40 / 112
3章 二つの誓約、ぜったいに
39 外へ
しおりを挟む
解はその骨のそばまで小走りで近づいた。
骨鉱山のなかで散々手にした、あるいは踏みつけた骨だ。
解はそのうちの一つを持ちあげて日にかざしてみた。
まぶしい日の光の下では、骨が緑色に光る様子はなかった。
少しばかり赤みがかった灰色の骨だ。
タンが胸をはった。
「タン、ここで生まれタ。」
「えっ、どういうこと、ここ?」
「こコ。」
タンがうなずいた。
解はしばらくバカみたいに立ちつくしたままでいた。
骨を見た。それから考えた。
(もしかしてこの骨にも蘇石骨があったのか。この、なんだか知らない動物が死んじゃって、蘇石骨があらわになって、それでタンが生まれたってことか。)
そこまで考えて解は呆然とした。
「じゃあタンはもしかして、この場所からさっきの骨鉱山までの範囲しか知らないってこと? どこか人のいる場所のことは? 知らないのか?」
「タン、にんげンきらイ。」
(どうしよう。)という一つの言葉が解の頭のなかに浮かぶまで、けっこうな間が必要だった。
解はかなり長いあいだ頭のなかが真っ白なまま立ちつくした。
外に出ればタンが天流衆のだれかがいる場所へ案内してくれるのだと、勝手に信じこんでいた。
実際はぜんぜんちがった。
解はあたりを見まわした。
小川、草や木、遠くに見える山。
人の気配なんかこれっぽっちも感じない。
しかもまったく知らない場所だ。
生まれてはじめて訪れたどころか、日本ですらないのだ。
土地勘が働くどころの話じゃないぞ、と解は考えた。
解は、その場にへたりこみたいくらいガッカリした。
だからといって解は本当に座りこんだりはしなかった。
約束があるのだ。
レシャバールとの約束、それに結生との約束。
解はまず小川に近づいた。
川の水はキレイなものに見えた。
解は身体をかがめて川に手を浸した。
冷たい水だ。
手ですくってそうっと一口飲んでみた。
喉を通るといっそう冷たい。
でも飲める水だ。
解は水筒を取りだして水を詰めた。
ふと伝話貝ごしに聞いた大河内の言葉が浮かんだ。
『腹をすかせて喉が渇いてすぐにくたばる。いい気味だ。』
解は大河内に向かって、ぼくは水を飲んだぞ、と言いたくなった。
少なくとも今日や明日は喉が渇いて死ぬなんてことはないぞ、と思った。
それから解は、骨鉱山のなかでカラジョルが運んだ水のことを思いだそうとした。
あの水といま飲んだ水では味がちがうのかどうか、もしかしておなじ水源だろうか、そういうことを考えようとした。
それから解はハッとした。
「そうだ、カラジョル!」
「カラジョル、きらイ。」
タンが反射的に言った。
解はタンへ向き合った。
「そのカラジョルだよ、ねえタン、君はカラジョルにどこで会ったんだ? さっきの骨鉱山のなか?」
「ちがウ。」
「じゃあ――。」
解はドキドキした。
「このあたり?」
タンはうなずいた。
そして小川の反対側の岸を指さした。
「カラジョル、あっちからきタ。タン、にげタ。」
解はレシャバールの言葉を思いだした。
『一匹のカラジョルと一匹の雑夙ではどちらが有用か、言うまでもなかろう。』
そして彼は、
『雑夙だ。蘇石骨のまわりで勝手に育つ野生だ』
とも言った。雑夙は野生で、カラジョルはちがう。
雑夙は勝手に育つけど、カラジョルは、おそらく人間が育てるんだと解は考えた。
カラジョルがいたという方角へ進めば人間がいるかもしれない。
解はごくんと唾を飲み、それから、
「行こう、タン。」
と声をかけた。
解はまず裸足になった。
脱いだ靴下を丸めてスニーカーと一緒にリュックサックのサイドポケットに突っこむと、ズボンの裾をまくりあげた。
それから川の水に足を浸した。飲んだときよりいっそう冷たく感じた。
川底のヌルヌルした石の感触を足の裏でたしかめ、転ばないように気をつけながら、解は一歩一歩足を進めた。
小川は浅瀬だった。
それでも解の足はところどころでズボッと深みにはまった。
ときどきよろけたが、解は小川を渡りきった。
後ろを振りかえるとタンが元の位置にいる。
「タン! おいでよ!」
解は声をあげた。
タンが、解の位置からは聞こえるか聞こえないかという声を出した。
「めんどウ」
「あのねえ。」
解はウンザリした。
そしてふと考えた。
タンがこの先の道を知らないなら、この先タンと一緒に行く必要はあるのだろうか。
道案内にはならないのだ。
タンだって知らない場所へ行くのは乗り気じゃないのだ。
「タンはここに残る? 君がそうするならぼくは一人で行くけど。」
「はみがきコ。」
タンの言葉に、解は思わず言った。
「なんだよ、こんなときに。歯磨き粉、歯磨き粉ってバカみたいだ。」
タンが怒った声をあげた。
「はみがきコ。タン、あんないしタ。おまエ、やくそくしタ。」
解は腹が立ってきた。
約束、約束、約束、まるで解がだれかとの約束のためだけに存在しているみたいだ、とイライラした。
骨鉱山のなかで散々手にした、あるいは踏みつけた骨だ。
解はそのうちの一つを持ちあげて日にかざしてみた。
まぶしい日の光の下では、骨が緑色に光る様子はなかった。
少しばかり赤みがかった灰色の骨だ。
タンが胸をはった。
「タン、ここで生まれタ。」
「えっ、どういうこと、ここ?」
「こコ。」
タンがうなずいた。
解はしばらくバカみたいに立ちつくしたままでいた。
骨を見た。それから考えた。
(もしかしてこの骨にも蘇石骨があったのか。この、なんだか知らない動物が死んじゃって、蘇石骨があらわになって、それでタンが生まれたってことか。)
そこまで考えて解は呆然とした。
「じゃあタンはもしかして、この場所からさっきの骨鉱山までの範囲しか知らないってこと? どこか人のいる場所のことは? 知らないのか?」
「タン、にんげンきらイ。」
(どうしよう。)という一つの言葉が解の頭のなかに浮かぶまで、けっこうな間が必要だった。
解はかなり長いあいだ頭のなかが真っ白なまま立ちつくした。
外に出ればタンが天流衆のだれかがいる場所へ案内してくれるのだと、勝手に信じこんでいた。
実際はぜんぜんちがった。
解はあたりを見まわした。
小川、草や木、遠くに見える山。
人の気配なんかこれっぽっちも感じない。
しかもまったく知らない場所だ。
生まれてはじめて訪れたどころか、日本ですらないのだ。
土地勘が働くどころの話じゃないぞ、と解は考えた。
解は、その場にへたりこみたいくらいガッカリした。
だからといって解は本当に座りこんだりはしなかった。
約束があるのだ。
レシャバールとの約束、それに結生との約束。
解はまず小川に近づいた。
川の水はキレイなものに見えた。
解は身体をかがめて川に手を浸した。
冷たい水だ。
手ですくってそうっと一口飲んでみた。
喉を通るといっそう冷たい。
でも飲める水だ。
解は水筒を取りだして水を詰めた。
ふと伝話貝ごしに聞いた大河内の言葉が浮かんだ。
『腹をすかせて喉が渇いてすぐにくたばる。いい気味だ。』
解は大河内に向かって、ぼくは水を飲んだぞ、と言いたくなった。
少なくとも今日や明日は喉が渇いて死ぬなんてことはないぞ、と思った。
それから解は、骨鉱山のなかでカラジョルが運んだ水のことを思いだそうとした。
あの水といま飲んだ水では味がちがうのかどうか、もしかしておなじ水源だろうか、そういうことを考えようとした。
それから解はハッとした。
「そうだ、カラジョル!」
「カラジョル、きらイ。」
タンが反射的に言った。
解はタンへ向き合った。
「そのカラジョルだよ、ねえタン、君はカラジョルにどこで会ったんだ? さっきの骨鉱山のなか?」
「ちがウ。」
「じゃあ――。」
解はドキドキした。
「このあたり?」
タンはうなずいた。
そして小川の反対側の岸を指さした。
「カラジョル、あっちからきタ。タン、にげタ。」
解はレシャバールの言葉を思いだした。
『一匹のカラジョルと一匹の雑夙ではどちらが有用か、言うまでもなかろう。』
そして彼は、
『雑夙だ。蘇石骨のまわりで勝手に育つ野生だ』
とも言った。雑夙は野生で、カラジョルはちがう。
雑夙は勝手に育つけど、カラジョルは、おそらく人間が育てるんだと解は考えた。
カラジョルがいたという方角へ進めば人間がいるかもしれない。
解はごくんと唾を飲み、それから、
「行こう、タン。」
と声をかけた。
解はまず裸足になった。
脱いだ靴下を丸めてスニーカーと一緒にリュックサックのサイドポケットに突っこむと、ズボンの裾をまくりあげた。
それから川の水に足を浸した。飲んだときよりいっそう冷たく感じた。
川底のヌルヌルした石の感触を足の裏でたしかめ、転ばないように気をつけながら、解は一歩一歩足を進めた。
小川は浅瀬だった。
それでも解の足はところどころでズボッと深みにはまった。
ときどきよろけたが、解は小川を渡りきった。
後ろを振りかえるとタンが元の位置にいる。
「タン! おいでよ!」
解は声をあげた。
タンが、解の位置からは聞こえるか聞こえないかという声を出した。
「めんどウ」
「あのねえ。」
解はウンザリした。
そしてふと考えた。
タンがこの先の道を知らないなら、この先タンと一緒に行く必要はあるのだろうか。
道案内にはならないのだ。
タンだって知らない場所へ行くのは乗り気じゃないのだ。
「タンはここに残る? 君がそうするならぼくは一人で行くけど。」
「はみがきコ。」
タンの言葉に、解は思わず言った。
「なんだよ、こんなときに。歯磨き粉、歯磨き粉ってバカみたいだ。」
タンが怒った声をあげた。
「はみがきコ。タン、あんないしタ。おまエ、やくそくしタ。」
解は腹が立ってきた。
約束、約束、約束、まるで解がだれかとの約束のためだけに存在しているみたいだ、とイライラした。
0
あなたにおすすめの小説
「いっすん坊」てなんなんだ
こいちろう
児童書・童話
ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。
自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました
藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。
相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。
さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!?
「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」
星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。
「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」
「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」
ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や
帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……?
「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」
「お前のこと、誰にも渡したくない」
クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。
少年騎士
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。
村から追い出された変わり者の僕は、なぜかみんなの人気者になりました~異種族わちゃわちゃ冒険ものがたり~
楓乃めーぷる
児童書・童話
グラム村で変わり者扱いされていた少年フィロは村長の家で小間使いとして、生まれてから10年間馬小屋で暮らしてきた。フィロには生き物たちの言葉が分かるという不思議な力があった。そのせいで同年代の子どもたちにも仲良くしてもらえず、友達は森で助けた赤い鳥のポイと馬小屋の馬と村で飼われている鶏くらいだ。
いつもと変わらない日々を送っていたフィロだったが、ある日村に黒くて大きなドラゴンがやってくる。ドラゴンは怒り村人たちでは歯が立たない。石を投げつけて何とか追い返そうとするが、必死に何かを訴えている.
気になったフィロが村長に申し出てドラゴンの話を聞くと、ドラゴンの巣を荒らした者が村にいることが分かる。ドラゴンは知らぬふりをする村人たちの態度に怒り、炎を噴いて暴れまわる。フィロの必死の説得に漸く耳を傾けて大人しくなるドラゴンだったが、フィロとドラゴンを見た村人たちは、フィロこそドラゴンを招き入れた張本人であり実は魔物の生まれ変わりだったのだと決めつけてフィロを村を追い出してしまう。
途方に暮れるフィロを見たドラゴンは、フィロに謝ってくるのだがその姿がみるみる美しい黒髪の女性へと変化して……。
「ドラゴンがお姉さんになった?」
「フィロ、これから私と一緒に旅をしよう」
変わり者の少年フィロと異種族の仲間たちが繰り広げる、自分探しと人助けの冒険ものがたり。
・毎日7時投稿予定です。間に合わない場合は別の時間や次の日になる場合もあります。
ノースキャンプの見張り台
こいちろう
児童書・童話
時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。
進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。
赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる