、とイライラした。
骨鉱山のなかで散々手にした、あるいは踏みつけた骨だ。
解はそのうちの一つを持ちあげて日にかざしてみた。
まぶしい日の光の下では、骨が緑色に光る様子はなかった。
少しばかり赤みがかった灰色の骨だ。
タンが胸をはった。
「タン、ここで生まれタ。」
「えっ、どういうこと、ここ?」
「こコ。」
タンがうなずいた。
解はしばらくバカみたいに立ちつくしたままでいた。
骨を見た。それから考えた。
(もしかしてこの骨にも蘇石骨があったのか。この、なんだか知らない動物が死んじゃって、蘇石骨があらわになって、それでタンが生まれたってことか。)
そこまで考えて解は呆然とした。
「じゃあタンはもしかして、この場所からさっきの骨鉱山までの範囲しか知らないってこと? どこか人のいる場所のことは? 知らないのか?」
「タン、にんげンきらイ。」
(どうしよう。)という一つの言葉が解の頭のなかに浮かぶまで、けっこうな間が必要だった。
解はかなり長いあいだ頭のなかが真っ白なまま立ちつくした。
外に出ればタンが天流衆のだれかがいる場所へ案内してくれるのだと、勝手に信じこんでいた。
実際はぜんぜんちがった。
解はあたりを見まわした。
小川、草や木、遠くに見える山。
人の気配なんかこれっぽっちも感じない。
しかもまったく知らない場所だ。
生まれてはじめて訪れたどころか、日本ですらないのだ。
土地勘が働くどころの話じゃないぞ、と解は考えた。
解は、その場にへたりこみたいくらいガッカリした。
だからといって解は本当に座りこんだりはしなかった。
約束があるのだ。
レシャバールとの約束、それに結生との約束。
解はまず小川に近づいた。
川の水はキレイなものに見えた。
解は身体をかがめて川に手を浸した。
冷たい水だ。
手ですくってそうっと一口飲んでみた。
喉を通るといっそう冷たい。
でも飲める水だ。
解は水筒を取りだして水を詰めた。
ふと伝話貝ごしに聞いた大河内の言葉が浮かんだ。
『腹をすかせて喉が渇いてすぐにくたばる。いい気味だ。』
解は大河内に向かって、ぼくは水を飲んだぞ、と言いたくなった。
少なくとも今日や明日は喉が渇いて死ぬなんてことはないぞ、と思った。
それから解は、骨鉱山のなかでカラジョルが運んだ水のことを思いだそうとした。
あの水といま飲んだ水では味がちがうのかどうか、もしかしておなじ水源だろうか、そういうことを考えようとした。
それから解はハッとした。
「そうだ、カラジョル!」
「カラジョル、きらイ。」
タンが反射的に言った。
解はタンへ向き合った。
「そのカラジョルだよ、ねえタン、君はカラジョルにどこで会ったんだ? さっきの骨鉱山のなか?」
「ちがウ。」
「じゃあ――。」
解はドキドキした。
「このあたり?」
タンはうなずいた。
そして小川の反対側の岸を指さした。
「カラジョル、あっちからきタ。タン、にげタ。」
解はレシャバールの言葉を思いだした。
『一匹のカラジョルと一匹の雑夙ではどちらが有用か、言うまでもなかろう。』
そして彼は、
『雑夙だ。蘇石骨のまわりで勝手に育つ野生だ』
とも言った。雑夙は野生で、カラジョルはちがう。
雑夙は勝手に育つけど、カラジョルは、おそらく人間が育てるんだと解は考えた。
カラジョルがいたという方角へ進めば人間がいるかもしれない。
解はごくんと唾を飲み、それから、
「行こう、タン。」
と声をかけた。
解はまず裸足になった。
脱いだ靴下を丸めてスニーカーと一緒にリュックサックのサイドポケットに突っこむと、ズボンの裾をまくりあげた。
それから川の水に足を浸した。飲んだときよりいっそう冷たく感じた。
川底のヌルヌルした石の感触を足の裏でたしかめ、転ばないように気をつけながら、解は一歩一歩足を進めた。
小川は浅瀬だった。
それでも解の足はところどころでズボッと深みにはまった。
ときどきよろけたが、解は小川を渡りきった。
後ろを振りかえるとタンが元の位置にいる。
「タン! おいでよ!」
解は声をあげた。
タンが、解の位置からは聞こえるか聞こえないかという声を出した。
「めんどウ」
「あのねえ。」
解はウンザリした。
そしてふと考えた。
タンがこの先の道を知らないなら、この先タンと一緒に行く必要はあるのだろうか。
道案内にはならないのだ。
タンだって知らない場所へ行くのは乗り気じゃないのだ。
「タンはここに残る? 君がそうするならぼくは一人で行くけど。」
「はみがきコ。」
タンの言葉に、解は思わず言った。
「なんだよ、こんなときに。歯磨き粉、歯磨き粉ってバカみたいだ。」
タンが怒った声をあげた。
「はみがきコ。タン、あんないしタ。おまエ、やくそくしタ。」
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